電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

案内所

ポルノグラフィティ

《〇〇選》

「風景描写」10選

「心情描写」10選

「離別の歌詞」10選

「比喩表現」10選

「嘘と本当」10選

「悲観と陰鬱」10選

《もっと評価されるべき》

「俺たちのセレブレーション」

「Love,too Death,too」

「青春花道」

《歌詞解釈》

「ハネウマライダー」というポルノグラフィティを唄った曲

「メビウス(仮)」の可能性〔ぬいぐるみ、ネオメロドラマティック、老いた人〕

《ライブ感想》

「続・ポルノグラフィティ」感想〔おったまげて我が目を疑い震えた〕

《アルバム感想》

12thアルバム『暁』感想

《そのほか》

ポルノグラフィティのちょっとしたデータ集

ポルノグラフィティの色彩

 

音楽系

タイトル縛りのプレイリスト

King Gnu、Official髭男dism、ハルカトミユキ[ブロガー経由で聴き始めたアーティスト]

 

映像作品

《最近見た存在する映画》

2021年09月(残酷で異常/狂った一頁/幻夢戦記レダ/ゴジラ/サイコ/ゴーストバスターズ)

2021年10月(ミッドサマー/ジェーンドゥーの解剖/俺たちホームズ&ワトソン/片腕マシンガール)

2021年11月(閃光のハサウェイ/SF巨大生物の島/カフカ「変身」/ヘンゼル&グレーテル/一分間タイムマシン/とっくんでカンペキ)

2021年12月(ソウ/バスターの壊れた心/昆虫怪獣の襲来/項羽と劉邦 鴻門の会/あたおかあさん/ヤツアシ)

2022年1月(コマンドー/カルト/道化死てるぜ!/銀河ヒッチハイクガイド)

2022年2月(マーズ・アタック!/ヘレディタリー/透明人間/ディアボロス/良いビジネス)

2022年4月(プラットフォーム/ビンゴ/名探偵コナン 時計じかけの摩天楼/スマイル/Run Baby Run)

2022年5月(曲がれ!スプーン/トップガン/ゾンビーバー/地下に潜む怪人)

2022年6月(ハードコア/イミテーション・ゲーム/プロジェクトA/玩具修理者/Shutdown)

2022年7月(ウィッカーマン/スキャナーズ/ゲーム/デッドコースター/縛られた)

2022年8月(夏への扉/ポーカーナイト/蜂女の恐怖/デッド寿司/健太郎さん/高飛車女とモテない君)

《最近見た存在しない映画》

2021年10月(ビーイング/ボッコちゃん/劇場版ヒストリエ 完結篇/文字を喰う人)

2021年11月(脱走と追跡のサンバ/プリティ・マギー・マネーアイズ/劉邦と項羽/ニッポンの農業の夜明けの始まり/暗がり)

2021年12月(アゲハ蝶とそのほかの物語/ショート・ストーリーズ/エコに行こう!/三国志な一日/生涯)

2022年1月(乙嫁語り/色彩、豊かな日常/夢野久作の「冗談に殺す」/時は貨幣なり)

2022年2月(ゴーレム ハンドレッド・パワー/珈琲ハウスへようこそ/白猫姫/歩道橋の上から見た光景)

2022年4月(美亜へ贈る真珠/フラッシュ・ムービー/ちょっとだけUターン/旅に出よう)

2022年5月(李陵/従者の物語/アイアン・ドリーム/スケッチ)

2022年6月(命のネジを巻く旅人サバロ/熱いぜ辺ちゃん!/天使のわけまえ/瞳の奥をのぞかせて/花束と空模様の理由)

2022年7月(そばかすのフィギュア/クラッピー・オータム/流浪の民/夢みる頃を過ぎても/ご機嫌直しまであと何単位?)

2022年8月(ゴースト&レディ/死ね、マエストロ、死ね/嘔吐した宇宙飛行士/蟲の恋/ネコと時の流れ)

《ドラマ》

『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』[色とりどりの作品を押さえた良質なドラマ作品]

 

書籍の感想/雑記

《国内SF作家》

山野浩一

『山野浩一傑作選Ⅰ/Ⅱ』[不確かさ、漠然とした不安、そしてやっぱり文章がかっこいい]

『いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集』[単なる落ち葉拾いに終わらない作品群。傑作につながるモチーフ、不条理そのもの等]

梶尾真治

『美亜へ贈る真珠[新版]』[ほろ苦い恋物語にSFのエッセンス]

《海外SF作家》

フィリップ・K・ディック

―長編―

『宇宙の眼』[ぼくがかんがえたさいこうのせかい=他人には地獄]

―短編集―

『アジャストメント』[生涯のテーマからさらっと笑えるコメディまで]

『トータル・リコール』[娯楽色が強くすっきり楽しく読める短編集]

『変数人間』[ショートショート、超能力、時代]

―そのほか―

SFといえばフィリップ・K・ディック

ロジャー・ゼラズニイ

『地獄のハイウェイ』[単純明快な娯楽作品。やっぱりロードノベルが好き]

〈アルフレッド・べスター〉

『破壊された男』[めくるめく展開とハイテンポな文章がたまらない]

『イヴのいないアダム』[キレる名作短編とオムニバス式中編]

ハーラン・エリスン

『死の鳥』[エリスンのベスト短編集]

ロバート・A・ハインライン

『夏への扉』[ちょっとアレなところはあるけど楽しい小説]

《アンソロジー

浅倉久志編『世界ユーモアSF傑作選』〔会話よりもシチュエーションで笑いをとるタイプが多い〕

《文芸》

O・ヘンリ『O・ヘンリ短編集(一~三)』〔世界で愛される名作。いろいろな短編があって素晴らしいけどちょっと訳語が古めかしい〕

J.L.ボルヘス『伝奇集』[短編小説/短編集の良さを再確認できた]

湊かなえ『往復書簡』[徐々に明かされる情報とオチの謎解きが気持ち良い短編集]

《ノンフィクション》

〈江面弘也〉

『名馬を読む』[中国史書で言えば本紀。生涯戦績、繁殖成績、社会現象、特異な事績など]

『名馬を読む2』[世家、列伝など。周縁事情、馬の関係性、時代、個性]

『名馬を読む3』[バラエティ豊かな名馬たちと最新の顕彰馬キタサンブラック]

《雑記》

夢野久作はサイエンス・フィクションの夢を見るか?

漢の歴史と正当性の感覚

印象的な小説のタイトル650選

 

漫画の感想/雑記

岩明均の描く女性と「自分ではない者を良く描く」ということ

キミは熱血ギャグ漫画家、島本和彦を知っているか?

 

嘘八百を書き連ねた創作文章

思い出:フリーにはたらく

思い出:手帳

生きていくためにとっても大切な薬物の話

 

そのほか雑記

星新一はアル中を救う

学習:意味が分かるようになった瞬間

好きの言語化と嫌いの理由

読書感想文と方程式

はじめての遊戯王

完全初心者がマスターデュエルでプラチナtier1に上がった感想

野球のニュース見て漫画読み返してなんか落ち込んだ話

最近見た存在しない映画(2022年9月)

告白―コンフェッション―(2000年、日本、監督:川本伸治、105分)

 まずはやっぱりビジュアルが素晴らしい。原作の作風が割と劇画寄りなことを加味しても浅井と石倉のどちらも原作のビジュアルを忠実に再現しているのはもっと評価されるべき。原作はほとんどクローズド・サークルで山小屋で物語が完結するけど、本作はけっこうアレンジが入っていて、山に登るより前の人間関係が挿入されている。正直、ちょっと間延びしただけで邪魔だった気はするけど、あれがあったからこそ石倉の激昂に説得力がでている。ほかは特に目立った追加描写はなかったと思うけど、さゆりの顔が意図的に隠されていたのはどういうことだったんだろう。あまり意味がある演出には思えなかったけど、さすがに無意味にあんなことするわけないからなあ……。

 原作の印象的なセリフ回しはたいぶマイルドになっているのがちょっと残念だけど、原作の良さは十分活かされている。山小屋での対峙はテンポも良く迫力があって素晴らしいし、不安を画面の暗さや音で表現しているのも良い。始まりと終わりに同じセリフがナレーションとして挿入されているけど、始まりが二人の声色だったのに終わりが一人になっていたのも、オチを考えるとゾッとする素晴らしい演出だと思う。

 原作からしてもそうだったけど、台詞にならない演技が素晴らしい。結末を知ってからもう一度観ると浅井の表情が硬くなるタイミングにすべて意味があることがわかるはず。そういう意味で何度も観返したくなる良作の映画。

《印象的なシーン》石倉の告白を聴いたときの浅井の表情。

 

 

シリウス・ゼロ(1950年、アメリカ、監督:ニューマン・スター、91分)

 筋書きはシンプルでSF的な特殊効果もそこそこ。ブラックユーモア……というよりはシュールな笑いに近い。大別すると冒険コメディになるのだろうけど、ギミックがかなり凝っていて、特に「帽子をかぶった蝶ネクタイの巨大な駝鳥」は、時代を考えると頭一つ抜けた出来のはず。

 原作がシンプルな短編小説なだけあって、かなり膨らませている。筋書きがシンプルな割にあちこちへと寄り道をしているのは、どうにか尺を稼いで上映時間を伸ばそうとしているようで微笑ましさすら感じる。ちなみにテントにたどり着くまでに出会う珍妙奇天烈な生き物/出来事はそのほとんどが、当時の社会情勢を皮肉ったもので、ブラウンの原作にはそんな要素はなかったから賛否両論らしい。ただ、その辺の世相のことは知らなくても十分楽しめる作品……なのは喜ばしいのか哀しいのか。

《印象的なシーン》にゅっと顔を出す駝鳥。

 

 

悪霊少女(2022年、日本、監督:今井八朔、79分)

 アニメーションと実写を織り交ぜた意欲作……ではあるんだけど、ちょっと繋ぎが雑でアニメと実写が融和しているとは言えないのは残念。ただ、その辺の違和感に目を瞑れば、暖かい画風に疾走感のある動画*1、実写のパートでの絶妙な表情の演技は素晴らしく、ストーリーも原作の音楽を良い意味で膨らませているし挿入歌の位置も完璧、と申し分ない。そういう意味では普通に作ったほうが良かったのでは、と思わざるをえないけど、チャレンジしてみることに意味があるというのも事実だから何とも言えない。

 個人的には父親と母親の態度の違いがより明確になっているところが気に入っている。もちろん、あの描写は歌詞解釈の一つに過ぎないわけだけど、あそこを明確にしたことで、少女が涙の意味合いを使い分けて「大人」になることの意味が強調されているのだと思う。作中に頻出する言葉として「変貌」と「成長」があるけど、そのどちらも極めて肯定的な意味合いで描いているのも興味深い。〈七つの色合い〉を帯びる〈涙〉に象徴される「嘘」はたしかに酷い変貌ではあるのだけど、同時に賢明な「大人」としての成長でもあるのだから。

《印象的なシーン》「うそつき」

悪霊少女

悪霊少女

  • provided courtesy of iTunes

 

 

組織は文字でいっぱい!(2017年、アメリカ、監督:ヴァイオレット・トゥリーズ・ベル、117分)

 ファンタジー/SFを舞台にしたお仕事コメディ作品の中でもかなりの変わり種で、下級官吏の男がただひたすら文書処理に忙殺される様子をただひたすら描いている……と書くと退屈な映画にみえるけど、ぜんぜんそんなことはない。コメディ部分はブラックユーモア的で笑わせられるし、同時に現代社会にも通じるものがあって苦笑いを零すのがやっとという場面もある。

 元ネタも様々でおれは古代中国系のネタ(城壁に囲まれた都市国家で竹簡にひたすら文字を書き続ける、使ってはいけない文字を書き換える作業が存在する、すれ違いざまに両手を前に組んで挨拶をする、など)しかわからなかったけど、古代地中海世界や日本、それに近代アメリカや現代アフリカの行政ネタも含まれているらしい。どの時代でも事務処理って大変なんだなあ……。

 ちなみに作中の皇帝にも元ネタがいる。おれは衣装が古代中国っぽかったから始皇帝か、もしくはちょっとひねって雍正帝かなと思ったんだけど、実際はフェリペ二世だった*2西洋史は詳しくないからよく知らないけど、フェリペ二世も勤勉な君主だったけど、真面目が過ぎて何でも自分で処理しようとする傾向があり、同時期にイギリスの君主だったエリザベス一世と好対照だったと聞いたことがある。……まあ、結末を考えると製作陣がフェリペ二世とエリザベス一世をどう評価していたのかは明らかで、ちょっと同情してしまう。

《印象的なシーン》副葬品の日誌を発見して狂喜乱舞する史学者。

 

 

なき声(2023年、日本、監督:真崎有智夫、5分)

 シンプルイズベスト……はちょっと言い過ぎだけど、五分のホラー映画にしてはそれなりに良く出来ている。淡々としたモノローグ、視点が窓から部屋の中へと移ることで恐怖を煽り、オチも簡潔でゾッとさせられる。ただ、いくらなんでも内装や衣装がチープすぎるし、飼い猫に至っては登場すらしない。たぶん、窓の外の存在のメイクに予算のほとんどを持っていかれたんだろうなあ……。

《印象的なシーン》窓の向こう側の歪んだ笑顔。

*1:MVを担当したMerry Wijayaの才能が、文字通り爆発するシーンは必見

*2:パンフレットの監督インタビューで言及されていた

最近見た映画(2022年9月)

ガンズ・アキンボ(2019年、イギリス・ニュージーランド、監督:ジェイソン・レイ・ハウデン、98分)

 魔法の杖の代わりに金属の銃を握らされた生き残った男の子っぽいおじさんが、名前を言ってはいけないあの人みたいなスキンヘッドのおじさんに殺し合いYouTuberを強制される物語。

 設定を一目見ただけでだいたいどうなるのかを了解できる、という意味ではとても親切な映画。さっきまで猛者たちを瞬殺していたのに銃の撃ち方すら知らないド素人を殺すのに手間取ったり、そのド素人が覚醒したら急に射撃が上手くなったりすることへの説明は一切ないけど、そんなことを気にするほうがどうかしている。痛快で楽しく、まあそこそこ勧善懲悪でアクションシーンはよくできている。特に終盤は倫理観ゼロヒューマンズによる最低下劣な『トゥルーマン・ショー』といっても過言ではなく、B級映画の面目躍如といったところ。個人的には「生き残ってしまったらエンディングで扱いに困りそうなキャラクター」を上手に処理していったなあ、と感心した。

《印象的なシーン》「いわば殺人スターバックス、皆殺しマクドナルドだ」

 

 

孤独なふりした世界で(2018年、アメリカ、監督:リード・モラーノ、93分)

 タイトルが気になって視聴。かなり好き。本当、冒頭の五分くらいは説明もなく淡々と作業を進めるだけで味気ないけど、それさえどういうわけか魅力的。目を惹く展開や派手なアクションも小粋なコメディも特異なSF的発想もない。なのにこんなに気に入った。まだ、どう表現していいかよくわからないけど、少なくとも今年観た映画の中ではかなり上のほうにくるかもしれない。

 ただ、設定への説明がかなり薄いことや、後半の展開がかなり……古典的というか、はっきり言って陳腐なのは否定できない。ちょっと検索してみたけど、やっぱりそこが引っかかっている人も多いみたいで、さっき挙げた娯楽要素の薄さと併せて人を選ぶ映画なのかもしれない。ただ「謎だらけで終わった意味不明な映画」と言っている人もいたけど、それはちょっと不当だと思う。彼女の首の傷だって終盤に描写があったし、二人の心情の変化や行動原理も意味不明とはいえない。もちろん具体的な言葉による説明は薄いからわかりにくいのは否めないけど……。

 終末後の世界ポストアポカリプスで変わり者の男女二人が共同生活をするという意味ではアルフレッド・べスター「昔を今になすよしもがな」を、ヴィジュアル面での評価は高いけどストーリー自体は良くいっても古典的、悪く言えば陳腐な映画として『ファンタスティック・プラネット』を思い出す。どちらも好きな作品だから、結局こういうのが好きなのかもしれない。

《印象的なシーン》図書館で住所が書き留められた本を必死に探すデル。

 

 

ショウタイム(2002年、アメリカ、監督:トム・ダイ、95分)

 やっぱり堅物のベテランは軽薄な若者と組ませるに限る。最初は「いやいや、いくらなんでも街の治安も報道者の倫理観も劣悪すぎるだろ」と思っていたけど、その辺が受け入れられれば楽しい映画。軽薄な若手でしかなかったセラーズが別方向に才能を開花させたり、人間味が薄かったプレストンが動物に愛着もったりするのも、ベタだけど良かった。終盤の展開も序盤の「ちょっとそれは……」をある程度解消してくれるし、派手な画面で楽しい。往年のポリス映画へのパロディもあるらしいけど、その辺はよくわからなかった。

 個人的に主人公二人に人殺しをさせなかった、させないように工夫したのは好判断だと思う。いや、殺したようなもんだろってシーンはあるけどトドメをささせないっていうのはコメディを作るうえでけっこう重要(特に今作のような刑事ものでは)で、後味がどういうものになるかを決める要素のはずだから。

《印象的なシーン》最後の突入前に二人が同じことを思いつく場面。

 

 

ストーカー(1979年、ソビエト連邦、監督:アンドレイ・タルコフスキー、164分)

 だいぶ前に読んだから記憶があいまいだけど、原作の終盤に出てきた設定をピックアップして膨らませた作品という印象。映像的な素晴らしさは本当に流石で、色調の変化も相まってただ画面を眺めているだけで楽しめる。哲学的な会話はそんなに興味をひかれなかったけど、二度ほどある明らかにカメラに向かって話すシーンはなぜかゾクゾクした。ゾーンの描写が素晴らしい。なんというか少年が思い描く冒険を大人がキッチリ作り上げているというか、深刻で重苦しい映画なのにどこかワクワクしてしまうのはそういうところがあるからだと思う。ちなみに、映像はもちろん褒められるけど音響も素晴らしくて、特に水たまりを踏み抜いた時の水音はしばらくそこだけリピートして聴いたくらい好き。ピチョッチャッピッショ。

 ただ、これは各種感想サイトでも言われていたけど、いくらなんでも長すぎるし派手な展開があるとは言えないから、人を選ぶのは間違いない。おれも薄暗い映画館で観たら眠くなっていたかも。

 ちなみにWikipediaから知ったんだけど製作会社の公式YouTubeチャンネルで無料視聴することができる。当然YouTubeの広告が入るから興ざめするところはあるけど手軽に高画質で合法的に観れるのだからそれくらいはねえ。原語版しかないけど、日本語字幕も実装されていて、精度もそれなり。数か所あからさまに妙な訳出や誤字があるけど、少なくとも自動翻訳ではないみたいでちゃんと場面に合った翻訳になっている。

《印象的なシーン》部屋の直前、雨が降り出す場面。

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ジャックは一体何をした?(2017年、アメリカ、監督:デヴィッド・リンチ、17分)

 セリフ回しは好きだけど微妙に会話がかみ合っていない。何って言われたら良く分からないけど、雰囲気は楽しめる。言葉が分からないはずの猿も撮り方によっては人間っぽい仕草に見えるという実験映像かなあ……と思いながら眺めていた。

《印象的なシーン》妙に薄そうな珈琲。


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ANIMA(2019年、イギリス、監督:ポール・トーマス・アンダーソン、15分)

 映画というかミュージックビデオに近い。それなりにストーリー性はあるけどセリフは一切ないから推測するしかない。ただ、ダンスのレベルは高いし場面展開がそれなりにあって退屈はしないはず。15分でキッチリ終わるところも好印象。

《印象的なシーン》白い坂みたいなところでもみくちゃにされるシーン。


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NHK『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』[色とりどりの作品を押さえた良質なドラマ作品]

 原作にかなり忠実なドラマ。15分という尺も、間延びはしないけどアレンジの幅が程よく残っていて絶妙。素晴らしい。気軽に観れる明るい作品、思想色が強く鬱々とした作品、意外なオチがついた作品、雰囲気を楽しむ作品と、星新一*1の作品の中でも色とりどりに取り揃えられている。

 星新一作品のパブリックイメージは「どんでん返しのオチがついたスマートなショートショート」だと思うけど、1000編以上も書いていれば当然そうではない作品も存在する。何とも言えない雰囲気や特異な状況を楽しむ作品もけっこう多い。雰囲気でいえば「冬の蝶」や「月の光」なんかが比較的有名で、ドラマの作品で言えば「薄暗い星で」が該当する。そういう作品もキッチリ映像化してくれたのは英断……はちょっと言い過ぎだけどかなり良い判断だったと思う。

 事前告知番組でAマッソの加納さんと東野幸治さんが「コントっぽい」と言っていたけど本当にそう思う。コントに詳しいわけじゃないから見当違いなことを書いているかもしれないけど、星新一には良く出来たコントのような作品がけっこう多くて、例えば「すばらしい食事」は前振りも効いているしドタバタは楽しく、そして最後にはゾッとオチが用意されていて、ブラックユーモア系のコントとして本当にそのまま使えるんじゃないかと思うくらいの作品だ。二人の話を聞いていると芸人による星新一作品のコント化なんてチャレンジがあってもいいんじゃないかなと思ったりもした。

 それぞれ基本的には原作に忠実だけど、もちろんいくらかはアレンジが施されている。例えば「白い服の男」は字幕で世界観を説明して分かりやすくなるよう工夫しているし、「生活維持省」は冒頭の芸術家の死や恋人との描写でラストの物悲しさを強調している。特に「窓」はテレビが全盛を誇っていた時代に書かれた作品なだけに現代的なアレンジが強めに出ている。

 全18作品*2の中でベストはどれかと問われると、やっぱり「処刑」になるかなあ。前後編になるだけあって気合が入った作品で、原作ともコミカライズ版とも違った味*3がして面白い。ほかにも「ずれ」は原作のドタバタを楽しい喜劇にキッチリ仕上げているし「ものぐさ太郎」声帯模写の達人という設定を(やや飛び道具的だけど)うまく表現していている。「薄暗い星で」は主役二人の雰囲気がほぼすべてと言っていいくらい役者の存在感がすごく大きなオチはないけど何度も観たくなる魅力がある。「白い服の男」は原作が大好きだから*4というのもあるけど、星新一にしては珍しい直截な暴力をうまくコントロールしつつ主題を損なわず描いている。

 もし、また同じような企画が立つなら、ぜひ「暑さ」をやってほしい。とても好きな作品の一つで、派手さはないけど一昔前にネットで流行った「意味が分かると怖い話」のようなジットリとした切れ味がたまらない。ほかにも「マイ国家」「夜の流れ」、上でも挙げた「すばらしい食事」なんかもショートドラマに向いていると思う。永遠に湧き出る油田のように名作のストックがあるのだし、世間でも好評のようだから長いスパンで続いていけばいいなと一ファンとして思う。ちなみにエンドロールの音楽が素晴らしいからぜひサントラを出してほしい。

 各話の原作については星新一 ショートショート1001を参照した。

 

 

 

放送リスト

ボッコちゃん(脚本/演出:近藤泰教、出演:水原希子
生活維持省(脚本/演出:望月一扶、出演:永山瑛太
不眠症(脚本/演出:尾沼宏星、出演:林遣都
地球から来た男(脚本/演出:永岩祐介、出演:高良健吾
善良な市民同盟(脚本/演出:安里麻里、出演:北山宏光
逃走の道(脚本/演出:渋江修平、出演:村杉蝉之介 コウメ太夫
見失った表情(脚本/演出:菅井祐介、出演:石橋静河
薄暗い星で(脚本/演出:望⽉⼀扶、出演:染谷将太 栗原類
白い服の男(脚本/演出:萩原翔、出演:滝藤賢一 村上虹郎
ものぐさ太郎(脚本/演出:加藤秀章、出演:荒川良々
窓(脚本/演出:平田潤子、出演:奈緒 リリー・フランキー
凍った時間(脚本/演出:望月一扶、出演:村上淳
夜と酒と(脚本/演出:⽣越明美、出演:竹原ピストル 夏帆
ずれ(脚本/演出:宇野丈良、出演:若葉竜也
もてなし(脚本/演出:森山宏昭、出演:柄本時生
鍵(脚本/演出:小関竜平、出演:玉山鉄二
買収に応じます(脚本/演出:近藤泰教、出演:田中直樹 加藤諒
処刑(脚本/演出:柿本ケンサク、出演:窪塚洋介

*1:故人は敬意をこめて呼び捨てにしています。以下すべて同じ。

*2:前後編は一作品としてカウント。

*3:本当に個人的な解釈だけど最後のシーンは「人生の意味は命数を使って何を成し遂げるかにある」と、原作/コミカライズ版とは違ったニュアンスで描かれている。

*4:長くなるから別で書くかもしれないけど、星新一の中でも最もSFらしいのがこの作品だと思う。科学的という意味じゃなくてSF的な性格の悪さが物凄く良い方向に作用している。おれにユートピアディストピアというSF的感性を叩き込んでくれた作品。

漢の歴史と正当性の感覚

 最近、渡邉義浩『漢帝国―400年の興亡』を読んだ。

 歳をとってからのお勉強*1は「何だっけこれ」と「誰だっけこいつ」との闘いになる。おれも一応の義務教育と一通りの受験勉強を経験したけれど、身についたはずの知識は無残にも鉱滓と化し辛うじて頭の片隅にへばり付いているといった始末で、そうでなくても基本知識が高校までの基礎教育と大学一年で受けた教養講座程度なものだから、やっぱりよくわからなくなることも少なくない。歴史系の本でも西洋史は概説書でも苦戦するし、理科系にいたってはブルーバックスだから大丈夫だろうと手に取った時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体 (ブルーバックス)が想像よりちゃんと物理学をやっていて半分もいかずに挫折し読み流してしまったり、苦手を克服しようと買った*2数学序説 (ちくま学芸文庫)も四分の一くらいでチンプンカンプンになって泣きながら読むのをやめた、なんてこともあった。その点、幼少のころから好きだった古代中国史は「何だっけこれ」も「誰だっけこいつ」も少なくて、(理科学系本と比べると)快適そのものだった。

 で、書籍の内容だけど、主に帝国を支えた思想やそれに伴う政策の変遷が描かれている。漢帝国は前の帝国(秦帝国)の制度を受け継いでいるから官僚になるには法律に詳しいことが求められるのだけど、それに加えて大昔の思想家の考え方(儒学/春秋の義)や漢帝国での教訓(漢家の故事)を把握していることが求められた。法律を杓子定規に適用するのではなく柔軟に運用するための「正当性」を主張するために必要だったからだ。法学、儒学、故事のパワーバランスは徐々に変化していき、末期になると法律知識よりも儒学知識が重視されるようになった。儒教国家として完成した漢帝国への挑戦こそが三国志の始まりとなる……というのが大体のところかな。

 古代中国の思想 (岩波現代文庫)でもそんな感じで説明されていた気がするけど、儒学は時期によって主流の教義(通説?)に移り変わりがある。というのも儒学というのが「昔起きた出来事や昔の思想家が言ったことを解釈する」学問*3で、だから時の統治者がやりたい政策や制度によってある程度融通を効かせることができた。人によっては曲学の極みに見えるかもしれないけど、そういう柔軟さというか、広く解釈できる懐の深さが儒学を(良くも悪くも)中国の歴史に深く根付かせたのだと思う。

 個人的に面白いと思ったのはこの儒学による施策の正当化で、これは「過去を解釈することで現在を肯定する」ことだ。権力の源というか「なんで統治者でいられるの?*4 何を根拠にそんなことするの?*5」に対する回答はその時々で変わったりする。内容は移り変わるけど、理論自体が必要であることは変わらない。理論は大義名分となり、大義名分は正当性の感覚を生む。

 この「正当性の感覚」だけど、ジョン・キーガン『戦略の歴史』で似たような話がでている。

 この本は戦略という言葉の一般的なイメージである「戦争の具体的なプラン」の歴史変遷を検討しているわけではなく、内容は「武器や移動能力、地理条件、文化的背景の制限による戦争形態の比較」といったもので、戦争の文化史に近い。

(…)技術的に遜色ない敵が相手となったそれ以外の海外での戦いでは、軍事教練はまったく異なった道徳的な要因によって圧倒されていた。つまり、合法性の感覚である。(ジョン・キーガン『戦略の歴史』下巻、中公文庫、P198)

 アメリカ独立戦争についての記述。合法性の感覚というのは自分が正しいことのために戦っているという感覚だろう*6

 話を「正当性の感覚」に戻す。彼らは曲がりなりにも人に何かを強制するのには「正しい理屈」が必要であることを理解していた。人を動かすには(もちろん実利は前提として)正当性が必要になる。そして、これは古代中国に限ったことではない。現代でも、何か大きなことを成すには理屈としての「正しさ」が絶対に必要になる。けれど、「正しさ」があると人間は無慈悲で残忍になることがある、とよく耳にするようにもなった。たぶん、これも真理なのだと思う。ネット、テレビ、新聞、雑誌、一般書籍等々どんなメディアでもその一端を垣間見ることができる。

 じゃあ、そういう感覚が害悪かというとそうではないはず。繰り返しになるけど、正しさがないと人は動かない。賢い人ほど正当性を獲得するために知恵を絞るし、まともな「正当性」を捻り出すことすらできない連中の主張がどれほど間抜けで、したがって支持を集められないかは、Twitterネット掲示板のちょっとした地獄を眺めていればすぐにわかると思う。けれど、逆に言うとそれらしい正当性はあるけど、主張する事柄があまり正しいとは言えないことも多々ある。前提は正義で、基本的な主張も正しいのに具体的な行動に移った途端に高圧的で攻撃的になることがある。古今東西老若男女上下左右貴賤人種そのほか諸々を問わず、そういう人はけっこう多い。そして、なまじ「正当性」があるだけに主張を否定しにくいことも多いはずだ。

 善悪は問わず「正当性」はとても強い力を発揮する。いや、「正当性」は善悪を内包する。そして「正当性の感覚」は危険だけど絶対に必要なものだ。古代から現代にいたるまで、そう変わることなく続いてきたのだから絶対不変の真理……とはいえないまでもそれなりの普遍性があると思う*7。もちろん、こんなことは生きていくうえで何の役にも立たない。だけど、生きていればきっといつか「他人に何かをやらせる」立場になることもあると思う。そういう時に「正当性の感覚」がいかに強い効力を持つかということを、たとえ無残な鉱滓であっても頭の片隅に残っていれば、取り返しがつかない攻撃への最後の一歩を踏みとどまれるんじゃないかな……と柄にもなく大仰なことを考えた。

*1:といってもそんなにたいそうなことではなく、ちょっと気になる本を読んでいるというだけのこと。それも軽めの新書がほとんどでそんなに本格的なものはほとんど読んでいない。

*2:初学者向けの入門書と思ってろくに内容を確認せずに買ってしまったのがそもそもの間違いだった。

*3:西洋史は詳しくないから間違っているかもしれないけど、なんとなくキリスト教系の神学っぽい気がする。

*4:血統によって帝位を継ぐことの正当性や失政があったら別の人が取って代わって良いのか、など。

*5:祖先を祭る廟はどこまで保持するのが正しいのか、身体的な刑罰はどのくらいまで許されるのか、など。

*6:「正しいことの白」の中におれはいるッ!(荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険』27巻、集英社、P57)という感覚に近いと思う。

*7:この文章が可能な限り個別の事象を挙げなかったのは、これがとても普遍的なことだと強調したいから。くどいけど特定の人々、特定の事象でのみ見られることではない。

フィリップ・K・ディック『変数人間』[ショートショート、超能力、時代]

「パーキー・パットの日々」(The Days of Perky Pat)翻訳:浅倉久志

 偽物。真剣にお人形さん遊びをやっている大人たちは滑稽だけど切実さがある。何度読んでもルールがよくわからないけど、このゲームの本質は懐古にどっぷり浸り変化や進歩を徹底的に拒む、かなり悪い意味での保守性にあるんじゃないかなと思う。大人たちと対照的な子供たちの行動や最後の別離はそういうことだ。ちなみにディックは人形を題材に取っているけど、現代作家が描くとやっぱりメタバースになったりするのかな。寄せ集めの部品で作った低スペックパソコンで在りし日々の記憶を再現する……とか考えてみたけど本作の劣化品にしかならないか。

 

「CM地獄」(Sales Pitch)翻訳:浅倉久志

 過剰な広告への嫌悪感は時代性が出ている。記憶があいまいだけどティプトリーとかブラッドベリもCMを題材にした作品を書いていたような記憶がある。いや、CMというか消費社会かな。ディックに限らずあの時代のSF作家が、各種動画共有サイト/SNS/ブログなどで個人が広告収入を得るこの大アドセンスの時代を観たらなんというのか、皮肉や嫌味とかじゃなくて純粋にちょっと気になる。

 

「不屈の蛙」(The Indefatigable Frog)翻訳:浅倉久志

 サッパリしたショートショート。ディックらしからぬ躁的な人物造形が印象的。オチが科学的に正しいのかはちょっとわからないけど、「不屈」が蛙と人間の両方にかかっているのはちょっと上手いかもしれない。

 

「あんな目はごめんだ」(The Eyes Have It)翻訳:浅倉久志

 個人的には筒井康隆「レトリック騒動」を思い出したけど、解説によるとこういう発想はそれほど珍しくはないらしい。ただ、その発想を侵略SF的な恐怖感に変換しているところはとてもディックらしい。

 

「猫と宇宙船」(The Alien Mind)翻訳:大森望

 短くまとまった良作ショートショート。残酷過ぎないオチが秀逸。ある意味ではディックの生涯のテーマの一つである感情移入能力について描いている……というのは流石に強引すぎるかな。

 

「スパイはだれだ」(Shell Game)翻訳:浅倉久志

 偽物。裏が取れない状況でアイデンティティを揺さぶられる夢野久作的な現実ぐらぐら感がたまらない。アクションシーンも迫力があって楽しいけれど登場人物が多くて混乱するところがあるのが欠点と言えば欠点。ちなみに会議室で起きたアクションシーンでのある人物の最期はブラックユーモア的でちょっと笑ってしまった。

 

「不適応者」(Misadjustment)翻訳:浅倉久志

 現実崩壊。妄想と現実の区別がつかなくなり空想が現実に強く影響を与える……という一昔前に流行ったゲーム脳を体現したような、いかにもディックらしい設定がたまらない。序盤の奇妙な描写が終盤に回収され、さらにもう一段オチを作っているところは秀逸。PKを発症(?)するのが男だけというのは、(事実ではなかったにしろ)当時よく言われてた「SF者は男ばかり」というのを反映しているものじゃないかなと邪推(?)している。大オチは素晴らしいけど、事態の収束の理屈はちょっとおかしい気がする。

 

「超能力世界」(A Wordl of Talent)翻訳:浅倉久志

 評価がちょっと難しい。設定やストーリーに大きな破綻があるわけでもなくキャラクターは魅力的で前振りもちゃんと回収される。ただ、物語開始時の目標がふわりと消えてラストシーンにあまり活かされていないし、オチもちょっと願望充足的すぎるような気がする。ただ喪失後の放浪の描写は切実で胸に迫るものがある。それだけに、最後の機械仕掛けの神的な救いは必要なかったんじゃないかなあ……と思わなくもない。ちなみに超能力者同士の結婚を半ば強制されるのはアルフレッド・べスター『破壊された男』でもあったけど、経済動物じゃないんだからそりゃあ嫌でしょ。

 

ペイチェック」(Paycheck)翻訳:浅倉久志

 オーソドックスな秀作。ワクワクする二大勢力対立の設定に程よいアクション、特に七つのガラクタが順を追ってキチンと役立っていくところなんかは娯楽の教科書といってもいいくらいの出来だ。オチを含めてディック作品では唯一無二の「工夫のある時間ものSF作品」といっても過言ではないと思う。ただ、娯楽に振り切っているだけにディックの持ち味は薄目なのも事実。個人的にはディック要素薄目だからこその秀作だと思うけど、その辺は人それぞれかな。

 

「変数人間」(The Variable Man)翻訳:浅倉久志

 めちゃくちゃ楽しそう。解説によるとヴォークトの影響が強いらしいけど、その辺はちょっとわからない。ただ、行間から鼻歌が漏れ聞こえそうなほど生き生きと書かれていて、もしかしたら本当はこういう作品を書いていたほうが幸せだったんじゃないかなと思ってしまう*1。ほとんど予知に近い予測に主人公だけは例外的に当てはまらないという構図はRPGやADVで見かけてことがある。ちょっと記憶があいまいだけど、たしか「ダンガンロンパ」や「グランブルーファンタジー」の主人公がそんなことを言われていたはず。すでに決められたシナリオを主人公=プレイヤーだけが変えることができる、という設定は自分で操作できるゲームと相性がいいのかもしれない。小説で体験できるようにしたのがゲームブックかな。

 

 

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 長めの短編二作品とショートショートなどの短めの作品を中心に収録されている。ショートショートはいわずもがな、ラスト二作品もかなり気軽に読めるという意味では、前作に引き続きこちらも娯楽色の強い短編集といえる。雰囲気が薄暗く、登場人物が妙に後ろ向きで閉塞的な作品は「パーキー・パットの日々」くらい。もっとも、「パーキー・パットの日々」も救いがたい終わりを迎えるわけではなく、個人的にはかなり前向きな終わり方をしていると思う。

 ベストはちょっと難しいけど「ペイチェック」かな。個別感想でも書いた通りディックらしさは薄いけれど娯楽作品としてとてもよくできているところを最大限評価したい。そのほか「不適応者」や「超能力世界」は滲み出るディックらしさが気持ち良くて大好きだけど、作品としての完成度でいくと「ペイチェック」に一歩及ばないかなあ。

 

 

※作品の発表時期や邦題などは「site KIPPLE」を、一部感想などは「Silverboy Club」参考にした。

収録作一覧

「パーキー・パットの日々」
「CM地獄」
「不屈の蛙」
「あんな目はごめんだ」
「猫と宇宙船」
「スパイはだれだ」
「不適応者」
「超能力世界」
ペイチェック
「変数人間」

 

 

*1:ディックは本当は主流文学志向で、あっちには受け入れてもらえずSFに流れてきた人で、SFもこういうアクションじゃなくて晩年の作品のような神秘体験や神学的な作品が本質だったというのが通説だけど、本作がどの時代のどの作品よりずっと楽しそうだから、そんなことを考えてしまう

最近見た存在しない映画(2022年8月)

黒博物館Ⅱーゴースト&レディー(2020年、日本、監督:富士鷹和宏、119分)

 素晴らしい。もちろん一作目の「スプリンガルド」も素晴らしいアニメ化だったけど、今作はそれを上回る、オールタイムベストに挙げられるくらいの完成度。原作のファンだけでなく史実のナイチンゲールに興味ある方、純粋にファンタジーアクションが好きな方、ほろ苦いラブストーリーが好きな方、と枚挙にいとまないくらい広い客層に勧めて回りたい傑作。

 二時間でまとめるために、一巻の中盤くらいまでのエピソードがかなり削られていたけど、それだけフローとグレイの正念場であるクリミア戦争が濃密に描写されている。人物の動きはもちろんのこと、背景描写も時代考証が入っているらしく緻密で繊細。音楽のことはわからないけど、感想サイトではヴィクトリア朝の雰囲気が良く出ていると言われていた。文句をつけるとしたら、グレイがCGで処理されていたのはやや残念……と言いたいところだけど、それすら演出の一環に組み込んでしまっているのは感心を通り越して小憎らしさすら感じる。CGと作画の質量感の差をあまりに巧く利用している。

 原作者の善悪観というか「悪いやつが良いことをするシーンが好きだけど、それはそれとして報いは必要」という信念に近いものが最も良い形で描かれたラストシーンの美しさは至高そのもの。天から差す光を見上げるグレイの表情も、おれの拙い語彙力ではとても表現しきれないものがある。文句なく必見の一作。

《印象的なシーン》咆哮とともに膨れ上がり襲い掛かるフローの〈生霊〉。

 

 

死ね、マエストロ、死ね(2005年、アメリカ、監督:エドワード・H・ウォルドー、126分)

 不思議な体験だった。「ああ、良い映画だったな……いや、なんか違うような気がする。ちょっと原作読み返してみよう……えぇ、映画は全然ダメじゃん。けどなんか気になるからもう一回見返すか……あれっ、めっちゃ面白いじゃん」二時間の映画、60ページの小説を往復するたびに少しずつ感想が変わった。

 良く出来た映画だった。それは間違いない。フルークの異常な(そしてとてもありふれた)感情の発露と、そして周辺キャラクターの魅力的な人物造形がオーソドックスなサスペンスを完璧に彩っている。けれど、それでも原作の素晴らしさを上回ることはなかった。映像作品は文章作品も心情描写が難しいのはわかっているけど、どうあってもスタージョンの筆力に脚本も演技力も演出もすべてが追い付いていない。そんな比較は酷なのかもしれないけど、もう少し、ほんのちょっとだけ踏み込めれば……と思わずにはいられない。

 ちなみに『タキシード・ジャンクション』を演奏するシーンは賛否両論みたいで、おれは普通に良かったと思うんだけど、なにやら細かいミスが見受けられるらしい。あと、これは原作を読んでいた時にも思ったことだけどフルークの造形で、福本信行/かわぐちかいじ『告白』を思い出した。そういえばあれも映画化していたはずだから来月にでも観てみようかな。

《印象的なシーン》フルークの絶叫。

 

嘔吐した宇宙飛行士(2005年、日本、監督:茶川茂、88分)

 感動した。たぶんこの映画(と原作小説)で感動した地球上で唯一の人物だと思う。読んで字のごとくタイトルそのままの内容の作品で、くだらないの一言で済ませる人が大勢だろうし、正直おれもストーリーについてはほぼ同感。言葉遊びといえば聞こえはいいけどほぼ駄洒落の展開においおいというオチがつく脱力系おバカ映画。

 では何に感動したか? もちろん嘔吐の描写だ。素晴らしい。純粋な描写でこんなに不愉快になったのは筒井康隆「最高級有機肥料」以来、というレベルの高さ。「嘔吐の描写ってこうすればよかったんだ!」なんて世界で一番意味のない学びを得た。あまり詳細に書くと気分を害する人も多いだろうから多くは語らないけど、真正面から見続けるのは拷問に近いほど迫真の描写だった。人生で何の役にも立たない「嘔吐の描写」技法を学びたいなら一見の価値がある。もちろん、不快な描写に耐性のあるおバカ映画好きの方なら観ても損はしない。

《印象的なシーン》李が回収されるシーン。

 

 

蟲の恋(1976年、日本、監督:小垣昌代、113分)

 一見タイトルと内容の乖離が大きくみえるけど、実は登場人物たちはすべて実在する虫の習性になぞらえて肉付けをされている……ということを各種感想サイトで知った。例えば、死への旅路の準備にいそしむ臼井はウスバカゲロウに、高い地位や財力をフル活用して偏見にめげることなく子育てに奮闘する田亀はコオイムシに、子供のために盗みを働く赤井はアカイエカなど。老若男女の恋をする人々が生き生きと、そして時には物悲しく描かれている。

 とりわけ中心人物である美濃と三野賀はミノムシ(ミノガ)にその生涯を落とし込まれているのだけど、やるせなく、辛く、この上なく美しい。病弱でほとんど外には出られず部屋の小窓から外を眺めることしかできない美濃がどうして(不自然なほどすんありと)身分違いの三野賀と結ばれることができたか、そして妊娠が発覚した際のお抱えの医師が見せる表情は、二人がどんな運命を辿ることになるかを如実に物語っている。「蓑」に仮託された「家」に必要なのが何だったのか……少なくとも賤しい身分の美男でも病弱で役に立たない美女でもないのは、哀しいほど明らかなのだから。

《印象的なシーン》窓越しに見つめ合う美濃と三野賀。

 

 

ネコと時の流れ(2024年、日本、監督:真崎有智夫、15分)

 短時間でそれなりに緩急がついている良作。鋭い人はエンドクレジットを観る前に気づくかもしれないけどアニメならではの仕掛けもある。ただ、自主製作作品であることを勘案しても動画のレベルは決して高くはない。けれど観て損はしないと断言できる暖かさと強さがある。

《印象的なシーン》少年から撫でられたネコの気持ち良さそうな表情。

最近見た映画(2022年8月)

夏への扉 -キミのいる未来へ-(2021年、日本、監督:三木孝浩、118分)

 原作を予習して視聴。

 思ったよりずっと面白かった。若干期待値が低かったからというのもあるけど、十分満足できる。特に冒頭で世界観(現実の世界とは違うパラレルワールド的な世界)をきっちり説明できているのはかなり良かったんじゃないかな。ただ、どういうわけか全体の雰囲気はなんとなく星新一……というかNHK星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』っぽかった。日本でSFを撮ろうとするとそうなりがちなのかもしれない。もしくはPETEのせいか。

 璃子(リッキィ)との描写を増やしたのも良かった。原作だとやや唐突感があったしいくらなんでもその年齢差はなあ、というのもあったから本筋に影響しない範囲で変更したのは好判断だと思う。白石(ベル)の三十年後の場面も最低限度嫌悪感が少なくなるようになっている。ただ、メロドラマの部分はやや過剰で陳腐だった。あと、どうでもいいところだけどピートが思っていたより太かった。もうちょっと痩せ型で俊敏な猫のイメージだったのはたぶんおれだけじゃないはず。

《印象的なシーン》飲み物を持って宗一郎の部屋を訪れる佐藤太郎

 

 

ポーカーナイト 監禁脱出(2014年、アメリカ/カナダ、監督:グレッグ・フランシス、105分)

 先輩警官が教訓と知恵を語る談話会、という設定はとても魅力的。諸々の前振りもキチンと効いている。なぜあんな状況になったのか、いとも簡単に人が死ぬのにどうして彼らは殺されないのか、なぜ彼はあの人に嫌われているのか、どうしてポーカーナイトに呼ばれるようになったのか……犯人、先輩警官、主人公の回想にキチンと意味が持たされている。回想シーンが多くて混乱するけれど、それぞれの演出に特色(犯人:悪趣味ポップ、先輩:主人公が追体験する)があって面白い。

 ただ、その魅力的な設定をちゃんと生かしきれてないのが諸サイトでの低評価につながっているのだと思う。ちょっと言い訳っぽいエピローグが入ってたけど、やっぱりポーカーナイトで得られた教訓をもっと巧く活用できる展開にしたほうが良かったと思う。あと殺人鬼の創意工夫のパターンが少ないのがなあ……。

 本当になんとなくだけど、一本の映画じゃなくてテレビドラマの形式のほうが向いていたんじゃないかな。

《印象的なシーン》犯人の行動原理が明らかにされるシーン。

 

 

蜂女の恐怖(1960年、アメリカ、監督:ロジャー・コーマン、73分)

 短くてサクッと観れるけど、絶妙に展開が遅いしメインの蜂女は終盤にちょっとしか出てこないのも不満。ほぼほぼ『昆虫怪獣の襲来』への感想と同じになる。ただ画面が変わり映えしないという意味では『蜂女の恐怖』がやや劣る。こうやって昔の特撮(?)ホラー/アクションを観ると『ゴジラ』『SF巨大生物の島』は本当に良く出来た映画だったとつくづく思う。もちろん、予算の制約もあるから単純に比較できるわけじゃないのだろうけど……ただ、蜂女の造形は本当に素晴らしいと思う。絶妙に気持ちが悪くてワクワクする。

 あと字幕に変な誤字があるのが気になる。繁体字っぽい単語が紛れ込んだりしていたけど中国語からの重訳なわけないから、たぶん簡単な翻訳ソフトで機械的に翻訳しただけなんだろう。

《印象的なシーン》茫然自失で道路に飛び出す博士。

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デッド寿司(2013年、日本、監督:井口昇、92分)

 あなたの期待に沿う下劣下品な楽しい映画。

 良い意味でも悪い意味でも昔の漫画みたいでいちいち突っ込んでいたら*1視聴時間倍になると思う。開始二分でおかしな設定が飛び出し、その後の展開も繰り出される設定もギミックもセリフも展開もすべての知能指数が低い。もちろん、このタイトルとジャケットで高尚な作品が出てくるほうが詐欺なのだから大正解なわけだけど、同監督『片腕マシンガール』と同じくアクションシーンは妙にレベルが高くちゃんとしている*2。ただあっちのほうが一貫して真剣に作られていたのに対して今作はパロディ色が強く品のないシーンも多い。

 眠れない夜に観るのが良いと思う。すべてがどうでもよくなってぐっすり眠れるはずだ。

《印象的なシーン》「マグロに生まれ変わったぞ!」

 

 

健太郎さん(2019年、日本、監督:高木駿輝、35分)

 なんなんだろう……わかるようなわからないような映画だった。設定は割と好きだし健太郎さんの行動原理も深堀出来そうな気もする。あと健太郎さん役の人はすごい。顔も声も完璧だった。

《印象的なシーン》咽び泣く健太郎さん。

健太郎さん

健太郎さん

  • 西川浩幸
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高飛車女とモテない君(2021年、日本、監督:今野雅夫、13分)

 青年誌の読み切り漫画のような物語。二人のなんともいえない空気感が微笑ましい。潔く十分程度で終わるところも好印象。唐突なラストシーンを含めて言葉で説明しろと言われると困るけどなんとなくは理解できる。そんな映画。

《印象的なシーン》最後の一撃。

 

*1:こいつら妙にキスにこだわるけど純情なのか下劣なのかよくわからない……なに大真面目に寿司の解説してんだ……「側近が何を言うか」?……最後のイクラの軍艦、エイミーかよ。などなど

*2:一部引きで撮ったシーンでは当たってないのがあからさまだったり、得物を使ったアクションは動きがややぎこちなかったりと粗もある。