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最近見た存在しない映画(2022年4月)

 
書籍の感想/雑記

《国内SF作家》

山野浩一

『山野浩一傑作選Ⅰ/Ⅱ』[不確かさ、漠然とした不安、そしてやっぱり文章がかっこいい]

『いかに終わるか: 山野浩一発掘小説集』[単なる落ち葉拾いに終わらない作品群。傑作につながるモチーフ、不条理そのもの等]

《海外SF作家》

フィリップ・K・ディック

『宇宙の眼』[ぼくがかんがえたさいこうのせかい=他人には地獄]

ロジャー・ゼラズニイ

『地獄のハイウェイ』[単純明快な娯楽作品。やっぱりロードノベルが好き]

〈アルフレッド・べスター〉

『破壊された男』[めくるめく展開とハイテンポな文章がたまらない]

『イヴのいないアダム』[キレる名作短編とオムニバス式中編]

ハーラン・エリスン

『死の鳥』[エリスンのベスト短編集]

《アンソロジー

浅倉久志編『世界ユーモアSF傑作選』〔会話よりもシチュエーションで笑いをとるタイプが多い〕

《文芸》

O・ヘンリ『O・ヘンリ短編集(一~三)』〔世界で愛される名作。いろいろな短編があって素晴らしいけどちょっと訳語が古めかしい〕

J.L.ボルヘス『伝奇集』[短編小説/短編集の良さを再確認できた]

《ノンフィクション》

江面弘也『名馬を読む』[中国史書で言えば本紀。生涯戦績、繁殖成績、社会現象、特異な事績など]

《雑記》

夢野久作はサイエンス・フィクションの夢を見るか?

印象的な小説のタイトル650選

 
漫画の感想/雑記

岩明均の描く女性と「自分ではない者を良く描く」ということ

キミは熱血ギャグ漫画家、島本和彦を知っているか?

 
嘘八百を書き連ねた創作文章

思い出:フリーにはたらく

思い出:手帳

 

そのほか雑記

星新一はアル中を救う

学習:意味が分かるようになった瞬間

好きの言語化と嫌いの理由

読書感想文と方程式

はじめての遊戯王

完全初心者がマスターデュエルでプラチナtier1に上がった感想

野球のニュース見て漫画読み返してなんか落ち込んだ話

最近見た存在しない映画(2022年4月)

美亜へ贈る真珠(2017年、日本、監督:梶渡司、96分)

 お気に入りの短編小説がついに映像化する、ということでとても楽しみにしていたおれの期待を裏切らない素晴らしい作品だった。短編を100分近くの映画にするにあたってそれなりに肉付けがなされているけど、無駄はなく良いテンポで進んでいく。原作ではやや薄かった美亜とアキの描写が大幅に強化されていて、間接的に、ある意味での狂言回しとしての紀野*1の複雑な情感がより深く描写できていたと思う。ただ、個人的には紀野が回顧するシーンに、原作にあったエコーのような演出が入っていたらなお良かったと思う。

 哀しくも美しいラストシーンは邦画史に残る……というと大げさすぎるけど、少なくともおれの個人史に消えない足跡を残してくれた。さっき肉付けことを書いたけど、ラストシーンには蛇足を付けずきっちり終わらせてくれる。あの一言で物語が締まるからこその傑作とよく理解してくれた!本当、このラスト数分のために何度も観返したくなるほど素晴らしかった。

 本編とはちょっと関係がないけど、原作の「航時機」が「タイムマシン」に直されていたのはちょっと不満。いや、元の言葉「time machine」が直訳でそのまま意味が通じるようになったからそうなるのも当然かもしれないけど、なんとなくこの作品では元のままのほうが風情があったような気がする。

《印象的なシーン》スローモーションで堕ちていく涙と少女の無垢な笑顔。

 

 

フラッシュ・ムービー(2023年、日本、監督:耀光輝、88分)

 初めてタイトルを見たときは今は亡き「Flash Player 」で作られた映像コンテンツ群を題材にした映画だと思ったけどさすがにそんなニッチなものじゃなくて、「光」や「輝き」に類する言葉をタイトルにした楽曲を題材に短いストーリーがオムニバス形式で描かれている。全体的に大きな事件が起きるわけではなく日常の延長線のような出来事が多いけど、メリハリがあるし、取り上げる題材によってはそれなりに深みも持たせている。こういう表現が正しいかはわからないけど優等生的な映画だった。

 それぞれモチーフになった楽曲が挿入歌となっていて、挿入のされ方もそれぞれ工夫がある。要所で挿入されるところは共通しているけど、テレビやラジオから流れたり登場人物がスマートフォンから流したり、といろいろあったけど、半分くらいは役者が歌っていた。もちろん、そうなると役者によって歌唱力はまちまちで、Vaundy「東京フラッシュ」は主人公が歌手設定なだけにかなりレベルが高かったとけど、PerfumeFLASH」はもうちょっとどうにかならなかったのかなあ……というレベルだった。岡野昭仁「その光の先へ」も役者の歌唱力がかなり低かったけど、あれは下手なことに意味があるから良かったわけだからなあ。あと、本人登場のKING GNUFlash!!!」と[Alexandros]「閃光」はちょっといろいろな意味で反則ですわ。出てきた瞬間ちょっと笑ってしまうけど、いざ歌いだすと圧巻の歌唱力で感動を誘う。

《印象的なシーン》「その光の先へ」を口ずさみながら立ち上がる少年。

その先の光へ

その先の光へ

  • provided courtesy of iTunes

 

 

ちょっとだけUターン(1991年、日本、監督:西田島彦、71分)

 単純明快なコメディで、注文通りに料理がでてくる嬉しい作品。原作より小次郎の悪行が柔らかく表現されていたけど、それ以外はほぼ原作の通りだったと思う。島本和彦先生の熱血コメディの中でも特に好きな作品で、期待値はかなり高かったけどそれに見合う作品だった。演出もキャストもレベルが高いけど、特に線の太い作画がいかにも島本作品という感じでたまらない。

 アクションもレベルが高く、いいタイミングでいい画が入ってくる。最後の乱闘シーンはぐるぐるとカメラが回転する感じがいかにもこの時代の作品で、なんだか嬉しくなってくる。

 ラストシーンはある意味報われないわけだけど、例え報われなくても全力で助けに向かうという古き良き熱血作品のかっこよさがある。主題歌も爽やかで熱く、非の打ちどころのない作品。

《印象的なシーン》尾崎にめぐみを紹介するときの絶妙な間。

 

 

旅に出よう(2001年、日本、監督:井出九、80分)

 かなり単純なロードムービーで、感想を漁ってみたら「起伏が無くてつまらない」「眠くなる」という意見も多かった。たしかに娯楽として高いレベルにあるかといわれると肯定できないし、おれもこういう映画は基本的に好きではないんだけど、なぜかこの映画は好きで、観終わった直後になんとなく流し見してしまうくらいだった。やっぱり映像のレベルの高さかなあ。

 バス、タクシー、電車、船、バイクで街から街へと移動し人々や動物と触れ合い旨いものを食う。スタートの波輝坂町からゴールのウィントナミまでに五都市と十八の村落*2をめぐるわけだけど、風光明媚な観光都市もあればほんとうに何もない平地の田舎町もある。そういう意味ではバラエティに富んでいるけど、特に感動的な出会いがあるわけでも衝撃的な事件に出会うわけでもない。本当に不思議な映画で、それなのにフィルムに映る人々は魅力的で動物たちは生き生きしていて食べ物は食欲をそそる。クィツアンでの食事は見た目がかなり異質なのにこれほど美味しそうに見えるのはどういうことなんだろう。特にシャンキンジンなんかはあまりに美味しそうだから詳細を検索してみたんだけど、本当、心の底から後悔した。知らないほうがいいことも世の中にはあるらしい。

《印象的なシーン》リンミンバトが飛び立ち男たちが踊り狂うシーン。

 

*1:原作でいう「私」

*2:公式サイトの記述ではそうらしいけどちょっと少ないような気がする

最近見た映画(2022年4月)

プラットフォーム(2019年、スペイン、監督:ガルダー・ガステル=ウルティア、94分)

 こういう閉塞的なシチュエーションの映画はかなり好み。階層社会や飽食、持続可能性がテーマとして提示されつつ、どこか宗教的な物語構造になっているのも面白い。ヨーロッパ映画だしモチーフは聖書関連かなとも思うけど、一か月ごとの変化なんかはアジア系の宗教の輪廻転生を思わせる。

 途中で理想論的なものが提示され、それが否定(というか言葉だけで人は動かせないと反論)され最後の行動では強制力を否定しないものの、暴力一辺倒にならないだけの理屈も備えて動くところは綺麗と汚いのバランスが取れてて良かったと思う。ただ結論は正直ありきたりというか、オーソドックス過ぎて新鮮味はなかったかなあ。

 思わせぶりな描写が多くて、そういうのを読み解くのが好きな人は永遠に楽しめると思う。個人的には、もうちょっと謎を少なくするか作中で種明かし(?)をしてほしかったけど、この辺は趣味の問題かなあ。主人公のゴレンをはじめ、登場人物はみんな魅力的でシンプルな筋書きに起伏を作ってくれている。結局ミハルはどうだったんだろう。子供の存在はあの唐突なラブシーン(?)と関係があったのかとか、正気の度合いはどうだったのだろうとか。そして最後の伝言を含めて。

 最終盤で妙に軽快なアクションシーンが入っていたけど、正直ちょっと浮いているような気もする。

《印象的なシーン》舞い散る紙幣。

 

 

ビンゴ(2012年、日本、監督:福田陽平、99分)

 二連続で主人公がハッと目を覚まして始まる映画を観た……というのはただの偶然だけど、こちらもかなりシンプルな映画。最初と最後がキチンと対応していて、そういう意味では丁寧。ただ、筋書きは良くも悪くもすんなり進んでいくから、意外性にはちょっと乏しいかもしれない。

 たぶんアレだろうなあ……うんうん……あれっ、違うの……あっ、やっぱりそうだよね。あっ、けどそうするのか、うーん……。って感じの映画だった。良くも悪くもシンプルだけど、目の前で即座に執行されるってところはけっこうショッキングだし、それなりにハラハラさせられる。ただ、ちょっと演技が……と思ったけど、あんまり迫真で演技されるとテーマがテーマだけに逆に観づらくなるかもしれない。

 死刑がメインのテーマだけど、あまりそういう方面に深堀はされない。個人的には最後の一展開で死刑制度自体への問題点としてよく挙げられる冤罪の可能性とか、更生がどうというセリフへの批判とかが欲しかった。ただ、メッセージ性がまったくないわけではなくて、特に最後の二択の結末の理由はそれなりに含蓄がある。最後のセリフはちょっと「は?」と思ってしまったけど、やっぱり彼女にとっての「救い」は独りになることだったのかなあ。

《印象的なシーン》窓から見下ろす微かに歪んだ笑み。

 

 

名探偵コナン 時計じかけの摩天楼(1997年、日本、監督:こだま兼嗣、95分)

 昔、テレビ放送されていたのを見たことがあって、最初(ラジコン)と最後(赤と青の二択)だけ覚えていたけどそれ以外は記憶に残ってなかったから新鮮に見れた。

 コナンシリーズは基本的な設定だけは押さえていて、原作もロンドンに行った辺りまでは読んでいるけど、それ以降のことは風聞で耳にする程度。劇場版一作目だけに登場人物もかなり少なく、お祭り感は低いけど複雑さはなくかなり気軽に観れる。筋書きも推理ものというよりはサスペンスっぽい雰囲気*1で、次々に繰り出される時間制限付きの謎解きを解き進めて大きな事件にたどり着く。個人的にはBBC制作『SHERLOCK』「大いなるゲーム」みたいでとても良かった。程よくアクションあり、程よく謎解きあり、程よくラブストーリーありと娯楽作品のお手本。冒頭にいつもの解説も入っているし博士の発明品シリーズにもきっちり説明が入るから、コナンシリーズをよく知らなくても楽しく観ることができると思う。

 あと本筋とはあまり関係ないけど、昼行灯な印象のある小五郎が正義感や倫理観が安定している大人として描かれているところも好き。

《印象的なシーン》扉越しに会話する蘭と新一。

 

 

スマイル(2017年、イタリア、監督:Tullio Imperatore、5分)

 睡眠前の不安と発想、そして起床後の解消がテーマ。描かれていることはとても普遍的なことで、けれど、切り取りようによってはこんなにドラマティックに描ける……っていう意味でも、やっぱり歌詞のような映像作品だった。あと、吹き替えしかないのかって思ったら原語がナレーションだけ日本語らしい。どういう意図かはわからないけどちょっと面白い。

《印象的なシーン》朝、メモを見て笑う老人。

Smile

Smile

  • Giordano Bassetti
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Run Baby Run(2020年、フランス(?)、監督:Stephane Sann、3分)

 シチュエーションホラーは好きだし、逃走のシーンには工夫もあるけど……。ただでさえ機械翻訳丸出しすぎる上にオチの部分が一瞬しか映らずしかも見切れていてわかりにくい。いや、こんなマイナーなショートムービーにいちいち金をかけられないのだろうし、観れるようにしてくれているだけありがたいのだろうけど、それにしてもなあ。

《印象的なシーン》突然灯るヘッドライト。

Run Baby Run

Run Baby Run

  • Sarah Gray
Amazon

 

*1:登場人物の少なさや名前ですぐに黒幕が誰かわかるようになっている

野球のニュース見て漫画読み返してなんか落ち込んだ話

 先日、佐々木朗希投手と白井一行球審のトラブルがニュースになっていた。いろいろ擁護も批判もあるみたいだけど、野球には詳しくないから具体的なことはよくわからない。礼儀とか権威とか純粋なルールとか人間が判定することの限界とかいろいろなことが議論されているらしい。なんだか単純な問題でもないみたいだ。

 ただ、今回の騒動(というか白井球審への批判)はいろいろなことが積もり積もった結果らしく、Twitterで「ことのぜひはともかく白井球審はストライクゾーンにブレがありすぎる。同じところに投げているのに判定が違うときがある」って批判されているのを見つけた。もちろんおれには真偽はわからないけど、本当だとしたらそれはたしかに問題があると思う。

 ただ、ちょっと不公平というか報われなさすぎるなあ、と思ったのは、審判って福本信行『賭博堕天録カイジ』の村岡じゃないけど、基本的に減点法で評価されて、完璧にやれて当然、ミスったら猛烈に批判される……はちょっと言い過ぎかもしれないけど、苦労に対して称賛されることが少なすぎる気もする。審判なんてそんなものだ、と言われればそれまでなんだけど。

 

 審判って大変だよなあ……そういえば、あだち充『H2』でちょっと似たような話があったな。たしかストライクゾーンギリギリに投げたらボールが宣言されて、主人公の比呂はそれでもまったく同じところに投げ続けて、審判はすべてボールを宣言し、「どうやらちゃんとした審判らしい」と納得する。ストライクゾーンの認識が正確かはともかく、判定が一定でブレがないことを知って安心するシーンだったはずだ。せっかく思い出したんだし、ちょっと読み返してみた。

 あだち充先生の作品は全部読んでいるわけじゃないけど、『H2』は一二を争うほどの傑作だと思う。比呂、英雄、ひかり、春華の絶妙な四角関係や良質な野球描写、野田、木根、柳ら魅力的なサブキャラクター、言葉では多くを語らないラストシーン、と魅力を挙げていったらきりがない。

 ちなみにこの漫画は「成長の差」がテーマの一つでもある。メインキャラクター四人の関係性は比呂の思春期がひかりと英雄とズレていたために生まれたもので、作品の根幹にもかかわってくる。ラストシーンは周回遅れだった比呂がほかの二人よりもずっと多くのことを理解し、大人としてふるまったがゆえのものだったんじゃないかなと思っている。

 

 それで、また思い出す。小学校高学年から中学終わりまでのことだ。Aさん(女子)とBくん(男子)という同級生がいたんだけど、小学校のころはAさんのほうが背が高くちょっと暴力的で、Bくんは運動神経は良かったけど背が低くて力は強くなかった。二人とも活発だったんだけど、その当時はAさんのほうが優位で、争いになっても一方的でBくんの髪をひっぱて泣かせたりしていた。時は流れて中学の初めの頃、Bくんの背丈も伸びて力も強くなった。活発なところは二人とも変わらなかったけど立場は逆転したみたいでBくんがAさんの髪を引っ張って引きずり回していた。中学三年で、その二人は付き合っていたらしい。おれにはぜんぜん理解できないけど、暴力の応酬としか思えないことをしていたのにそうなったらしい。

 思い返してみると中学くらいまでは女子のほうが男子を追い回していたような記憶もある。特に二つ上の学年は女子が身長が高い人が多くて、男子が揶揄うと実力行使をしていたような記憶がある。もちろん、揶揄うやつが悪かったのだろうけど、男の子のほうが実力行使をしていたのを見た記憶があまりない。

 ずっと暴力は男性的なものだと思っていた。事実、理不尽な暴力の代表選手といえる戦争は「男性の仕事」*1だったわけで、映画やドラマのような創作物や多くの人の体験談でも、不条理な暴力をふるうのは基本的に男性の方だ。けど、そのことを思い出してから、ちょっと違うのかもしれないと思った。もっと単純明快なんだと思う。性別によって暴力性が決まるわけじゃなくて、純粋に体格の差が暴力性に直結している。トラブルを物理的な暴力で解決しようとするかどうかは、結局そこで決まる。そんなことを考えながらこんな小話*2を書いたりもした。

 もちろんこのエピソードはとてもミクロだ。たかが半径三メートル以内で起きたことを引用して「人類が~」なんてマクロな話につなげるべきではないのかもしれない。けれど、もし暴力の根源が身体能力の差だとしたら、世界から不条理な暴力を根絶するには、その「身体能力の差」をなくすように、ヒトそのものを造り変える必要があるということになる。SFにはポストヒューマンなんて言葉があるけど、その分野でも最も極端な対処法になる。士郎正宗攻殻機動隊』のような機械化による人体のカスタマイズではない。アルフレッド・べスター「くたばりぞこない」のような均一化やアーサー・C・クラーク幼年期の終わり』のラストシーンのような合一化に近いものだ。それは個性を消失させ、多様性を否定することだ。

 そこまでやらないと「世界から理不尽な暴力をなくそう」というスローガンを達成することはできない。暴力はもっと普遍的なものだから、ある一つの属性に寄り添ったところで意味はない。プレイヤーが入れ替わるだけのことだ。

 

 ……そんなのはただの理屈だ。

 

 だったら、いま現実に傷ついていている人々はどうするのか。いま書いたことはただの理屈で、そんなもので現実の人間が救われることはない。「本質的には~」とか「根本的な解決は~」なんて論法に即効性はない。多少の矛盾や的外れには目を瞑っていま目の前で傷ついている人を救うことのほうがはるかに重要なのでは? SFや学者の言葉を引用した屁理屈なんか当事者意識が足りないから捻り出せただけのことかもしれない。ずっと先のことを考えるより、いま目の前で起きている悲劇を少しでも食い止めることのほうがはるかに正しい。

 だったら……、だったら……、だったら……。

 春は憂鬱だからそんなことばかり考えてしまう。

*1:ジョン・キーガン『戦略の歴史』より……なんて偉い学者の言葉を引用するまでもなく、古代から現代にいたるまで戦争の構成員は基本的に男だった

*2:10P「暴力」

ポルノグラフィティ「悲観と陰鬱」10選

1.音のない森(作詞:岡野昭仁

 岡野昭仁さん*1初の作詞作曲のシングルにしてドン底ネガティブ岡野昭仁心情吐露ソングの原点。人生を静まり返った暗い森に例えて、閉塞感や将来への不安を描いている。ミュージシャンが唄う〈音も無いこの深い森に怯えて〉という表現が胸に刺さる。ただ、後年楽曲に比べてまだ救いがあって、特にシングルCDを通して聴くと「sonic」で〈陽のあたる場所〉*2に抜け出せたのかな、と思うことはできる。

苦しくて叫ぶ声 届かない 何を待つ?
蜘蛛の糸? 青い鳥? 救いを求め天を仰ぐ

音のない森

音のない森

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2.鉄槌(作詞:新藤晴一

 新藤晴一さん*3の巧さが光る。裁判と収監という罪人が受けるプロセスだけを描いているけれど、聴いている多くの人は「理不尽な抑圧」を連想するはずだ。ストレートに読めば、ネットリンチ(〈仮面をつけた判事〉はそういうことだと思う)のような一方的な言葉の暴力、レッテル貼りに苦しめられる終わらない地獄を監獄といて表現している。もしくは晴一がよく取り上げる「過去の自分」が視点者で〈あいつ〉は「変わってしまったいまの自分」とも読めるかもしれない。

無駄とは知りながらスプーンで抜け穴を
掘っているんだ手伝うかい?

鉄槌

鉄槌

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3.Human Being(作詞:岡野昭仁

 強烈な皮肉の歌。ここでも書いたけど昭仁の歌詞には切実さがある。これは技術の問題ではなくてタイプの問題で、一人称視点に張り付いた表現を多用するからだと思う。扱っているテーマが違うから単純には比較できないかもしれないけど、同じ皮肉っぽい歌「オレ、天使」との最大の違いは皮肉の対象に自分自身を含めているかどうかだ。「オレ、天使」は天使の視点に仮託していて、人類を外の視点で観ているのに対して、「Human Being」は愚かな人類の一員として唄う。切実だけど、そのせいで若干聴きにくさはあると思う。

私は人間です
気付くのが少し遅いようです
全て壊していつか私も消えてしまうでしょう

Human Being

Human Being

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4.ダリア(作詞:岡野昭仁

 弾むようなテンポに乗せて妙にリアリティのある嫌な話が展開される。単純な「店で見かけた嫌なやつら」の描写に終わらないのは〈でもね、明日は俺もそうするんだ〉の一文で、彼らと自分は本質的には大きく離れてはないという感覚が歌詞のバランスを保っている。〈ダリアの花〉に仮託されているのは対面に座る魔性のヒトなのか、それとも移ろいゆく世間の流行なのか。昭仁には珍しい暗喩的な歌だ。

優雅に咲いた花を見てたら
涙がほろり 零れ落ちた

ダリア

ダリア

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5.Regret(作詞:岡野昭仁

 痛烈な後悔の表現。視点者が一体なにをやってしまったらこんな表現になってしまうのか見当もつかない。日常の失敗を思い出して布団の中で悶えて、別の良い記憶で相殺しようとする……というありがちな行為をここまで深刻に表現できるのはちょっと怖さすら感じる。ちなみにおれはSF者だから〈時計の針を戻して 何度も何度も戻して〉〈ダイスを振って決めよう そしたら楽になれるかも〉と聴くとタイムリープを思い浮かべるけど、そう解釈してみるのも面白いかもしれない。

千回以上の懺悔をしても
心はその罪を許さないだろう

Regret

Regret

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6.ラスト オブ ヒーロー(作詞:新藤晴一

 ポルノグラフィティではかなり珍しい突き放した皮肉の歌。作詞は晴一だけど、直截な表現は昭仁っぽさすらある。空想的な〈ヒーロー〉が現実的な〈住民税〉で街を選ぶのもなんだか辛い。漫画史には詳しくないから断言できないけど、「ヒーロー作品の隆盛→ヒーローのパロディ→ヒーローを現実に落とし込んだ哀しい話」っていう流れに乗った歌なのかもしれない。

生まれ見ぬ 子供たちよ いずれ父に聞いてみなさい
僕らの時代に なぜヒーローはいない? 誰が殺したかと

 

 

7.カシオペヤの後悔(作詞:岡野昭仁

 ほとんど自傷のような自虐の表現が強烈で映像的な直喩も秀逸。ストレートにとると無為徒食の輩としか思えないけど、ギリシア神話をそのままモチーフにしているらしい。冒頭の〈ひどく深い眠りのサイクル〉〈靄のかかる正常な意識〉は元ネタの罰として長期間ひどく辛い目にあわされた者の描写としてよくできているし、長い時間をかけて少しずつ変容してしまった自分への自戒としても機能している。

虚しいカシオペヤの後悔 痛いくらい我が身貫く
灼熱のプライドが激しい豪雨に打たれたように冷たい

カシオペヤの後悔

カシオペヤの後悔

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8.TVスター(作詞:新藤晴一

 身を焦がすような皮肉は痛切で、晴一の作詞では随一の聴きにくさがある。比較的フィクション係数は低い曲(もちろん、そのまま作詞者の心情とは思わないけど)で、陳腐な表現になるけど、晴一のこういう「等身大の自分と肥大化したスターとしての自分」を半分客観的に観た歌詞の中でも一つ抜けた作品だと思う。

身を切って創って それまで
グラム売りをするようなもんか…

TVスター

TVスター

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9.小規模な敗北(作詞:新藤晴一

 日常の中で擦り切れていくことを描いている。どんなことであるにしても、日々の暮らしでは妥協と嘘と誤魔化しは必要不可欠で、けれど徐々に窶れて無垢な頃に見た夢が消えていく。ならばやめようと思っても、その副産物である安楽な日常にどっぷり浸ってもう抜け出す気力も起きない。最後にそれが普遍的であることを突き付けてくる。ある意味では「TVスター」と同系列なのに対比的でもある。

いつか見てた夢が焼かれてゆく
僕は無責任な傍観者だ

小規模な敗北

小規模な敗北

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10.n.t.(作詞:岡野昭仁

 心情吐露にかけてこの歌詞の右に出るものはない。創意も工夫も技巧もなく、昭仁の内向的な傾向がそのまま出ているようで、フィクション係数も低く、ここまで直截な表現しか使わない歌詞もない。けれど、心に染み込む。憶測だけど、この時期の昭仁の心情がほぼそのまま出た唯一の曲だと思う。ほかにも作詞時の心情が色濃そうな歌はあるけど、ここまで肉付けがされていない歌詞はない。剥き出しのマイナスの感情が癖になる。

今 この胸から溢れ出す 情熱や憤りを
声高らかに吐き出せる そんな僕も そんな人間ひと も いいだろう

n.t.

n.t.

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*1:以下敬称略

*2:個人的には真昼の閑静な沿岸部の田舎町が思い浮かぶ

*3:以下敬称略

アルフレッド・べスター『イヴのいないアダム』[キレる名作短編とオムニバス式中編]

 乾いた文体で会話文が多くてテンポが良く、全体的に初読の時と感想は変わらない。

 圧巻の名作「ごきげん目盛り」はいつ読んでもどれだけ読んでも肌が泡立つ。この作品のためだけに購入する価値はあると思う。一人称形式の自我の混乱はおれが書きたかったものそのもので、これまで読んできた短編小説の中でも五指に入るほど好き。リズム、異物感、テンポ、展開、暴力、悲哀……どれも素晴らしい。「ごきげん目盛り」が頭二つは飛びぬけて良くて、あとは「昔を今になるよしもがな」と「地獄は永遠に」という感じかな。

「昔を今になすよしもがな」は筋が映画っぽくて印象深い。絶妙な倫理観と性格をしている二人の登場人物について、べスター本人は、

「自分が使い古されたテーマにとり組んでいることはわかっていたが、そのカップルを頭のいかれた人間にして、その狂った目を通して世界をながめれば面白いかもしれないと考えた」(本書、P403-404)

 と言っているけど、「頭のいかれた人間」というより思春期以前に逆戻りした二人って感じがする。ジムは模型やラジオにか興味を示さず、リンダは部屋を飾り立て美しくることにしか関心がない。紋切型な考え方かもしれないけど典型的な男の子と女の子で、終盤に本当の命の危機に晒された二人がどんな行動をとったか。そして、彼らの大切なものがどうなったか。最後の一段落の描写を含めて、思春期の終わり≒逃避の終わりが描かれている……ような気がしている。前に進めたような、けど哀しいような、でも彼らも結局は……と不思議な気持ちになる。

 ちなみに軽く感想を漁ってみたら「地獄は永遠に」が長すぎるし内容も微妙みたいなこと言っている人がそれなりにいた。長すぎるっていうのは同意できる(というより、もうひと気持ち長ければ単作で本にしたほうがしまりが良いって意味で)けど、内容が微妙ってのは、ちょっと同意できないなあ。退廃趣味な五人の登場人物たちが堕ちる多種多様な地獄のオムニバスみたいな作品だけど、描写や皮肉の度合いはどれも高品質だ。特にブラウ(P328の辺り)とテオーネ(P339の辺り)は素晴らしい。まあ、オチはイマイチというかよくわからなかったけど、それを差し引いても良い作品だと思う。

 あと、ちょっと気になったのが「くたばりぞこない」で、エリスン「ロボット外科医」も似たような趣旨の作品で、ディックに至っては全般的にそんな傾向があるけど、なんとなく機械化に拒否的なのは時代柄なのかな。いまはどちらかというと逆の印象。

収録作。

「ごきげん目盛り」
「ジェットコースター」
「イヴのいないアダム」
「選り好みなし」
「昔を今になすよしもがな」
「時と三番街と」
「地獄は永遠に」
「旅の日記」
「くたばりぞこない」

 

ポルノグラフィティ「嘘と本当」10選

1.LiAR(作詞:新藤晴一

 名は体を表すポルノグラフィティの「嘘」の代表曲。鮮烈な色調が印象的で、花に関連する言葉と人工物を巧みに織り交ぜて「自然と人為」という対称的な比喩表現によって相互不理解や嘘を表現している。二人(?)がどういう関係性だったのか、明確な表現はないに等しいのに、聴者の脳裏に浮かぶ情景は同じものになるはずだ。〈僕も上手な嘘つきね〉という一言で、視点者が単なるお人よしでないことがわかる。

Liar Liar 今夜 可憐に咲かせてよ
Liar Liar 一輪 プラスティックな花びらが
この身に残す狂おしい傷痕 赤い血

LiAR

LiAR

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2.LIVE ON LIVE(作詞:岡野昭仁

 もしかしたら間違った見方かもしれないけど、ポルノグラフィティの二人にとって偽りない本当のことっていえるのはやっぱりライブなんだと思う。そういう意味で、ライブそのものを唄ったこの曲はポルノグラフィティの「本当」を体現している。岡野昭仁さん*1の歌詞の中でも特に描写が写実的で、後段の歌詞はもしかしたら喉の調子を崩したときのことが織り込まれているのかもしれない。昭仁の歌詞の中でも特に目で楽しませてくれる歌詞でもある。

叫ぶよ 嗄れても
弾ける 想いを

LIVE ON LIVE

LIVE ON LIVE

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3.夜間飛行(作詞:新藤晴一

 気づいているはずなのに知らないふりをする。それは明確な嘘ではないけれど、たぶん同じことだ。新藤晴一さん*2の歌詞の中でも一二を争うほど情緒的で綺麗な描写の中で展開されるどうしようもない関係性。タイトルも現代を生きるおれたちには感傷的でゆったりとした印象を与えるけど、元の言葉の意味を考えると「危険」を感じずにはいられない。静謐で閉塞感の強い夜を想わせる。

甘く香るの 私好みじゃないパフューム

夜間飛行

夜間飛行

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4.ウォーカー(作詞:新藤晴一

 やや変わり種だけどこの曲も「虚実」を取り扱っている。「ダイアリー 00/08/26」がそうであるように晴一は「理想と現実」を比較するのに幼いころの自分の理想と成長した自分の姿を使う。〈賞味期限が切れる夜〉の〈ミルク〉には、「一雫」のような才能の枯渇を連想する。ある瞬間にそれまでできていたことができなくなることへの恐怖なのだと思う。

迫る僕におどけてみせる自分 今日も見ては見ぬふり

ウォーカー

ウォーカー

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5.ルーシーに微熱(作詞:岡野昭仁

 とても賑やかで華やかな夜。模造毛皮を纏って踊るルーシー。女の嘘を許すのが男の甲斐性、なんて言葉があるけど視点者のふるまいには嘘を纏う弱さを包む優しさがある。「舞踏と嘘」のイメージは同じく昭仁作詞の「月明かりのシルビア」とも共通している。あちらがどこか静かな夜を想わせるのと対照的なのは、たぶん他人の描写の有無の違いだろう。どちらも、どこか視点者が紳士的……というより奉仕的なのも面白い。

僕ならば誰よりも上手く無傷のまま
騙されてあげるよ

ルーシーに微熱

ルーシーに微熱

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6.空が青すぎて(作詞:新藤晴一

 状況が掴みにくいけど、たぶん自分から別れを切り出しているのに、いま自分が口にしている言葉が本当にならないでほしいと願う矛盾した心情が描かれている。どこか辛さや苦しさが薄いのは、生活の中で感情が擦り切れてしまった末の別れだったからなのかもしれない。時間の経過は〈出しすぎたシャーペンの芯〉に仮託されている。

切なさの階段を上ったり下りたり
僕たちは確かに恋をしてた

空が青すぎて

空が青すぎて

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7.星球(作詞:新藤晴一

 嘘とはちょっと違うけれど、非日常と日常の対比という意味で選出。非日常へ逃避する、という言い方は良くないのかもしれないけど、決して否定的な意味ではなく特別な一日を提供したうえで、けれど日常の現実を拒絶することはなく、そしてそこに帰っていく人を最大限肯定している。晴一の作詞の中でも随一の優しさがある。

Song for you あなたがたゆたえるほどのテンポで
時計の針は緩めておいた

星球

星球

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8.MONSTER(作詞:岡野昭仁

 かなり内省的な歌詞で、自分自身と向き合う内容。もちろん、これがそのまま昭仁の心情とは思わないけどフィクション係数は低めだと思う。飾り立て偽ってきた自分から等身大、本当の自分に戻ろう。前向きに解釈するなら原点回帰して再出発しようということになるかな。曲調が明るいこともあってほかの自省的な歌詞より聴きやすいけど、ある程度の人生を送っている人にはほぼ平等に刺さる普遍性がある。

もう隠せないと覚悟を決めたら 不意に怖くなったよ
少しだけでいい 勇気を下さい キミはどんな風に見てたの?

MONSTER

MONSTER

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9.CLUB UNDERWORLD(作詞:新藤晴一

 とてもフィクション係数が高い曲で、偽りの役者たちが集うクラブを舞台に少ない言葉数で嘘と本当を描いている。ありのままの自分をさらけ出して生きていけたらいいだろうけど、そんなことをしたら大変なことになるのはたぶんみんな同じなのだろう。だからこそ、この歌の言葉は魅力的になる。この時期特有の皮肉っぽさも相まって明るい曲調なのに、どこか退廃的でもある。

どうやら消したいのは ただ他の何もかもみたい
それじゃ いっそあなたの方 消し去ってあげよう

CLUB UNDERWORLD

CLUB UNDERWORLD

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10.∠RECEIVER(作詞:新藤晴一

 歌詞がすべてを物語るポルノグラフィティの「本当」の代表曲。メッセージ性が極めて強いけれど、決して押しつけがましくはなく、高い所からなにかを見下すこともしない。晴一の作詞で最も力強く、そして明日を生きる活力をくれる。ちりばめられた言葉の工夫が素晴らしい。音で聴くのが歌詞の本懐なんだけど、この曲に関してはぜひ目で歌詞を確認しながら聴いてほしい。

命が消えてく きっかけFACTOR 幾千数多限りなくあるけれど
命が生まれる きっかけTRIGGER たった一つだけという不思議さよ

∠RECEIVER

∠RECEIVER

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*1:以下敬称略

*2:以下敬称略

もっと評価されるべきポルノグラフィティの楽曲「青春花道」

「青春花道」(作詞:新藤晴一 作曲:新藤晴一 編曲:tasuku, Porno Graffitti

 

 

 いや、おっしゃりたいことはわかります。ダサいって言いたいんでしょう。そりゃあ、おれだってそう思います。初めてジャケット見たとき正気を疑ったし、曲の良し悪しはわからないけど、あまり現代的じゃないことはおれでもわかった。ここでも書いたけど、やっぱり流れというのがあって「この系統が主流になったら困る」と考えた人も多かったのだと思う。

 

 けど、逆に言うと副流としては悪くない曲じゃないかな。

 

 もちろん「副流としてもあんまり……」という人もいると思う。ポルノグラフィティの副流系の曲にも名曲はいくらでもある。その中に「青春花道」を入れれるのか、というと……という人も多いかもしれない。当然とは思う。けど、実はそういう人にこそ「青春花道」の良さを説明したい。ここでもちょっと書いたけど、「青春花道」の歌詞はいつもの新藤晴一さん*1とは違った技術が使われている。

 晴一の歌詞といえば暗喩、それも「意味が分かりそうで分からないけど意味する情報だけは理解できる」という絶妙な比喩でおれたちを楽しませてくれる。過去から現在までをかけて高く評価されている晴一の歌詞はほとんどがそこに分類される。もちろんそうでない曲もある。代表曲の一つである「サウダージ」は印象よりずっとストレートな失恋の歌詞だし、ファン評価の高い「ギフト」や「ブレス」も比較的実直な歌詞だ。

「青春花道」はそのどちらでもない。比喩といえる表現はほとんどない。そして表現の美しさも頭抜けたものがあるとはいえない。けど素晴らしい。そう断言できるくらいの歌詞がある。具体的で現実的な描写によって前後の事情を完全に理解させる。しかも極めて短いフレーズの中で。

 実際に見てみよう。

 

放課後の渡り廊下 君の肩は震えてた
“ありがとう”は間抜けな僕の最後の本音

 情報はシンプルで、学生が〈放課後の渡り廊下〉という人気の少ない静かな場所で、肩の震えが分かるほど近くにいて、主人公は何か……例えば落としたものを拾ってもらったりとか、そういう深い感謝ではない何気ない言葉を口にしただけで、そしてそれが最後の本音になった。つまり、それ以降口から出るのはすべて本心ではなく相手を気遣うにしても自分を取り繕うにしても、全て嘘だった。嘘になるようなことを立て続けにしてしまった。思い返したくないような記憶であることがこの短い文章から読み取れ、情景もはっきりと頭に思い浮かぶ。

 

友達に背中押され 君と越えたあの夜は
二人から無邪気な笑みを奪っていった

 前段のエピソードと連続性があるかはわからないけど、もしあるとしたら更に碌でもないことになる。〈二人から無邪気なを奪って〉しまった〈あの夜〉が何を指しているのかは明白で、ここで重要なのは最初の〈友達に背中押され〉ってところで、彼らが青年であるにしろないにしろ、二人なりに真剣な試みであったのならまだしも、そういうことですらなかった。場所も行為も、おそらくそのすべてが最低だった。そして、二人がどの程度の関係性だったか、〈友達に背中押され〉るほどではあるけれど、自分たちでどうにかしようというものではなく、そして結果として無邪気に笑えなくなるような経験をしてしまう、してしまえるほどの関係性だったことがわかる。

 

旧校舎で二人聞いた 彼方に響く 雷鳴“怖いね”と言った瞳

 同じく時系列は不明確だけど、雨天か曇天で同じように人気のない、おそらく暗い空間でまるで瞳が喋ったかのように錯覚するほど至近距離にいる。口が見えない、瞳だけが視界に映るような距離。

 

 

 エピソードがそれぞれ連続しているにしても、独立しているにしても綺麗な思い出というにはあまりにも生々しい。そして、どれも共通してはっきりと情景が思い浮かぶ。その状況になった前提、そしてその文章ののちに何が起きるか……もちろんそれまでの歌詞にも短いフレーズではっきりと情景を思い起こせるものはあったけど、それはあくまで比喩表現を介してであって、喩えを使わず具体的な描写だけでこれほど濃密な情報をおれたちの頭の中に叩き込んでくる曲はほかにはない。頭の中で圧縮された情報の塊が爆発する快楽は他の追随を許さない。従来の楽曲の歌詞が魔術としたらこの曲は技術によって支えられている。

 少なくとも歌詞の方面ではもっと評価されても良い曲だと思う。

 

 ただ、MVに関してはまったく少しも擁護できないほどダサいとは思う。

「恒常公開ショート版」


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「期間限定公開フル版」


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 ダサい。ぐうの音もでないほどダサい。……なんだけど「俺たちのセレブレーション」なんかと同じで、MVの二人はとても楽しそうで、なんだか童心に帰っているようですらあって、たまに観たくなる魅力がある。

*1:以下敬称略