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NHK『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』[色とりどりの作品を押さえた良質なドラマ作品]

 原作にかなり忠実なドラマ。15分という尺も、間延びはしないけどアレンジの幅が程よく残っていて絶妙。素晴らしい。気軽に観れる明るい作品、思想色が強く鬱々とした作品、意外なオチがついた作品、雰囲気を楽しむ作品と、星新一*1の作品の中でも色とりどりに取り揃えられている。

 星新一作品のパブリックイメージは「どんでん返しのオチがついたスマートなショートショート」だと思うけど、1000編以上も書いていれば当然そうではない作品も存在する。何とも言えない雰囲気や特異な状況を楽しむ作品もけっこう多い。雰囲気でいえば「冬の蝶」や「月の光」なんかが比較的有名で、ドラマの作品で言えば「薄暗い星で」が該当する。そういう作品もキッチリ映像化してくれたのは英断……はちょっと言い過ぎだけどかなり良い判断だったと思う。

 事前告知番組でAマッソの加納さんと東野幸治さんが「コントっぽい」と言っていたけど本当にそう思う。コントに詳しいわけじゃないから見当違いなことを書いているかもしれないけど、星新一には良く出来たコントのような作品がけっこう多くて、例えば「すばらしい食事」は前振りも効いているしドタバタは楽しく、そして最後にはゾッとオチが用意されていて、ブラックユーモア系のコントとして本当にそのまま使えるんじゃないかと思うくらいの作品だ。二人の話を聞いていると芸人による星新一作品のコント化なんてチャレンジがあってもいいんじゃないかなと思ったりもした。

 それぞれ基本的には原作に忠実だけど、もちろんいくらかはアレンジが施されている。例えば「白い服の男」は字幕で世界観を説明して分かりやすくなるよう工夫しているし、「生活維持省」は冒頭の芸術家の死や恋人との描写でラストの物悲しさを強調している。特に「窓」はテレビが全盛を誇っていた時代に書かれた作品なだけに現代的なアレンジが強めに出ている。

 全18作品*2の中でベストはどれかと問われると、やっぱり「処刑」になるかなあ。前後編になるだけあって気合が入った作品で、原作ともコミカライズ版とも違った味*3がして面白い。ほかにも「ずれ」は原作のドタバタを楽しい喜劇にキッチリ仕上げているし「ものぐさ太郎」声帯模写の達人という設定を(やや飛び道具的だけど)うまく表現していている。「薄暗い星で」は主役二人の雰囲気がほぼすべてと言っていいくらい役者の存在感がすごく大きなオチはないけど何度も観たくなる魅力がある。「白い服の男」は原作が大好きだから*4というのもあるけど、星新一にしては珍しい直截な暴力をうまくコントロールしつつ主題を損なわず描いている。

 もし、また同じような企画が立つなら、ぜひ「暑さ」をやってほしい。とても好きな作品の一つで、派手さはないけど一昔前にネットで流行った「意味が分かると怖い話」のようなジットリとした切れ味がたまらない。ほかにも「マイ国家」「夜の流れ」、上でも挙げた「すばらしい食事」なんかもショートドラマに向いていると思う。永遠に湧き出る油田のように名作のストックがあるのだし、世間でも好評のようだから長いスパンで続いていけばいいなと一ファンとして思う。ちなみにエンドロールの音楽が素晴らしいからぜひサントラを出してほしい。

 各話の原作については星新一 ショートショート1001を参照した。

 

 

 

放送リスト

ボッコちゃん(脚本/演出:近藤泰教、出演:水原希子
生活維持省(脚本/演出:望月一扶、出演:永山瑛太
不眠症(脚本/演出:尾沼宏星、出演:林遣都
地球から来た男(脚本/演出:永岩祐介、出演:高良健吾
善良な市民同盟(脚本/演出:安里麻里、出演:北山宏光
逃走の道(脚本/演出:渋江修平、出演:村杉蝉之介 コウメ太夫
見失った表情(脚本/演出:菅井祐介、出演:石橋静河
薄暗い星で(脚本/演出:望⽉⼀扶、出演:染谷将太 栗原類
白い服の男(脚本/演出:萩原翔、出演:滝藤賢一 村上虹郎
ものぐさ太郎(脚本/演出:加藤秀章、出演:荒川良々
窓(脚本/演出:平田潤子、出演:奈緒 リリー・フランキー
凍った時間(脚本/演出:望月一扶、出演:村上淳
夜と酒と(脚本/演出:⽣越明美、出演:竹原ピストル 夏帆
ずれ(脚本/演出:宇野丈良、出演:若葉竜也
もてなし(脚本/演出:森山宏昭、出演:柄本時生
鍵(脚本/演出:小関竜平、出演:玉山鉄二
買収に応じます(脚本/演出:近藤泰教、出演:田中直樹 加藤諒
処刑(脚本/演出:柿本ケンサク、出演:窪塚洋介

*1:故人は敬意をこめて呼び捨てにしています。以下すべて同じ。

*2:前後編は一作品としてカウント。

*3:本当に個人的な解釈だけど最後のシーンは「人生の意味は命数を使って何を成し遂げるかにある」と、原作/コミカライズ版とは違ったニュアンスで描かれている。

*4:長くなるから別で書くかもしれないけど、星新一の中でも最もSFらしいのがこの作品だと思う。科学的という意味じゃなくてSF的な性格の悪さが物凄く良い方向に作用している。おれにユートピアディストピアというSF的感性を叩き込んでくれた作品。