電羊倉庫

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ジュディス・メリル編『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』〔古さも目立つけど良質なアンソロジー〕

 だいぶ昔にスタージョン目当てで上巻を古本屋で購入していた。そのまま読まずに本棚の肥やしにしていたけど、2022年に名作復刻キャンペーンで上下巻が新刊書店で入手できるようになったので「復刻されたことだし上下巻でそろえておこうかな」くらいの気持ちで下巻も購入。で、そこからもかなりの時間を経てようやく読み終えた。

 

 

『上』

 読んだことあった作品はレナルズのやつだけで、わりと新鮮だった。で、目的のスタージョンだけど、面白いのは面白かったけど、スタージョン特有の絶妙な説明不足がすこしだけきつかった。だいたいのことはわかるけど、ちょっとわかりにくい。ただ、スタージョンにしては珍しくどんでん返し的なオチがついていたのはなんだか嬉しい。かなり古い作品なだけに全体的になんともいえない読みにくさはあったけど、時の篩にかけられているだけにそれなりに良く出来た作品が多かった。

 個別でいくと「闘士ケイシー」はスラング感と不気味なような温かいようなラストが良い。「孤独な死」は絶妙に上手くいかない、けれど優しさがあって「賢者の贈り物」的なところがある。「跳躍者の時空」は猫SFだけど、やっぱり愛猫家のはしくれとしてはたまらないものがある。ちょっと違うけど『裏バイト』の公園のやつを思い出す「異星人ステーション」も印象深い。「時は金」は読んだことあって、やっぱり良い作品だなあと再確認した。皮肉がちくちく痛むけど、どこか突き放した感覚が心地よい。

収録作一覧

ウォルター・M・ミラー・ジュニア
「帰郷」
シオドー・スタージョン
「隔壁」
ゼナ・ヘンダーソン
「なんでも箱」
リチャード・M・マッケナ
「闘士ケイシー」
クリフォード・D・シマック
「孤独な死」
フリッツ・ライバー
「跳躍者の時空」
キャロル・エムシュウィラー
「狩人」
デーモン・ナイト
「異星人ステーション」
シオドー・L・トマス
「衝突針路」
マック・レナルズ
「時は金」
ロバート・アバーナシイ
「ジュニア」

 

『下』

 すげえ良かった。高打率。作家目当てで買った上巻よりはるかに満足度は高い。破綻した世界やある種のディストピア世界のような暗い雰囲気の作品と、会話劇を中心にした気軽なユーモアのある作品まで幅広い。

 個人的には競馬SFである「驚異の馬」が最大の収穫だった。設定はかなりB級SF的だけど、血統、競走とハンデ、民衆の熱狂とライバルたちの困惑、繁殖と競馬要素はかなりちゃんとしている。「マリアーナ」はちゃんとした作家による良質なディック感覚を味わえる。「プレニチュード」「浜辺に行った日」はどちらもある種のポストアポカリプスを題材にしているけど並べて収録しているのは比較の意図があるのかな。「率直フランクに行こう」はフランクをダブルミーニングで使っているのが小憎いほどうまい。すごく好き。アシモフやシェクリーのような著名な作家はもちろん、本書以外で名前が出てこないような作家でもかなり良い作品が多かった。すごくいい。「ちくたく、ちくたく、ケルアック」のタイトルは好きだけど内容はそんなに。「思考と離れた感覚」がイマイチだったわりに長いのもちょっと……。「ある晴れた日に」は好きだけど内容を理解できたのかと問われるとあまり自信がない。なんとなく好きとしか言えない。

収録作一覧

コードウェイナー・スミス
「夢幻世界へ」
マーク・クリフトン
「思考と離れた感覚」
フリッツ・ライバー
「マリアーナ」
ウィル・ワーシントン
「プレニチュード」
キャロル・エムシュウィラー
「浜辺へ行った日」
ブライアン・W・オールディス
率直フランクに行こう」
ジョージ・バイラム
「驚異の馬」
アルジス・バドリス
「隠れ家」
ロバート・シェクリー
「危険の報酬」
デーモン・ナイト
人形使い
アヴラム・デイヴィッドスン
「ゴーレム」
リチャード・ゲーマン
「ちくたく、ちくたく、ケルアック」
アイザック・アシモフ
「録夢業」
ティーヴ・アレン
「公開憎悪」
シオドア・R・コグズウェル
「返信」
シャーリー・ジャクスン
「ある晴れた日に」

 

 

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 上述の通り、スタージョンの短編が読めればそれでいいやくらいの気持ちで買ったけど、予想外に収穫の多いアンソロジーだった。特に「驚異の馬」はずっと探していた競馬SFにこんなところで出会えるとは……本当に意外性を含めて大発見だった*1

 上下巻のどちらが好きかというと、やっぱり下巻かな。単純に打率が高いというのもあるけど、「驚異の馬」のような作品を見つけられたのがかなり嬉しい。収録作品の傾向もバランスが取れているような気がする。上巻のベストは「時は金」かな。「隔壁」や「闘士ケイシー」も良かったけど、「時は金」が最もキッチリとまとまっている。下巻は……難しい。「驚異の馬」と言いたいところだけど「マリアーナ」の瞬発力や「率直フランクに行こう」のユーモラスな事態の加速も捨てがたいし、「危険の報酬」の高純度な娯楽も……うーん……いや、けど、好みも含めて「マリアーナ」かな。

*1:さっき検索してみたら競馬の終わり (集英社文庫)という純競馬SF作品があることも知った。いつか購入して読みたい。