電羊倉庫

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最近見た存在しない映画(2022年5月)

李陵(2015年、台湾、監督:盧三造、115分)

 日本で李陵といえば中島敦「李陵」が最も有名だろうけど、この映画は中島敦の小説は一切関係がない。というか、原題は「司馬太史令」で、メインは司馬遷のほうなんだけど、どういうわけか李陵が訳出されている。まあ、物語の冒頭と終わり際でそれなりに重要な役割を担うから詐欺とまではいわないけど……。

 ただし、中島敦の小説とは無関係だけど人物像はかなり重なるところがあって、特に邦題にもなっている李陵と蘇武の二人は製作陣が小説を参考にしてたんじゃないかと思えるくらいだった。邦題をわざわざ李陵にしたのはその辺を考慮してのことかな*1

 対して司馬遷中島敦版とはかなり異なっている。禍前はいかにも文人然としていて、言葉で人を殴るくせに物理的暴力にはすこぶる弱い、とても悪い意味でおれたちみたいな人物だけど、禍後は中島版に近い気骨のある人物に変貌する。この辺はいろいろ賛否あるみたいだけど(史実の司馬遷についても、武帝への恨みを執筆の情熱へと昇華させたとか、禍後は権力を極度に恐れていたとかいろいろ言われているらしい)個人的には司馬遷の人物解釈の違いのおかげでより映画が楽しめたというところもある。ちょっと穿った見方かもしれないけど原題に太史令が使われているところからしても、司馬遷の本質はそっちだった、と解釈されているんじゃないかな。

《印象的なシーン》李陵を迎え入れる蘇武の表情。

 

 

従者の物語(2031年ギリシア、監督:ピーテル・カール・ジェンナーリ、89分)

 ハイファンタジーということばが正確かはわからないけど、難しい専門用語がふんだんに織り込まれ、儀式や魔術、神話についての前提知識をそれなりに求められる映画。ただ、基本的な物語の筋自体は簡単で、《従者》が魔法を三回唱えると、高位存在の《創聖王》が顕現し、《敵》と戦いながら、別の《術者》が二人で召喚秘儀を行うことで強大な《敵》と戦う……って感じかな。

 初見では登場人物の名前が分かりにくいこともあって、いまいちストーリーを把握できなかったけど、二回三回と繰り返し観ることで、少しずつ理解できるようになっていった。もちろん、初見でもちゃんと理解できるようにしておけよ、というも正しいとは思うけど、その分理解できるようになってからの愉しさには他の追随を許さないものがあった。

《印象的なシーン》「三度、術を唱えよ。私は顕れる」

 

 

アイアン・ドリーム/鉤十字の帝王(1956年、アメリカ、監督:N・リチャード・フィップル、78分)

 古典的なSF/ファンタジー作品を原作にしていて、この時代にしては映像のレベルも高く単純明快な娯楽作品としてはよくできている。ぜひ、子供と一緒に鑑賞したい作品ですね。

 実は、この映画が(というか原作の小説が)古典的なSF小説を暗に批判しているという評論もあるらしい。まあ、たしかに従来のシリーズからしても本作はちょっと展開に独善的な傾向が強すぎるとは思うし、周囲の持ち上げ方があまりにも露骨なのは事実。けど、それをもって旧来のSFに批判的だったというのは違う気がする。ただ、オチはいくらなんでもちょっと気持ち悪すぎる。製作当時は(ジンド帝国の元ネタである)大ソビエトが世界のほとんどを支配していたとはいえ、それはちょっと……。

 本編への評価とはちょっと離れるけど、本シリーズの大ファンとしては原作小説の作者A・ヒトラーが生きているうちにこの映画を完成させてほしかったと思う反面、晩年は精神的にあまり健康とはいえなかったみたいだから、もしかしたら自作の映画化を喜ばなかったかもしれない。ちなみに、原作者は若いころ政治的な活動も行っていたらしくて、もしそれが成功していたらこのシリーズは世に出ていなかったのかもしれない。そう考えると妙に感慨深いものがある。

 どういう世界になっていたのかなあ。

《印象的なシーン》終盤の自己複製と発射。

 

 

スケッチ(2024年、日本、監督:真崎有智夫、44分)

 なんでもない日常をオムニバス式に描いた映画。ほのぼのとした日常、瞬間的に浮かび上がるサスペンス、単純明快なスポーツなど、多彩な描写が特徴的。ちょっとゾッとするものもあるけど、全体的には刺激的な物語は少なく、よく言えば安心して観れるし、悪く言えば退屈でもある。

《印象的なシーン》雪が降りしきる庭ではしゃぐ息子。

 

 

*1:……と思ってたら、監督がインタビューで「中島の小説にインスピレーションを受けた」と言っていたらしい。原作とまではいかないけど、そう思うと邦題もそれほどおかしいものではないのかも。