電羊倉庫

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江面弘也『名馬を読む2』[世家、列伝など。周縁事情、馬の関係性、時代、個性]

 一作目から続いてこちらも読破。前作は時系列順に書かれていたけど、今作はそういうわけではない*1から、前作に比べると競馬史の流れを体験するという要素は薄い。ただ特に一章と三章は「時代の流れ」が重要な要素になっている個所もあって、日本競馬史の知識を全く得られないとということはない。個別の読み物的な面白さでいえば今作のほうが上かな。中でも四章は名は体を表す通りバラエティ豊かに特異な生涯が紹介されている。ただ、特に二章は複数の馬を取り扱うこともあって馬自体の描写がやや希薄なところもあり、後述するけど前作にはあまり見られなかった批判的な描写もある。

 一章ではタマモクロスが印象的だった。この章はタイトルの通り血統と生産牧場を添えて競走馬を紹介しているのだけど、競走馬の華の一つである「血統」と比較的裏方に回りがちな「生産牧場」についてタマモクロスが最も象徴的というか、ある意味ではトウショウボーイと真逆だけど同じ位置にいるというか。「生産牧場」のことはウマ娘で取り上げられていたから知ってはいたけど、もう少しだけ廃業を待てていれば……と思わずにはいられない。もちろん、一頭の活躍だけでどうにかなる財務状況ではなかったのだろうけど……。

 二章はグリーングラス。ライバル関係はウマ娘でもクローズアップされることが多いからこの章は特に楽しめた。これは競馬に限らないけどTTGやBNWのようないわゆる三強、ほかにも四天王、二強のような枠組みはやっぱり盛り上がる。けれどグリーングラスはやや特殊というか、「自分のほんとうのライバル」が何を指しているのかはとても示唆的な気がする。著者が思い入れが文章に滲み出ているところも良い。

 三章はミホノブルボン。業界の常識の移り変わりはそれこそ自分のような別媒体から入った人間はもちろん、単純に最近触れ始めたファンも肌感覚として理解するのは難しいはずで、中でも一昔前は人も馬も毀誉褒貶激しい。けれど、それも何かを「変える」ときに起きているから、時代の変革はそういうものかなあ。ミホノブルボンが坂路トレーニングの結晶というのは知っていたけど周縁事情は知らなかった。ミホノブルボンが厩舎に来た時点で戸山師は癌を患っていたとか、菊花賞での本当のライバルはキョウエイボーガンだったのかもしれない、とか。

 四章はサイレンススズカ。あのわかりやすい速さはおれみたいな素人にもとても魅力的で、やっぱり武騎手が乗って以降の大逃げの印象が強く、ウマ娘のアニメもゲームもどちらかというと大逃げ期に焦点を当てている。それだけに、それ以前の正攻法で強い馬にするための努力について書かれたこの本はちょっと大げさだけど目から鱗だった。そういう未来というか、そういう個性にもなりえたのかなあと思ってしまう。もちろん、予後不良の原因が大逃げにあったとかそういうことではなくて。

 あと、前作に比べてより著者の意見が比較的強く、特にステイゴールドの顕彰馬選出への言葉は選考で得た票数を考えるとたぶんかなりの嫌味だ。あまりこの辺の話を信頼しすぎるのは良くないけど、ネットでもステイゴールドはレース成績や種牡馬成績のわりに低く評価されているみたいなことを言っている人もそれなりに見かけたから著者の個人的な意見じゃなくて、比較的広く見られる意見じゃないかな。その辺を含めて、前作で取り上げていた顕彰馬というシステムには賛否両論があるみたいで、おれには口を出す資格(相応の知識も思い入れ)はないけれど、もう少しなんとかならないのかなあ、とは思う。

 

 

収録内容

《第一章 血統と牧場の物語》

トウメイとテンメイ
タニノムーティエ/タニノチカラ
ハギノトップレディ
ミホシンザン
タマモクロス
ビワハヤヒデ
セイウンスカイ
シンボリクリスエス
アグネスタキオン

《第二章 ライバルの競演》

タケホープ
グリーングラス
ホウヨウボーイ
イナリワン/スーパークリーク
スペシャルウィーク/グラスワンダー
ジャングルポケット/クロフネ/マンハッタンカフェ

《第三章 時代の変革者たち》

ダイナカール/ダイナガリバー
カツラギエース
ニホンピロウイナー
ミホノブルボン
ホクトベガ
ヴィクトワールピサ

《第四章 愛すべき個性》

サクラスターオー
メジロパーマー
ライスシャワー
レガシーワールド
サイレンススズカ
ステイゴールド
メイショウサムソン

*1:章内で紹介される競走馬はおおよそ時系列順になっているけど、章間では時系列順に並んでいるわけではない