電羊倉庫

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最近見た映画(2023年2月)

 ハリポタ祭りしてました。原作はリアルタイムで全巻読読破して、映画も三作目までは劇場で観たんだけどそれ以降は足を運ばず小説だけですませていた。大学のころにレンタルで一気見して、その一年か二年後に春休みか冬休みの帰省で原作を読み返した。だからどちらかというと原作のほうが記憶に残っていて、特に後半のほうが物語の筋も覚えているものが多かった。なので多少は原作の感想も添えて書いてみたい。

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ハリー・ポッターと賢者の石(2001年、イギリス/アメリカ、監督:クリス・コロンバス、152分)

 もう、なによりダニエル・ラドクリフが幼くてびっくりする。当然といえば当然だけどパンツ一丁と二丁拳銃で殺し合いユーチューバーをやらされているおじさんと同一人物とは思えないし吹き替えの小野賢章さんも声と演技が幼くてビビる。おれは洋画は吹き替えで観るからダニエル・ラドクリフの本当の声を知らなくて、彼の演技力の変遷は小野賢章さんの演技力の向上とともにある。

 映像化にあたって省略する都合でダーズリー一家の描写がかなり軽くなっているような気がする。もうちょっとキツイ描写があったような……。個人的にはもうちょっとダイアゴン横丁での買い物の描写が欲しかったけどそれ以外はだいたい原作の通りだったと思う。子供の頃はクィディッチの描写が素晴らしくて、箒の飛行があんなに格好良かったのは後にも先にもこのシリーズが唯一かもしれない。まあ、欠陥スポーツだろってのいうのは子供の頃にもちょっと思っていたけど……。

 未知の世界への順応と(後発の作品に比べて)ささやかな冒険という単純明快なストーリーに情報を小出しにしつつラストで種明かしをしてカタルシスを与える構成力は大人になったいまでも十二分に魅力的。まあ、十歳くらいの子供に突破されるような仕掛けじゃだめだろとは思うけど、時期的にそんなに本気じゃなかったんだろうしなあ。シリーズ最終作から戻ってくるとダンブルドアの策謀家っぷりや「みぞの鏡」の意味深さが印象深い。

《印象的なシーン》スニッチを(口で)キャッチするハリー。

 

 

ハリー・ポッターと秘密の部屋(2002年、イギリス/アメリカ、監督:クリス・コロンバス、161分)

 大人になるとダーズリー一家には同情の余地があると思えるけど、この伯母さんだけはマジでないわ。いや、本当に。誰でも怒るでしょ。

 裕福とは言い難いロンの実家を素晴らしいと断言するハリーの姿は、この年齢になるとより堪えるものがある。家族関係にしても能力にしても世間からの評価にしてもほぼ対照的な二人を同性の親友にしたのは本当に素晴らしいと思う。ちなみにロンの実家の屋号は「隠れ穴」だけど、幼き日のおれは割と本気でウィーズリー一家は洞穴的な住居に住んでいるのだと思っていた。あと、原作では隠れ穴の庭で小人か妖精が害獣だから見つけ次第捕まえて遠くに放り投げていた記憶があるけど、平地の田舎で思春期を過ごした身としてはなんだか懐かしさ(いや、流石にそんなことはしてないけど)があったから映像化してほしかったけど本筋には関係ないからなあ。

 前作よりもやや暗いけど後年の作品に比べて閉塞感はないし、児童特有の妙な万能感が良い方向に作用している。あと、これは原作もそうだったかはおぼえていないけどラストでルシウスがハリーにむけて「アバダケダブラ」を唱えかけていたけど、いくらなんでもこれはちょっとフォローできないよなあ。

 前作が冒険ものなら今作はサスペンス仕立て。犯人を推理しながら楽しめる。映画ではどうしてもやや駆け足になってしまい真相の推理は難しいだろうけど焦燥感や不安感はキッチリ描かれている。

《印象的なシーン》バジリスクに剣を突き立てるハリー。

 

 

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(2004年、イギリス/アメリカ、監督:アルフォンソ・キュアロン、142分)

 いま思うとこれが一番気楽な作品だったなあ。原作を含めてヴォルデモート君(リドル君を含めて)が直接絡んでこない唯一の作品でラストも爽快感があるしSF的な要素も上手く落とし込まれている。いや、ちゃんと時間SFとして考えるとちょっとおかしいのだけど、さすがにそこまで突っ込むのは野暮以外のなにものでもない。

 そういう外伝的な雰囲気のある本作だけど行動範囲の広がり方がどことなくRPGっぽくて好き。毎年変わることで有名な闇の魔術に対する防衛術の教員の中でも一二を争うほど作中で(そして視聴者/読者の間で)評価の高いルーピンの役者の選出はほぼ完璧だったと思う。キッチリヒントを散りばめつつラストにつなげる構成力は流石の一言。ちなみにスネイプの役者であるアラン・リックマンは大まかな設定を原作者から聞いていたらしく、ルーピンが変身したとき三人を庇う行動をとったのは彼の強い要望だったらしい。

《印象的なシーン》逆転時計を触ろうとするハリーの手をピシャリと叩き落とすハーマイオニー

 

 

ハリー・ポッターと炎のゴブレット(2005年、イギリス/アメリカ、監督:マイク・ニューウェル、157分)

 やっていることはめちゃくちゃ楽しい。工夫を凝らした学校対抗のスポーツ、ホグワーツではない未知の学校という設定やダンスパーティーの特別感や微妙にうまくいかない人間模様もティーンらしくてワクワクする。ちなみに映画ではほとんどオミットされたけどリータ・スキータの悪行やその正体を暴く過程も楽しい。まあ、どう考えても尺が足りないから仕方ないんだけどねえ。あと、次作もそうなんだけど原作に比べてダンブルドアに余裕がない感じだったのもちょっと気になった。

 原作にあったワールドカップがほとんどカットされていたのは仕方ないにしてもウィンキーは登場させてほしかったなあ。映像的にはやっぱりドラゴンと対峙する第一の試練が最高に楽しい。そこまで広く使っていいのかよと思わなくもないけど、クィディッチがないのだからこれくらいは派手にやらないとね。

《印象的なシーン》クラウチを尋問するダンブルドア

 

 

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(2007年、イギリス/アメリカ、監督:デヴィッド・イェーツ、138分)

 これと次作は細かいイベントの記憶があいまいだったのは、今作と次作がハリポタにしては珍しくメインストーリーの雰囲気が似通っているからだと思う。乗り込むのと乗り込まれるという違いはあるけど、なんとなく同じ空気がする。

 原作よりもシリウスが落ち着いていたのは個人的には良い改変だったと思う。あと、アンブリッジはマジで役者が完璧だった。少し前に地上波で放送されていたときに原作を読んでいない母と姉が「あのピンク婆がむかつく」と憤っていたらしく、そのくらいはまり役だったのだと思う。あと、普通魔法レベル試験の描写はなんとなくセンター試験(共通テスト)のことを思い出してなんだか懐かしい。

 個人的に好きなシーンの多くが尺の都合でカットされているのは残念。ロンの母親が屋敷の掃除中に見つけたボガードを退治できずに泣き崩れるシーンやマクゴナガルが三者面談でブチ切れる場面なんかもぜひ映像で見たかった。双子の脱走劇もかなり簡略化されているのもなあ。まあその辺はまだ仕方ないと思えるけど、神秘部の戦いの後ほとんど首無しニックに会いに行くシーンはかなり趣深かったから多少無理をしてでも挿入してほしかった。

《印象的なシーン》「いいぞ!ジェームズ」

 

 

ハリー・ポッターと謎のプリンス(2009年、イギリス/アメリカ、監督:デイビッド・イェーツ、153分)

 映画に関していえば今作が一番明るい気がする。原作のユーモア部分がかなり再現されている。何度見てもロンとラベンダーのくだりは笑ってしまう。いや、別にラベンダーは悪いことしているわけじゃないんだけど。彼らに対するハリーの対応もTHE男友達という感じで好き。

 前二作に比べてダンブルドアにも余裕があり、一作目あたりの優しい老賢者のイメージ通りのふるまいを見せる。まあ、この一年は本当に余生だったわけだし前作でヴォルデモートとのつながりの件もどうにかなったから、疑似的な孫であるハリーと楽しく冒険できたんだろうなあ。

 切羽詰まった世情に反して妙に青春をしているハリー達に対してマルフォイは次第に余裕を失っていくのがなんとなく辛い。ダンブルドアの最期も印象的だけど、あの「頼む」は原作を読んでいた当時から真意をなんとなく理解できていた。いや、年齢を考えると別に自慢できるようなことでもないか。あと、ダンブルドアがハリーにハーマイニーのことを尋ねるけど、あれは本当にわからなかったからなんだろうなあ。

《印象的なシーン》「死んでるようですね♪」

 

 

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1(2010年、イギリス/アメリカ、監督:デイビッド・イェーツ、146分)

 原作はおおまかなイベントは覚えていたけど、移動が多いし主目的がよくわからなくなることが多くて混乱した記憶がある。特段印象深い魔法的な場所ではなく野原とかにいる時間が多かったのもその一因だと思う。ちなみに例によってゴドリックの谷(ゴドリック・ホロウ)は本当に自然豊かな渓谷で周囲に民家らしきものは存在しないと思っていた。

 ホラー的な演出や本格的な嫉み妬みが描かれているあたり、視聴者(読者)の成長に合わせた作品になっているのだと思う。全作品の中でもっとも雰囲気が暗く閉塞感も強い。ただ、これまであまり描かれてこなかったマグルの世界で魔法で戦うシーンがあったのはなんだか嬉しかった。あと、ロケット強奪作戦で魔法省に侵入する場面や剣を獲るために凍った湖に潜るシーンなんかが印象深い。

《印象的なシーン》戻ってきたロンを攻撃しようとハリーに杖を要求するハーマイオニー

 

 

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2(2011年、イギリス/アメリカ、監督:デイビッド・イェーツ、130分)

「愛じゃよ」

 すべての種明かしをされるとヴォルデモート君よりダンブルドアの方がはるかに帝王っぽい。ちゃんと長期的な計画を立てているし人心を掌握してコントロールし状況を動かしている。自分自身さえ手駒の一つと考えているところもそれっぽい。というか良い所も悪い所も含めて帝王の種類が違うのか。清朝の皇帝と五胡十六国時代の君主の違いというか、賢帝と暴君というか。思想は単純明快だし基本的にパワーで物事を解決しようするタイプで、でも武力だけは抜きんでて高いから手が付けられない……と聞くといろいろな人物が頭に浮かぶけど、どれも古代国家の君主なんだよなあ。あと、これはちょっと記憶があいまいだけど、原作では死んだ後も校長室の肖像画として生気溌剌と指示を飛ばしてましたよねダンブルドア先生……。

 ホグワーツでの戦いはシリーズの総決算という雰囲気がある。最終盤の蘇生で死喰人の多くが逃げ出すけど、そりゃあカラクリを知らなければもうハリーには死の呪文が効かないと理解するのが自然だよなあ。ちなみに死者を弔うために停戦する場面があるけど、あの宣言もどこか古代国家の君主っぽいところがある。ヴォルデモート卿、生まれた時代を間違えた説。

《印象的なシーン》大人になった三人組とその子供たち。