電羊倉庫

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最近見た映画(2024年3月)

ドグラ・マグラ(1988年、日本、監督:松本俊夫、109分)

 大学生くらいのころにレンタルで視聴済み。2020年にBDが出たんだけど(主に資金的な)諸事情があって躊躇していたのを今回思い切って購入した。

 夢野久作的なおどろおどろしい雰囲気や現実ぐらぐら感覚、それに大正期の精神医療におけるいかがわしさも十二分に表現されていてストーリーも大よそ原作の流れに沿ったものだったと思う。詳しくは後述するけど原作のディティールをかなりそぎ落としていて、それが本作の分かりにくさの原因となっているのだけど、その反面シンプルに纏まっていて最低限度物語の筋を追えるようにはできている。

 そういう意味では原作を読まずに鑑賞するのはあまりお勧めできない……けれどあの長くて衒学的で独特で癖のある文章で紡がれた破綻しているようで破綻していないけどなんかちょっとおかしい小説を読破しろ、と安易に口にすることはできないわけで……そういう意味ではかなり人を選ぶ映画なのだと思う。

 かなり良い映画だった。まずはなにより役者陣が素晴らしい。ビジュアル、声質、演技力、どれをとっても原作のイメージの通りで完璧だったと思う。なかでも正木博士は頭一つ抜けていて、この映画のいかがわしさと薄暗さをその底抜けの明るさで却って引き立てている。音楽が良い。冒頭とラストの時計の音も含めてなんだか不安になる。原作では作中作に没入することで睡眠等による暗転を使わずに時間の経過やそれに伴う状況の変化から主人公の意識を切り離しているのだけど、これもかなり効果的に再現されている。作中作は大枠で「キチガイ地獄外道祭文」「地球表面上は狂人の一大解放治療場」「脳髄は物を考えるところに非ず」「胎児の夢」「空前絶後の遺言書」があるのだけど、個人的には「空前絶後の遺言書」の語り口(特にK・C・MASARKEYのパート)が好きだったからなんだったらもっとナレーション的な処理を入れてくれてほしかったくらいだけど、流石に映画的には良くないか。

 ちなみに主人公の男の躁鬱的な気分の上がり下がりには面食らったところもあったけれど、原作を読み直してみると本作の主人公に限らず夢野久作のキャラクターはけっこう躁鬱的なところがあってそういう意味ではかなり原作に忠実なキャラクター造形だったんだなあと感心した。

 先述の通り原作はそれなりにページ数が多くて(角川文庫は上下巻併せて703ページ、ちくま文庫の全集では644ページ)しかもディティールに凝っていて時間の流れも比較的緩やかなうえに時系列が何度も前後する構成だから筋を追っているうちになにがなにやらわからなくなる(だからこそ戸惑い面食らいドグラ・マグラなのだ)けど、それをかなり単純化して必要なパーツをピックアップできているというのは賞賛に値する。そして、そんなシンプルに仕上げていながら、ちゃんと原作の多様な解釈の可能性*1もそれなりに確保できているのは、もっと高く評価されるべきだと思う。

 監督インタビューでも語られていたけど、『ドグラ・マグラ』が映像化不可能と言われていたのは、この小説が反小説的(……というらしい)できちんと物語が収束せず通常の小説の体を為していないからで、そこの『ドグラ・マグラ』の良さがある。この映画はそこをかなり考慮して練り上げられている。ただ、序盤に若林博士が病院に入ってくるシーンはいらなかったと思う。あれがあると主人公の主観外で若林博士の現実が存在していていることがはっきりとわかってしまう。もっと閉鎖的で……SF風に言えば内宇宙インナーユニバース的な演出に終始したほうが原作の現実ぐらぐら感をより補強できていた気もする。

《印象的なシーン》喋る正木博士の肖像画

 

 

21ジャンプストリート(2012年、アメリカ、監督:フィル・ロード/クリストファー・ミラー、109分)

 凸凹コンビのコメディ映画。未熟な若者が成長するタイプの映画だから序盤はちょっとイライラするところもあったけど、コミカルな展開*2は笑えるしラストでちゃんとフラストレーションは解消される。学生に戻った二人が互いの属性を取り換えて、そして本当の学生時代とは真逆の道を辿り、二人ともそれぞれ成長する。良い青春コメディ映画だった。やっぱこういうの良いなあ……。

 個人的にはトリップ描写がポップで気持ち悪くてとても良かった。あと、これは他の映画でもそうなんだけど、アメリカの若者って本当にあんなにホームパーティーやっているのかな。めちゃくちゃ気軽に大麻を吸っていることも含めてなんだか異文化過ぎてびっくりする。

 当時の自分たちの常識が通じない/人間関係の構築が御法度/バレてはならない秘密がある……と疑似的なタイムトラベル映画ともいえる。ちなみに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』よろしく作中で口にしたことはかなり実現している。カーチェイス、ハト、爆発、銃撃戦など。プロムと初逮捕を含めて、最初と最後の事件が対応してるのもちょっと時間SFっぽいところがある。

《印象的なシーン》盗聴中に勇気を出したシュミットの成長を喜ぶグレッグ。

 

 

フォードvsフェラーリ(2019年、アメリカ、監督:ジェームズ・マンゴールド、153分)

 原題が「Ford v Ferrari」「Le Mans 66」の二種類あるのはどういうことなんだろう。アメリカとそれ以外のヨーロッパでタイトルが違うってことなら、原題というより英題ということなのかな。

 両タイトルおよび邦題が示す通りフォード社がル・マンフェラーリ社に挑むのだけど、実質的な内容としては巨大企業フォード社vs実務のシェルビー・アメリカンを基軸に進んでいく。「フォードvsシェルビー」というほうが実態に近い。モータースポーツのことも車のことは何もわからないけど、それでも十二分に楽しめた。娯楽性の高さ、上司とのいざこざ+親子のコミュニケーションを主軸にした人間ドラマ、マシンが重要なファクターであることなど、全体的には『トップガン:マーヴェリック』に近い映画だったのだと思う。いや、時系列からいえば『トップガン:マーヴェリック』が『フォードvsフェラーリ』に近いのか。

 まあ「レーサーは広報の一員」っていうのは確かにそうなんだろうと思う。広報を兼ねているプロスポーツは勝たなければ話にならないけど、ただ強くて勝てばいいってわけじゃないのが難しい所なんだろうなあ。シェルビーとケンの喧嘩のシーン良いなあ。特にケンの妻が椅子を出して座って眺めるところが粋というかグッとくる。綺麗な映像で作られているからわからなくなっていたけど、1960年代の話なんだよなあ。作中のテレビの映像で時代の古さが提示されるのがおれみたいな知識のない人間にはありがたいし、作中描写をより真に迫ったものにしてくれている。

《印象的なシーン》「来年もぶっちぎりで勝とう」

 

 

地球、最後の男(2011年、アメリカ、監督:ウィリアム・ユーバンク、84分)

 うーん……全体的な意味は分かるけど細かい所が引っかかるというか、説明が過小で映画に乗り切れない。月並みな演出と忌避されるかもだけど、ナレーションで独白入れた方が良かったんじゃないかなと思ってしまう。なんだかよくわからなかった(特に冒頭の南北戦争っぽい描写は一体なに?)から感想と解説を検索したらこんなAmazonレビューを見つけた。なるほど、そういうことだったのか。こんなにちゃんと解釈出来てみんなすごいなあ……。本当はこの解釈が正しいかをもう一度映画を観ることで確認すべきなのだろうけど、あまりそういう気にはなれない。

 映像はそれなりにレベルが高い。食料事情やICCの描写を含めてツッコミどころはあるみたいだけど、現実とは違った科学の発展を遂げた、しかも未来の世界ということでおれは納得している。キューブリック『2001年:宇宙の旅』リスペクトの作品というの通説(??)みたいだけど、そういえばあの映画もわかるようであんまりわからなかったなあ。クラーク版を読んでいたからまだ理解できたけど……。

 説明は最低限で解釈は受け手に任せる、というの一つの素晴らしい試みだとは思うけど、やっぱりもう少しちゃんとわかるような作りにしてほしかった、というのが正直な感想。

《印象的なシーン》終盤に訪れた(?)無機質な機械室。

地球、最後の男(字幕版)

 

 

パパにとってママは?(2022年、アメリカ、監督:奥本はじめ、25分)

 ストーリーはオーソドックスで纏まっていてちゃんと面白い。会話劇に終始して場面移動がほとんどないのは25分という時間制約に適った作りだと思う。ただ、台詞の聴こえ方がちょっと変だった。もしかして音声は後付け? 吹き替えみたいな形式だったように聴こえたのだけど、クレジットにはそういう表記はない。機材の問題なのかな。

《印象的なシーン》「もしよかったら私にも日記を書かせてもらえない?」

 

 

黄金色の情景(2023年、日本、監督:増本竜馬、10分)

 ちょっと違うけど福本信行『銀も金』の神威兄弟を思い出した。演技を含めた全体的な雰囲気は好き。ただ、映画概説の「彼がこれほどお金にだらしがないのには理由があった。 」はちょっと……理由、提示されてない気がするんだけどなあ……。

《印象的なシーン》機嫌を直せと金額を増やし続ける兄。

黄金色の情景

黄金色の情景

  • 田口ゆたか
Amazon

*1:主人公=呉一郎でシンプルに収束した/途中登場した作中作が正しい/かなりの部分が主人公の妄想でここは病院ですらない/疑似的にループしている/そもそも本作自体が呉一郎の子孫が見ている胎児の夢……等々挙げていくときりがない

*2:特に終始様子のおかしな科学の先生には笑った。