電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

案内所

ポルノグラフィティ

《〇〇選》

「風景描写」10選

「心情描写」10選

「離別の歌詞」10選

「比喩表現」10選

「嘘と本当」10選

「悲観と陰鬱」10選

《もっと評価されるべき》

「俺たちのセレブレーション」

「Love,too Death,too」

「青春花道」

《歌詞解釈》

「ハネウマライダー」というポルノグラフィティを唄った曲

「メビウス(仮)」の可能性〔ぬいぐるみ、ネオメロドラマティック、老いた人〕

《ライブ感想》

「続・ポルノグラフィティ」感想〔おったまげて我が目を疑い震えた〕

《アルバム感想》

12thアルバム『暁』感想

《そのほか》

ポルノグラフィティのちょっとしたデータ集

ポルノグラフィティの色彩

 

音楽系

タイトル縛りのプレイリスト

King Gnu、Official髭男dism、ハルカトミユキ[ブロガー経由で聴き始めたアーティスト]

 

映像作品

《最近見た存在する映画》

2021年09月(残酷で異常/狂った一頁/幻夢戦記レダ/ゴジラ/サイコ/ゴーストバスターズ)

2021年10月(ミッドサマー/ジェーンドゥーの解剖/俺たちホームズ&ワトソン/片腕マシンガール)

2021年11月(閃光のハサウェイ/SF巨大生物の島/カフカ「変身」/ヘンゼル&グレーテル/一分間タイムマシン/とっくんでカンペキ)

2021年12月(ソウ/バスターの壊れた心/昆虫怪獣の襲来/項羽と劉邦 鴻門の会/あたおかあさん/ヤツアシ)

2022年1月(コマンドー/カルト/道化死てるぜ!/銀河ヒッチハイクガイド)

2022年2月(マーズ・アタック!/ヘレディタリー/透明人間/ディアボロス/良いビジネス)

2022年4月(プラットフォーム/ビンゴ/名探偵コナン 時計じかけの摩天楼/スマイル/Run Baby Run)

2022年5月(曲がれ!スプーン/トップガン/ゾンビーバー/地下に潜む怪人)

2022年6月(ハードコア/イミテーション・ゲーム/プロジェクトA/玩具修理者/Shutdown)

2022年7月(ウィッカーマン/スキャナーズ/ゲーム/デッドコースター/縛られた)

2022年8月(夏への扉/ポーカーナイト/蜂女の恐怖/デッド寿司/健太郎さん/高飛車女とモテない君)

《最近見た存在しない映画》

2021年10月(ビーイング/ボッコちゃん/劇場版ヒストリエ 完結篇/文字を喰う人)

2021年11月(脱走と追跡のサンバ/プリティ・マギー・マネーアイズ/劉邦と項羽/ニッポンの農業の夜明けの始まり/暗がり)

2021年12月(アゲハ蝶とそのほかの物語/ショート・ストーリーズ/エコに行こう!/三国志な一日/生涯)

2022年1月(乙嫁語り/色彩、豊かな日常/夢野久作の「冗談に殺す」/時は貨幣なり)

2022年2月(ゴーレム ハンドレッド・パワー/珈琲ハウスへようこそ/白猫姫/歩道橋の上から見た光景)

2022年4月(美亜へ贈る真珠/フラッシュ・ムービー/ちょっとだけUターン/旅に出よう)

2022年5月(李陵/従者の物語/アイアン・ドリーム/スケッチ)

2022年6月(命のネジを巻く旅人サバロ/熱いぜ辺ちゃん!/天使のわけまえ/瞳の奥をのぞかせて/花束と空模様の理由)

2022年7月(そばかすのフィギュア/クラッピー・オータム/流浪の民/夢みる頃を過ぎても/ご機嫌直しまであと何単位?)

2022年8月(ゴースト&レディ/死ね、マエストロ、死ね/嘔吐した宇宙飛行士/蟲の恋/ネコと時の流れ)

《ドラマ》

『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』[色とりどりの作品を押さえた良質なドラマ作品]

 

書籍の感想/雑記

《国内SF作家》

山野浩一

『山野浩一傑作選Ⅰ/Ⅱ』[不確かさ、漠然とした不安、そしてやっぱり文章がかっこいい]

『いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集』[単なる落ち葉拾いに終わらない作品群。傑作につながるモチーフ、不条理そのもの等]

梶尾真治

『美亜へ贈る真珠[新版]』[ほろ苦い恋物語にSFのエッセンス]

《海外SF作家》

フィリップ・K・ディック

―長編―

『宇宙の眼』[ぼくがかんがえたさいこうのせかい=他人には地獄]

―短編集―

『アジャストメント』[生涯のテーマからさらっと笑えるコメディまで]

『トータル・リコール』[娯楽色が強くすっきり楽しく読める短編集]

『変数人間』[ショートショート、超能力、時代]

―そのほか―

SFといえばフィリップ・K・ディック

ロジャー・ゼラズニイ

『地獄のハイウェイ』[単純明快な娯楽作品。やっぱりロードノベルが好き]

〈アルフレッド・べスター〉

『破壊された男』[めくるめく展開とハイテンポな文章がたまらない]

『イヴのいないアダム』[キレる名作短編とオムニバス式中編]

ハーラン・エリスン

『死の鳥』[エリスンのベスト短編集]

ロバート・A・ハインライン

『夏への扉』[ちょっとアレなところはあるけど楽しい小説]

《アンソロジー

浅倉久志編『世界ユーモアSF傑作選』〔会話よりもシチュエーションで笑いをとるタイプが多い〕

《文芸》

O・ヘンリ『O・ヘンリ短編集(一~三)』〔世界で愛される名作。いろいろな短編があって素晴らしいけどちょっと訳語が古めかしい〕

J.L.ボルヘス『伝奇集』[短編小説/短編集の良さを再確認できた]

湊かなえ『往復書簡』[徐々に明かされる情報とオチの謎解きが気持ち良い短編集]

《ノンフィクション》

〈江面弘也〉

『名馬を読む』[中国史書で言えば本紀。生涯戦績、繁殖成績、社会現象、特異な事績など]

『名馬を読む2』[世家、列伝など。周縁事情、馬の関係性、時代、個性]

『名馬を読む3』[バラエティ豊かな名馬たちと最新の顕彰馬キタサンブラック]

《雑記》

夢野久作はサイエンス・フィクションの夢を見るか?

漢の歴史と正当性の感覚

印象的な小説のタイトル650選

 

漫画の感想/雑記

岩明均の描く女性と「自分ではない者を良く描く」ということ

キミは熱血ギャグ漫画家、島本和彦を知っているか?

 

嘘八百を書き連ねた創作文章

思い出:フリーにはたらく

思い出:手帳

生きていくためにとっても大切な薬物の話

 

そのほか雑記

星新一はアル中を救う

学習:意味が分かるようになった瞬間

好きの言語化と嫌いの理由

読書感想文と方程式

はじめての遊戯王

完全初心者がマスターデュエルでプラチナtier1に上がった感想

野球のニュース見て漫画読み返してなんか落ち込んだ話

山野浩一『山野浩一傑作選Ⅰ/Ⅱ』[不確かさ、漠然とした不安、そしてやっぱり文章がかっこいい]

 なんと山野浩一*1の新刊*2が発行された。

 もちろん、発売したらすぐに買おうと思っていたけど発売日を勘違いしていて、慌てて本屋に飛んで行ったら、田舎の本屋の哀しいところで、もう在庫が残っていなかった。仕方ないのでAmazonで注文し到着するのを待っている。というわけで、待っている間に持っている二冊を読み返してみた。

 

 

『鳥はいまどこを飛ぶか 山野浩一傑作選Ⅰ』
 初読のときは「赤い貨物車」がベストだったけど、読み返してみるとやっぱり後半の作品のほうが山野浩一らしくて良い作品だった。もちろん「赤い貨物車」も良かったけど、あの時はとても印象的だった中盤の暴力シーンはちょっと色褪せてたかもしれない。初めて読んだ当時は本当、肌が粟立ったくらいだったけど、まあいいかなくらいにまでは落ちてた。この辺は加齢で感覚が変わってきているのかもしれない。

 あとは「マインド・ウインド」の評価がちょっと落ちていたことくらいかな。代表作ということになっているらしい「X電車で行こう」は今も昔もあんまり。「カルブ爆撃隊」「首狩り」「虹の彼女」が頭一つ抜けてよかった。ベストはやっぱり「カルブ爆撃隊」かな。時間の経過感覚の消失やシームレスに狂気に陥る感じとか、ほんとうに素晴らしい。

収録作

「鳥はいまどこを飛ぶか」
「消えた街」
「赤い貨物列車」
「X電車で行こう」
「マインド・ウインド」
「城」
「カルブ爆撃隊」
「首狩り」
「虹の彼女」
「霧の中の人々」

 

 

『殺人者の空 山野浩一傑作選Ⅱ』
 やっぱりカッコイイ。山野浩一についてはあまり評論や感想を漁ってはいないけど、作者後書きにあるような哲学とか病理学という学問的なものじゃなくて、やっぱりカッコイイ文体と不条理小説的な部分が好きなんだなあ、と再確認した。もちろん、この辺はおれに教養がないからというのもあると思うけど。

 前編の『鳥はいまどこを飛ぶか?』と同じく主観の不確かさや漠然とした不安感が描かれていて、特に「φ」「殺人者の空」「内宇宙の銀河」は前編の諸作よりグレードアップしていて読みごたえがある。この辺が著者あとがきの唐辛子マークに反映されているのだと思う。

 初読のときは「殺人者の空」がいまいちと思った記憶があるけど、いまは確実に五本指に入ってくる。なんでいまいちなんて思ったんだろう……。

 ベストは「内宇宙の銀河」。地下に降りて彷徨い、「丸くなる」ことで暗転させ場面の連続性を絶つことで現実感を失わせ主観の信頼性を失わせるという技法は本当に好き。やや硬く感情表現がほとんど見られなくなる山野浩一の文体は本書のほうが完成していて、もし両『傑作選』を比較するなら、純粋な内容なら十分競り合えるけど、こと文体となると本書が圧倒していると思う。

収録作

「メシメリ街道」
「開放時間」
「闇に星々」
「Tと失踪者たち」
「Φ(ファイ)」
「森の人々」
「殺人者の空」
「内宇宙の銀河」
「ザ・クライム(The Crime)」

 

 

ーーーーー

 こうやって読み返すと、やっぱり一人称での主観の不確かさ、霧がかかったようなぼんやりした世界と狂気、という意味では、完全におれの主観になるけど、夢野久作—ディック—山野浩一ってラインになっていている*3。いま自分がやりたいことを考えると師とすべきは山野浩一なのかもしれない。手を出して本当に正解だったなあ*4、といまさらながら思う。

 ……まだ手元にも届いてないけど、今回の新刊が、もし多少なりとも売れ行きが良ければ……もし可能ならば『花と機械とゲシタルト』や『エヴォリューション』の復刊も……お願いします、小鳥遊書房さま、ほんと、お願いします。

*1:亡くなられた方は敬意をこめて呼び捨てにしています。ご了承ください

*2:もちろん新作ではないけど単行本未収録短編を収録した短編集らしい

*3:この記事もそういう文脈で書いたつもり

*4:ちなみにこの二冊を本屋で手に取ったのは著者を翻訳家の山形浩生さんと勘違いしたからだった。世界広しといえどもこんなのはたぶんおれだけだと思う。

フィリップ・K・ディック『宇宙の眼』[ぼくがかんがえたさいこうのせかい=他人には地獄]

 偏った人間が考えた「最高の世界」から抜け出す物語。 

 

 

 ディックは「現実/非現実」みたいな作品より「人間/非人間」みたいな作品のほうが好きで、幻想的なSF作家みたいに評されてるのがあんまり気に食わなかったけど、改めて読んでみるとやっぱりそういうのも良いものだなあ、と単純明快単細胞にそう思った。前振りできっちり思わせぶるし、各種ディストピア描写も行き過ぎない濃度で胸焼けすることなく、けれど飽きることもなく楽しめた。

 キャラクターはそれぞれ、宗教、お花畑、陰謀論共産主義闘争社会(?)って感じかな。前から二番目までが特に描写的に不安や異物感が強くて好き。こう並べてみるとシルヴェスター的な人が知り合いにいなくて本当に良かったなあ。プリチェットよりかなり厄介だと思う。長さに偏りはあるけど、だんだん手ごわくなっていく感じもいい。

 あと、これは完全に失念してたけど、この作品も奥さんのところに帰ってくるのか。シルキーとの描写がちょっと怪しかったけど、夫婦円満(はちょっと言い過ぎか)なところに帰っていくのは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』くらいかと思い込んでいたからちょっと意外だった。その辺に注目してディックの小説を読み返してみるのもおもしろそう。あと意外といえば、宗教についても結構否定的に描いてたこと。やっぱり『ヴァリス』とか『聖なる侵入』の印象が強くて、変な神学にのめりこんでるイメージがあるけど、冷静に考えたら『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』もそんなに宗教に肯定的でもないし、むしろ『ヴァリス』的なモノが少数派なのかもしれない。

 

 

 ここから先は現実を交えたちょっと嫌な話。もともとこの小説を読み返そうと思ったのは、ツイッターで繰り広げられるいつものちょっとした地獄を眺めていて「この人たちって『宇宙の眼』にでてきた人たちみたいだなあ」とふと頭をよぎったからだったんだけど、我ながらかなり適切な表現だったんじゃないかと思った。

 ツイッターに限らずインターネット……いや、インターネットに限らず世界のどこにでも「ぼくのかんがえたさいこうのせかい」をむやみやたらに披露したがる人はいる。もちろん、たいていはたいして害のない他愛のないものだ。所得税が存在しない世界に住みたいとか人類すべてがガンダムオタクの世界に住みたいとか……別に本気でそうしたいわけではなくて、単なる願望をちょっと大げさに表現しているだけというのが大半だと思う。

 けれどなかにはそんなことを本気で願い、他人を攻撃するための口実にしている人もいる。例えば「純〇〇人」だけの国家に住みたいとか「△△」という属性が存在しない世界に住みたいとか。バリエーション豊富に、こうしている間にも延々と変種が生まれ続けている。

 もちろん、えてしてこういうことを言い出す人は個人的に辛い経験をしている(……と少なくとも自称している)わけだけど、たとえそれが事実であったとしても、それとこれとは話が別なわけで、第一、世界にはいろいろな人がいて、それぞれにいろいろな経験がある。誰かにとっての最高の世界はたいていの他人にとっては地獄だ。さっき上げた無害な例で行けば「全人類がガンダムオタク」の世界は、そりゃあおれにとっては生きやすいけど、世界にはロボットものや戦争ものそれ以前にアニメ自体が嫌いな人だっているはずで、そういう人たちにとっては「全人類がガンダムオタク」であることを強制される世界は決して住みよい世界ではないはずだ。そういう主観で世界と創るとこういうことになる、と『宇宙の眼』は教えてくれる。

 ……と偉そうなことを書いたけど、まあ、けどそんなのはSF者の傲慢なんだろう。別にディストピアユートピア小説を読んでいなくたって、そのくらいの常識はあるはずだ。けど、ああいう人たちが『宇宙の眼』みたいな小説を読んだらどう思うのかはちょっと興味がある。反省するのかなんとも思わないのか、それともこれさえ他人を攻撃するための道具にするのか。

 

 

J.L.ボルヘス『伝奇集』[短編小説/短編集の良さを再確認できた]

 もともとはネットで見かけた「読むべき傑作SF百選」みたいなのに入ってたから一応読んどくか……と手に取った本だったけど、そんな軽い気持ちは最初の二ページくらいで粉々された。

 ぜんぜん頭に入ってこない。本当、意味が分からないとかじゃなくて読みにくくて仕方なくて内容をうまく理解できなかった。続きを読もうという気がまったく起きない。

 

 で、長らく本棚の肥やしにしていたけどレム『完全な真空』を読み終えたときに「この流れなら(?)読破できるかもしれない」と意を決して取り掛かった。やっぱり最初の二編が辛くてくじけそうになったけど、「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」くらいからどうにかついていける気になれて、「バビロニアのくじ」が中島敦「文字禍」みたいな空気感が心地よくて、それまでの苦労が嘘みたいに楽しめた。こうやって読んでみると『完全な真空』は本当にボルヘスの影響下にあるだなあ。ドン・キホーテ決定論、神と宇宙と題材も共通してるものがいくつかある。もちろん、レムが言ってた「非SFの限界」みたいなこともその通りだとは思う。ボルヘスがもっとSF的な手法を使っていたらどんなものを書いていたんだろう、なんてことを考えてみるのも結構面白いんじゃないかな。

 解説でシンプルな文体が良いみたいなことがかかれていたけど、正直《工匠集》にはうなずけるけど《八岐の園》の特に架空の書評系はあまりシンプルな文体とは言えないんじゃないと思う。かなり衒学的だし。全体的には読みやすいような、読みにくいような、が交互にやってくる不思議な読書体験。そもそも純文学がそういうものなのかね?

「バベルの図書館」は山尾悠子、「八岐の園」はヘレン・マクロイ「東洋趣味」っぽかった。いや、順序から言えば逆なんだろうけど。ベストは「隠れた奇跡」か「バビロニアのくじ」かなあ。特に前者は奇妙な味っぽさがとてもよかった。全体的にも《工匠集》のほうが好き。

 

 感想本文からはちょっと離れるけど、本書は序盤で躓いてそのまま放置していたのに後年再挑戦して気持ちよく読破できた珍しい一例だ。たいていは序盤で嫌になったらそのまま放置して再読しようなんて気になることもない。もちろん、タイミング(レムの小説に触発された)もあるけど、本書が短編集だったというのも大きいと思う。特に本書の収録短編は短く、どんなに気に入らなくても十ページも我慢すれば次の物語にたどり着くことができる。新しい物語には可能性がある。もしかしたら気に入るかもしれない可能性、吐き気を催す可能性、感銘を受ける可能性、ほかにもいろいろ。だから、とりあえず手に取ったのなら一冊くらいは根気強く付き合ってみるのも必要なんだと思う。

 ちょっと表現が悪くなるけど、とりあえず「読み飛ばして先に進む」のも時には大切なのかもしれない。

 

 

収録作

《八岐の園》

「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
「アル・ムターシムを求めて」

「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」
「円環の廃墟」
バビロニアのくじ」
「ハーバード・クエインの作品の検討」
「バベルの図書館」
「八岐の園」

《工匠集》

「記憶の人、フネス」
「刀の形」
「裏切り者と英雄のテーマ」
「死とコンパス」
「隠れた奇跡」
「ユダについての三つの解釈」
「結末」
「フェニックス宗」
「南部」

 

思い出:手帳

今週のお題「手帳」

 

 手帳、と聞くと思い出すことがある。

 

 幼いころから忘れっぽいわたしにとって手帳はなくてはならない、相棒のような存在だ。日々の暮らしのあれやこれはカレンダーを四角に折って作った簡易メモ帳に書き記し、やり遂げたものから線で消していく。敷き詰められた「やるべきこと」が一つずつ消えていくのが快感で、そのおかげでやりたくない日々の雑務もそれなりに進められる。もちろんスケジュールやそのほかのことは大きなA4サイズのカレンダー付のものに書きこんでいる。

 毎年暮れになると近所の大きな書店に手帳を買い替えに行く。その日は久しぶりに幼い息子を連れてきていた。「何か一冊買ってあげるから選んでおいで」もちろん、活字の本を持ってくるとは思っていなかったけど、持ってきた漫画には女性の水着姿が大きく描かれていて*1、そういう文化に不慣れなわたしは思わずぎょっとしてしまった。

 そんなわたしの心情なんてつゆ知らずの息子はとてもキラキラした目で嬉しそうに買い物かごの中に入れてニコニコわたしを見上げている。いまならわかる。息子はちょっと思春期が来るのが遅い子だったから、そういうことがわからないで読んでいたのでしょう。内容が重要で表紙は問題でなかった。

 けれど、あのころのわたしはそういう機微がよくわかっていなくて、つい「そんなもの返してきなさい!」とかなり強めに怒鳴ってしまった*2

 ハッとしたときにはもう遅かった。息子は目に涙をいっぱいに浮かべて数秒押し黙り、大きく息を吸い込んで……小さな声で言った。「きらいだ」わたしをにらみつけ、漫画を床にたたきつけそのまま走り出した。

 ……息子があんな怒り方をするなんて初めてで、唖然としているうちにもう店から出て行ってしまった。周囲のざわめきで我に返り書店を飛び出した。もう周囲には見当たらず携帯電話も電源が切られている。途方に暮れかけたわたしはあることを思い出しました。手帳には息子がよくいく場所をメモしていたはず。

 そこには「ゲームセンター」「デパートの食品売り場」「パン屋」「猫が出没する路地裏」と細かくメモが取られていたけど、どれだけめぐってもどうしても見つからなかった。最悪の事態がちらつき始め、半分パニックになってもう一度総ざらいするために手帳をめくっていると、ふと、最後のページに目が留まった。

 そこには「相手を尊重しなさい。たとえ自分には理解できないものであっても、否定しないであげて。自分の子供であっても、その子はあなたじゃないのだから」そして最後に小さく「困ったら最初の場所に還ってみなさい」と書かれていた。

 ……こんなこと書いた記憶はなかった。とても達筆でわたしの字ではなかったけど、どこか懐かしくぬくもりがあった。だから無条件に心に届いたのかもしれない。急いで書店に戻ると喧嘩別れしたその場所に息子がいた。

「ごめんなさい」しゃがんで息子の目線に降り「お母さんが悪かった。あなたが好きなものを頭ごなしに否定してはいけなかった。本当に、ごめんなさい」息子は大声はあげず、ただ静かに泣きじゃくり、言葉に満たない言葉を、たぶん謝罪と安堵の意味を、わたしに伝えてくれた。

 

 その後迷惑をかけた書店の方に謝り、もちろん息子がフロアにたたきつけた漫画も購入させていただき、今回の件は落着した。書店の方をはじめ多くの人たちにご迷惑をおかけしてしまったのに、こんなことを思うのは不誠実なのかもしれないけど、この一件はわたしを人として成長させてくれたと思う。

 そんな息子も、この春から大学生だ。あんなに活字嫌いだったのに文学部に進むなんて不思議な気持ちになるけど、息子は「大学はそういうものだよ」なんて笑っている。

 年月が経つのは早い、なんて言葉を口にするにはまだ若すぎるつもりだけど、わが子の成長の早さに比べて自分はどうなんだろう、と思ってしまうくらいには自分も歳をとった。だから、というわけではないけれどペン字の通信講座を習い始めた。字の上手さだけでも追いつけるように。

 月日とともに手帳は買い替え続けているけど、どの手帳にも片隅には必ずあの言葉が刻まれている。息子がいくつになっても刻み続けるだろう。

*1:いま息子に確認したら『こち亀』という漫画だったらしい

*2:記憶があいまいだけど、直後の息子の反応をみるにもっとひどい言葉を投げかけてしまったのかもしれない。

ポルノグラフィティのちょっとしたデータ集

※2022/06/13「映像作品収録回数」を更新。

※2022/07/02「作詞作曲データ」11th「暁」まで反映。

作詞作曲データ

docs.google.com

スプレッドシート(DL)

 

 

映像作品収録回数

docs.google.com

スプレッドシート(DL)

 

 

ライブ披露回数

docs.google.com

スプレッドシート(DL)

 

 

最近見た存在しない映画(2021年12月)

アゲハ蝶とそのほかの物語(2018年、日本、監督:今井八朔、81分)

 恋と旅をテーマに古今東西の老若男女多数派少数派たちの九つの物語が、タイトルの通りポルノグラフィティの楽曲を基に紡がれている。

 とても端正な映画で映像のレベルも高い。ポスターにも使われている「アゲハ蝶」のジャケットだけど、これは合成した画像らしくて実在する蝶ではないらしい。というわけで映画に登場する蝶もほぼCGで処理されているはずで、だとしたらかなり流暢な動きをしていたし、蝶を指に止めるしぐさも自然だった。表題曲(?)の「アゲハ蝶」と2018年現在の最新アルバム『BUTTERFLY EFFECT』がかけ合わさった「バタフライ効果」の設定も秀逸で、映画の世界観や物語の幅を広げるのに一役を買っている。ただ、時間と空間を行ったり来たりする構成の都合もあるけど、それぞれの短編の関係性や時間の経過がやや把握しずらかった。

 九つの物語は開始時にセリフや看板、手帳などの文字情報で原作の楽曲が明らかにされているけど、ほかにも自分が気付いただけで十六曲のモチーフが使われていた。中でも特に、雨に打たれて街を彷徨う男(「Fade away」)が深夜の繁華街からシームレスに深閑とした鬱蒼と茂る深い森(「音のない森」)に迷い込む描写は現実世界のようでも、精神世界のようでもあり、とても印象的だった。あとは「メリッサ」のMVに出演していた女性が結婚式の花嫁役で出演していたのは良かった。あと、中盤に出てきた「老いた道化」は岡野昭仁さんで、「サウダージ」と「メリッサ」の合わせ技だったのだと思う。そうなると新藤晴一さんもどこかで出演していたと思うけどちょっとどの場面だったかわからなかった。二週目はその辺の小ネタを拾いたい。

《印象的なシーン》吟遊詩人が愛の詩を唄う無音の演出。

 

 

ショート・ストーリーズ(2008年、イギリス、監督:アトール・クロスランド、93分)

 複数の作家の短編/ショートショートを題材にした、とても丁寧な映画。個人的に好きな短編が多く使われていて、特にダール「満たされた人生に最後の別れを」の原作ラストの一文に句点が打ってないことの意味を忠実に反映した映像を作ってくれたこと、O・ヘンリ「千ドル」が小気味よく気持ちのいいストーリーに仕上がっていたこと、サキのクローヴィスものがクローズアップされいたのはうれしかった。

 この映画のすごいところは、この三人以外にもほぼ無名ともいえるような作家の作品まで拾い上げているところだ。なんか知ってる筋だなあと思ってあとで調べたらマックス/アレックス・フィッシャー「家計簿の恋」だとわかった。本国での知名度はわからないけど本邦ではあまり有名ではない作品だと思う。基本的に同じ世界観で物語が展開しているから明確な区切りがあるわけではなく原案/原作を作中で確認することはできなく、そういう意味ではエンドロールのクレジットを見るのがとても楽しかった。

 ただ、邦題は原題/原作の通り「キス・キス」でよかったんじゃないかな。そりゃあ、ダールの物語だけではなかったしタイトルで内容が把握しにくいし、悪くすると官能系の映画と勘違いされたかもしれないけど、あのよくわからない印象的なタイトルがよかったと思うんだけどなあ。

《印象的なシーン》「首」の絶妙な雰囲気を再現していた序盤のくだり。

 

 

エコに行こう!(2005年、アメリカ、監督:ポール・シェパード、74分)

 うーん……いや、言いたいことはわかるし、おれもどちらかというとそっちの立場だけど、それにしても悪趣味が過ぎる。とてもじゃないけど人に勧められる映画じゃない。まあ、これも度が過ぎればギャグになるというか、ブラックコメディーみたいな雰囲気があってよかった……のかなあ。

 ただ、ある意味では公平だ。あの宇宙人(?)たちは全生物の代表を自称して人類に「目には目を」的な復讐を代行すると宣言して、真っ先にエコ推進派*1が、「植物だって痛みを感じる」という名目のもとに炒められたり酢漬けにされたりして、そんな目に合うエコ推進派(?)の人々を嗤っていた人々も同じように膾切りにされたり炙られたりしていく。かなり好意的に解釈すれば、対立する意見を一方的にブチのめして留飲を下げているわけではなく、不条理で一方的な暴力を描いているともいえる。特にラストに出てくる光合成によって「何者も害せずに生きられる」新人類がどんな目にあったかを暗示する描写からしても、制作の意図はそっちにあったのかもしれない。そう考えると、なんだか筒井康隆「死にかた」みたいだなあ。

 もちろんゴア描写はレベルが高く、「それどうやって撮ったんだ?」と思うようなものも多かった。終盤手前くらいの農業従事者を農作物のように収穫するシーンなんかが印象的で苗木(?)から実をつけて成熟し、とても美味しそうに食されるシーンなんかは、2000年の頭に作られたとは思えないほどリアルで美麗だった。マジであれ、どうやって撮ったんだろう……。あと、監督は複数名の合同ペンネームらしい。まあ、いかにもな名前だしね。

《印象的なシーン》主人公がエコバッグを頭にかぶって逃走するシーン。

 

 

三国志な一日(2023年、日本、監督:冨沼彪、133分)

 ジャンルとしては歴史映画だけど、手法としてはドキュメンタリーに近い。古代中国の後漢末の街並みや習俗などが精密に再現されていているのは序の口で、ときおりナレーションの形で挿入される補足や対比としての高貴な身分の人々の暮らし、そして北方騎馬民族や南方の少数民族たちの暮らしもきっちり抑えている。あまりちゃんとチェックはしていないから断言はできないけど最新の古代中国史の研究も反映している。古代中国史が好きな人間ならあっという間の二時間なはずだ。

 ただちょっとタイトル詐欺っぽいのはいただけない。いわゆる『三国志』らしい描写はほとんどない……いや、あるにはあるけどすべて人名を伏せてエピソードだけを紹介しているだけで、それも秦漢期などほかの時代のものと量的にはさして違いはない。後漢末期から三国時代は周知のとおり戦乱の時代だったわけだけど、それらしい描写はほとんどない。まあ、比較的安定し始めた三国鼎立後の洛陽や許昌なのだと強弁できなくはないけど、あまり誠実とは言えないと思う。後漢末期というよりは前漢全盛期である文景の治の辺りのイメージが強い。

 余談だけど、監修者の中に大学時代の恩師の名前があってなんだかうれしかった。

《印象的なシーン》忠実に再現された古代中国式のトイレ。

 

 

生涯(2062年、日本、監督:真崎有智夫、4345分)

 心底後悔した。

 こんなこと、知りたくなかった。

《印象的なシーン》病院の天井のシミ。

 

 

*1:って翻訳されてたけど、過激/穏健を問わなず比較的環境問題に意識が高い人々というくらいの意味みたいだ