電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

最近見た存在しない映画(2021年10月)

ビーイング(1987、ポーランド、監督:アンドレイ・ソダーバーグ、132分)

 存在は知っていたけど、どうしても原作を読んでから見たくて保留していた映画。原作からして「架空の書籍への批評集」というフィクション係数高めの内容で、その映画化となるともう箱の中の箱の中の箱だ。とても丁寧に作られていて、原作を読んだ直後に観たからというのもあるだろうけど、『完全な真空』の映画化としては満点に近いと思う。もちろん原作を完全に再現しているわけではない(さすがに不可能だ)。けれど、かといってないがしろにされていることもなく、余計なアレンジも存在しない。レムの理論(宇宙論や神学論)や原作の構成(制作不可能な作中作)に最大限度敬意が払われており、特に『ギガメッシュ』の描き方には感動的だった。評論家からの批判は多いみたいだけど、個人的には大満足。ただ、邦題については不満が残る。原題は原著と同じく「Doskonała próżnia」なのだから、そのまま「完全な真空」*1と題を付ければいいものを、なぜ『ビーイング株式会社』を抽出したのかよくわからない。

《印象的なシーン》『親衛隊少将ルイ十六世』の映像世界を五分で展開し、すかさず『白痴』の再構成へと移る場面。

 

 

ボッコちゃん(2019年、日本、監督:江布覇佳世、61分)

 星新一作品初の長編映画*2ということで視聴。うーん……前評判をある程度見ていたから覚悟はしていたけど、「ボッコちゃん」一作だけで一時間ももたせるのはやっぱり無理があったと思う。バーの名前が「星鶴」ってところはちょっと好きだけど、バーでの会話が星新一的な雰囲気からはかけ離れていているのは不満。コメディを入れたかったのはわかるけど、これはちょっと……特にアドリブっぽい茶化し合いは正直不愉快だった。尺としてもかなり間延びしていて、同じ星新一であればNHK制作「星新一 ショートショート」、もしくは劇場公開映画であれば「世にも奇妙な物語 映画の特別編」のようなオムニバス形式のほうが良かったと思う。ただ後半に打って変わって、それまではコメディ要素の一つだったボッコちゃんが冷たい存在であることを強調するのは秀逸で、表情は変わっていないはずなのにゾッとするほど不気味になる。ここは本当に素晴らしかった。そう思うと前半のコメディー要素が後半のシリアスを際立たせたのかもしれない。

《印象的なシーン》毒を飲ませたと思い込んで去っていく男を見つめるボッコちゃん。

 

 

劇場版ヒストリエ 完結篇(2034年、日本、監督:有沢風子、95分)

 テレビシリーズから劇場版まで一気に視聴。劇場版のアニメとしてはやや造りが雑な個所があったりもしたけど、総体的にキャスト、演出、作画ともにかなり高水準だった。空間の描き方が上手く、また殺陣も早すぎず遅すぎないちょうどいいリズムで見ごたえがある。ただ仕方ないとはいえ、原作及び原案を強めにアレンジした部分が目立つ(バトやフォイニクスの描写など)し、特に今回はやや駆け足ではあったけれど、それでも「岩明均エウメネス」の生涯をきちんと描き切ったという点は最大限評価すべきだと思う。戦争描写に関しては、本作では特にガビエネの戦いが圧巻で、地上の一兵卒の視点から重装歩兵陣の恐怖と個人の戦闘技術を鮮明に描き、そのまま鳥が飛び立つように視点が上がり、古代地中海世界の戦争の醍醐味でもある集団対集団のダイナミックな動きを描写する手法はさすがの一言。ラストシーンの匂わせも素晴らしかった。草原、柵の向こう、愚かな王子パリス……多くの比喩表現が示すことの結末は儚くもとても優しいもののはずだ。アンティゴノスの表情が隠されているところもポイントが高く、岩明均ならばこう描いただろうと確信をもって断言できる。オールタイムベストに挙げられるレベルの傑作。主題歌が[Alexandros]なところも良い。

《印象的なシーン》アンティゴノスがエウメネスにかける最後の言葉。

 

 

文字を喰う人(1992年、日本、監督:真崎有智夫、65分)

 山口市内の古びたビデオショップで一目惚れして購入。形式はDVDだけど、元はVHSで出ていたらしい。タイトルが印象的でジャケットも出来がよかった。肝心の内容は……よくわからなかった。主題が食事なことは間違いないけど、それだけじゃない……のかなあ。前半の事件もしくは事故を思わせるシーン、たくさんの群衆に顔がないこと、後半の店主の男が語る意味深な台詞など考察ができそうなモチーフや伏線らしきものはたくさんあるけど、それがあの結末にどう結びつくのかピンとこない。食事シーンはジャケット的にヤン・シュヴァンクマイエル作品みたいにストップモーションで文字を食べるのかと思っていたけど、本当に食べられるものを作って役者が実際に食べているようだった。この点だけは本当に素晴らしくて、あとで読んだ原作のイメージの通りだった*3。もう一度見てみようかなとは思っている。

《印象的なシーン》「壜」にナイフを突き刺した瞬間の触感描写。

 

*1:原著が全訳されるのが89年で、本映画が日本で公開されたのが88年だから、既訳に忠実に訳せという批判は的外れではある

*2:これは公式サイトでの謳い文句だけど、正確な表現なのかはよくわからない。少なくとも40分程度とはいえ「きまぐれロボット」が2008年に作られている。ただ、この作品は劇場公開されてはいないようなので、ここでいう長編映画とは劇場で公開された映画ということかもしれない

*3:原作を調べて初めて知ったけど、この映画は自主製作映画で、原作も監督が書いた同人小説らしい。どうりで検索しても感想の類を発見できないはずだ。そう考えると、映画の完成度もこんなものかと納得できる