エリスンの第三短篇集(日本オリジナル)。二作目の『死の鳥』が実質的なベスト短編集だっただけに、どうしてもやや見劣りするところはあるけど、それでもエリスンはエリスン。やっぱり素晴らしい。ただ、前二作よりもイマイチ度合いが高い作品もいくつかある。特に「ロボット外科医」は一通りエリスンに触れてから読むと印象がかなり変わる。最初期の作品なだけにまったくエリスンっぽくない。かなり悪い意味で普通のSF小説。エリスンは最初からエリスンじゃなかったんだ! 人間性、感情移入能力の重視という意味でディックとかに近いとさえ思ってしまう。
以下、気に入った作品の簡単な感想。「苦痛神」は文章だけでいったら一番好きかもしれない。暴力と哀しさ。「死者の眼から消えた銀貨」は普通小説でより根深い所にある差別意識を取り扱っている。完璧な善人など存在しえないという物語でもある。「バシリスク」はすさまじい暴力小説。戦争という人間の業と本国の人々の残忍さ、そして力を付与することでより残忍な結末へと主人公を導く蛇の神。エリスン特有の濃厚な暴力描写が主題とこれ以上ないほどキッチリ噛み合っている。誰が悪いとかそういうことではない。人と人ならざる者の残忍さ。「血を流す石像」は解説にある通り血の破壊とカタルシスに終始した作品。それだけに暴力の濃度は高い。「クロウトウン」は内宇宙的な作品。ぬるりと非現実的な世界へと足を踏み入れていく茫洋とした感覚が素晴らしい。彼のそれまでの所業とマンホールから降りていく下水道というシチュエーション、怒りというよりは客観的な罪と報いという趣が強い描写、暗示される情報、そのどれもが凄まじい。「ヒトラーの描いた薔薇」は神という存在への不信感をヒトラーという存在を扉にして描いている。タイトルになっているのに最初と最後にしか出てこないヒトラーがそうとは思えないほどの存在感を放つ。「大理石の上に」は知っている神話が出てきてちょっと面食らったことを覚えている。もう一つ上の存在になっていたはずだったのに。
ベストは「バシリスク」と悩むけどやっぱり「クロウトウン」かな。小説としての完成度の高さは互角だけど、題材と手法はこちらのほうが好みだから。
どうして兄さんはあたしたちに、こんな仕打ちをしてくれたの? どうして?
なぜならそれは、おれが人間だからだ。弱い人間であり、人間ならばだれしも、そんなことに堪えられる、などと期待されるべきではないからだ。なぜならおれは生身の人間でり、それに堪えるべきだと規定しているルールブックではないからだ。なぜならおれは一睡もできない状態に置かれ、それ以上はそこにいたくなどなかったから、そしてだれもおれを救ってくれるものはいなかったからだ。なぜならおれは生きたかったからだ。(P150-151「バシリスク」)
収録作一覧
「ロボット外科医」
「恐怖の夜」
「苦痛神」
「死者の眼から消えた銀貨」
「バシリスク」
「血を流す石像」
「冷たい友達」
「クロウトウン」
「解消日」
「ヒトラーの描いた薔薇」
「大理石の上に」
「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」
「睡眠時の夢の効用」
