電羊倉庫

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最近見た存在しない映画(2022年2月)

ゴーレム ハンドレッド・パワー(2280年、アメリカ、監督:アンシブル・ジョウント、100分)

 うーん……もうちょっと原作に寄ったテンションで作っても良かったんじゃないかな。出来が悪いわけではないけど、画面が暗くて観にくくて、それなりに尺をとった割にべスターらしいテンポ感というか、目くるめく展開をこれでもかと叩きつけられる快感が薄かったような気がする。それが気になって序盤はあんまり集中して観れなかった。

 ガフ語の再現をはじめセリフ周りは素晴らしく、特にプリスはほぼ完璧だったと思う。おれは吹き替えで観たけど、声優まで完璧で、まさに想像していた通りのプリス。絶妙には腹が立つところが本当に素晴らしい。序盤は画面の暗さが気になったけど、終盤の怒涛の展開はそれを忘れさせてくれるくらいの出来だった。

 原作の魅力の一つであるタイポグラフィもほどよく映像的に表現されていた*1。ただ、終盤の言語の崩壊感は正直、吹き替えではピンとこなかった。あとで字幕で観なおしておきたい。

 本筋とはちょっとズレるけど時代が追い付いてしまったけど、いまもおれたちはこうして昔とたいして変わらない言葉を使っている、と考えるとちょっと感慨深いところがある。

《印象的なシーン》蜜蜂レディの降霊術

 

 

珈琲ハウスへようこそ(2003年、日本、監督:米田星乃、65分)

 上手い。巧く、そして美味い。序盤できっちりドキュメンタリーに見せかける手法はほぼ天才的で、前情報なしで鑑賞した人間は例外なく8分47秒を経過したところであっけにとられるはずだ。清々しいほどのトンデモB級SF映画で、なんでもコーヒーの忌避作用に着想を得てこんな映画を作ったらしい。凄えや、良い意味でイカれてる。

 そしてこんなに荒唐無稽な物語なのに描写がとても丁寧で、とても手が込んでいる。街並みの色合いや登場人物たちの表情はどれも妥協なく作り上げられていて、その中でも特筆すべきは食べ物だ。特に珈琲は別格で、揺蕩う白い湯気、深い色の液体、口の中へ滑り落ちていく様、そのすべてがあまりにも素晴らしい。モキュメンタリーとして半ば観客を騙して、面白おバカ映画を見せているわけだけど、一周回って珈琲の販促にもなっているところが(狙ってやっているのなら)あまりのも巧い。

《印象的なシーン》癌が日本人の死因として急増した理由を説明する教授

 

 

白猫姫(2025年、アメリカ、監督:ロブ・フィリップス、87分)

 こんな作品もあるのか!

 海外のアニメはディズニー系くらいしか観たことがないからあまり比較はできないけど、かなりレベルが高い作品だと思う。アメリカアニメにしては珍しく(?)非CGアニメで、当然のようにフルアニメーションなのだけど、動きはもちろんのこと、植物の質感表現が素晴らしく、猫たちの表情にあれほど個性が出せるのも驚きだった。ただ、新興の会社というのもあるのかもしれないけど、報酬のことでスタッフともめているらしくて、それが(内容とは無関係とはいえ)ちょっと残念。

 原作の「白い猫」をSFにアレンジしてあるわけだけど、どちらかというとフレドリック・ブラウンのいうSFの定義*2みたいな方向というか、そんなに無理に科学的に考察しているわけでもなく、気軽に観ることができる。まあ、単に換骨奪胎しただけ、とも言えるけど。

 ラストシーンについてはちょっと賛否があるみたいだけど、おれはそんなに悪くなかったと思う。そりゃあ、原作通りのストレートな終わり方ではなかったけど、大枠では原作をなぞっているわけだし、間違っていもいないはずだ。少なくとも90分もの時間を無駄にするようなものではない。

《印象的なシーン》王子が再び現れたことを告げられた白猫姫の表情。

 

 

歩道橋の上から見た光景(2011年、日本、監督:真崎有智夫、30分)

 シンプルな映画で、交番(現在)と歩道橋(過去)が交互に描かれることで緊迫感を作っている。セミの鳴き声、アスファルトから昇る熱気などによる真夏の暑さの描写が印象的。

《印象的なシーン》主人公の最後のセリフ。

*1:個人的には序盤の楽譜なんかはもう少し音楽的に表現しても良かったとは思う

*2:「ファンタジーは存在せぬもの、存在しえぬもののことを扱う。一方、SFは、存在しうるもの、いつの日か存在するようになるかもしれぬものを扱う。」フレドリック・ブラウン『天使と宇宙船』創元SF文庫、1965年、八頁