電羊倉庫

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山野浩一『花と機械とゲシタルト』[権威に対する多様な見方の物語。10年後にまた感想書きたい]

 ありがとう小鳥遊書房……本当にありがとう。

 山野浩一*1の唯一の長編作品で国内SF随一の稀覯本としてつとに有名だった本作だけど、実は一度読んだことがある。大学卒業してすぐくらいのころにどうしても読みたくて、ネットの海と神保町の穴蔵*2を探し回ったけれど見つからなかった。マジでこの世界に流通してないと思えるくらい見つからなかった。それでもあきらめきれずに粘ってたら図書館の蔵書検索で九州管内の某図書館にあることが判明し、まあどうにか足を延ばせなくもない場所だったから足繫く通った。県立図書館の閉架に仕舞い込まれていた本は慎重に読まないと背表紙から崩れてしまいそうでちょっと怖かった。それきり読み返してはいなかった(というか手に入らなかった)作品が、この度めでたく復刊するということでAmazonで購入した*3。ちょっといろいろあって読み終わるのに時間がかかってしまったけど感想を書いていきたい。

 物語としてはややスロースターター。全四章構成だけど本格的に物語が動き出すのは三章からで、それまでは設定の提示やそれに対する注釈が多くて、人によっては退屈するかもしれない。もちろん、二章までの内容が全体の完成度に貢献していないとかそういうことはない。特殊な設定はそれだけで魅力的だし、付論でも指摘されているように各種議論の提示も興味深い所もある。

 題材はいくつかあるけど、中でも「現実/非現実」は短編作品でもよく取り上げている山野浩一らしいテーマ。かなり後期の作品ということもあって山野浩一の一つの集大成の感もある。同時に、山野浩一作品の異端でもある。ラブストーリーじみたものがあり、文体も比較的平易*4。短編では特異な現象がメインで登場人物の人格は軽んじられていた印象があるけど、本作ではちゃんと個性を持ったキャラクターを描いている。

 本作は「権威」についての物語だと思う。特定のなにかにとどまらず、古今東西を問わず人類のそばにあり続けた「権威」が「我」に仮託して描かれている。それこそ、作中に提示される天皇制(家父長制)にとどまらず宗教における神やSF的な上位存在、もしくは国家という枠組みでも語れる。自己の委託による安心感、そして不安を抱き反抗することの難しさ、離脱後の疎外感は多くの「権威」に当てはまる。抑圧しているけど基本的に悪意を抱いているわけではないところもそれらしい。登場人物の行動が絶妙にふわふわしていて妙に宴会が多いところは神話っぽい雰囲気がある。もしくはメタフィクション的な物語とも読める。初めは作者≒我とリンクしてある意味では制御下にあった登場人物たち≒彼/彼女との葛藤の物語。助手の汝が彼へと変化したのも、助手が単なるモブからメインキャラクターに昇格したことを意味する。やがて上位存在としての作者≒我の意図から脱却しようと行動し始める。いわゆる「キャラクターが歩き始める現象」で、それも結局は上手くいかずに状況は崩壊して結末を迎える。まあ、これは邪道が過ぎるかな。

 俗世から隔絶された聖域という意味では『世にも奇妙な物語』「13番目の客」を、閉じた空間としての精神病院(反精神病院)では『シャッターアイランド』を、自由な精神病院(狂人の解放治療場)という設定や破滅によって物語が終息するという構成では『ドグラ・マグラ』を思い起こさせる。だいぶ前に読んだっきりだから間違っているかもしれないけどシオドア・スタージョン『人間以上』のホモゲシュタルトに近いものもある。そのあたりの作品と比べるとSF色が強く、哲学的な描写が多いのが本作の特徴でもある。

 いくつか細かいところを。P127-P130の音楽描写は好き。短くキレのある文章は詩文のようでもある。P252でゼニゲバの二人称が元に戻ってる? と思ったけど、そもそも髭さんにしか使ってなかったのか(P264)。文末に「!?」をつけるのは正直雰囲気を壊していて良くないと思う(P48)。

 読み終わって思い出したんだけど、実は初読の時の評価はそれほど高くはなかった。「なんだか『ドグラ・マグラ』みたいだなあ」くらいのことしか思い浮かばなくて、正直拍子抜けした。で、今回は「権威への見方」「メタフィクション」「純粋に不条理SF」といろいろな解釈(読み方?)ができるようになった。感想に変化があるのは、感覚が鋭くなったのか衰えたのか、知識が増えたのか減ったのか。とにかく、おれの変化に併せて感想が変わったということが重要なのだと思う。そういう意味では、本作は所持していることに価値のある小説だ。決して悪い意味ではなく、読む年代で感想が変わるほど懐の広い作品なのだから、いつでも読み直せる状態にあることが重要だからだ。10年後に読み直したらもっと違う感想を抱けるのかもしれないと思うと、なんだかワクワクする。

収録作一覧

第一部 我と彼と彼女
第二部 猿と汝とゲシタルト
第三部 機械と氷とパラコンパクト空間
第四部 花と廃墟とイリュージョン

 

 

*1:亡くなられた方は敬意をこめて呼び捨てにしています。以下すべて同じ。

*2:おれは九州の民だけど、修学旅行を除いて東京には二度いったことがある。「古本を漁る」ためだけの旅行(?)とポルノグラフィティの東京ドーム公演。後者もあいた時間のほとんどを神保町で過ごした。東京は空港と駅と東京ドームと古本屋にしか行かなかったと話したら家族にえらく笑われた。ある意味では贅沢な時間と金の使い方だったなあ。

*3:……地域の大きめの本屋にも一切入荷しなかった。いつもお世話になっている(?)からあまり悪口は言いたくないけど大手の本屋なんだから入荷くらいしてくれよ。いや、いろいろ事情があるんだろうけどさあ……。

*4:どちらかというと「地獄八景」に近い文体