電羊倉庫

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アルフレッド・べスター『イヴのいないアダム』[キレる名作短編とオムニバス式中編]

 乾いた文体で会話文が多くてテンポが良く、全体的に初読の時と感想は変わらない。

 圧巻の名作「ごきげん目盛り」はいつ読んでもどれだけ読んでも肌が泡立つ。この作品のためだけに購入する価値はあると思う。一人称形式の自我の混乱はおれが書きたかったものそのもので、これまで読んできた短編小説の中でも五指に入るほど好き。リズム、異物感、テンポ、展開、暴力、悲哀……どれも素晴らしい。「ごきげん目盛り」が頭二つは飛びぬけて良くて、あとは「昔を今になるよしもがな」と「地獄は永遠に」という感じかな。

「昔を今になすよしもがな」は筋が映画っぽくて印象深い。絶妙な倫理観と性格をしている二人の登場人物について、べスター本人は、

「自分が使い古されたテーマにとり組んでいることはわかっていたが、そのカップルを頭のいかれた人間にして、その狂った目を通して世界をながめれば面白いかもしれないと考えた」(本書、P403-404)

 と言っているけど、「頭のいかれた人間」というより思春期以前に逆戻りした二人って感じがする。ジムは模型やラジオにか興味を示さず、リンダは部屋を飾り立て美しくることにしか関心がない。紋切型な考え方かもしれないけど典型的な男の子と女の子で、終盤に本当の命の危機に晒された二人がどんな行動をとったか。そして、彼らの大切なものがどうなったか。最後の一段落の描写を含めて、思春期の終わり≒逃避の終わりが描かれている……ような気がしている。前に進めたような、けど哀しいような、でも彼らも結局は……と不思議な気持ちになる。

 ちなみに軽く感想を漁ってみたら「地獄は永遠に」が長すぎるし内容も微妙みたいなこと言っている人がそれなりにいた。長すぎるっていうのは同意できる(というより、もうひと気持ち長ければ単作で本にしたほうがしまりが良いって意味で)けど、内容が微妙ってのは、ちょっと同意できないなあ。退廃趣味な五人の登場人物たちが堕ちる多種多様な地獄のオムニバスみたいな作品だけど、描写や皮肉の度合いはどれも高品質だ。特にブラウ(P328の辺り)とテオーネ(P339の辺り)は素晴らしい。まあ、オチはイマイチというかよくわからなかったけど、それを差し引いても良い作品だと思う。

 あと、ちょっと気になったのが「くたばりぞこない」で、エリスン「ロボット外科医」も似たような趣旨の作品で、ディックに至っては全般的にそんな傾向があるけど、なんとなく機械化に拒否的なのは時代柄なのかな。いまはどちらかというと逆の印象。

収録作。

「ごきげん目盛り」
「ジェットコースター」
「イヴのいないアダム」
「選り好みなし」
「昔を今になすよしもがな」
「時と三番街と」
「地獄は永遠に」
「旅の日記」
「くたばりぞこない」