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梶尾真治『美亜へ贈る真珠[新版]』[ほろ苦い恋物語にSFのエッセンス]

 時間と愛についてのほろ苦いラブストーリー。

 梶尾真治先生*1といえば多くの人は映画化された『黄泉がえり』を思い浮かべると思うけど、おれにとっては本作みたいな短編集のほうが印象深い*2。梶尾作品の二大ジャンルといえばラブロマンス系とドタバタコメディ系になると思うけど、本書はラブロマンス系の作品を集めた短編集ということになる。

 ちなみに[新版]とついていることからわかる通り旧版が存在している。

 この短編集に一作を追加収録したのが本書だ。もちろん旧版のほうも読んでいるから初読だけど再読に近い。

 満足感が高いのはやっぱり読みやすさが大きいんじゃないかな、と思う。平易で読みやすく癖が少ない文体は悲しいラブロマンスと相性が良い。追加収録の作品を除くすべての作品のタイトルに人名(ヒロインの名前)が入っているのは、ちょっとベクトルが違うけど星新一『ノックの音が』みたいでおしゃれ。表紙イラストも現代的なものに切り替わっているけど、これもなかなか凝っている。初見の人はきっと「高層ホテルから悲しそうに外の夜景を観る女性」と受け取ると思う。このイラストが誰視点でどんな景色を意味するのかは、きっと本編を読めばわかるはず。

 全体的に悲恋の印象が強く、主人公もどちらかというと狂言回しに近い。主体的に行動しているけど、どこか関係性から外れているというか。「時尼に関する覚え書」はそうでもないけど、それでもやっぱり結末はどこかほろ苦い。時間ものが大半を占めていて、唯一「玲子の箱宇宙」は別ジャンルのSFとなる。ちなみに追加作品の「時の果の色彩」はタイトルの通り時間SFなんだけど、なかなか面白い時間解釈をしている。何か元ネタになるような理論があるのだろうか。時間SFには制限がつきもので、そのための理屈を考えるのも大変なんだろうなあ。

 ベストはやっぱり「梨湖という虚像」かな。ティプトリー「ラセンウジバエ解決法」もそうなんだけど、やっぱり終盤の展開の巧さや印象深さで評価が決まるところがあって、収録作品の中でも……いや、これまで読んできた諸作品の中でも一二を争うほど終盤の展開が素晴らしい。「ラセンウジバエ解決法」が最高のラスト一行なら「梨湖という虚像」は最高のラストシーン。どちらも衝撃的な映像で幕を閉じるけど、前者が強烈なセリフが印象的なのに対して後者は鮮烈な場面が印象的。どちらも甲乙つけがたいほど大好きな作品だ。

収録作

「美亜へ贈る真珠」
「詩帆が去る夏」
「梨湖という虚像」
「玲子の箱宇宙」
「“ヒト"はかつて尼那を……」
「時尼に関する覚え書」
「江里の“時"の時」
「時の果の色彩」

 

*1:以下敬称略

*2:実は『黄泉がえり』は未読だからそれ以前の問題なんだけど……