電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

フィリップ・K・ディック『変数人間』[ショートショート、超能力、時代]

「パーキー・パットの日々」(The Days of Perky Pat)翻訳:浅倉久志

 偽物。真剣にお人形さん遊びをやっている大人たちは滑稽だけど切実さがある。何度読んでもルールがよくわからないけど、このゲームの本質は懐古にどっぷり浸り変化や進歩を徹底的に拒む、かなり悪い意味での保守性にあるんじゃないかなと思う。大人たちと対照的な子供たちの行動や最後の別離はそういうことだ。ちなみにディックは人形を題材に取っているけど、現代作家が描くとやっぱりメタバースになったりするのかな。寄せ集めの部品で作った低スペックパソコンで在りし日々の記憶を再現する……とか考えてみたけど本作の劣化品にしかならないか。

 

「CM地獄」(Sales Pitch)翻訳:浅倉久志

 過剰な広告への嫌悪感は時代性が出ている。記憶があいまいだけどティプトリーとかブラッドベリもCMを題材にした作品を書いていたような記憶がある。いや、CMというか消費社会かな。ディックに限らずあの時代のSF作家が、各種動画共有サイト/SNS/ブログなどで個人が広告収入を得るこの大アドセンスの時代を観たらなんというのか、皮肉や嫌味とかじゃなくて純粋にちょっと気になる。

 

「不屈の蛙」(The Indefatigable Frog)翻訳:浅倉久志

 サッパリしたショートショート。ディックらしからぬ躁的な人物造形が印象的。オチが科学的に正しいのかはちょっとわからないけど、「不屈」が蛙と人間の両方にかかっているのはちょっと上手いかもしれない。

 

「あんな目はごめんだ」(The Eyes Have It)翻訳:浅倉久志

 個人的には筒井康隆「レトリック騒動」を思い出したけど、解説によるとこういう発想はそれほど珍しくはないらしい。ただ、その発想を侵略SF的な恐怖感に変換しているところはとてもディックらしい。

 

「猫と宇宙船」(The Alien Mind)翻訳:大森望

 短くまとまった良作ショートショート。残酷過ぎないオチが秀逸。ある意味ではディックの生涯のテーマの一つである感情移入能力について描いている……というのは流石に強引すぎるかな。

 

「スパイはだれだ」(Shell Game)翻訳:浅倉久志

 偽物。裏が取れない状況でアイデンティティを揺さぶられる夢野久作的な現実ぐらぐら感がたまらない。アクションシーンも迫力があって楽しいけれど登場人物が多くて混乱するところがあるのが欠点と言えば欠点。ちなみに会議室で起きたアクションシーンでのある人物の最期はブラックユーモア的でちょっと笑ってしまった。

 

「不適応者」(Misadjustment)翻訳:浅倉久志

 現実崩壊。妄想と現実の区別がつかなくなり空想が現実に強く影響を与える……という一昔前に流行ったゲーム脳を体現したような、いかにもディックらしい設定がたまらない。序盤の奇妙な描写が終盤に回収され、さらにもう一段オチを作っているところは秀逸。PKを発症(?)するのが男だけというのは、(事実ではなかったにしろ)当時よく言われてた「SF者は男ばかり」というのを反映しているものじゃないかなと邪推(?)している。大オチは素晴らしいけど、事態の収束の理屈はちょっとおかしい気がする。

 

「超能力世界」(A Wordl of Talent)翻訳:浅倉久志

 評価がちょっと難しい。設定やストーリーに大きな破綻があるわけでもなくキャラクターは魅力的で前振りもちゃんと回収される。ただ、物語開始時の目標がふわりと消えてラストシーンにあまり活かされていないし、オチもちょっと願望充足的すぎるような気がする。ただ喪失後の放浪の描写は切実で胸に迫るものがある。それだけに、最後の機械仕掛けの神的な救いは必要なかったんじゃないかなあ……と思わなくもない。ちなみに超能力者同士の結婚を半ば強制されるのはアルフレッド・べスター『破壊された男』でもあったけど、経済動物じゃないんだからそりゃあ嫌でしょ。

 

ペイチェック」(Paycheck)翻訳:浅倉久志

 オーソドックスな秀作。ワクワクする二大勢力対立の設定に程よいアクション、特に七つのガラクタが順を追ってキチンと役立っていくところなんかは娯楽の教科書といってもいいくらいの出来だ。オチを含めてディック作品では唯一無二の「工夫のある時間ものSF作品」といっても過言ではないと思う。ただ、娯楽に振り切っているだけにディックの持ち味は薄目なのも事実。個人的にはディック要素薄目だからこその秀作だと思うけど、その辺は人それぞれかな。

 

「変数人間」(The Variable Man)翻訳:浅倉久志

 めちゃくちゃ楽しそう。解説によるとヴォークトの影響が強いらしいけど、その辺はちょっとわからない。ただ、行間から鼻歌が漏れ聞こえそうなほど生き生きと書かれていて、もしかしたら本当はこういう作品を書いていたほうが幸せだったんじゃないかなと思ってしまう*1。ほとんど予知に近い予測に主人公だけは例外的に当てはまらないという構図はRPGやADVで見かけてことがある。ちょっと記憶があいまいだけど、たしか「ダンガンロンパ」や「グランブルーファンタジー」の主人公がそんなことを言われていたはず。すでに決められたシナリオを主人公=プレイヤーだけが変えることができる、という設定は自分で操作できるゲームと相性がいいのかもしれない。小説で体験できるようにしたのがゲームブックかな。

 

 

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 長めの短編二作品とショートショートなどの短めの作品を中心に収録されている。ショートショートはいわずもがな、ラスト二作品もかなり気軽に読めるという意味では、前作に引き続きこちらも娯楽色の強い短編集といえる。雰囲気が薄暗く、登場人物が妙に後ろ向きで閉塞的な作品は「パーキー・パットの日々」くらい。もっとも、「パーキー・パットの日々」も救いがたい終わりを迎えるわけではなく、個人的にはかなり前向きな終わり方をしていると思う。

 ベストはちょっと難しいけど「ペイチェック」かな。個別感想でも書いた通りディックらしさは薄いけれど娯楽作品としてとてもよくできているところを最大限評価したい。そのほか「不適応者」や「超能力世界」は滲み出るディックらしさが気持ち良くて大好きだけど、作品としての完成度でいくと「ペイチェック」に一歩及ばないかなあ。

 

 

※作品の発表時期や邦題などは「site KIPPLE」を、一部感想などは「Silverboy Club」参考にした。

収録作一覧

「パーキー・パットの日々」
「CM地獄」
「不屈の蛙」
「あんな目はごめんだ」
「猫と宇宙船」
「スパイはだれだ」
「不適応者」
「超能力世界」
ペイチェック
「変数人間」

 

 

*1:ディックは本当は主流文学志向で、あっちには受け入れてもらえずSFに流れてきた人で、SFもこういうアクションじゃなくて晩年の作品のような神秘体験や神学的な作品が本質だったというのが通説だけど、本作がどの時代のどの作品よりずっと楽しそうだから、そんなことを考えてしまう