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ポルノグラフィティの「風景描写」10選

はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選

 

 ポルノグラフィティにおける歌詞は岡野昭仁さんと新藤晴一さん(以下敬称略)の二人が担当していて、それぞれに特徴があっておもしろい。今回は風景描写で選んでみた。

 

 

1.アゲハ蝶(作詞:新藤晴一

 ポルノグラフィティの風景描写といえばまずはこれ。後年に晴一がどこかのインタビューで「技巧に走りすぎた」と言ってたけど、その技巧の塊のような歌詞がたまらない。冒頭のアゲハ蝶の描写、旅人と演劇、壮大なサビ、どれも短文でたくさんの情報を頭に叩き込んでくれる。ひらひらと舞う蝶、空、海、光、オアシス(と対比で連想する砂漠)、多彩な色、そして幻想的な風景が広がる。若き日の晴一の日本語力が爆発する一曲。

喜びとしてのイエロー 憂いを帯びたブルーに
世の果てに似ている漆黒の羽

アゲハ蝶

アゲハ蝶

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2.月飼い(作詞:新藤晴一

 晴一の作詞でストーリーの流れがあるような曲は他にも「カルマの坂」や「横浜リリー」などがあるけどその中でも「月飼い」は白眉の一作だと思う。水だけが入った水槽を窓辺において「月を飼う」というロマンティックの極致みたいな設定を目の前にちらつかせ、最後には一人になった主人公(?)が水を棄てて「月を空にかえす」という完璧な構成。情景の美しさ、そして印象的なラストシーン。おれは死別かなと思ってるけど、何も告げずに遠くへ旅立った恋人に会いに行くラストともとれる。

窓の外に水を捨てた 月を空にかえした

月飼い

月飼い

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3.ロスト(作詞:岡野昭仁

 現実のできごとをベースにした歌詞*1で、とにかく色彩の描写が豊かなのに華やかさはなく、煤けた色合いのイメージが強い。後半の描写は昭仁の歌い方も相まって心を抉られるほど哀しく、そして灯がともるように優しい。「生まれた街」と並ぶ昭仁の「故郷≒田舎町」描写の傑作。この二曲があるからというのもあるけど、どこか昭仁の描く「故郷」には亡母のイメージが色濃い気がする。

茜色の空 夜は迫る 浮かび上がるのは一番星
繰り返されゆく不変の渦 明日もそれは同じで

ロスト

ロスト

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4.デッサン#2 春光(作詞:新藤晴一

 こちらも「ロスト」と同じく現実の出来事*2をベースにしている。やや抽象的な描写が終盤まで続き、最後に「病室」という単語が聴こえることで、これが親しい人が入院しているときの歌であることがわかる。どこか肌寒く、けれど陽射しは暖かい季節感や病室という寂寥感が、淡い色彩で描かれた水彩画のように浮かび上がる。もし誰か描いてくれるならそういう絵が見てみたい。

見上げた空も色付きだした花も唄う鳥も
悲しんではくれないね

デッサン#2 春光

デッサン#2 春光

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5.パレット(作詞:新藤晴一

 これは「愛が呼ぶほうへ」のプロトタイプと言うべき歌詞で、語り手(?)はヒトではなく、ちょっと高い位置から失恋した〈君〉に語り掛けている。「愛が呼ぶほうへ」よりは風景の描写が濃く、その分「愛の擬人化」という側面はやや薄い。どちらかというと「パレット」は実直な恋愛で、「愛が呼ぶほうへ」はもっと広い包むような愛を歌っている。後半で雨が降っているにも関わらず、一貫した高い空の爽やかなイメージ。特に下段の「青色」の表現は同年代で文筆志向者だったら発狂していたと思う。

パレットの上の青色じゃとても
描けそうにない この晴れた空を
ただちゃんと見つめていて ありのままがいい

パレット

パレット

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6.MICROWAVE(作詞:新藤晴一

 風景描写とはちょっと違うかもしれないけどぜひこの曲も入れておきたい。頭の中をガラクタ倉庫だとかろくなものが入っていない金庫だとかに例えるのはよくあるかもしれないけど、冷蔵庫に例えるのはたぶん他に例がないと思う。短い単語の羅列で情景をきっちり想起させる。深夜に冷蔵庫の灯りだけが輝く暗い部屋、というイメージはそのまま古い記憶を思い出すタイミングと重なる。こういう短い単語を羅列する手法は「あなたがここにいたら」にも通じる。

まるで冷蔵庫 僕の頭 全部冷え切ってて 干からびたものばかり
凍えたピザ 乾いたハム 涙 古い記憶 純情のようなもの

MICROWAVE

MICROWAVE

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7.AGAIN(作詞:新藤晴一

 夜明けが近い冬の深夜。おそらく「過去の自分」である「君」に想いを馳せる歌。眠らない街には住んだことがないから断言はできないけど、この描写の素晴らしさは地方の県庁所在地の都市に住んでいる人間なら直感的に理解できると思う。早朝に営業を始めているのはコンビニしかないような国道沿いの公園、何とも言えない霧のような朝靄、そしてそういう国道では早朝は交通量が少なく、大型のトラックだけがたまに通り過ぎていく。どこをモチーフにしたのかはわからないけど、写実という意味でものすごく好きな一曲。

国道沿い 冷えた公園の 薄い乳色の朝もや

AGAIN

AGAIN

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8.青春花道(作詞:新藤晴一

 あまり人気のある曲ではないけど、決して逆張りで挙げているわけではなくて、こと風景描写に関してだけいえば「青春花道」はマジでものすごくレベルが高い。この歌詞が凄まじいのは、短い一文で前提の事情とそのあとに起きてしまうことがはっきりと理解できてしまうこと。他にもあるけど、例えば……「ありがとう」だけが本当の言葉だった間抜けな男がどんなやつで、これから何をしでかしてしまうのか。圧縮された情報の塊が頭の中で爆発する快楽を味わえる。とにかくその一瞬のためにだけに聴いてみる価値はある。

旧校舎で二人聞いた 彼方に響く 雷鳴“怖いね”と言った瞳

青春花道

青春花道

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9.Aokage(作詞:岡野昭仁

 一瞬の差し脚はないけど、全体の描写力で勝負するという「青春花道」とは逆の王道タイプ。本当になんでもないティーンの日常風景だけで完結している歌詞で、どちらかというと詩文よりは散文に近いと思う*3。他に挙げた曲と違い「この表現!」という歌詞があるわけではない。なんというか……表現が難しいけど、聴いているとたまらなくなってくる。

あのタバコ屋さんを曲がったら赤い屋根が見えてくる
大きな犬がいつものように吼えてくるはずだから
それを合図に君が窓から顔出して笑ってる
そうだとうれしいんだけど…

Aokage

Aokage

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10.ルーズ(作詞:新藤晴一

 キングオブ風景描写。技巧に走りすぎたのが「アゲハ蝶」だとしたら情緒やテーマ性と風景描写の均衡がとれているのが「ルーズ」。意味を明確に説明できそうでできない比喩を交えた都市描写、言葉にできない関係性であることが一瞬で理解できる短い言葉、そして全体を貫くテーマ性がジャスト5分の小宇宙の中で表現されている。風景描写と心情描写がこれ以上ないほど濃密に重なり合った傑作。

夜を抜けた街は飴細工みたいに
恋人たちの想い 巻き込んだまま
歪んで捻れ 混ざって溶けてゆく

ルーズ

ルーズ

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*1:作詞の九年前に亡くなった母親のことを歌っている

*2:亡くなった父親を歌っている

*3:もしくはあだち充作品