電羊倉庫

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ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』[暴力の嵐、愛情の渦、薬物の雷]

 ここで書いた通り、エリスンは好きだけどこの短編集にはどこか苦手意識みたいなものがあった。話の筋は小難しくてよくわからないまま、暴力の嵐のど真ん中に放り込まれて、ただ翻弄されて終わり、とそんなイメージ*1が強くて……。けど、上記のブログにも書いた通り経年で感覚が変わることだってある。だから読み返そうと思ってはいたんだけど……ちょっといろいろあって後回しにしていた。そうこうしているうちにディック作品を再読することになったりと、タイミングが掴めずにいた……と書くとどうにか格好がつくけど、単に忘れていただけだったりもする。まあ、けど、とりあえず再読できた。

 ということで、まずはやっぱりこの作品「世界の中心で愛を叫んだけもの」。記憶よりもずっと短い作品で、文庫本では18ページくらいしかない。だからといって読みやすいかと言われるとそんなことはない。というか、短いから読みにくいような気がする。徹頭徹尾説明らしい説明はなくて、読者への歩み寄りという概念自体を拒絶しているような気さえする。それができるのも短編作品だからであって、もしこれが中編……とまではいかないまでも、一般的な短編くらいの長さがあれば、それこそ「死の鳥」のように直接説明せずとも意味が分かるほどの情報量が得られることもある。それができないからこの作品は多くの人から「良く分からない」と言われる作品になったのだと思う。

 じゃあ今回はわかったのかと言われると……わかった。なんとなくだけど、内容が理解できた。具体的な説明がなくても粗方わかった。わかった。わかったんだ!おれはこの物語を理解できたんだ!

 そんな感覚は三十分もすると夏日の氷のように融けて消えていった。一時間後には物語の流れを説明できなくなり、三時間後には印象的だったはずのエピソードすら思い出せなくなっていた。その時点でもう一度読み直し、また同じ感覚を繰り返し、ちょっとずつだけど、大体の話の流れとふんわりしたイメージだけは頭に残るようになった。これを「作品を理解できた」と言っていいのかはちょっと微妙なところだけど、初めて読んだときよりは理解できたような気がするのは、まあ、進歩かなあ。

 表題作「世界の中心で愛を叫んだけもの」は短く凝縮された暴力の描写が印象的だけど、ほかの作品も基本的には暴力描写が多い。『マッド・マックス』的な単純明快な暴力ですべてが完結する「101号線の決闘」は印象的。ほかにもアクション小説として「サンタ・クロース対スパイダー」や「星ぼしへの脱出」、マクロな暴力では「殺戮すべき多くの世界」、そして精神的な暴力では「鈍いナイフで」と多種多様にある。暴力と理解しがたい確かな愛情を浴びることできる。

 エリスンの描写力は比類がない。具体的に挙げると「名前のない土地」P207-208の殺人の描写、「殺戮すべき多くの世界」P364-365のサイキロープの描写、「ガラスの小鬼が砕けるように」P405のクリスを発見する場面は、本当に凄まじい。

 描写能力については無類のものがあるエリスンだけど、たとえば「不死鳥」はその強烈な描写能力が十分に発揮された作品だけど、オチがかなり古典的で、人によっては「おいおい」とズッコケるかもしれない。おれはわりと好きだけど。ほかにも「サンタ・クロース対スパイダー」も(当時の政治風刺画が含まれているとはいえ)やっていることはB級SF感が強い。そういう意味で特異なSF発想だとか強烈なオチとかそういうものを求めるべき作家ではないのかもしれないとも思った。もちろん、メッセージ性がないとかそういうことではないのだけど。

 ベストは表題作……と言いたいところだけど「聞いていますか?」かな。どうしてもちゃんと理解できる物語の評価が高くなる。ごく個人的なことになるけど、いつか、突然だれからも認識してもらえなくなるかもしれないという恐怖は、昔から、そして今も心の奥底に根付いていて、だから心の琴線をかき鳴らしてきた。

 とりあえずは読み直せた。完全には理解できたわけではないけど、大方の作品は昔より楽しく読めた。また、少し時間をおいて再読するのもいいかもしれない。

 

 以下、書籍の感想とはちょっとズレる話題。

 ドラッグの描写も多いけどこれは時代性もあるらしい……と、どこかで読んだけど覚えていない。エリスンはそういう時事性と無縁なイメージがあったけど、そういうわけではないみたいだ。ドラッグと暴力(≒倫理的なタブー)は当時の流行題材だった、とすると本書の収録作の多くはその範疇にあるともいえる。そう書くとなんだか通俗的でがっかりしてしまいそうだけど、冷静に考えてみれば、そりゃあそうだ。だってあれだけ通俗性に気を付けて普遍的な物語を作っていた星新一にすらそういう面があるのだから。本筋から外れるから詳しくは書かないけど、初期の作品を読んでいると環境問題や人口爆発のような時事ネタが色濃いショートショートもけっこう書かれている。

 変な結論になるけど、どんな素晴らしい神様みたいに見える作家も、その時代の範疇にある、生きた人間だったんだなあ……と思う。

 

 

収録作一覧

世界の中心で愛を叫んだけもの
「101号線の決闘」
「不死鳥」
「眠れ、安らかに」
サンタ・クロース対スパイダー」
「鈍いナイフで」
「ピトル・ポーウォヴ課」
「名前のない土地」
「雪よりも白く」
「星ぼしへの脱出」
「聞いていますか?」
「満員御礼」
「殺戮すべき多くの世界」
「ガラスの小鬼が砕けるように」
「少年と犬」

*1:いや、改めて読んでみたらそんなに間違ってはなかったけど