電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

荘奕傑『古代中国の日常生活』[小説仕立てで追体験する日々の営み]

 ジャンルとしては学術書だけど記述は物語形式で、どちらかというと「古代中国の市民生活を題材にした短編小説集」に近い。文体もシンプルで読みやすく肩ひじ張らずに楽しめるし学術的な小難しい話もそんなに多くない。ちょっとでも古代中国に興味がある人(例えば原泰久『キングダム』やKOEI『三国無双』などで興味を持った人)にもお勧めしたい一冊。もちろん、物語だからといって近年の研究の専門的な見識をないがしろにしているわけではなくて、古代の墓の中から出てきた副葬品などからわかった民衆の生活が生き生きと(そしてどこか薄暗く)描かれている。ただ、通常の小説のように特異な事件が起きたり、話のオチがついたりしていないパートもあるから、物語を期待しすぎると肩透かしを食らうかもしれない。

 安定した時代とはいえ古代国家の民衆の生活だからそれなりにきつい描写もあるけど、古代国家特有の耐え難い残酷さはない。個人的に運河労働者と製塩職人が泥濘に足を取られながら仕事をしている様子は似たような作業をしたことがあったこともあってより辛さをリアルに感じた。泥沼は想像以上の行動を制限して作業は遅々として進まず、しかも泥の上に薄く張られた水は日光を照り返して顔を焼く。あれほど「「二度とやりたくなくない。絶対にもう二度とごめんだわ!」と思ったことはない。現代ですらそうなんだから古代ではさぞかし辛かったろう。

 個人的には産婆と料理長のパートが知らなかったことも多くて勉強になった。胎盤についてのあれこれは現代でもたまに耳にするけど古代でもそういうことがあったのか……鯉、橙の皮、シダの葉、シソの葉、魚卵をつかってタレを作っていたらしいけどそんなに具体的な材料まで伝わっているのかあ……などなど。

 好きなエピソードは墓荒らしと青銅器職人と彫刻師。墓荒らしはどこか宝を求めてダンジョンに潜る冒険者を思い出す。青銅器職人と彫刻師は当時のモノづくり創意工夫が追体験できる。どの時代どの場所でも職人の技巧には心を惹かれる。

 そういえば本書の描写(物語)は「紀元23年」(P9)という設定ということらしいけど、これは厳密に守られているわけではないと思う。王女付きの女官(P272-)は魯王の娘に仕えているという設定だけど、王莽は郡国制を廃止して封建もしていない。手元に史料も王莽の研究本もないから確認できないけど、そうだったはず。だとすると魯王は前漢景帝の息子劉余かその子孫と考えるのが自然になる。そのほかにも「紀元23年」ではちょっと整合がつかない描写があったような気がするけど、まあ、その辺は重箱の隅をつついているだけで、本への評価とはあまり関係がない。

 ちなみに類書として古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで (中公新書)がある。本書が物語仕立てなのに対して、こちらはテレビのドキュメンタリー番組に近い。現代から古代中国にタイムトラベルした男が漢帝国の領内を散策する、という体裁で人々の生活を描写しつつ適宜解説が加えられる。本書より高い視点から語られていて、ファッション/市場での買い物/トイレ事情/性愛の事情など下世話な話題にも触れられているのもあり暗さは薄くコミカルな場面も多い。セットで読むとより古代中国を楽しめる。ほかにもある地方官吏の生涯――木簡が語る中国古代人の日常生活 (京大人文研東方学叢書)が類書になるけどこちらは未読。まだ手に入れてもいないけど余裕ができたら手を出してみたい。