電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

夢野久作『少女地獄』[ぷうんと匂い立つ血の香りと破滅への想い]

 夢野久作といえば『ドグラ・マグラ』のイメージが強いと思うけど、どちらかというと短編作家という印象が強い。長編や中編も書いているけど、それよりも短くスパっと終わる作品の方が夢野久作の良さが出ていると個人的には思っている。そんなに構成にこだわるタイプではないし、なにより濃厚な描写能力や得意の書簡形式は短編の方が活きる。いくつか短編集があって現在でも比較的入手しやすいけど、大部分の作品を青空文庫で読むことができる。

 この短編集には濃厚な血の匂いと破滅願望がある。

 思い返せばこの本が夢野久作を好きになるきっかけだった。『ドグラ・マグラ』を三分の一くらい(例の「キチガイ地獄外道祭文」とかがある作中作パート)を読み飛ばしながらどうにか読み終えたときの夢野久作への好感度はそれほど高くはなかった。もちろん面白かったし戸惑い面食らう感覚には痺れた。ただ、やっぱり中盤の資料群は説明過剰で娯楽性に欠けるし、どこか達成感や疲労感のほうが強かったのも事実だった*1。代表作を読み終えたついでに……くらいの気持ちで読み始めたけど、『ドグラ・マグラ』よりずっと面白いと昂奮したことを覚えている。

 改めて読み返して、特に印象的なのはやっぱり「少女地獄」の「何でも無い」で、姫草ユリ子というキャラクター、情報を間接的に得るという虚構性、饒舌な一人称形式の文章、と夢野久作の魅力が詰まっている。解説で「遺言状の日付が月初めであることから、姫草の自殺は虚言である可能性もある」と指摘されていて、それが救いなのかはともかく、改めて感心した。「少女地獄」の他二作も良かったけど、やっぱり「何でも無い」が白眉の一品。「童貞」は夢野久作では比較的珍しい三人称形式で作らていて、描写の濃さが印象的。暑さ、無力、血液、呼吸、そして女性。五感に訴える切実な描写は他作と比較しても勝るとも劣らない。「けむりを吐かぬ煙突」と「女坑主」は記憶の中で話すの筋をごちゃまぜにしていた。どちらも主人公である青年が破滅(?)するわけだけど、生死という意味では逆の展開だった。

 ベストはもちろん「少女地獄」より「何でも無い」。夢野久作のフィクションに対するスタンスが、冷たい現実との対比として滲み出ている。主人公が何を理解していて何を誤解しているのか作者がコントロールできていない個所もあったけど、それさえどこか解釈の余地のように感じられるのも作品の魅力だ。そして、ペンネームの由来を含めて夢野久作らしい・・・・・・・作品でもある。

 

 

収録作一覧

「少女地獄」
〈何でも無い〉
〈殺人リレー〉
〈火星の女〉
「童貞」
「けむりを吐かぬ煙突」
「女坑主」

*1:ドグラ・マグラ』への好感度は読み返すたびに上がっていった。やっぱり大筋を把握してから読むというのが良かったのだと思う。