電羊倉庫

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宮内悠介リクエスト『博奕のアンソロジー』[多種多様な競技。審判としての博奕]

 博奕を題材にしたアンソロジーということだけど、前書きにもある通り、サイコロやカードを使ったギャンブルに限らず「人生の岐路における選択」のような生活における選択も一つの博奕として取り扱っている。

 以下、抜粋して感想。

 

 

梓崎優「獅子の町の夜」

 かなり好きな作品。文体もほどよく柔らかくて、キャラクターに不快感はないし、程よく場面が転換して楽しく読めた。ミステリ的で、終盤には主人公が結果を「推理」する場面があってワクワクさせられる。

 なんとなく思い出したのがロアルド・ダール「南からきた男」。物語がバカンスの描写から始まること、賭けの相手が老夫婦であること、賭けの題材が日常的な行為であることが共通している。ダールはゾッとするけど、こっちはかなり穏当な終わり方。

 

山田正紀「開城賭博」

 かなり好きな作品。こういう「平和裏に終わったあの歴史的な出来事の裏にこんな駆け引きがあった!」というタイプの話はすごく好き。特に一方を特段悪く描かないところも好印象。中学生くらいのころに三国志を題材にそういう小説を書こうとしていたこともあったけど、陳舜臣『秘本三国志』を読んで諦めた。

 日本史はあまり詳しくないけど、西郷隆盛とかもう少し後の時代になるけど大山巌が高く評価されているとちょっと嬉しい。ただ、文面で「ごわす」と大真面目に書かれているとちょっと笑いそうになる。

 

宮内悠介「杭に縛られて」

 かなり好きな作品。収録作品の中で唯一の参加者が直接命を懸けて(救命ボートへの搭乗権利を賭けている)勝負を打っている作品で、イカサマで競技そのものやルーレットのルールが二転三転するところもよかった。

 命を懸けた搭乗権の争奪戦は、船が沈む前に旅客船が通りかかるという単純明快なハッピーエンドで終わる。これをご都合主義というかは議論が分かれるかもしれないけど、そういうマイナスの感情は最後の台詞で帳消しにしてくれると思う。

 

星野智幸「小相撲」

 けっこう好きな作品。賭け相撲というよりはプロレスのような演出やストーリーがついてまわる興行に近い。特に主人公が相撲を取る側に回り、賭けの対象になって観客席から賭けられる声と、そこからの流れ、そして最後の一文はかなり好き。

 ただ主要な登場人物が四人いるけど、全員あまり好きになれなかった。もっと長く尺をとって描写されれば違ったかもしれないけど、なんとなく尺のわりに濃すぎて嫌になったのかもしれない。

 

軒上泊「人間ごっこ

 最初はあまり好きじゃなかったけど、終盤で好きになった作品。前々から自分が「葛藤や苦悩を重視しない」タイプとはわかっていたけど、それが如実に出た作品だった。話の筋としては人生を上手く生きれない男が段々転落していく様を演劇と絡めて描いていく物語で、だからグダグダと後悔と蔑みと自虐を繰り返して終わるものだと思って冷めた目で読んでいた。それがひっくり返ったのが終盤で、まがりなりにも主人公は主体的に行動を起こし、自分の物語の筋書きを前向きに打開しようと一つの賭けに出る。たったそれだけのことで作品の評価が大きく変わった。

 やや硬い文体はかなり好みで、特に端正な比喩表現や濃厚な街の描写は圧巻。何度か時系列が前後することがあって混乱させられるところはあったけど問題なく読めた。

 

法月綸太郎「負けた馬がみな貰う」

 収録短編の中で一番好きな作品。他の作品と明らかに違うのは、他の作家がまがりなりにも「勝つこと」もしくは「勝ちをコントロールすること」を目指しているなか、この作品だけが「負け続けること」を題材にしている。まず、その発想の逆転が素晴らしい。

 また「競馬で負け続ける」ことについて用意した設定も説得力があり、無理なく物語を進めることができる。成功と失敗を繰り返させ、イカサマの露見によって競技も終了かと思わせて続行を許される。最後の最後までワクワクを保って読み進めることができる。そして終盤でタイトルの意味が分かる。「負けた馬」が何を意味しているのか、「みな貰う」とはどういう意味か。競馬場で元気に走り回る馬でないことは確かだ。そういう意味では福本信行『賭博黙示録カイジ』の人間競馬を思い出した。馬自身にはわからないように工夫してパドック(馬の下見)が用意されているところも共通している。

 

――――――

 掲載雑誌の志向か、編集者の指示なのか、偶然の一致かわからないけど、全体的に博奕を「運を天に任せる行為≒神事」と捉えている作品が多かった。おれは、どちらかというと福本信行作品のような「脳を雑巾のように絞り、考えるだけ考えつくして、少しでも勝てる確率を上げ、そのためにはイカサマも辞さず、そこから先は自分の気づきに運命を預けれる器が試される」という勝負事としての博奕が好きで、そういう作品が少なかったことがちょっと不満。もうちょっと純粋に勝負をしてほしかったなあ。

 

 

収録作一覧

梓崎優「獅子の町の夜」(コース料理のデザートの品目予想)
桜庭一樹「人生ってガチャみたいっすね」(日常の中での些細な出来事)
山田正紀「開城賭博」(チンチロリン
宮内悠介「杭に縛られて」(ルーレット)
星野智幸「小相撲」(相撲)
藤井太洋「それなんこ?」(ナンコ)
日高トモキチ「レオノーラの卵」(生まれてくる子供の性別)
軒上泊「人間ごっこ」(人生における選択≒演劇)
法月綸太郎「負けた馬がみな貰う」(競馬)
冲方丁「死争の譜~天保の内訌~」(碁)