電羊倉庫

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ロバート・A・ハインライン『夏への扉』[ちょっとアレなところはあるけど楽しい小説]

 初読では割と印象が薄くて、話の筋は三分の一くらい(P126くらいまで)しか覚えてなかった。ということで印象はあまりよくなかったけど、読み返してみると思っていたよりずっとおもしろかった。

 少しずついろいろな情報を小出しにしていくストーリー構成や、一度どん底付近に落ちてからの逆転ストーリーなんかは、単純な娯楽としては本当に素晴らしい。描写も過不足なくて読みやすいし、会話文もちゃんと話し言葉っぽい。時間ものとしてのSF要素もさすがは大御所ハインラインというところ。時間と空間を移動するけど決して取りつきにくいということはない。最序盤と最終盤のある種のタイトルコールでもある「夏への扉を探している」という描写はぐっとくる。こんなにページをめくる手が止まらなかったのは久しぶりで、300ページをあっという間に読み終えた。

 ただ、やっぱりいま読むと「悪い女に騙され転落したけど自分を慕ってくれた少女がコールドスリープで時を超えて大人になり結ばれる」ってのは流石にどうなんだろう……とは思ってしまう。なんというか善悪がすっぱり別れすぎているし、いくらなんでもここの描写(P194-204のくだり)が悪意に満ち溢れているのもちょっと……。まあ、けど当世流行に限らずこういうスカッと勧善懲悪作品こそが娯楽の基本なのかなあ。古典名作でも大枠でいえばそういう話っぽいものは多いし。ちなみにこの作品からスカッと要素を抜くとロバート・F・ヤングになるような気もする。

 余談だけどP152くらいに出てくるミスタ・ドウテイはちょっと笑ってしまった。いや、発音の問題なんだろうけど。あと会社名としてのハイヤード・ガールは文化女中器のルビにしないほうがいいんじゃないかな。旧訳で読んだからというのもあるけど、その辺の訳語がちょっと古めかしい。新訳版もでているけどそっちではどう翻訳されているのだろう。

 ちなみになぜか邦画になっている。本国アメリカより日本での評価のほうが圧倒的に高いらしい。最近あまり挙げられなくなったような気がするけど、割と最近までベストSFによく顔を出していたくらい日本では評価されていて、それこそ刊行当時はかなり高く評価されていたみたいで、水玉螢之丞『SFまで10000光年』で絶賛されていたのを覚えている。おれは結局『月は無慈悲な夜の女王』への(やや)低評価と併せてハインラインが肌に合わずにそのまま放置していたけど、こうやって読み返すと「やっぱり広く評価されている作品ってちゃんと面白いもんだなあ」と老人じみたことを考えてしまう。映画の方は今月か遅くても来月までには観てみようと思っている。

 

 追記:いま気づいたけどおれが読んだのは旧版で、いま流通してるのは新版だからページ数の指定にはズレがあるかも。ただ、読んでいればどれを指しているのかは分かってもらえると思う。