電羊倉庫

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ハーラン・エリスン『死の鳥』[エリスンのベスト短編集]

 エリスンを初めて読んだのは大学生のころで、もちろん『世界の中心で愛を叫んだけもの』だった。

 強烈なタイトルはいろいろなところでパロディにされているし、たぶんテレビ版『エヴァ』の最終回のサブタイトルに引用されていることと片山恭一『世界の中心で愛を叫ぶ』の元ネタ(?)とされていることが有名だと思う。

 こういう印象的なタイトルは大好きで、同短編集なら「殺戮すべき多くの世界」や「ガラスの小鬼が砕けるように」なんかがたまらなくて、意味が分かりそうであんまりよくわからない感じも素晴らしい。翻訳本だからちょっと高かったけど、良い買い物をしたぜ!と意気揚々と家に着いたことすら覚えている。そのくらい期待値が高かった。

 けど、内容はまったくわからなかった。いや、本当に。なにが起きているのかわからない。わからなさすぎて「あっ、エリスンってあわないな」と思って一作目で読むのをやめた記憶がある。で、しらばらく時間をおいて(金欠でほかの本を買う余裕がなかったこともあって)再挑戦したけど、やっぱりあまり高くは評価できていなかった。結局、エリスンをちゃんと好きになったのは二十代前半くらいのころに国書刊行会のアンソロジー『ベータ2のバラッド』で「プリティ・マギー・マネーアイズ」を読んでからだった。その後、『危険なヴィジョン1』*1での「世界の縁にたつ都市をさまよう者」やドナルド・A・ウォルハイム/テリー・カー編『ホークスビル収容所』で「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」を読んで、あのしびれるような読書体験が忘れられなくなった。

 それだけに『死の鳥』と『ヒトラーの描いた薔薇』、やや時間をおいて『愛なんてセックスの書き間違い』が刊行されると知ったときは嬉しかった。もちろんすべてすぐに購入し読破した。けど、初めて手に取った『世界の中心で愛を叫んだけもの』を再び手に取ろうとは思えなかった。たぶん、ちょっとしたトラウマというか、初対面の印象が悪すぎて手に取るのを躊躇しているのだと思う。

 じゃあリハビリをしよう。

 

 ということでお気に入りの『死の鳥』を読み返してみた。

 この短編集も初読のときは「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」と「ランゲルハンス島沖を漂流中」がイマイチというかよくわからなかった記憶がある。けど、読み直してみるとそんなことはない。特に「ランゲルハンス島沖を漂流中」は初読のときよりずっと印象が良くなっている。この辺は読解力というより読んだときのコンディションの問題かもしれない。

 逆に「プリティ・マギー・マネーアイズ」は初めて読んだ時より若干感動が薄れている。面白くなかったわけじゃないけど初めて読んだときの衝撃はちょっと色褪せていた。もちろんP97ほぼ全文の異常なまでのリズムの良さは、ほんとう、どうにかしてマネしたいくらい好きなのは変わらない。たぶん、初読の時が好印象すぎてちょっと思い出の中で美化していたのかもしれない。通して読み返さず気に入ったところだけを眺めてたりしていたし。

 白眉はやっぱり「死の鳥」と「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」「世界の縁にたつ都市をさまよう者」で、特に「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」は暴力性もさることながらラストシーンが素晴らしい。単純な暴力描写でいえばたぶん「世界の縁にたつ都市をさまよう者」が一番かな。まあ、「世界の縁にたつ都市をさまよう者」は『危険なヴィジョン』収録のロバート・ブロック「ジュリエットのおもちゃ」とセットで読みたいところというのもある。

 エリスンの短編はかなりの数が翻訳されたけど、やっぱりこの短編集がベストだ。事実上の傑作選だと思う。

 

収録作

「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」
「竜討つものにまぼろしを」
「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」
「プリティ・マギー・マネーアイズ」
「世界の縁にたつ都市をさまよう者」
「鞭うたれた犬たちのうめき」
「北緯38度54分、西経77度0分30秒 ランゲルハンス島沖を漂流中」
「ジェフティは五つ」
「ソフト・モンキー」

*1:当時は一巻分しか出てなかった