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岡野昭仁1stアルバム『Walkin' with a song』感想

 音楽と故郷と光。贈り物でいっぱいのおもちゃ箱。

 詞曲の提供だけで総計20名*1ものミュージシャンが関わっているだけに彩り豊かなアルバムに仕上がっている。全体の雰囲気はやや落ち着いている印象があって、それは『Walkin' with a song』歌を抱えて歩いていくというタイトルの通り「歩み」の歌が多いからじゃないかなと思う。どこか懐古的な側面もあるけど、ただ過去を振り返るだけじゃなくて未来志向もちゃんとある。

 収録作品の題材はそれぞれ「光」(「光あれ」「Shaft of Light」「その光の先へ」)、「音楽」(「MELODY」「ハイファイ浪漫」)、「故郷」*2(「インスタント」「指針」「GLORY」「歌を抱えて」)、とちょっと乱暴かもしれないけど、こういう区分けもできる。もちろん、その曲がそれ一辺倒というわけではない。どう考えるにしても他の収録作品と明らかに一線を画する歌詞世界を展開する「芽吹け」は異彩を放っている。

 岡野昭仁さん*3が作詞作曲したのは最後の「歌を抱えて」のみで、ほかはすべて提供曲。詞曲が一致しているのが六曲で一致していないのが三曲。一致している曲はその製作者の色合いが強いらしいけれど、広く音楽を聴いていないおれにはちゃんとした判断がつかない。ただ、制作者の個性がより強く出ているのはたしかだと思う。

 以下、収録曲の感想。

 

 

1.インスタント(作詞:n-buna 作曲:n-buna 編曲:n-buna)

 取捨。なるほど、インスタントってそういうことかあ。〈貴方〉の瞳をカメラのシャッターになぞらえて、そこに映ることのできる喜びとなんでもない日々の幸せな景色を描いている。〈埃を被った青写真〉は幼いころに望みながらついに叶わなかった夢を思わせるけど、〈フィルム越しの顔は晴れて見える〉のだから、決して後ろ向きな描写ではないんじゃないかな。幼き日々(夢)との決別ではあるけど、〈貴方〉は地に足の着いた幸せの象徴でもある。個人的には恋人を連れて故郷を訪れている歌なのかなと思っている。

 音楽面:〈夏の風が吹いた〉の若さ/全体的に優し気な歌声/〈思い出の場所に連れて行くよ〉直後のひとつの終止符を思わせる高いギター音/浜辺を力いっぱい走っているようなギターソロ。

カメラを構えて僕を映した
瞬きの数が思い出だった

インスタント

インスタント

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2.ハイファイ浪漫(作詞:Eve 作曲:Eve 編曲:Numa)

 未知。びっくりした。収録楽曲の中でも頭一つ抜けてポルノっぽくない。もちろん、とても良い意味で。ラップパートがあるけど、おれの記憶がたしかなら2023年現在、「INNERVISIONS」以外*4でポルノにラップパートのある曲はない。本人も苦手意識があると語っているくらいだからそれなりに挑戦だったのだろうけど、おれを含めたファンの反応を見るに大成功だったはず。「悪霊少女」で「こんなに聴き取れなかったのは初めて」と書いたけど、今回はそれを更新しました。同じ声の知らない人が歌っているよお……けれど、それがサビになった瞬間、おれが知っている昭仁に変貌する。激しい緩急に頭がグラグラする。反骨精神が滲み出る歌詞も昭仁と好相性。三分弱の鮮烈なスプリンター。

 音楽面:〈夢のまにまに〉のアガるイントネーション/突然ポルノになる〈大胆不敵でいよう〉/ラップパートで並走する軽快なエレキ(?)/〈下って 下って〉からしばらく後ろで鳴っている形容しがたい音(コーラス?)

ハイファイ的でいよう
音の鳴る方へ 僕はまだ夢の中
何もかも痛いくらいにハイになって歌うだけ

ハイファイ浪漫

ハイファイ浪漫

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3.Shaft of Light(作詞:辻村有記 作曲:辻村有記 編曲:辻村有記)

 光芒。アルバム収録作品の中で最も岡野昭仁をフル活用した楽曲だと思う。この表現が正しいのかはわからないけど、岡野昭仁という声楽の楽器を使ったインスト曲という印象すらある。コーラスを含めてすべての音が昭仁の声のという楽器のために存在しているようで、アップテンポでもスローリズムでもなく明朗でも陰鬱でもない曲調、脳を侵食する言葉のリズム、そのすべてが昭仁の声を際立たせる。夜を舞う一筋の光が印象的な歌詞が花を添えてくれる。

 音楽面:力強くも落ち着いている〈明日へと向かって動くような〉/囁く吐息のような〈Answer〉/イントロの人の声のような楽器のような聴いたことない音/〈目まぐるし〉から始まる何かが回転するような音。

夜から
溢れた光は
昨日と今日の境目で泳げば

Shaft of Light

Shaft of Light

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4.指針(作詞:柳沢亮太 作曲:柳沢亮太 編曲:トオミヨウ)

 血肉。MVの内容を含めて、少年誌と青年誌の中間のような青臭さがあって、それを歌い手としての年輪が内包している。昔を懐かしみながらも決して懐古主義ではなくちゃんと前を向いていることを含めて、本アルバムの提供曲の中で最も「歌を抱えて、歩いていく」曲だと思う。酸いも甘いもすべての経験を糧に歩いていく。ちなみに、作詞した柳沢亮太さんにそんな意識はなかったのだろうけど、どこか「n.t.」に対する回答でもあるようで、なんだか嬉しい。曲調が大きく変わるわけでもないのに後半になるにつれて自然とヴォルテージがあがっていく。

 音楽面:腹の底からの〈したくなかった〉/孫にむけて語るような優しい〈悪くないなって思うんだ〉/序盤に鳴っている時計のチクタク音のようなクローズリムショット/ラストの〈捨てられない〉からボーカルと二人きりになる穏やかなギター。

思い出も 思い入れも
くすんでいるはずなのに
妙な愛しさが増すんだ

指針

指針

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5.芽吹け(作詞:小原綾斗 作曲:小原綾斗 編曲:小西 遼, 小原綾斗)

 朱夏。〈天才ならば兎も角 あなたらしく慎ましく生きなさい〉〈自分でなにもせずに〉〈懐かしい気配に殺されそう〉と散りばめられた皮肉の気配が一筋縄ではいかせてくれない。正直、ちょっと怖い。ただ〈愛〉や〈語らい〉を求めていて、そういうある種の純粋さは失っていないあたり、個人的には(やや若めの)壮年期の葛藤のイメージがある。ちなみにおれの持病*5が発現した曲でもある。多用されるファルセットに脳が痺れる。

 音楽面:随処に埋め込まれた綺麗なファルセット/ラストの〈牧歌的でもってちょうだい〉の三段に伸びるロングファルセット/まるでアウトロのようなイントロの弦楽器(バイオリンかビオラ?)/アウトロの凍えながら唸っているようなギター。

天体から覗き込む魚らも麗しく思い思い
燦々たる野に開く花々もいつになく思い思い

芽吹け

芽吹け

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6.光あれ(作詞:n-buna 作曲:澤野弘之 編曲:澤野弘之

 曙光。歌詞がやや古風で、タイトルを含めて荘厳な雰囲気がある。冒頭の〈永遠〉と〈輪廻〉という長大な時間の流れと対照的な〈今〉が随処で強調されていて、〈夜明けにさす光〉への渇望や〈貴方〉との関係性の切実さがより鮮明に浮かび上がる。シチュエーションは夜だけど決して深い暗闇ではなくて、夜明けに差す眩い太陽光が頭に浮かぶ。全体的に昭仁の声が伸びやかで、とても歌いやすそう。技巧よりも地力による正面突破の比重が大きい。

 音楽面:〈歌え〉の力強さ/こいねがう〈微かに光あれ〉/〈歌え〉〈叫べ〉の前の一瞬の静寂/最後から二番目の〈光を待つ 光を待つ〉で熱を帯びるシンバル(?)。

彷徨うこの輪廻の中で数えたのは
微笑みか痛みだけ、この夜の中で

光あれ

光あれ

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7.GLORY(作詞:市川喜康 作曲:山口寛雄 編曲:篤志

 光輝。インタビューにある通り最もポルノっぽい曲*6で、昭仁の生い立ちが色濃く反映され曲。田舎から都会へと出てそこでの四苦八苦と栄光そして続く闘い、と一直線に時間が流れている。他の収録曲に比べて軽やかで、とても聴きやすくホッとする一曲。二人称ではなく一人称のファイトソングなこともあって、緩やかに励まされる。

 音楽面:〈輝くだろう〉の伸びやかなロングトーン/〈ただひとつ〉の「ただ」/落ち着いたイントロ/〈Moon Light〉の直後の星屑を思わせるウィンドチャイム(?)。

沈む太陽 燃えあがる国道
僕は夢へと駆け出した

GLORY

GLORY

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8.その先の光へ(作詞:スガ シカオ 作曲:澤野弘之 編曲:澤野弘之

 光焔。力強い希望の歌詞が印象的で、特にサビは昭仁の精強な歌い方も相まって燃える炎の烈しい光が頭に浮かぶ。詞と声が臓腑に響く。光がテーマの曲だけど夜ではなくて真昼のイメージがある。スガシカオさんが意識していたかはわからないけど、「光あれ」とは〈罪〉というワードが共通している。もちろんタイアップ先が共通しているから、というのもあるのだろうけど、〈貴方と過ごした時間が僕の罪になる〉→〈その罪さえ抱きしめて〉と一歩進んでいるところはグッとくる。光三部作(?)の完結作にふさわしい作品。

 音楽面:宣言とも懇願ともつかない〈その罪さえ抱きしめて〉の語尾/ポルノではなかなか聴けない〈ぶっ潰しあい〉/〈ありったけの〉でのブン殴るようなドラム(?)/スッ、とキレるラスト。

愛と憎しみは 双極螺旋描いて
ぶっ潰しあい 空に消えた

その先の光へ

その先の光へ

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9.MELODY(prod.by BREIMEN)(作詞:高木祥太 作曲:高木祥太 編曲:BREIMEN)

 吟醸。井口理さん*7コラボレーションしていることもあって、派手さはアルバムで一二を争うクラスだけど物凄く気品がある。アルコールに関する言葉は一つもでてこないのに蒸留酒を呷ったような気分になる。咽喉の代わりに耳が灼ける。本業が歌うことである他にも、二人ともボーカルという意味ではフロントマンだけどバンドの中心人物ではない(ポルノは新藤晴一さんだしKing Gnuは常田大希さん)という共通点があるのも興味深い。King Gnuのことは聞きかじっただけだから間違っていたら申し訳ないけど、たぶんそう。そんな二人への提供曲としては歌詞も曲も相性は抜群。二人の高音が響き合うラストのパートはもうたまらない。破裂しそう。

 音楽面:力強い〈メロディ〉(昭仁)/情熱の〈燃やして〉(昭仁)/繊細な〈メロディ〉(井口)/冷静の〈燃やして〉(井口)/なんの音なのかサッパリわからないイントロのミョンミョンした三半規管を酔わせる音/間奏のムーディーなサックス。

メロディ 哀しいかな
操られたのはボクの方?

MELODY

MELODY

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10.歌を抱えて(作詞:岡野昭仁 作曲:岡野昭仁 編曲:江口 亮)

 実直。詞先で作られただけに弾き語りを思わせる楽曲で、記された言葉、口にする音、歌う声色、そのすべてが誠実。ストレートな言葉で描かれる父との記憶に胸が締め付けられる。それでも聴きにくさがないのは昭仁の歌い方に優しさ……重ねた年月に由来する心の整理……があるからだと思う。個人的には「僕」ではなく〈僕ら〉になっているところがとても好き。父の広い愛。

 インタビューにある通りこれは亡父を想った歌で、そうなるとどうしても亡母を想った「ロスト」と比較したくなる。「ロスト」は景観の描写が多く、「歌を抱えて」はより具体的な思い出と情緒が色濃く描写されている。詩情では「ロスト」のほうが優れているけど、「歌を抱えて」にはより純粋な思慕がある。もちろん、年齢も状況も大きく違っているから単純に比較するのも違うかもしれないけど、表現技法がかなり変わっている。

 ちなみに<思い出がひとりぼっちになってしまったよ~もっと話して思いを馳せて>(「歌を抱えて」)と<ふと過る記憶が この上なく嬉しい~色褪せる思い出 あなたの声は少しずつ掠れて遠くなってる>(「ロスト」)は、ほとんど意味が同じで、そういう個所を比べてみるのも興味深いかもしれない。年月は重く、そして心の負担を軽減してくれる。

 音楽面:エピソードを唄う優しい声色/すべての音が消えて独りになるラストの〈歌が〉/間奏で喪失の寂しさを唄うチェロ(?)/そのチェロに重なって感情を昂らせるギター。

思い出はひとりぼっちになってしまうけど
振りむけばそこは日向ばかりで陰りのない道

歌を抱えて

歌を抱えて

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――――

 一応毎回書いておくけど、楽器については全くの無知(卒論発表会等でOBが口にするお決まりの前口上ではなく本来の意味でド素人)だから見当違いなことを書いていたらごめんなさい。一応ブックレットの使用楽器のクレジットくらいは確認したけど肝心の耳と脳があまり機能していないから……。ただ、だいたいどの辺のことを言っているのかは分かってもらえると思う。

 どの曲が一番好きかと問われると……うーん……かなり悩むけどやっぱり「MELODY」かなあ。強烈なインパクトを残した「ハイファイ浪漫」、楽曲の王道の強さでは「その光の先へ」も捨てがたいけど、既存バンドの演奏の元で他人と一緒に歌って岡野昭仁という衝撃も加味するとやっぱりこの曲になる。

 たくさんのアーティストが詞曲を提供している。おれは広く音楽を聴くほうじゃなかったから新鮮だった半面、体系的な感想や既存楽曲との比較なんかは書けなかった。もちろん、ポルノとの比較はできるけど、それがおれの限界。ちょっと悔しいし、なにより興味もわいてきたから、これを機に参加アーティストの曲も聞いてみたい。

 1stアルバムと銘打っているのだから、これからも(不定期であるにしても)ソロプロジェクトは続いていくのだと期待しているけど、やっぱり古今東西いろいろなアーティイストから楽曲の提供を受けてほしい。願望丸出しにして良いなら米津玄師さんとかKing Gnu*8とか松任谷由実さんとかサカナクションとかOfficial髭男dismとか椎名林檎さんとかVaundyさんとか平井堅さんとか井上陽水さんとか……詳しくないから挙げられないけど、思い切って洋楽全編英詞とかヒップホップ系の音楽とか……もちろん、母屋も大切にしてほしいけどソロ活動の灯も消さないでほしい。

 

 余談:「ハイファイ浪漫」MV分析。

 ということで考察(?)してみた。

0:02 左側ビルの広告塔『VS』のジャケット。

同上 右側ビルの広告塔「暁」(?)

(追記)同上 中央ビルの広告塔のヘルメット「アポロ」MV(?)

0:16 中央奥の広告塔「鉄槌」(?)

0:21 壁の落書きが「ハイファイ浪漫」

0:38- 裏路地に並ぶ店「Montage」MV

0:54- 朱い大鳥居「アビが鳴く」もしくは「Montage」MV

2:59 右側ビル屋上のモニター「ミュージック・アワー」MVのテレビ(?)

 以上、見逃しがあったらごめんなさい。(?)がついている個所は我ながらこじつけっぽくて自信がない箇所。

 ちなみに

0:05 水に落下する動き「Montage」MV

0:13 カラス「カメレオン・レンズ」

1:30 テレビに映る月「今宵、月が見えずとも

 ……というのは流石にこじつけを通り越してほとんど妄想ですね。

 

 

*1:アレンジャーやコラボレーション相手の井口理さんを含む。

*2:とそれと対比を為す「都会」を含める。

*3:以下敬称略。

*4:一雫」にもあるけど昭仁は歌唱していない。

*5:〈君〉はファンと解釈しようとする病。

*6:シングルというよりファン人気の出るタイプのアルバム曲っぽい。

*7:以下敬称略。

*8:というかおれは井口理さんが本アルバムに初の作詞作曲として楽曲を提供してくれるんじゃないかなとちょっと期待していた。