電羊倉庫

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杉山俊彦 『競馬の終わり』〔競馬とSFが楽しめる暗く楽しい問題作〕

 待望の競馬SF。序盤の短文の連続(緊迫感を出したいわけでもないのになぜ?)に面食らって、正直試し読みもしないで買ったことをちょっと後悔したけど、それ以降はそんなことなくて安心した。よく「問題作」という評を聞くけど、これは確かに問題作としか言いようがない。決して傑作とはいえないけど駄作ということは絶対にないけれど良作かと問われると……うーん……良作、というとちょっと足りないし佳作といえるほど優等生ではないわけで……と、煮え切らなくなる。競馬という競技の問題点をやや露悪的(ゆえに正しいとは言い切れない)に描いているという点でもちろん「問題作」だけどロシアに関する昨今の事情がより「問題作」感を増させている。

 競馬SFとしては「驚異の馬」以来の二作目だけど、これは競馬SFというより競馬とSFな作品だと思う。SFの部分が競馬とそれほど関係していない。SF的な未来世界の中での(距離やレース場等に違いがあるとはいえ)従来の競馬が描かれていて、SFが競馬に入り込む一歩手前で物語は終了する。そういう意味ではバイラム「驚異の馬」のほうが(古典的ミュータントSFであるとはいえ)競馬SFとしては純度が高い。ただ、だからこそSFしか知らない人とか競馬しか知らない人でもけっこう楽しめる作品になっている、と思う。

 おれがこの小説をわりと気に入ったのはSFがかなり好きで競馬がちょっと好きというレベルだからかもしれない。あと薄暗い文体がディックや山野浩一的でもあるし場違いですらある暗いユーモアも相まって文章は好きと嫌いのはざまにある。その日の体調によって好きと嫌いが変わりそう。

 個別の描写を二つほど。P220からなんか陰謀論みたいな話になってきたけど、このあたりがキチンと明かされないところがSFよりも競馬小説に寄っている由縁かなとも思う。

 三日に一度くらいこんな発言をするのだが、笹田も園川も、街を徘徊する老人を見るように、ああまたかという表情を浮かべる。そして三十分か一時間経ったあとで奇怪な発言を思い出し、身を震わすのだった。恐怖には瞬間的なものと、時間差をともなうものがある。甘味はすぐに感じるが、辛味は遅れてやってくる。
(P225)

このテキストが好き。

 サイボーグ化が正しいことを皮肉に描いているとはいえ、そのラストはなんだかちょっと納得いかないというかもっとカタルシスが欲しかった。あといくらなんでもポコポコ死にすぎなのもちょっとなんだかなあ。ちなみに硬い馬場が事故のもと、という統計的なデータはない(JRA競走馬総合研究所『競走馬の科学』)らしい。高速化が予後不良を増加させているというのもよくきく話だけど、統計/走行理論的にはどうなんだろう。調教技術や動物医療の発達によって少なくとも死亡に至るような事故は減少しているようなイメージがあるんだけど……。