電羊倉庫

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ロアルド・ダール『あなたに似た人』〔暗がりの奇妙な味〕

 番組名はちょっと忘れてしまったけど、テレビで紹介されてたから読み始めた*1、という珍しいパターンの本。紹介していたのは芸人のカズレーザーさんで、「南からきた男」を推していた。同席していたコメンテーターは「味」もいいと言っていた。なるほどなあ。どちらも賭博の話で、解説にも載ってたけどいわゆるどんでん返し的なものを期待するとやや肩透かしを食らうけど、思わせぶりとなんともいえない読後感にぞわぞわさせられる。

 なんだか短編が読みたくなってきたから再読した。

 

 

『Ⅰ』

 分かりやすいオチがついている作品から独特の雰囲気や描写感を楽しむ作品まで収録されている。「皮膚」は絵画と刺青を題材にしているだけに描写が、特にP206は印象深い。そして急転直下突き放されて冷笑を浴びせられるけど。「首」は時間の流れが絶妙で長すぎず短すぎもしないし描写も薄すぎず濃すぎない。直接的な言葉を徹底的に避けているからこその恐ろしいラストシーン。お手本のような短編小説。「願い」なんかも絶妙に気味が悪くていいけど、その系列ならやっぱり「兵士」だ。「兵士」の現実喪失感は素晴らしくて頭がグラグラしてくる。帰還兵が念頭にあるのだろうけど、現代日本人としてはやっぱり認知症を思い出してしまう。ベストは「味」「兵士」「首」の三つのどれか。ベストに絞れてないだろって言われるかもしれないけど、ちょっと甲乙つけがたいです。

《収録作》

「味」
「おとなしい凶器」
「南からきた男」
「兵士」
「わが愛しき妻、可愛い人よ」
「プールでひと泳ぎ」
「ギャロッピング・フォクスリー」
「皮膚」
「毒」
「願い」
「首」

 

 

『Ⅱ』

 やっぱり意地が悪いなあ。特に「ミスター・フィージー」だ。同じクロードもので『キス・キス』収録の「世界チャンピオン」も結局は失敗したけど、そんなに痛手を負っていないし、それほど周囲からの悪意が描写されてなかったから、そんなに嫌な気分にはならなかった。それに比べて本作は、もう、本当に……。

 ベストは「満たされた人生に最後のお別れを」。終盤の流れが素晴らしく、しかもピリオドを打ってないところが効いてる。一人称書簡形式をこれ以上ないほど巧く使っている。短編オールタイムベストクラスに好きな作品。

《収録作》

サウンドマシン」
「満たされた人生に最後のお別れを」
「偉大なる自動文章製造機」
《クロードの犬》
 「ネズミ捕りの男」
 「ラミンズ」
 「ミスター・ホディ」
 「ミスター・フィージー
「ああ生命の妙なる神秘よ」
「廃墟にて」

 

 

――――――

 人の悪意が滲み出た素晴らしい短編集。『キス・キス』はここでも書いたけど初読のときそれほど好感触ではなかったけど、こちらは初読からかなり好印象だった。特に「皮膚」「毒」「願い」「首」の単語四部作(??)や「満たされた人生に最後のお別れを」は読んできた短編の中でもかなり上位に食い込む作品だった。「SF/ファンタジー的な超常現象が起きて、しかも何とも言えない後味のする小説」という奇妙な味への欲求を十二分に満たしてくれた。

 ちなみに分冊のどちらが好きかと問われると……難しい。単品で行くと本書収録の「満たされた人生に最後のお別れを」と「偉大なる自動文章製造機」の二作がダールのベストに入るくらい好きだけど、前巻と比べて手数が違いすぎて比較が難しい。けど、まあ、やっぱり一巻目かな。

 上に挙げた『キス・キス』のところにも書いたけど、やっぱりブラックユーモア色が強くて、救われない作品も多い。その辺がつらくて読みたくなくなることもあるだろうから、楽しめるかどうかは心身の調子によるのかもしれない。

*1:もちろん、ロアルド・ダールは『キス・キス』を読んでいたから知ってはいたけど食指が伸びてなかった。