電羊倉庫

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O・ヘンリ『O・ヘンリ短編集(一~三)』〔世界で愛される名作。いろいろな短編があって素晴らしいけどちょっと訳語が古めかしい〕

 O・ヘンリの小説を初めて読んだのは中学生くらいのころだったけど、一巻一作目の「赤い酋長の身代金」がいまいちピンとこなくて読み進めることなくそのまま放置していた。きちんと全部読んだのは高校の終わりか大学のはじめくらいのころで「へえ~けっこうおもしろいじゃん」とか「あっ、有名なあの話の元ネタってこれかあ(「最後の一葉」)」くらいの感想だったのを覚えている。

 その後ロアルド・ダール、サキなどの有名所を読んで「そういえば海外ショートショート/短編作家で初めて読んだのO・ヘンリだったなあ」と懐かしくなった。思い返してみると非SF/ファンタジーの海外小説で初めて読んだのもO・ヘンリだった。そう考えると自分の読書体験的にけっこう重要な擦過だったのかもしれない。全三巻だけどあまり厚くもないしサクッと再読しようかな……というわけで新潮文庫版の全三巻を、それぞれ一冊の中でのベストを選びながら読み返した。

 

『O・ヘンリ短編集(一)』

 ベストは「ハーグレイブズの一人二役」かな。再読なのにオチを完全に忘れてて、しかもタイトルを覚えていれば容易に察しが付くのに、思わず膝を叩きそうになるくらい感動してしまった。「緑の扉」とか「よみがえった改心」みたいなストレートなハッピーエンドも好き。まあ、「よみがえった改心」については無罪放免でいいのかよ!?と思わなくはないけど、まあそれはねえ……。

 ちなみに「自動車を待つ間」は好きだけど嫌い。いや、そのくらいの嘘は許してやれよ、って思うのはポルノグラフィティ「ルーシーに微熱」「LiAR」みたいなのが好きだからなんだろうなあ。「桃源郷の短期滞在客」と分かりやすく対になっているあたり、O・ヘンリが虚栄心にかなり否定的なのがわかる。

 

『O・ヘンリ短編集(二)』

 印象的なのはラストを飾る「運命の道」だ。マルチバッドエンドというべき作品で、どちらかというとロアルド・ダールみたいな味がする。最後のくだりが伏線回収のような働きをしているところが上手い。一巻に比べてバッドエンドというかブラックユーモアな作品が多く、「詩人と農夫」「犠牲打」「二十年後」なんかも割とバッドエンドっぽい。

 ほかにも「賢者の贈り物」なんかは超有名作品だけあって筋はほぼ覚えていたけど、何回読んでもいいなあって思えるあたりやっぱり名作だ。「千ドル」みたいな陽気でどこか都会的な良い男は好き。ベストは……うーん……「賢者の贈り物」「千ドル」「運命の道」のどれか。

 

『O・ヘンリ短編集(三)』

 前二巻に比べてアベレージヒッターというか、とびぬけて好きな作品が一つ二つある、ってタイプじゃなくて全編が割と平均的に好きな短編集だった。

 ベストは難しいけど「愛の使者」「伯爵と婚礼の客」「心と手」かなあ。こうやって選ぶとハッピーエンド好きという性癖がよくわかっておもしろい。「心と手」みたいな犯罪者と警官という立場の入れ替わりでオチをつけるのはアメリカでは割とメジャーなのかね。スタージョンの最初期の掌編にもそんなのがあったような気がするし、思い出せないけどほかでも似たような設定を見たような気がする。もしくはO・ヘンリがその手法の開祖だったりしないよね?

 虚栄心とかそういうのに否定的な印象のあるO・ヘンリにしては珍しく「伯爵と婚礼の客」ではハッピーエンドを用意してくれている。「愛の使者」は星新一「肩の上の秘書」を思い出したけど、似ても似つかない穏やかで優しい物語がいい。

 

 

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 こうやって読み返してみるとサキやロアルド・ダールよりO・ヘンリが好みで、あまりブラックではないユーモアとかちょっとした人情話が好きなんだなって再確認できた。もちろん「警官と讃美歌」みたいにハッピーエンドとは言えない作品もあるけど、あんまり突き放してないというかダーンとオチをつけるためにキャラクターを地獄に突き落としたりはしない……って表現が正確かはわからないけど、ともかくそう思った。サキはともかくダールはけっこう突き落とすからなあ。バッドエンドでもどこかユーモラスに感じるって点ではやっぱり星新一もこの系列かな。

 と、書いていて分かったけど「嘲笑を浴びせない」ってところかもしれない。天の視点としての作者の考えがあまり見えないというか、ラストシーンで嘲笑う誰かの顔が思い浮かばないというか。まあ、そんな感じ。例えば「手入れのよいランプ」なんかはダールが料理したらかなり攻撃的で苦い味のする短編になってた気がする。

 けっこう装飾が多い文体で、この点でもダールやサキと好対照な気がする。もちろんO・ヘンリが読みにくいというわけではないけれ、すんなり読み進められるのはどれかというとダールかなあ。こうやって読んでみると訳文の古さが気になってくる。新しめの翻訳のほうも買うべきか。