電羊倉庫

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最近見た存在しない映画(2024年3月)

解放区(2025年、日本、監督:今井八朔、109分)

 最初の数分を除いて一貫して夜の景色で構成された映画。やや画面が暗くて見ずらいところはあるけど、それだけにファンファーレや花火で彩られる画面の華やかさが際立っている。ほぼ一貫して夜という意味で逆『ミッドサマー』と評していた人もいてちょっと笑ってしまった。夜の国という設定でロードムービーということで個人的にはがぁさん『だいらんど』を思い出す。

 三人の青年たち(〈ヘッドフォン〉〈怖がり〉〈サラサラ〉)の友情と成長を基軸としつつ〈女王〉を筆頭とした四人の魅力的なサブキャラクターの物語も描かれている。もちろん、本筋は主人公三人だからサブキャラクターたちの掘り下げは少ないのだけど、その少ない描写時間でこれだけ濃厚なキャラとストーリーを描けていることはもっと高く評価されてほしい。

 個人的にはやっぱり〈月飼い〉が頭一つ抜けて魅力的だった。彼が恋人との別れを語るシーンは決定的な言葉はないけれど、おそらくは死別であったことを描きつつ〈女王〉がその恋人であるかのように匂わせているところがとても良い。すごく好きな設定。彼と〈古老〉と〈アビ〉が酒を酌み交わすシーンはクライマックスの序曲としては完璧だったと思う。

 ラストで〈サラサラ〉が〈女王〉から黄金の冠を戴くことで場面が転換して、この映画が夢であった(夢オチ)かのような描写があり、それを非難している人も結構いた。気持ちは分かるけど、彼らが夜の国で受け取ったものが部屋の中に残っていること、そしてそもそも三人がいる部屋自体がどこか現実離れしていることから、そんな単純なオチでもないと思うんだけどなあ……。

《印象的なシーン》「朝が嫌い」とつぶやく〈月飼い〉の恋人。

 

 

シンデレラ・グレイ(2026年、日本、監督:中藤正男、128分)

 童話『シンデレラ』に題をとりながら現代日本を舞台に多感な一人の少女を描いている。あまり好みのストーリーではなかったけど、繊細な心情描写は素晴らしく、過不足ない物語の起伏、濃すぎず薄すぎないキャラクターたちには惹きつけられる。カラフルな街並みと対比的なモノクロームな主人公の色彩感に頭がくらくらする。

 愛されたいと切に願いながら、優しくされると苛立ってしまう。正直、そんな複雑なこと言わないでくれ! と思ってしまうけど思春期(の終わり)の描写としては手放しで賞賛したいものがある。個人的には直近で読んでいた『Yuming Tribute Stories』の綿矢りさ青春のリグレット」を思い出した。峻烈な後悔。もう取り戻しようがないあの人。

 魔法≒魔女が存在しない『シンデレラ』と評している人がいたけど、個人的にはちょっと違うような気がしている。この映画における魔法は変身のアイテムなんかじゃなくて、傷つくことを恐れずにもう一歩だけ踏み出して能動的に行動することだった。そして落久保は本質的に憶病でそれが言えずに王子様を失ってしまった。魔法が存在しないというより魔女の誘いを蹴ってしまったシンデレラというほうが正しいと思う。

 刺さる人には生涯にわたって消えない傷痕を作る素晴らしい映画。

《印象的なシーン》心の声に感応してすべてが消え去る一瞬の描写。

シンデレラグレイ

シンデレラグレイ

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥255
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異端なスター(2020年、日本、監督:加藤積治、107分)

 好きだけど嫌いだけど好き。

 功成り名遂げたロックスターの回想という形式をとっていて、どんな事件があっても彼らは最終的には白髪の老人になっても仲良く暮らしていることを前提にできるから、ある意味では安心して観られる映画。おれはけっこう波乱万丈だなあと思って観ていたけど、バンド経験者が「こんなのは修羅場のうちに入らん」みたいなことをブログに書いていた。まあ、ヒトは「自分の方が苦労している」と主張したがちな生き物だからその辺は差し引いてみたほうがいいと思うけど。言葉のリズムが耳心地良くて、テンポに溺れて台詞を聞き逃してしまいそうになる。すごい脚本のセンス。

 前半と後半で対比が取れる構造になっている。始まりのライブと終わりのライブは光と闇/成功と失敗で対比をとりたくなるけど、あれは決意の差が如実に表れたライブで客の完成はそれほど重要な要素ではなかったのだから、あれは未熟と成熟で対比を作っているのだと思っている。あのライブで回想が終了し現在に戻ってくるのだから、演出の意図としてはおれの解釈が正しいと思うんだけど、あんまり同じ意見を見かけなくて自信が揺らいでいる。

 賑やかで明るい雰囲気はあるけど、ストーリー自体はかなり重めで、先述の回想の構成でなかったら途中で観るのをやめていたかもしれない。浴びせられる暴言が妙にリアルで心が削られ、静まり返った会場と浴びせられる冷たい視線に体温を奪われる。そして、だからこそ彼らがラストシーンで唄う歌が心にしみる。明日への活力になる。

《印象的なシーン》会場で災害呼ばわりされても輝く笑顔を見せて演奏を続ける場面。

異端なスター

異端なスター

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Low Love(2021年、日本、監督:佐々木雄倫、98分)

 気だるく虚しい恋模様を描いた映画。どうしようもなく煮詰まった二人の関係がふわふわと浮き上がってしまいそうなくらい軽く描かれている。すごい。自殺を思わせる描写は、ともすれば道化のようで映画館では笑い声(もちろん忍び笑いだろうけど)が聴こえたらしい。それも複数の会場で。そして、その笑いがどれほど残酷なものだったかを後半の展開で突き付けられる。すげえ。もうここまでくると感心してしまう。

 事態の行方は芳しくないのに、それでも二人だけの愛の世界にどっぷりと耽溺してしまう二人の姿は痛々しく、そして多くの人が予感する通りに破滅していく。胸が抉られるのにどこか爽快感があるのはどういうことなんだろう。不思議だ。

 ヴィンチと称する部屋で二人が密会するシーンはすべて定点カメラで撮られているのだけど、これが内と外の時間の流れの変化を明確にしてくれている。191がヴィンチの召使として立ち振る舞うときにシルクハット、ニット帽、スニーカーと演じる役割を変えるのだけど、その人数の増減は想いの消滅を暗示しているようだった。打ち捨てられだれもいなくなった部屋はうすら寒くて、あまりにも物悲しい。

《印象的なシーン》「痛み分け、ですね」

ロウラヴ

ロウラヴ

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ディッジュディリ・トゥーリィ(2026年、日本、監督:今井八朔、5分)

 台詞のない映画でどちらかというとMVに近い。前半部で掻き鳴らされるギターの音が忘れがたい印象を残す。激しい前半部と穏やかながら起伏のある後半部でかなり印象が変わるけれど、短編映画にしては珍しいんじゃないかな。

《印象的なシーン》ギターを担いで街を疾走する男。