電羊倉庫

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ポルノグラフィティ「悲観と陰鬱」10選

1.音のない森(作詞:岡野昭仁

 岡野昭仁さん*1初の作詞作曲のシングルにしてドン底ネガティブ岡野昭仁心情吐露ソングの原点。人生を静まり返った暗い森に例えて、閉塞感や将来への不安を描いている。ミュージシャンが唄う〈音も無いこの深い森に怯えて〉という表現が胸に刺さる。ただ、後年楽曲に比べてまだ救いがあって、特にシングルCDを通して聴くと「sonic」で〈陽のあたる場所〉*2に抜け出せたのかな、と思うことはできる。

苦しくて叫ぶ声 届かない 何を待つ?
蜘蛛の糸? 青い鳥? 救いを求め天を仰ぐ

音のない森

音のない森

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2.鉄槌(作詞:新藤晴一

 新藤晴一さん*3の巧さが光る。裁判と収監という罪人が受けるプロセスだけを描いているけれど、聴いている多くの人は「理不尽な抑圧」を連想するはずだ。ストレートに読めば、ネットリンチ(〈仮面をつけた判事〉はそういうことだと思う)のような一方的な言葉の暴力、レッテル貼りに苦しめられる終わらない地獄を監獄といて表現している。もしくは晴一がよく取り上げる「過去の自分」が視点者で〈あいつ〉は「変わってしまったいまの自分」とも読めるかもしれない。

無駄とは知りながらスプーンで抜け穴を
掘っているんだ手伝うかい?

鉄槌

鉄槌

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3.Human Being(作詞:岡野昭仁

 強烈な皮肉の歌。ここでも書いたけど昭仁の歌詞には切実さがある。これは技術の問題ではなくてタイプの問題で、一人称視点に張り付いた表現を多用するからだと思う。扱っているテーマが違うから単純には比較できないかもしれないけど、同じ皮肉っぽい歌「オレ、天使」との最大の違いは皮肉の対象に自分自身を含めているかどうかだ。「オレ、天使」は天使の視点に仮託していて、人類を外の視点で観ているのに対して、「Human Being」は愚かな人類の一員として唄う。切実だけど、そのせいで若干聴きにくさはあると思う。

私は人間です
気付くのが少し遅いようです
全て壊していつか私も消えてしまうでしょう

Human Being

Human Being

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4.ダリア(作詞:岡野昭仁

 弾むようなテンポに乗せて妙にリアリティのある嫌な話が展開される。単純な「店で見かけた嫌なやつら」の描写に終わらないのは〈でもね、明日は俺もそうするんだ〉の一文で、彼らと自分は本質的には大きく離れてはないという感覚が歌詞のバランスを保っている。〈ダリアの花〉に仮託されているのは対面に座る魔性のヒトなのか、それとも移ろいゆく世間の流行なのか。昭仁には珍しい暗喩的な歌だ。

優雅に咲いた花を見てたら
涙がほろり 零れ落ちた

ダリア

ダリア

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5.Regret(作詞:岡野昭仁

 痛烈な後悔の表現。視点者が一体なにをやってしまったらこんな表現になってしまうのか見当もつかない。日常の失敗を思い出して布団の中で悶えて、別の良い記憶で相殺しようとする……というありがちな行為をここまで深刻に表現できるのはちょっと怖さすら感じる。ちなみにおれはSF者だから〈時計の針を戻して 何度も何度も戻して〉〈ダイスを振って決めよう そしたら楽になれるかも〉と聴くとタイムリープを思い浮かべるけど、そう解釈してみるのも面白いかもしれない。

千回以上の懺悔をしても
心はその罪を許さないだろう

Regret

Regret

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6.ラスト オブ ヒーロー(作詞:新藤晴一

 ポルノグラフィティではかなり珍しい突き放した皮肉の歌。作詞は晴一だけど、直截な表現は昭仁っぽさすらある。空想的な〈ヒーロー〉が現実的な〈住民税〉で街を選ぶのもなんだか辛い。漫画史には詳しくないから断言できないけど、「ヒーロー作品の隆盛→ヒーローのパロディ→ヒーローを現実に落とし込んだ哀しい話」っていう流れに乗った歌なのかもしれない。

生まれ見ぬ 子供たちよ いずれ父に聞いてみなさい
僕らの時代に なぜヒーローはいない? 誰が殺したかと

 

 

7.カシオペヤの後悔(作詞:岡野昭仁

 ほとんど自傷のような自虐の表現が強烈で映像的な直喩も秀逸。ストレートにとると無為徒食の輩としか思えないけど、ギリシア神話をそのままモチーフにしているらしい。冒頭の〈ひどく深い眠りのサイクル〉〈靄のかかる正常な意識〉は元ネタの罰として長期間ひどく辛い目にあわされた者の描写としてよくできているし、長い時間をかけて少しずつ変容してしまった自分への自戒としても機能している。

虚しいカシオペヤの後悔 痛いくらい我が身貫く
灼熱のプライドが激しい豪雨に打たれたように冷たい

カシオペヤの後悔

カシオペヤの後悔

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8.TVスター(作詞:新藤晴一

 身を焦がすような皮肉は痛切で、晴一の作詞では随一の聴きにくさがある。比較的フィクション係数は低い曲(もちろん、そのまま作詞者の心情とは思わないけど)で、陳腐な表現になるけど、晴一のこういう「等身大の自分と肥大化したスターとしての自分」を半分客観的に観た歌詞の中でも一つ抜けた作品だと思う。

身を切って創って それまで
グラム売りをするようなもんか…

TVスター

TVスター

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9.小規模な敗北(作詞:新藤晴一

 日常の中で擦り切れていくことを描いている。どんなことであるにしても、日々の暮らしでは妥協と嘘と誤魔化しは必要不可欠で、けれど徐々に窶れて無垢な頃に見た夢が消えていく。ならばやめようと思っても、その副産物である安楽な日常にどっぷり浸ってもう抜け出す気力も起きない。最後にそれが普遍的であることを突き付けてくる。ある意味では「TVスター」と同系列なのに対比的でもある。

いつか見てた夢が焼かれてゆく
僕は無責任な傍観者だ

小規模な敗北

小規模な敗北

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10.n.t.(作詞:岡野昭仁

 心情吐露にかけてこの歌詞の右に出るものはない。創意も工夫も技巧もなく、昭仁の内向的な傾向がそのまま出ているようで、フィクション係数も低く、ここまで直截な表現しか使わない歌詞もない。けれど、心に染み込む。憶測だけど、この時期の昭仁の心情がほぼそのまま出た唯一の曲だと思う。ほかにも作詞時の心情が色濃そうな歌はあるけど、ここまで肉付けがされていない歌詞はない。剥き出しのマイナスの感情が癖になる。

今 この胸から溢れ出す 情熱や憤りを
声高らかに吐き出せる そんな僕も そんな人間ひと も いいだろう

n.t.

n.t.

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*1:以下敬称略

*2:個人的には真昼の閑静な沿岸部の田舎町が思い浮かぶ

*3:以下敬称略