電羊倉庫

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星新一『ボッコちゃん』〔ファンタジー/SF強めの初期傑作選〕

「悪魔」

 金貨と氷上と悪魔。

 悪魔。お手本のようなショートショート。前振り、展開、オチ(そしてツボが湖の底にし沈んでいた理由≒初期設定の原因の提示)が完璧にそろっていて、しかも簡潔。巻頭を飾るにふさわしい作品。ちなみに、福本信行『賭博堕天録カイジ』の村岡の例え話(111話の吊り橋の話)の元ネタはこの作品だと思っているんだけど、どうなんだろう。

 

「ボッコちゃん」

 人工美人。

 ロボット。星新一作品で一二を争うほど高い認知度を誇る作品だと思う。映像化/漫画化もされているけど、それぞれボッコちゃんという美人の解釈が違っていて面白い。かみ合わないのにかみ合っていく一連の会話、そして余韻の残るラストシーンが特に印象的。

 

「おーい でてこーい」

 下に落としたら上から返ってくるよ。

 環境問題を予見していた、と評されることが多いけど本人にそういう意識はなかったらしい。ただ、後発の作品には明らかに社会問題を反映した作品もあるから、これもそういう視点で読みたくなる気持ちもわかる。読んでいて思い出したけど子供の頃は「なんかオチもパッとしないし、大人たちが説教を抱き合わせで褒めているから嫌だなあ」みたいなのが第一感想で両親のどちらかから解説を聞いて好きになったんだったなあ。

 

「殺し屋ですのよ」

 情報は金なり。

 タイトルが印象深い。星新一特有の無駄のない流暢な説明台詞がいかんなく発揮された作品。個人的には依頼した後のエヌ氏のなんともいえない呑気な台詞が好き。オチがより強化された漫画版もけっこう良い。

 

「来訪者」

 超性格の悪いバラエティ番組。

 宇宙人。何度も読んでいたはずなのに終盤(あの少年がハンマーを持って飛び出してくる)までオチを思い出せなかった。間の抜けた大人たちの対応はどこか『マーズ・アタック!』を思い出させる。星新一の底意地の悪さが結露した秀逸な一作。

 

「変な薬」

 狼少年(仮病の薬)。

 薬。『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』でアンブリッジの授業をさぼるためのアイテムとしてこんな感じのもの(たしかヌガーかビーンズみたいなお菓子だったと思う)が出てきたのを思い出した。人間、考えることは案外おなじなのかもしれない。素朴な最後の一文で乾いた笑いが零れる。

 

「月の光」

 愛に言葉は不要。

 星新一にしては珍しくかなりインモラルな設定の作品。徹底した綺麗な描写が印象深くて、物悲しく悍ましく感動的でもある。アッと驚くオチがつくタイプの作品じゃないから幼いころはあまり好きではなかった。言葉が愛情を薄める、とあるけど「猫が可愛いのはヒトの言葉を話さないから」という猫愛好家の共通認識に通じるものがある。

 

「包囲」

 ねずみ講を逆から辿ってみよう

 もっとしつこく繰り返していたら筒井康隆的な不条理小説になっているような作品。最後の一文とタイトルが対応している。コントにしてみたら面白そう。

 

「ツキ計画」

 狐憑きを人為的に作り出そう。

 そのオチのためにそこそこちゃんと設定の説明をやるのね、となんだか脱力してしまう。明らかに異臭がしているのに「まあいいか」で済ませるこいつはなかなか大物なのかもしれない。いや、その時点で既に化かされているってことか。

 

「暑さ」

 エスカレートするストレス解消術。

 大好きな作品。オールタイムベストに挙げるくらい好き。一昔前にネットで流行った「意味が分かると怖い話」的な秀逸で鮮烈なオチの一文。素晴らしい。舞台にもドラマにもアニメにも漫画にもコントにも向いている作品だと思ってるんだけど、目を向けてくれる人はあまりいないらしい。徐々に深刻化するストレス解消方法は、あらゆる依存症的なものの本質を描いている……ともいえるかもしれない。

 

「約束」

 子供「大人に嘘をつけないようにしてよ」

 宇宙人。宇宙空間を移動することによるタイムラグを扱っている、という意味では典型的な時間SFでもある。子供の頃は「描写が典型的すぎるよ」みたいなことを思った記憶がある*1けど、大人になって読んでみるとなんともいえなくて苦笑いするのが精一杯というところ。

 

「猫と鼠」

 脅している人を脅している人を脅している人を脅している。

 金は天下の回りもの。トムとジェリーだったら仲良く喧嘩するところだけど、この猫と鼠はそういうわけにはいかない。一人称形式なのが上手く活きている作品で、それゆえにオチを読まれやすいという欠点もある。

 

不眠症

 眠れないと思っていたら、眠っていました。

 たぶんそこそこの負債なはずだけど、これで「がっかりした」で済んでいるのが読み味の気軽さに繋がっている。ドラマ版は発症の接続点を作っていてわかりやすくしていて個人的には好きだけど、あれが嫌だという人もいるらしい。難しいですね。

 

生活維持省

 公平な人口調整。

 SF的な発想の豊かさ、そしてユートピアディストピアの一つの到達点。倫理と実際について、とても説得力のある形の皮肉を描いている。タイトルがシンプルで硬質なのも素晴らしい。ただ、人口爆発が人類の課題だったころの作品なだけにどうしても隔世の感はある。

 

「悲しむべきこと」

 貧乏サンタクロースが向かう先は……。

 妙にリアルな貧窮の描写が笑いを誘うけど、星新一の体験が反映されているのかもしれない。オチはけっこう古典的で、どちらかというと会話の感じを楽しむ作品だと思う。

 

「年賀の客」

 輪廻転生して「お金を貸して」

 ゾッとする。後発の作品では荒木飛呂彦『岸部露伴は動かない』「懺悔室」を思い出す設定だけど、こういうタイプの復讐(?)は民話や古典文芸でもわりとありがちな設定らしい。ただ、オチのインパクトはやや小さめ。

 

「狙われた星」

 衣服は皮膚に含まれますか?

 宇宙人。初めて読んだときめちゃくちゃ笑って、ものすごく感心したことを覚えている。たしかに文化が違うやつらからしたらそういう風に捉えることもできるよなあ。状況もさることながら残虐な宇宙人がドン引きしているところが良い。素晴らしいユーモア。

 

「冬の蝶」

 星新一的ポストアポカリプス。

 静謐な描写が印象的な作品。醜くあがいたりせず静かに死滅していく描写はどこか美しくもあるけど、やっぱり根本的な生命力が低下しているということなのかな。猿のモンが火を熾そうとする場面で物語は幕を閉じるわけだけど、ある意味「最後の地球人」と同じ発想の作品なのかもしれない。文明の輪廻。

 

「デラックスな金庫」

 趣味と実益を兼ねた金庫。

 デラックス。強盗。超高級ネズミ捕り。本文の約半分が金庫を作る経緯と金庫自体の描写で、そこを取り除いたら本当に四コマ漫画くらいのリズムで終わってしまう。シンプルイズベスト。

 

「鏡」

 弱々しかった悪魔が嗤う。

 悪魔。うわあ……うわあ……。ストレス解消方法のエスカレートと方法の喪失は「暑さ」と共通している。過激化と喪失による破綻の卑しさは漫画版でより強調されている。本編の感想とはズレるけど、この年代の作品で声優という職業をピックアップしているのはかなり珍しい気がする。

 

「誘拐」

 耳を引き金に爆発。

 ロボット。ちょっとした小話といった趣がある。もちろん下調べの段階で気づくだろとかそういうツッコミはできるけど、そういう強度を求める作品ではない。

 

「親善キッス」

 文化が違う上の口と下の口。

 宇宙人。タイトルが印象深い。オチが映像的なのが素晴らしい。ユーモアという意味では星新一作品随一の仕上がり。生態学的にありえのか、というツッコミは野暮でしかないけど、これってやっぱり病気になったりするのかなとは思った。かなり好きな作品。

 

「マネー・エイジ」

 何でも金で解決のほうが合理的かもね。

 あんまり詳しくないけど、MMO的なSF世界ならこういうのもぜんぜん有りなんじゃないかなと思った。なんだかんだ言っても完全に原状復帰できるのって財産刑なわけだし。もちろん、作中設定のように平和な世界なのが大前提だけど。いじめっ子商売の箇所の冷めた対応が好き。授業では丁寧な口調だった先生が職員室ではかなりぞんざいな口調なのがちょっと怖かった。

 

雄大な計画」

 木乃伊取りが木乃伊になる:産業スパイが強敵になる。

 ケインズの「長期的には、われわれはみんな死んでいる」を思い出した。いや、意味があっているわけではないかもしれないけど。「身についたドライな考え方だけは、あいかわらずだった」の一文が好き。

 

「人類愛」

 人類愛よりも自分の愛情。

 宇宙。徐々に真相へと近づいていく感じがとても良い。あんなに熱血漢だった男がただの一言であそこまで冷めるのか。寝取られ男の悲哀、というより寝取り男の末路かな。

 

「ゆきとどいた生活」

 全自動生活の弊害。

 音も景色も彩りも豊かなはずなのにとても静かな作品。親切丁寧なはずなのにベルトコンベアーに乗せられて加工されゆく商品のような無情さがある。いつか映像で見てみたい作品の一つ。

 

「闇の眼」

 不必要になった器官は退化しますよね。

 過渡期の変化はそういうことではない気がするけど、変化に対する両親の葛藤は身勝手だけど切実。オチは案外読めない人が多い気もする。

 

「気前のいい家」

 「悪魔」的スカウト方法。

 強盗。とても好き。徐々にエスカレートしていく展開と妙な他人事感と一転したオチもすべてがよくできている。こういうコントとか観てみたい。非ファンタジー的な「悪魔」ともいえる。

 

「追い越し」

 マネキンのモデル。

 ネットロアでこういう話を読んだ記憶あるけど見つけられないから勘違いかもしれない。古典的だけど良く出来た作品。こういう短編映画を観てみたい。

 

「妖精」

 望みはライバルへ二倍にしてお届け。

 めちゃくちゃ良く出来た設定。この妖精ってある種の悪魔だよなあ。穏やかな悪魔。ラスト一文がとても良い。

 

「波状攻撃」

 人為的祟り目に弱り目。

 詐欺の波状攻撃なわけだけど、似たようなことをやっているやつは現実世界にもいそう。人間は損を取り戻そうとするときが最も脆い。ユーモラスなラスト一文で少しだけ救われる。

 

「ある研究」

 プロメテウスになりそこなった男。

 士郎正宗攻殻機動隊*2で人類の三大事件に数えられている「火」を発明しそこなったわけだけど、そんなこと御大層なことより目の前の暮らしのほうが重要というのも間違っていない。どっちも正しいというか、人間は太古の昔からそんなに変わっていないというか。

 

「プレゼント」

 贈り物の価値。

 宇宙人。サイズと感性の違いで結果的に地球が平和になるのだけど「侵略的宇宙人が現れれば世界各国は結束して地球から初めて戦争がなくなる」という皮肉を思い出した。

 

「肩の上の秘書」

 インコが代弁してくれる本音と建て前。

 傑作。こいつを肩に乗せて生活したい。わりと本気で。メインのアイディアもそれに付随する皮肉も、そしてオチの反転(?)もすべてが良く出来ている。やろうと思えば普通の短編、もっといえば長編にもできそうな優秀なアイディアだと思う。バーのマダムは肩のインコに何と言ったんだろうなあ……。

 

「被害」

 金庫から飛び出す不幸の素。

 強盗。シンプルなタイトルだけど、結局のところ害を被ったのは誰なのか……というニュアンスなのかな。

 

「謎めいた女」

 演技を実践する女。

 実際にいたら至極迷惑だろうけど、小話としては面白い。突然数字が頭に浮かぶという解決方法はやや強引だけどラスト一文でオチを明かす構成は単純で効果的。

 

「キツツキ計画」

 キツツキを訓練して犯罪に使おう。

 まあ、たしかに目的は話せないかもしれないけど、その辺をある程度伏せて上手に説明すれば一部キツツキの弁償くらいはしてもらえたんじゃないかな。

 

「診断」

 診断書があれば何しても無罪。

 実際にあのシチュエーションで犯行に及んでも無罪になるのかはちょっと気になる。オチは弱いといえば弱いけど、夢野久作「戦場」的に考えるなら、それすら陰謀によるもので……ともとれる。

 

「意気投合」

 何が貴重な物質かは場所によって変わりますよね。

 宇宙人。星の住民の反応の変遷がよくできている。感情だけは確実に察知できるようにして言葉が通じるようになるまでタイムラグを作っても滞在に違和感がないようにしたのは上手い。善意が良い結果につながるとは限らない。

 

「程度の問題」

 スパイの資質は程度の問題。

 スラプスティックな楽しいコメディ。序盤の大仰な決意の描写がすごく良い。一目で気楽なコメディとわかる。一人目だけでもそれなりにオチているのに後任の末路まで描いているからこその完成度……というのはちょっと大げさすぎるか。

 

「愛用の時計」

 付喪神の一歩手前。

 ファンタジー的な良い話。信頼していた人に裏切られて時間に遅れてしまうけど、それがその人を救うことになる……というと時間SFを連想するけど、この作品もある意味で時間ものの作品ともいえる。

 

「特許の品」

 相手に使うべきものを自分で消費していました。

 宇宙人。夢中にさせて気力を根こそぎ奪い取るというとやっぱりドラッグを連想するけど、そういうところから発想したわけではなさそう。意図的に流した、というオチだった記憶があったけど、たぶん別の作品と混同していた。

 

「おみやげ」

 開けられずに焼失したお土産。

 宇宙人。ちょうどいいタイミングで見つからずにそのまま一歩進んだ兵器で焼き尽くされてしまう。核兵器は威力もさることながら影響範囲も広いというのが良く出来ている。状況に不自然さが無くて、前振りとオチがかなり合理的につくられた作品。

 

「欲望の城」

 家具に押しつぶされそう。

 かなり好きな作品。タイトルも印象深い。個人的にネットロアの「猿夢」の元ネタだと思っているんだけど、どうだろう。「猿夢」ほどではないにしても眠るのがちょっと怖くなる。

 

「盗んだ書類」

 良心を目覚めさせるお薬。

 薬。「どうも、ごくろうさまでした」の一文に笑みが零れる。犯人が自分で飲むことを不自然にしないように事前に博士に飲ませているのは工夫ですね。

 

「よごれている本」

 古本屋→ヒト:消失→廃品回収→古本屋。

 悪魔。本書では珍しく時系列が前後する。呼び出すときの素材の羅列がどういうわけか印象深い。なぜそれがそこにあったのか、をオチで説明しているのは「悪魔」と共通している。そういう意味では救いのなくなった「悪魔」ともいえる。残り続ける本はヒトの手を渡って、ヒトを攫い続ける。

 

「白い記憶」

 忘れていたほうが幸せなこともある。

 ショートコメディでドタバタと動き回っている映像が楽しく、ショートコントのような作品。治療した方がいいのか悩む博士の一言が可笑しい。

 

「冬きたりなば」

 五千年後にまた会おうぜ。

 宇宙人。宇宙船が広告まみれなのは笑いを誘うけど、積み荷がスポンサーの商品なことを考えると悲惨というかなんというか……まあ、けどこれだけバイタリティのある男ならどうにかできそうな気もしている。

 

「なぞの青年」

 理想の公僕像。

 本書でもっとも現実社会への皮肉がこもっている作品。後発の作品で象を題材にほぼ同じようなことを描いた作品があったような気がするけどタイトルを思い出せない。

 

「最後の地球人」

 人類史の逆再生。

 小学生の頃は意味が分からなくて「星新一の良さがぜんぜんないじゃん!」と不満に思っていたけど、いま読むと味わい深い。妻を亡くして泣き伏せていたら骨が胸に刺さって死ぬところが好き。なるほどねえ。本当の意味で『逆まわりの世界』ともいえる。そういえば「殿様の日」もそういう発想だったような気がする。

 

 

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 文庫本ではなく『星新一 ショートショート1001』で読んだので、原本と多少の異同はあるかもしれない。

 最初期のショートショート集だけあって瑞々しい。人口に膾炙した傑作も多く星新一の早熟性が……と思ったけど、どうやら自選短編集らしく初期の傑作選的なところがあるらしい。映像化/漫画化されている作品も多く、一般に知名度が高いのも特色といえる。

 個人的に好きな作品が多く収録されていて満足度はものすごく高い。というか、幼少期に読み返した回数が一番多い本だから記憶に残っていて、それで好感を持っている作品が多いのかもしれない。星新一の原体験、というより「小説を読んで楽しむことの原体験」というレベルで影響を受けている。

 ベストは難しいけど「暑い日」になる。むかし流行った「意味が分かると怖い話」的なオチの一言がたまらない。「月の光」「冬の蝶」のような描写が印象深い作品もあるし、皮肉を読み取れる「おーい でてこーい」「マネー・エイジ」「肩の上の秘書」、ユーモアたっぷりの「程度の問題」「親善キッス」、幼いころは意味が分からなくて嫌いだったけどいま読むと味わい深い「最後の地球人」など、粒ぞろい。ちなみに冒頭二作品「悪魔」と「ボッコちゃん」だけど、この二作品が星新一のファンタジーとSFを体現する作品でもあると思う。

 

 

収録作一覧

「悪魔」
「ボッコちゃん」
「おーい でてこーい」
「殺し屋ですのよ」
「来訪者」
「変な薬」
「月の光」
「包囲」
「ツキ計画」
「暑さ」
「約束」
「猫と鼠」
不眠症
生活維持省
「悲しむべきこと」
「年賀の客」
「狙われた星」
「冬の蝶」
「デラックスな金庫」
「鏡」
「誘拐」
「親善キッス」
「マネー・エイジ」
雄大な計画」
「人類愛」
「ゆきとどいた生活」
「闇の眼」
「気前のいい家」
「追い越し」
「妖精」
「波状攻撃」
「ある研究」
「プレゼント」
「肩の上の秘書」
「被害」
「謎めいた女」
「キツツキ計画」
「診断」
「意気投合」
「程度の問題」
「愛用の時計」
「特許の品」
「おみやげ」
「欲望の城」
「盗んだ書類」
「よごれている本」
「白い記憶」
「冬きたりなば」
「なぞの青年」
「最後の地球人」

*1:変なところで大人びたガキだった。

*2:正確に言うと漫画の欄外コラム。