電羊倉庫

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山野浩一『山野浩一傑作選Ⅰ/Ⅱ』[不確かさ、漠然とした不安、そしてやっぱり文章がかっこいい]

 なんと山野浩一*1の新刊*2が発行された。

 もちろん、発売したらすぐに買おうと思っていたけど発売日を勘違いしていて、慌てて本屋に飛んで行ったら、田舎の本屋の哀しいところで、もう在庫が残っていなかった。仕方ないのでAmazonで注文し到着するのを待っている。というわけで、待っている間に持っている二冊を読み返してみた。

 

 

『鳥はいまどこを飛ぶか 山野浩一傑作選Ⅰ』
 初読のときは「赤い貨物車」がベストだったけど、読み返してみるとやっぱり後半の作品のほうが山野浩一らしくて良い作品だった。もちろん「赤い貨物車」も良かったけど、あの時はとても印象的だった中盤の暴力シーンはちょっと色褪せてたかもしれない。初めて読んだ当時は本当、肌が粟立ったくらいだったけど、まあいいかなくらいにまでは落ちてた。この辺は加齢で感覚が変わってきているのかもしれない。

 あとは「マインド・ウインド」の評価がちょっと落ちていたことくらいかな。代表作ということになっているらしい「X電車で行こう」は今も昔もあんまり。「カルブ爆撃隊」「首狩り」「虹の彼女」が頭一つ抜けてよかった。ベストはやっぱり「カルブ爆撃隊」かな。時間の経過感覚の消失やシームレスに狂気に陥る感じとか、ほんとうに素晴らしい。

収録作

「鳥はいまどこを飛ぶか」
「消えた街」
「赤い貨物列車」
「X電車で行こう」
「マインド・ウインド」
「城」
「カルブ爆撃隊」
「首狩り」
「虹の彼女」
「霧の中の人々」

 

 

『殺人者の空 山野浩一傑作選Ⅱ』
 やっぱりカッコイイ。山野浩一についてはあまり評論や感想を漁ってはいないけど、作者後書きにあるような哲学とか病理学という学問的なものじゃなくて、やっぱりカッコイイ文体と不条理小説的な部分が好きなんだなあ、と再確認した。もちろん、この辺はおれに教養がないからというのもあると思うけど。

 前編の『鳥はいまどこを飛ぶか?』と同じく主観の不確かさや漠然とした不安感が描かれていて、特に「φ」「殺人者の空」「内宇宙の銀河」は前編の諸作よりグレードアップしていて読みごたえがある。この辺が著者あとがきの唐辛子マークに反映されているのだと思う。

 初読のときは「殺人者の空」がいまいちと思った記憶があるけど、いまは確実に五本指に入ってくる。なんでいまいちなんて思ったんだろう……。

 ベストは「内宇宙の銀河」。地下に降りて彷徨い、「丸くなる」ことで暗転させ場面の連続性を絶つことで現実感を失わせ主観の信頼性を失わせるという技法は本当に好き。やや硬く感情表現がほとんど見られなくなる山野浩一の文体は本書のほうが完成していて、もし両『傑作選』を比較するなら、純粋な内容なら十分競り合えるけど、こと文体となると本書が圧倒していると思う。

収録作

「メシメリ街道」
「開放時間」
「闇に星々」
「Tと失踪者たち」
「Φ(ファイ)」
「森の人々」
「殺人者の空」
「内宇宙の銀河」
「ザ・クライム(The Crime)」

 

 

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 こうやって読み返すと、やっぱり一人称での主観の不確かさ、霧がかかったようなぼんやりした世界と狂気、という意味では、完全におれの主観になるけど、夢野久作—ディック—山野浩一ってラインになっていている*3。いま自分がやりたいことを考えると師とすべきは山野浩一なのかもしれない。手を出して本当に正解だったなあ*4、といまさらながら思う。

 ……まだ手元にも届いてないけど、今回の新刊が、もし多少なりとも売れ行きが良ければ……もし可能ならば『花と機械とゲシタルト』や『エヴォリューション』の復刊も……お願いします、小鳥遊書房さま、ほんと、お願いします。

*1:亡くなられた方は敬意をこめて呼び捨てにしています。ご了承ください

*2:もちろん新作ではないけど単行本未収録短編を収録した短編集らしい

*3:この記事もそういう文脈で書いたつもり

*4:ちなみにこの二冊を本屋で手に取ったのは著者を翻訳家の山形浩生さんと勘違いしたからだった。世界広しといえどもこんなのはたぶんおれだけだと思う。