電羊倉庫

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最近見た存在しない映画(2022年9月)

告白―コンフェッション―(2000年、日本、監督:川本伸治、105分)

 まずはやっぱりビジュアルが素晴らしい。原作の作風が割と劇画寄りなことを加味しても浅井と石倉のどちらも原作のビジュアルを忠実に再現しているのはもっと評価されるべき。原作はほとんどクローズド・サークルで山小屋で物語が完結するけど、本作はけっこうアレンジが入っていて、山に登るより前の人間関係が挿入されている。正直、ちょっと間延びしただけで邪魔だった気はするけど、あれがあったからこそ石倉の激昂に説得力がでている。ほかは特に目立った追加描写はなかったと思うけど、さゆりの顔が意図的に隠されていたのはどういうことだったんだろう。あまり意味がある演出には思えなかったけど、さすがに無意味にあんなことするわけないからなあ……。

 原作の印象的なセリフ回しはたいぶマイルドになっているのがちょっと残念だけど、原作の良さは十分活かされている。山小屋での対峙はテンポも良く迫力があって素晴らしいし、不安を画面の暗さや音で表現しているのも良い。始まりと終わりに同じセリフがナレーションとして挿入されているけど、始まりが二人の声色だったのに終わりが一人になっていたのも、オチを考えるとゾッとする素晴らしい演出だと思う。

 原作からしてもそうだったけど、台詞にならない演技が素晴らしい。結末を知ってからもう一度観ると浅井の表情が硬くなるタイミングにすべて意味があることがわかるはず。そういう意味で何度も観返したくなる良作の映画。

《印象的なシーン》石倉の告白を聴いたときの浅井の表情。

 

 

シリウス・ゼロ(1950年、アメリカ、監督:ニューマン・スター、91分)

 筋書きはシンプルでSF的な特殊効果もそこそこ。ブラックユーモア……というよりはシュールな笑いに近い。大別すると冒険コメディになるのだろうけど、ギミックがかなり凝っていて、特に「帽子をかぶった蝶ネクタイの巨大な駝鳥」は、時代を考えると頭一つ抜けた出来のはず。

 原作がシンプルな短編小説なだけあって、かなり膨らませている。筋書きがシンプルな割にあちこちへと寄り道をしているのは、どうにか尺を稼いで上映時間を伸ばそうとしているようで微笑ましさすら感じる。ちなみにテントにたどり着くまでに出会う珍妙奇天烈な生き物/出来事はそのほとんどが、当時の社会情勢を皮肉ったもので、ブラウンの原作にはそんな要素はなかったから賛否両論らしい。ただ、その辺の世相のことは知らなくても十分楽しめる作品……なのは喜ばしいのか哀しいのか。

《印象的なシーン》にゅっと顔を出す駝鳥。

 

 

悪霊少女(2022年、日本、監督:今井八朔、79分)

 アニメーションと実写を織り交ぜた意欲作……ではあるんだけど、ちょっと繋ぎが雑でアニメと実写が融和しているとは言えないのは残念。ただ、その辺の違和感に目を瞑れば、暖かい画風に疾走感のある動画*1、実写のパートでの絶妙な表情の演技は素晴らしく、ストーリーも原作の音楽を良い意味で膨らませているし挿入歌の位置も完璧、と申し分ない。そういう意味では普通に作ったほうが良かったのでは、と思わざるをえないけど、チャレンジしてみることに意味があるというのも事実だから何とも言えない。

 個人的には父親と母親の態度の違いがより明確になっているところが気に入っている。もちろん、あの描写は歌詞解釈の一つに過ぎないわけだけど、あそこを明確にしたことで、少女が涙の意味合いを使い分けて「大人」になることの意味が強調されているのだと思う。作中に頻出する言葉として「変貌」と「成長」があるけど、そのどちらも極めて肯定的な意味合いで描いているのも興味深い。〈七つの色合い〉を帯びる〈涙〉に象徴される「嘘」はたしかに酷い変貌ではあるのだけど、同時に賢明な「大人」としての成長でもあるのだから。

《印象的なシーン》「うそつき」

悪霊少女

悪霊少女

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組織は文字でいっぱい!(2017年、アメリカ、監督:ヴァイオレット・トゥリーズ・ベル、117分)

 ファンタジー/SFを舞台にしたお仕事コメディ作品の中でもかなりの変わり種で、下級官吏の男がただひたすら文書処理に忙殺される様子をただひたすら描いている……と書くと退屈な映画にみえるけど、ぜんぜんそんなことはない。コメディ部分はブラックユーモア的で笑わせられるし、同時に現代社会にも通じるものがあって苦笑いを零すのがやっとという場面もある。

 元ネタも様々でおれは古代中国系のネタ(城壁に囲まれた都市国家で竹簡にひたすら文字を書き続ける、使ってはいけない文字を書き換える作業が存在する、すれ違いざまに両手を前に組んで挨拶をする、など)しかわからなかったけど、古代地中海世界や日本、それに近代アメリカや現代アフリカの行政ネタも含まれているらしい。どの時代でも事務処理って大変なんだなあ……。

 ちなみに作中の皇帝にも元ネタがいる。おれは衣装が古代中国っぽかったから始皇帝か、もしくはちょっとひねって雍正帝かなと思ったんだけど、実際はフェリペ二世だった*2西洋史は詳しくないからよく知らないけど、フェリペ二世も勤勉な君主だったけど、真面目が過ぎて何でも自分で処理しようとする傾向があり、同時期にイギリスの君主だったエリザベス一世と好対照だったと聞いたことがある。……まあ、結末を考えると製作陣がフェリペ二世とエリザベス一世をどう評価していたのかは明らかで、ちょっと同情してしまう。

《印象的なシーン》副葬品の日誌を発見して狂喜乱舞する史学者。

 

 

なき声(2023年、日本、監督:真崎有智夫、5分)

 シンプルイズベスト……はちょっと言い過ぎだけど、五分のホラー映画にしてはそれなりに良く出来ている。淡々としたモノローグ、視点が窓から部屋の中へと移ることで恐怖を煽り、オチも簡潔でゾッとさせられる。ただ、いくらなんでも内装や衣装がチープすぎるし、飼い猫に至っては登場すらしない。たぶん、窓の外の存在のメイクに予算のほとんどを持っていかれたんだろうなあ……。

《印象的なシーン》窓の向こう側の歪んだ笑顔。

*1:MVを担当したMerry Wijayaの才能が、文字通り爆発するシーンは必見

*2:パンフレットの監督インタビューで言及されていた