電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』感想

まずは、まだ観てない人のためにほとんどネタバレなしの感想。

・すげえ。

・レースが多い!

・風を切り地面踏みしめる足も血沸く肉躍り失意のどん底に叩き落すBGMも歓声浴びる喜びも幻影に苛まれる苦悩に満ちた声も、音! 音! 音! 音! 音!

『ハードコア』みてえな視点、外連味抜群に崩れて整ったレース作画、心情とリンクする色彩、意味深長に作られた背景、人物の配置とバックボーンの意味、濃厚な映画体験。

・おれはタナベトレーナーになりました。

・すげえ好き。ポルノグラフィティ「オー! リバル」くらい好き。

・まえが『三国志』なら、きみは『ヒストリエ』。

・情報が多すぎて追いきれん。けど楽しい。解説読んでから再視聴すると意味が分かる。意味が分かるとおもしろい映画。意味面。

・パンフレットは費用対効果抜群。もう一回見るときのために買え。買ってください。

・すげえ好き。エリスン「死の鳥」くらい好き。

力石徹の幻影≒もう絶対に越えられない壁への劣等感に苦しめられる矢吹丈

・初見でも絶対に楽しい。『トップガン』観てなくても『トップガン マーヴェリック』は面白いし『ゴジラ』観てなくても『シン・ゴジラ』は楽しいようなもの。基本は少女の成長を描いたジュブナイルで王道のストーリーだし、競技はつきつめれば駆けっこで複雑なルールはない。精密に理解できなくても楽しく観れるように作られている。もし気になるなら公式Xが上げている用語解説を読めばそれで充分。少なくともアニメが好きなら絶対に楽しめる。ちょっと調べたり前作を見たりすれば解像度があがりより面白くなるけれど、それは時間をおいてレンタルなりサブスクなり円盤購入なり劇場で二周目(MX4D、4DXもあるよ!)なりでも大丈夫。

・公式Xの用語解説はこちら

・もっと見たい。まだ三回(2024/06/12現在)しか観てない。もっと見たくて禁断症状おこしそう。映画館で映画観るのが好きになりそう。

・観てください。お願いします。

 

 

 

以下、ネタバレありの感想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっげえ面白かった。ほんと、マジですごい。音が、映像が、シナリオが、心を揺さぶる。むかしKing Gnuの衝撃をエリスン「世界の中心で愛を叫んだけもの」に例えたことがあったけど、『新時代の扉』は「死の鳥」くらい好き。カッコ良くて、間接的な情報で意味を伝えてくれて、冷徹だけどヒューマニスティック。「そうそう、おれはこういうのが観たかったんだ」という欲求を十二分に満たしてくれたという意味ではポルノグラフィティ「オー! リバル」を聴いた時の感情に近い。「brava!」

 物語は全体的にアプリの育成シナリオっぽいところがある。発達途上の主人公が挫折栄光を味わい先輩ウマ娘とトレーナーに導かれ、苦悩しながらも答えを見つけて最大のライバルにそれを突き付ける。ハイテンポで挿入されるレース、そしてレースの走りによって他のウマ娘に良い影響を与え大団円へとたどり着く。ウマ娘の正道そのもの。

 スパートの演出はどれかというとメインシナリオに近い。特にタキオンとフジはゲームにおける固有スキルの発動演出を取り入れている。高速のスポーツなだけにスローに描かれる時間は特別感がある。レース中の必死の形相はアニメ二期とRTTTから連綿と引き継がれてきた*1スポーツ作品としての表現で、本作でもいかんなく発揮されている。アニメとゲームの良いとこどりで、劇場版一作目にふさわしい素晴らしい完成度だった。

 レースがめちゃくちゃ多い。思い出すための縁に列挙しておく。但し、それなりに描写のあったレースのみで作中の呼称にあわせる。

弥生賞フジキセキ)→ホープフルステークス有馬記念(オペラオー)→弥生賞タキオン)→皐月賞東京優駿菊花賞→河川敷のレース→ジャパンカップ

 全部がフルで描写しているわけではないけど、これだけやって100分ちょっとなのはすごい凝縮具合だと思う。単純にアクション作品として質が高い。そしてレース中の音が素晴らしい。風を切る音や競馬場特有の足音や歓声、自分がいま走っているんじゃないかと錯覚するほど真に迫っている。これを味わえるだけで映画館に行く価値はある。

 劇場に足を運んだらとにかくパンフレットを買ってほしい。映画の内容を思いだす縁になるし、なにより製作陣の対談は作品理解に欠かせない。どこまで内容を書いていいかわからないからふわふわした表現になるけど、タキオンの瞳の非人間性と似姿としての『あしたのジョー』の話は必見の価値がある。

プリズム

プリズム

 ポッケは直情型で豪胆そうだけど意外と繊細複雑でわかりにくいところがある。ダービーの咆哮の意味をフジもタナベも理解していないし夏合宿の不調をダービーの疲れが残っているくらいにしか思っていないっぽい。ダービー後の不振はこのへんの相互不理解が原因という風に描写されていて、そこから復活させるための要素が原点だったフジキセキ。そしてそのフジキセキがポッケからどれだけのものを受け取っているかが同時に描かれる。相互に影響を及ぼすこと、そして始点という意味では対比的な構造が本当に素晴らしい。

 これはポッケに限らないんだけど、本作は心情描写を台詞として口にすることがかなり少ない。だからおれたちは彼女らの心情を、その表情や声色、そして風景の色味やBGMから読み取らなければならない。純粋な娯楽として質が高いからこそできる演出なんじゃないかなと思う。

 ちなみに夏合宿でプリズムを上に投げた時、頂点でガラスに当たるような音(金属音)がするのは見えない天井(身体的/精神的な壁)にぶち当たっていることの暗示なんじゃないかなと思っている。ラスト前の地下馬道では同じ挙動をしているけど鳴ってないのはそういうことじゃないかな。

 フジキセキジャングルポケットの関係性はテレビアニメ一期のスペシャルウィークサイレンススズカのそれに近い。フジはずっと楽しそうに走ってる。弥生賞でも河川敷のレースでも、自分の能力の高低とは関係のない笑顔があまりにもまぶしい。それこそ走ることへの感覚はサイレススズカに近いという解釈なんじゃないかな。タキオンの描写を含めてメインストーリー第一部五章「scenery」の補助線(もちろん逆も可)としても機能している気がする。

 

 以下、メモに近いちょっとしたことを箇条書きで吊るしておく。

・「新時代の扉を開いたのはジャングルポットオン」がすごくすごい。

・幻覚のポッケは口元がちょっとタキオンっぽい気がする。

ジャパンカップにおけるシニア組へのポッケの感嘆は主要キャラのほとんどがクラシックならではのもの。

・タナベトレーナーの説諭の声色があまりにも優しい。内臓が抉られる。フジとの関係性が良すぎる。はらわたが燃えそう。

・レースで忘れがたいのは皐月賞タキオンの絶望的な強さと破綻が遺憾なく描写されている。

・無期限停止宣言後ポッケに問いただされたとき、一瞬だけタキオンが顔を背けてる?

・同じものを見ているけど受け取り方に差異がある。特にポッケとフジ。このすれ違いは夏祭りでピークを迎える。

タキオンのプリズムはずっと窓辺に飾られてる。プリズムを手放してはいないけれど身に着けずに飾っている。宙ぶらりん、観測者、憧れと焦燥の象徴的表現じゃないかな。

・ネガティブな意味ではなく、うそつきが多い物語。もしくは役者か。

・レースという非言語コミュニケーションをとるウマ娘たち。

・夏合宿からダービーにシームレスで移り変わるシーンが『ヘレディタリー』みたいでちょっと怖かった。いや、『ヘレディタリー』以外でもこういう演出はあるんだろうけど、おれはあれでしか見たことないから……。

以下、4DXの感想(2024/06/23追記)

・すごくたのしいアトラクション。週に一回でかなり痩せそう。

・匂いは珈琲の香りとかがあったらしいけど、よくわからなかった。

・水は「おっ、やっぱり来たぞ」と王道のところから「えっ、ここで!?」と意表を突くところまである。

・両サイドと正面の光の演出は思ったより控えめだったけど映画の内容を良い感じに補強してくれていたと思う。

・唯一の不満は送風ファンの音がちょっとうるさかったことくらい。

ジャパンカップはマジで振り落とされるかと思った。ウマ娘でこれなら『トップガン マーヴェリック』は座席が一回転とかするのでは……。

 

 極めて情報の多い作品でおれが見聞きした範囲でも「シダレヤナギの比喩」「まばたき」「夏祭りで頻出する不協和音」「ダービーの爽快感の薄さ」「二種類の咆哮」「タナベのサングラス」「フジが飲み物をあげる/もらう」「相似形としてのタキオンとフジ」「散らかった部屋という心象風景」「オペラオーという答え」等々読み解けるパーツは山ほどある。この辺はネットで解説してくれている人がけっこういるからぜひ検索してほしい。個人的には嘉月なを@メジステさんの感想REONの逃げ場さん主催のトークが特に面白かったからおすすめ。

 噛んでも噛んでも無限に味がする作品。しかもめちゃくちゃ旨い。だから、本当に観てほしい。

 

 

 

 以下、ちょっとマイナスな話題とそれに対する個人的な解釈。

 おれはめちゃくちゃ面白かったけど不満もそれなりに目にする。その中でおれが説明できそうなものを二つほどピックアップした。

 

・勝つ理由がわからない

 レースシーンはかなり多めで非常に楽しい反面、ネットではこういう反応も見かけた。これは前作で世界観を共有している『ROAD TO THE TOP』と比較しているところもあると思う。トプロは映像化作品の中でも割と作戦やトレーニング方法をトレーナーと共有するタイプであるのに対してポッケはそういう話をほとんどしない。作中のウマ娘が(というか主にポッケが)頭脳派=意識の言語化が得意で無いのが理由の一つだろうなあ。ウマ娘は基本的にみんな考えながらレースをしていて、それを言語化するか否かが頭脳派らしくみえるかどうかの違いだと思う。

・カフェとダンツの描写が薄い。

 これは確かにその通りで特にカフェの菊花賞はもうちょっと描いてくれても……というのは否めない。これは上に挙げた嘉月なをさんの感想でも言及されていたけど主人公としての焦点をポッケに絞っていたからというのはありそう。

 描写のタイプで言えば『ROAD TO THE TOP』は横山光輝三国志』に近い。三つ巴のキャラクターを濃淡こそあれ広く描いている。純粋に描写量で例えるならトプロは蜀、アヤベは魏、オペラオーは呉*2という感じ。主人公は蜀だけどほかの国の描写にも注意を払い三つ巴感をだしている。時代を俯瞰で描写しているともいえる。

 それに対して『新時代の扉』は岩明均ヒストリエ』に近い。おれは地中海世界に詳しいわけじゃないからネットで聞きかじったことを垂れ流すけど、『ヒストリエ』は詳しく描写するキャラクターを主人公であるエウメネスに関係の深い人物に絞っているらしい。歴史的に言えばプトレマイオスやカッサンドロスのほうが重要だけど、彼らよりもレオンナトスやペルディッカスの描写が多い。そういう意味で、こちらは評伝のスタイルに近い。

 

 この二点に共通するのは『ROAD TO THE TOP』から期待していたものとのズレだ。いや、カフェに関しては広告の打ち方がちょっと悪いのはあるけど……ともかく前作にあったものが本作にはない、というのはそれなりにストレスになるはず。なぜならたいていの人は前作から次回作を期待するからだ。だからこの辺の不満点は良し悪しの問題とかじゃなくて、期待していたものが出てこなかったことへの不満だから、それなりに正当性があるしもう仕方ないものだと思う。おれがこれだけ『新時代の扉』を楽しめたのはいろいろ諸事情があって『新時代の扉』へのモチベーションが低く先入観がほぼなかったから、というのもあるだろうからだ。

 ただ、不満に思った人も色々感想とか読んでみると感覚が変わることはあると思う。もしこの文章を読んでそんな風に気持ちが切り替わってくれたのならこれ以上ないほど嬉しい。そうでない人もネットにはやまほど感想が落ちているからその辺をぜひ読んでみてほしい。きっと目先が変わるはずだ。せっかく観たのだし、これだけ良い作品なのだからプラスの方向に感情を揺さぶられてほしいのは本当だから。

*1:漫画作品を入れるならここに『シンデレラグレイ』がはいる。

*2:実績で行くとトプロは劉備、アヤベは孫堅、オペラオーは曹操になる。