電羊倉庫

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キミは熱血ギャグ漫画家、島本和彦を知っているか?

 君は島本和彦先生*1という漫画家を知っているだろうか。

 北海道で生まれ育ち、大阪芸術大学では同級生だった庵野秀明監督らと交流(?)し、現実と理想のギャップに苦しみながらも確かな観察眼で時流を読み、創意工夫で夢を掴んだ男、島本和彦を知っているだろうか。

 本業の傍ら様々なイベントにも精力的に参加し、一時はラジオMC、現在は社長業をも兼ねている多忙な漫画家、島本和彦を知っているか。

 オリジナルでは初の連載作『炎の転校生』で一世を風靡し、その後いろいろなことがありながらも意欲的に漫画を描き続け努力をかかさず、ついには『アオイホノオ』で小学館漫画賞の栄光に輝いた男、島本和彦を知っているだろうか。

 

 ……と、偉そうな書き方をしているけど、島本作品はタイトル数がかなり多いし諸般の事情で紙の本として入手しにくいものもあるから全作品を読めてはいない。だからあまり大上段で語るべきではないのかもしれないけど、とても好きな作家の一人だからどうしても語ってみたくてこの記事を書いている。だから「島本和彦論」とかそういう肩肘の張ったものではなくて、もっと気楽な「ぼくが気が付いた島本和彦の良いところ!」くらいの文章として読んでもらいたい。

 

 まずはやっぱりギャグだ。半自伝風フィクション漫画『アオイホノオ』ではやや自虐的に描いているけど、絵をかいてそれに言葉を付ける漫画というスタイルで人を笑わせることに関して島本和彦には無類の強さがある。絵がないと成立しないけど言葉がなくても成立しない。

 例えば『炎の転校生』後半に騎馬戦で戦うシーンや、『吼えろペン』で強盗の似顔絵を描けと迫られたアシスタント大哲が提出したイラスト、『仮面ボクサー』最終章前編の最後の流れなど。読みきりならば「恋の資格がナッシング」「ほとんどヒーロー」「ブライダルソルジャー」など、挙げていけばきりがない。もちろん、これらのギャグの何が面白いのかを文章で説明するほどアホ(もしくは自信過剰)でもないから、ぜひこの辺の作品をどうにかして入手して読んで、笑ってほしい。

 ちなみにこの中では『仮面ボクサー』が比較的力技で『炎の転校生』が技巧的だ。力技は勢い重視で、技巧は言葉遊びに近い、というと分かりやすいと思う。こういう剛柔どちらも取り入れて上手に使っているところはやっぱり天性のセンスなんだと思う。

 

 そして上記のギャグセンスと人を奮い立たせる熱血が絶妙なバランスを保っているところが素晴らしい。島本和彦は熱血展開がある程度続くと半ばギャグとして冷や水を浴びせる展開を作ることが多い。そして主人公は冷や水を浴びせられながら、絶妙な屁理屈を真剣に考え、そこから立ち上がり前を向く。一冊の単行本の中で腹を抱えて笑い、ちょっと冷静になり、そして人生を切り拓く漢気……とまではいかないまでも、前を向くためのささやかな勇気がもらえる。

 多数の島本作品の中で最も均衡がとれているのが『逆境ナイン』だ。地区大会予選で100点差をつけられるという他に類を見ないかなり破天荒な展開を真剣に描いて読者の笑いを誘いつつ、そこからいかにして事態をひっくり返すかをまた真剣に描く。展開も解決方法もかなりフィクション係数が高いけれど、一貫して真剣に描かれているからある種の爽やかさがあり熱気で胸が熱くなる。そして終盤には度肝を抜く展開やある種の王道を描きつつ、作品のテーマに決着をつけて終結する。もちろん、これは『逆境ナイン』に限らず、ある程度長く連載したストーリー漫画(『男の一枚 レッド・カード』など)にはそういう傾向がある。

 これがファンを惹きつける最大の魅力だ。

 

 そしてあまり言及されないけど、最大の美点はバランス感覚だと思う。先段の説明の通り、島本和彦はある程度熱血な展開を続けたあとに冷や水を浴びせる展開を作るけれど、その役割を女性に負わせることが多い*2冷や水を浴びせるというのはつまり「別の視点」を描くということで、自分の主張≒主人公の言動にクエスチョンマークを付けるということだ。ここでもちょっと書いたけど、やっぱり自分の主張や善悪に対する客観性を保つこと、そして自分と異なる属性のキャラクターにある程度いい役割を負わせることは、作品が独善に陥らないために大切なことだ。

 そんなの当たり前だろ、と思う人もいるかもしれないけど、全くそんなことはない。おれも他人のことをとやかく言えないかもしれないけど、客観視やバランスをとると言うことに少しも気をかけていない商業作家*3なんかいくらでもいる。特に年老いた作家はだんだんと客観性を失い自分を全肯定し始める傾向がある*4。だからこそ30年以上創作を続けながら一定のバランスを保つことがいかに難しいかがわかってもらえると思う。

 攻撃的であまり良くない書き方になってしまったけど、これは島本漫画が読みやすい要因の一つなはずだ。

 

 ジャンルとしてはギャグと熱血しか取り上げなかったけど、島本作品はそれだけではない。パロディ漫画(「あしたのガンダム」など)だったりシリアスな漫画(『BATTLEフィールド』など)なんかも描いている。ちょっと変わり種でいえば『ワンダービット』はオムニバスSF漫画集というべき作品で、実験的な手法で作られたり、設定がかなり凝っていたりと島本作品で五指に入るほど面白い。SFと言えば、諸般の事情で短期で終了してしまったけれど『アスカ@未来系』はもっと長く続いて欲しかった作品の一つだ。コミカライズもガンダムウルトラマン仮面ライダーとキチンと作り上げている。こういう幅の広さが漫画家を長く続けていられる秘訣かもしれない……なんて偉そうな言い方になったけど、結局のところ言いたかったのは下記の一文に要約される。

アオイホノオ』の続きを、そしてあわよくば新しい物語を、もうしばらくだけでも楽しませてほしい。

 

 

 

 完全に余談だけど、『吼えろペン』には盟友の藤田和日郎先生*5の漫画『からくりサーカス』のパロディ『からぶりサービス』が登場するんだけど、この漫画経由で藤田和日郎に興味がわき、『うしおととら』を始め藤田漫画を集めるようになった。そういう意味では島本和彦は間接的に藤田和日郎を紹介してくれたと言うことになる。

 ただ、本家を読む前にパロディを読んでしまったもんだから色々誤解していて、『からくりサーカス』の主人公である才賀勝が『からぶりサービス』の主人公である食賀優のようなこと*6になってしまうものだと思い込み、ずっと暗い気持ちで『からくりサーカス』を読み進めていた。結局そうはならなかったんだけど、もし事前情報(?)なしの純粋な状態で『からくりサーカス』を読んでいたらどんな気分で終盤を迎えていたんだろう……と考えてしまう。

 

 

 

 

*1:以下敬称略

*2:炎の転校生』高村友花里、『吼えろペン』星紅など

*3:一応断っておくと漫画家に限らない

*4:本編とは関係ないから注釈に入れるけど、自分の作品で自分の主張を声高に叫び、周囲のキャラクターに全肯定させるだけの作品を描くようになる。誇張された悪役を正義の主人公が言論で叩き潰し、周囲の人間はただ「なんて正しいんだ」「よく言ってくれた」と賛美する、という作品は結構多い。もちろん娯楽としては正しいかもしれないけど……あれは一種の創作の墓場だ。

*5:以下敬称略

*6:島本和彦吼えろペン 第八集』P171