電羊倉庫

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ロアルド・ダール『キス・キス』[意地悪いよなあ……]

 一度でも目にしたら忘れられない、印象的なタイトルの短編集。

 久しぶりに読み返した。初読のときよりはるかに面白く感じたのは、やっぱり読んだ当時の偏見……というか思い込みがあったからかなと思う。奇妙な味の典型的作家って聞いて読み始めたのだけど、「奇妙な味っていうくらいだからSF/ファンタジー的な超常現象が起きて、しかも何とも言えない後味のする小説なんだな!」と思い込んでいた。

 いや、巻頭の「女主人」は何とも言えない後味がするし「ウィリアムとメアリー」とか「ロイヤルゼリー」みたいに超常現象的なことが起きるものもあるけど、全体を通してみると、あまり日常からとびぬけてはいない作品が多い。だからあんなに「拍子抜けしたなあ」なんて感想が出てきたのか、なんてことを思い出しながら読んだ。

 そういう偏見を取り除いて読むとやっぱり世界で愛されているだけあってどれも面白いし良くも悪くも小難しい言い回しをしなくて、すらすら読めた。これはあくまで凝った文体ではないという意味で、「ダールは悪文だ」なんて正気を失ったことをいいたのではない。けど、やっぱりシンプルなのはシンプルだよなあ。筒井康隆先生とハーラン・エリスンというテンションの高い凝った文を作る(個人的)二大巨頭を並行して読んでたから余計にそう思った。

 意地の悪い皮肉やゾッとするサスペンスから苦笑零れるコメディまで幅もある。「ロイヤル・ゼリー」の設定は『蜂女の恐怖』とほぼ共通していて製作/執筆年もかなり近い。当時の世相にこういうものへの恐怖心みたいなのがあったのかもしれない。「始まりと大惨事―実話―」は、ちょっとベクトルが違うけど広瀬正『エロス』を思い出す。ある意味、描いている内容は同じだけどSF設定の有無、長編/短編で料理の仕方がこんなに変わるんだなあ……なんてのは当たり前すぎるか。

 解説にも書いてあったけど、ダールもどちらかというとO・ヘンリじゃなくてサキ型の短編の名手で、ブラックユーモアで冷笑的で上流階級ってやつが嫌いらしい。そういう意味ではどちらかというとO・ヘンリ型も読んでみたいから、そういう短編の名手を探してみたいなあ、と思ったりしている。

 ベストは「牧師の愉しみ」「始まりと大惨事―実話―」と迷うけど、やっぱり「女主人」かな。はっきりとオチを言わないけど、そのぶん思わせぶりが絶妙。ラーメンズのコント「採集」を思い出す。

収録作一覧

「女主人」
「ウィリアムとメアリー」
「天国への道」
「牧師の愉しみ」
「ミセス・ビクスビーと大差のコート」
「ロイヤル・ゼリー」
「ジョージ―・ポージー
「始まりと大惨事―実話―」
「勝者エドワード」
「豚」
「世界チャンピオン」