電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

星新一『ようこそ地球さん』〔ズレの物語/よそ者たち〕

「デラックスな拳銃」

 無用な多機能拳銃保有のチンケな男。

 デラックス。強盗(?)。本来の用途とは無関係な機能をこれでもかと付けた携帯可能な道具、ということでスマートフォンを予見したといえなくもないけど、これはそういうことを気にするべき作品ではないのだろう。やることなすことケチ臭いのにどこかスマートに見えるのは描写の妙かもしれない。ある種の爆発オチ。

 

「雨」

 排泄物でも狐の嫁入り

 タイムトラベル。状況説明パートからタイムトラベルへの飛躍、そして大オチが炸裂する。かなり短いページ数の中で場面が未来-過去-現在と三回も、しかも有効に場面を転換しているテクニックにはもっと注目していきたい。タイトルがシンプルなのもオチの下品さを際立たせていて素晴らしい。

 

「弱点」

 一人一呑一殺。

 宇宙人。序盤の呑気な会話劇から徐々に滲み出てくる焦燥感が良い。やや長めの作品でもあるし、もっと描写を濃厚にすれば短編ホラーに仕上がる気もする。

 

「宇宙通信」

 木製人に紙は残酷。

 宇宙人。完全な相互理解は不可能であることを前提にはしていたけど、そもそもの前提が……というファーストコンタクト系作品の典型例として教科書に載せたい作品。最後の最後で理由が判明してストンと腑に落ちる構成も上手い。

 

桃源郷

 桃源郷……いや、地獄みたいな星だ!

 宇宙人。かなり単純な作品。まあ、直前の状況的にそんな簡単に騙されるか? と思わなくもない。地獄のような惑星の描写に時代を感じる。

 

「証人」

 愚民どもは納税するためだけに存在する。

 皮肉の効いたオチの一言が忘れがたい。絶対に言ってないけど韓非子が言ってそう。脚本家の筆が走り始める場面が好き。スラプスティックだけど楽しくないブラックコメディ。閉塞感のある建物内で盥回しにされる姿はレム『浴槽で発見された日記』を思い出す。

 

「患者」

 催眠術で未来予知、そして予防。

 辻褄はあっていないような気はするけど、短く纏まっているしまあいいか。もう一段オチを付けた漫画版も印象深い。

 

「たのしみ」

 予言と埋められた現金、そして祭り。

 田舎の長閑な雰囲気と村人の無機質さが相まって夏の設定なのに肌寒い。余韻が残るラストが気持ち悪い。ちょっと『TRICK』や『ミッドサマー』を思い出した。通信機器が未発達な時代特有の作品ともいえる。

 

「天使考」

 天使たちの競争。

 一度読んだら忘れられない、とても印象的なタイトル。やや長めの作品で、働く天使たちの創意工夫エピソード集というか、どこか説話集みたいな雰囲気もある。夢の中のコマーシャルが好き。驚くようなオチがついた作品とは言えないけど、オールタイムベストに挙げる人もけっこう多いんじゃないかな。

 

「不満」

 猿の宇宙船。

 宇宙人。一人称視点に張り付いた文体が適度に伏線(というよりオチへのヒント)をボヤかしてくれている。畳みかける饒舌さの末にオチがあるのも巧い。ヒトの側にはそれほど悪意がなさそうなところがなんとなく哀しい。虐待とは思ってないんだろうなあ。

 

「神々の作法」

 人前で喧嘩をするのはやめましょう。

 宇宙人。地球人類を神と勘違いした異星人の物語なわけだけど、オチはどこか親のふるまいから間違った学習をしてしまった子供を題材にしているとも読める。

 

「すばらしい天体」

 自然動物惑星へ連れていくよ。

 宇宙人。隊長が謹厳な雰囲気を出しておいて居残っているのがなんだか可笑しい。まあ、たしかにそのまま連れていかれても幸せになれるような気はする。ユートピアディストピアと解釈できなくもない。

 

「セキストラ」

 インカの復讐。

 星新一の処女作。具体的な人名や会社名、手紙や新聞記事を介して物語を進める書簡形式など、ほかの作品ではあまり見られない要素が盛り込まれているのも一作目ならではなのだろう。ラストが「だれに知られることもなかった記事」なのが良い。

 

「宇宙からの客」

 ビッグマウスには気を付けよう。

 宇宙人。乾いた笑いが零れる。個室衛星とあるけど、到着の過程を考えると普通に追放刑だったんだろうなあ。なんだか世界は良い方向に向かっているから、なんとかこのまま胡麻化し続けてほうが幸せな気もする。「二大陣営」の対立軸には時代を感じる。

 

「待機」

 傲慢さに滅びる。

 宇宙人。「桃源郷」の別アレンジともいえる。さも高潔で誇り高いようにふるまいながら終盤でそのメッキが剥がれ、そして逆襲を食らう。異星進出における典型的な問題点を簡潔に描いている。皮肉たっぷりの「もっとも、たいしたものも、あるまいがね」がたまらない。けど、タイトルはどういうこと……?

 

「西部に生きる男」

 偽物VS偽物。

 かなりコントっぽい作品で、目まぐるしく立場と戦略が入れ替わり、キチンとオチがつく。サッパリした読み味が素晴らしい。微笑みが浮かぶ爽快感。

 

「空への門」

 制度は科学技術の奴隷。

 夢を抱きそれに向けて絶え間なく努力を積み重ねてようやく叶ったと思ったらほどなくして科学技術がその努力を全否定してしまう、というあらゆる産業に通じる無常が描かれている。ちなみに優しい救いを添加した漫画版も良い作品ですのでぜひ。

 

「思索販売業」

 人間暇になっても高尚なことなんか考えませんよねえ。

 訪問販売。相手をしっかりおだてつつ商品を売りさばき、それによって生じた成果によって自分が窮地に陥る。因果応報の構造が良く出来ている。高尚なことではないけど思索の成果ではありますからね。「波状攻撃」の成功でもあり失敗でもある。

 

「霧の星で」

 ここが楽園。

 うわあ……そういう作品じゃないんだろうけど、なんというか身がつまされる。わざわざ「若々しい救助隊員」と描写することで、地の文には描かれていない男の心情をほのめかしてくれている。無人島への漂流にすれば非SFとしても成立する。ラストの一言が純真で残忍。

 

「水音」

 エクトプラズムなペット。

 うーん……あまりピンとこなかった。いや、オチは理解できるけど……うーん。ラストの一言はわりと好き。

 

「早春の土」

 オウムが見えたら土の中へご招待。

 それぞれが自分の世界を持ってある程度自由に行動できると聞くと『ドグラ・マグラ』の解放治療場を思い出す。記者の躁な感じと冷静な患者が好対照になっている。オウムが見えるといったときの妙な反応も良く出来ている。

 

「友好使節

 面従腹背

 宇宙人。星新一の地球人にしてはかなり冷静で論理的に行動しているけど、相手方も負けず劣らず優秀だったがゆえに起きた悲喜劇。来訪者のほうもそれなりに善意に解釈しているところが微笑ましい。

 

「螢」

 天然と人工。

 作中で提示される出世する人物観は某所なら人在扱いされそう。みんな! 人財になろうね!! ハハッ。まったく関係ないけど「ラセンウジバエ解決法」を思い出した。

 

「ずれ」

 一つずつ隣へ、喜劇。

 すごく好きな作品。スラプスティックな楽しいコメディ。作品を体現したシンプルなタイトルも良い。一人には救いを、一人には期待のみを、一人にはプライドと現実のせめぎ合いを、一組には究極の二者択一を、もたらす。そのすべてが「楽しい」の範疇に収まっているところが素晴らしい。ちなみにドラマ版も良く出来ているのでぜひ。

 

「愛の鍵」

 欲しい言葉と言いたかった言葉。

 かなり実直にロマンティックな物語で、文体もどこかいつもと違っているような気がする。「美しいといっても、それは彼女が恋をしていたから、生き生きとして美しく見えるのかもしれない。」という文章が好き。

 

「小さな十字架」

 貧者を救う十字架。

 寓話的な物語で、意外性はほとんどないけど優しくて良い物語だと思う。最初の男がどこか楽観的でのんびりしているのに対して次の少女が深刻な雰囲気なのが痛々しく、それだけに救いを示唆するラストが印象深い。

 

「見失った表情」

 機械的な表情。

 SFとしても恋物語としてもかなりオーソドックス。意外性には乏しいけれど全体の雰囲気は割と好き。なんだか楽しそう。

 

「悪をのろおう」

 鬘で呪いを回避だ。

 含み笑いが零れる。無関係な人もエスカレートして正義を叫ぶ描写がオチの脱力に直結しているのは、単純明快で良い。

 

「ごうまんな客」

 そりかえった生き物は、偉い。

 アメリカンジョークみたいな話。それまでのお追従の描写が妙に切実なこともあって、なんともいえない苦笑いが零れる。

 

「探検隊」

 スケールが違う。

 宇宙人。彼らからするとおれたちは虫とか小動物くらいの感覚なんだろうなあ。「プレゼント」を思い出すけど、あっちには一応の善意がある。

 

「最高の作戦」

 バカな男と女。

 宇宙人。宇宙人に仮託して男女の関係性を描いている。やや紋切型ではあるけど、それが微笑ましさにもつながっている。

 

「通信販売」

 商売は相手を見てからやりましょう。

 宇宙人。サイズ感の違いによるディスコミュニケーションは「探検隊」とも共通している。ただ、こちらはオチの展開よりも前段の成功談のほうが物語として興味深いものがある。そっちがメインでも良かったんじゃない、とすら思ってしまう。

 

「テレビ・ショー」

 必要な性教育

 不良と優等生の性質を逆転させている。行為自体は人工授精でスキップするにしても、とりあえず男の側はどうにかしないと問題の解決にはならないか。時間通りにテレビを見るよう要請(強要)されるという意味ではディック「祖父の信仰」を思い出す。

 

「開拓者たち」

 不時着した特効薬。

 何世代にもわたって積み重ねてきた閉塞感と絶望感が薄暗い雰囲気を醸し出している。それだけに宇宙船の中に積み込まれた特効薬を躊躇なく使用しようとたくらんでどよめきながら近づく群衆の切実さと残忍さも際立つ。ただ、それやってたらクールー病になるんじゃないかな。

 

「復讐」

 哀しき復讐の連鎖。

 宇宙人。うわあ……うわあ……こんなに報われない臥薪嘗胆があるのか。始まりと終わりがキチンとつながっているのは、やっぱり巧い。始まりはどんな出来事だったんだろう。

 

「最後の事業」

 冷凍、未来、宇宙人、食事。

 宇宙人。いかにも星新一的な厭世ストーリーから後半は一変してファーストコンタクトブラックコメディへと転調する。合理はある一定ラインを超えたときに不合理へと様変わりする。ある種のポストアポカリプスとも解釈できる。

 

「しぶといやつ」

 物理で除霊はできません。

 宇宙人。うーん。同じ題材なら「狙われた星」のほうが良く出来ていると思う。けどこちらはタイトルが捻っていて気が利いている。現世にしがみつくしぶといやつ。

 

「処刑」

 生命。

 傑作。ディストピア世界、残酷な設定、火星で出会う/見かける人々やその痕跡、主人公に起こる変化(≒成長)が完璧な均衡とって終盤の展開へと収束していく。傍から見れば発狂としか思えない行為も主人公の出す結論としてちゃんと機能している。素晴らしい。星新一の短編小説の代表作。ここでも書いたけどドラマ版も漫画版もそれぞれ少しだけ違ったベクトルで作られていて興味深い。

 

「食事前の授業」

 ヒトの授業とは一言も言っていない。

 宇宙人。というか上位存在かな。ディック味のある作品。おれたちは地球に巣くう黴みたいなものだからねえ。クロカビ、黄色いカビ、白いカビという表現の威力がすごい。

 

「信用ある製品」

 矛と盾。

 宇宙人。これには韓非くんもにっこり笑顔……にはならないか。去り際の誰も聞いていないのにぺらぺらと口上を述べるところが皮肉っぽくて良いし、それによってラストの吐き捨てるような「どこの星も、みなおなじだ……」も際立つ。

 

「廃墟」

 現行人類とは一言も言っていない。

 星新一の文明批判がやや強めに出ている作品。強い爆発物、が何を意味しているのかは明白だけどそれだけにオチの異形にはなんともいえない気持ちを抱いていしまう。ただ、<POST>の下りはちょっと笑ってしまった。

 

「殉教」

 あの世、という宗教。

 タイトルが良い。すごく良い。もちろん内容も申し分ない。星新一らしい乾いた合理主義が広がっていく描写は薄気味悪く、事態が加速度的に進行していくテンポ感もたまらない。理論的な機械とそれによって証明された楽園の存在によって発生する宗教。その信仰の対象に科学を含んでいるところが素晴らしい。だからこそ、ラストの「信じる能力が欠けている」ことの説得力が増すし、どちらかに優劣をつけないバランスにもつながっている。終盤の男の活動については『孤独なふりした世界で』を、霊界との胡散臭い交信については『裏バイト』の「葬儀屋スタッフ」を思い出した。映像化してほしいけど、ちょっと画面がキツくなりすぎるかなあ。

 

 

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 文庫本ではなく『星新一 ショートショート1001』で読んだので、原本と多少の異同はあるかもしれない。

 全体的にSF色が強めで『ようこそ地球さん』とタイトルの通り宇宙人が出てくる作品が多い。ファーストコンタクトものの基本はディスコミュニケーションだから、そういう意味ではズレが主題ともいえる。

 個別感想の箇所でも書いたけど「セキストラ」は星新一にしては長めの作品で処女作なだけに、多人数の書簡形式や現実的な人名や題材自体がやや性的な要素を含むなど他の作品ではあまりみられない作風もみられる。「処刑」「殉教」は長めの作品で、設定的には中編から長編でまとめても名作になっていたほどに秀逸なところがあるのに、それをこの形式でまとめてくれているのがたまらない。『ようこそ地球さん』というのは元々「不満」「神々の作法」「すばらしい天体」の三作品で構成されるオムニバス作品の総称だったらしいけど、本書では独立した作品として収録されている。どれも地球生物が他の惑星を訪れる話で、それぞれまったく違う味がしていて面白い。「蛍」「小さな十字架」はどこか優しさのある物語でやや異質。

 ベストはやっぱり「処刑」……いや「殉教」「天使考」も……けど「神々の作法」「証人」の皮肉もたまらないし「ずれ」や「悪をのろおう」「思索販売業」のユーモアも捨てがたくて……とちょっと難しい。

 ちなみに、本当にどうでもいい話だけど「天使考」は小学校高学年か中学一年くらいの頃に題名をパロディにして作文(エッセイ系/小説系/読書感想文のいずれか)を書いた記憶がある。作文の内容はサッパリ覚えていないけど書いたことだけ覚えているあたり、当時のおれにとってこのタイトルがいかに衝撃的だったかが良く分かる。

 

 

収録作一覧

「デラックスな拳銃」
「雨」
「弱点」
「宇宙通信」
桃源郷
「証人」
「患者」
「たのしみ」
「天使考」
「不満」
「神々の作法」
「すばらしい天体」
「セキストラ」
「宇宙からの客」
「待機」
「西部に生きる男」
「空への門」
「思索販売業」
「霧の星で」
「水音」
「早春の土」
「友好使節
「螢」
「ずれ」
「愛の鍵」
「小さな十字架」
「見失った表情」
「悪をのろおう」
「ごうまんな客」
「探検隊」
「最高の作戦」
「通信販売」
「テレビ・ショー」
「開拓者たち」
「復讐」
「最後の事業」
「しぶといやつ」
「処刑」
「食事前の授業」
「信用ある製品」
「廃墟」
「殉教」