電羊倉庫

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J.L.ボルヘス『伝奇集』[短編小説/短編集の良さを再確認できた]

 もともとはネットで見かけた「読むべき傑作SF百選」みたいなのに入ってたから一応読んどくか……と手に取った本だったけど、そんな軽い気持ちは最初の二ページくらいで粉々された。

 ぜんぜん頭に入ってこない。本当、意味が分からないとかじゃなくて読みにくくて仕方なくて内容をうまく理解できなかった。続きを読もうという気がまったく起きない。

 

 で、長らく本棚の肥やしにしていたけどレム『完全な真空』を読み終えたときに「この流れなら(?)読破できるかもしれない」と意を決して取り掛かった。やっぱり最初の二編が辛くてくじけそうになったけど、「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」くらいからどうにかついていける気になれて、「バビロニアのくじ」が中島敦「文字禍」みたいな空気感が心地よくて、それまでの苦労が嘘みたいに楽しめた。こうやって読んでみると『完全な真空』は本当にボルヘスの影響下にあるだなあ。ドン・キホーテ決定論、神と宇宙と題材も共通してるものがいくつかある。もちろん、レムが言ってた「非SFの限界」みたいなこともその通りだとは思う。ボルヘスがもっとSF的な手法を使っていたらどんなものを書いていたんだろう、なんてことを考えてみるのも結構面白いんじゃないかな。

 解説でシンプルな文体が良いみたいなことがかかれていたけど、正直《工匠集》にはうなずけるけど《八岐の園》の特に架空の書評系はあまりシンプルな文体とは言えないんじゃないと思う。かなり衒学的だし。全体的には読みやすいような、読みにくいような、が交互にやってくる不思議な読書体験。そもそも純文学がそういうものなのかね?

「バベルの図書館」は山尾悠子、「八岐の園」はヘレン・マクロイ「東洋趣味」っぽかった。いや、順序から言えば逆なんだろうけど。ベストは「隠れた奇跡」か「バビロニアのくじ」かなあ。特に前者は奇妙な味っぽさがとてもよかった。全体的にも《工匠集》のほうが好き。

 

 感想本文からはちょっと離れるけど、本書は序盤で躓いてそのまま放置していたのに後年再挑戦して気持ちよく読破できた珍しい一例だ。たいていは序盤で嫌になったらそのまま放置して再読しようなんて気になることもない。もちろん、タイミング(レムの小説に触発された)もあるけど、本書が短編集だったというのも大きいと思う。特に本書の収録短編は短く、どんなに気に入らなくても十ページも我慢すれば次の物語にたどり着くことができる。新しい物語には可能性がある。もしかしたら気に入るかもしれない可能性、吐き気を催す可能性、感銘を受ける可能性、ほかにもいろいろ。だから、とりあえず手に取ったのなら一冊くらいは根気強く付き合ってみるのも必要なんだと思う。

 ちょっと表現が悪くなるけど、とりあえず「読み飛ばして先に進む」のも時には大切なのかもしれない。

 

 

収録作

《八岐の園》

「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
「アル・ムターシムを求めて」

「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」
「円環の廃墟」
バビロニアのくじ」
「ハーバード・クエインの作品の検討」
「バベルの図書館」
「八岐の園」

《工匠集》

「記憶の人、フネス」
「刀の形」
「裏切り者と英雄のテーマ」
「死とコンパス」
「隠れた奇跡」
「ユダについての三つの解釈」
「結末」
「フェニックス宗」
「南部」