電羊倉庫

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江面弘也『名馬を読む』[中国史書で言えば本紀。生涯戦績、繁殖成績、社会現象、特異な事績など]

 基礎資料として評判が良さそうだったので購入。ここでも書いたけど、おれはウマ娘から競馬(競走馬)に興味を持った人間で、ネットで競走馬のエピソードを調べたりするのが最近の楽しみだったんだけど、某所で「興味を持ってくれるのはいいけど、できればちゃんとした本で調べてほしい。元ネタまとめには噂話レベルのものがあったりするから」と言ってる人がいて、言われてみれば楽に手に入る情報に依存してしまっていたかもなあ……というわけで、手頃なボリュームだし評判もそれなりに良さそうなので、本書を手に取った。

 

 JRA顕彰馬を時系列順*1に取り上げるという構成で、顕彰馬を介して日本競馬の流れを知ることができる。特に戦前戦後の競走馬については大まかにバックボーンも語られていて、現代とのギャップという意味でも面白かった。中央競馬より地方競馬のほうが人気があるなんて時代があったんだ……とかそんなに頭数少なかったことるのか……とか。

 日本競馬史の入門書としてかなり良いんじゃないかな。ただし、名馬の伝記のような体裁の都合で説明が多いとは言えないから、ある程度の基礎知識は必要になる。重賞レースのおおよその時期や距離*2は把握していないと混乱するだろうし、ちょっと変わったところだと、「奇跡の血量」やエルコンドルパサーの配合は、(ウマ娘経由で得た)馬の血統について必要最低限の知識がなかったら、たぶん何を言っているのかサッパリわからなかったと思うけど……まあ、そこまで知識がない人はさすがにメインターゲット層じゃないか。

 発行当時未選出だったロードカナロアキタサンブラックを除く32頭の顕彰馬が各々10ページくらいで語られている。紙幅の都合で綿密な伝記とは言えないけど、顕彰馬たちがどんな「名馬」だったかを概ね知ることはできる。選出の理由も様々みたいで、生涯戦績では突出したものがないけど、特異な事績を挙げた馬や生涯成績よりも繁殖成績の優秀さを評価された馬、競馬という枠を超えた人気を獲得した馬など、一口に顕彰馬といってもいろいろなタイプがいる。

 個々のエピソードだとハイセイコーオグリキャップの比較(ハイセイコーブームの中の競馬人気と競馬ブームの中のオグリキャップ人気)や対照的な生涯を歩むことになったトウショウボーイテンポイントが印象的で、特にテンポイントはかなりキツイ最期なだけに読むのがつらいところもあった。著者の筆が乗っているのもたぶんテンポイントの記述だったと思う。

 調教師や馬主などの周縁のエピソードも盛り込まれている。馬をめぐっての人間関係もいろいろあるみたいで特に馬主と調教師の関係性は(良いにしろ悪いにしろ)馬の生涯に大きな影響を及ぼす。主役はもちろん馬だけど、周りの環境も重要。そういう周囲を含めたJRA公認の偉大な名馬たちのエピソード集ということで、中国の歴史書でいえば本紀に近い。そうなってくると列伝や世家なんかも読みたくなる。次はどのへんに手を出そうか……とりあえずはこのシリーズの二巻と三巻かな。

 

 あと、これは本当にどうでもいいことだけどカギ括弧を半角だけ下げてるのがちょっと気になった。カギ括弧を一字下げるか下げないかは時代によって流行があるみたいだけど、本書のように半角だけ下げてるのは初めて見る。競馬業界の習慣なのか、筆者の書き癖なのか、もっと別の理由なのか。

収録内容

《第1部 戦前―競馬の黎明期》

クモハタ
セントライト
クリフジ

《第2部 戦後―競馬の復興期》

トキツカゼ
トサミドリ
トキノミノル
メイヂヒカリ
ハクチカラ
セイユウ

《第3部 高度成長時代―競馬の大衆化》

コダマ
シンザン
スピードシンボリ
タケシバオー
グランドマーチス
ハイセイコー

《第4部 昭和50年代―競馬の成長期》

トウショウボーイ
テンポイント
マルゼンスキー
ミスターシービー
シンボリルドルフ
メジロラモーヌ

《第5部 バブルの余韻―日本馬のレベルアップ》

オグリキャップ
メジロマックイーン
トウカイテイオー
ナリタブライアン
タイキシャトル
エルコンドルパサー

《第6部 2000年代―世界の中の日本競馬》

テイエムオペラオー
ディープインパクト
ウオッカ
オルフェーヴル
ジェンティルドンナ

 

 

*1:顕彰馬に選出された順ではなく、馬の生年順

*2:特に天皇賞の春秋の区別