電羊倉庫

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フィリップ・K・ディック『髑髏』[異文化と戦争]

 収録作の一部は既読。ダーク・ファンタジー・コレクションの第十弾として刊行されているけれど、『人間狩り』よりもホラー色は薄めでファンタジー要素もそれほど多くない。ややマイナーな作品が多めに収録されていることを含めてディック拾遺集という印象がある。

 

「髑髏」(The Skull)翻訳:仁賀克雄

 かなり古典的なタイムパラドックスSFだけど、キーアイテムが髑髏というのが印象的。メインの主張はガンジー+原始共産主義っぽく、前者はともかく後者はちょっとどうかと思うけどひっかかるのはそれくらい。結構良く出来た作品だと思う。ディックの物理的タイムトラベルによるタイムパラドクスものという意味で「時間飛行士へのささやかな贈物」の鼓動も感じとれる。

 

「奇妙なエデン」(Strange Eden)翻訳:仁賀克雄

 印象的なタイトル。簡潔でどこか乾いた会話で物語が進む。時代柄というのもあるのだろうけど、ディックの性的関係の描写がなんか嫌だ。関係の持ち方がなんともいえず気持ちが悪い。ある種のファム・ファタールSFではあるけど、同じ題材だったらティプトリーの方が圧倒的に上手いと思う。まあ、ティプトリーと比べるのはいろいろな意味で間違っているのかもしれないけど。

 

「火星人襲来」(Martinans Come in Clouds)翻訳:仁賀克雄

 なんともいえない物悲しさがある作品。火星人の侵略という陳腐に片足を突っ込んだ設定をP72-73で描いているような弱々しい切実な願いで表現しているのはけっこう好き。こういうタイプの異星人はディックにしてはわりと珍しい気がする。

 

「トニーとかぶと虫」(Tony and the Beetles)翻訳:仁賀克雄

 悲しい。前作と地続きの題材をテーマにしているけれど、立場が逆になっているともとれる。現実の歴史における植民地や白人と黒人の関係がベースにしているらしく洋の東西を問わない普遍性がある。やっぱり人種問題を扱うときのディックは危うげがない。

 

「造物主」(The Infinites)翻訳:仁賀克雄

 上位存在(?)。オチのための前振りがキチンと機能している。やや脱力するかもしれないけど、個人的にはこれくらいのハッピーエンドの方が好き。密室アクションで読むのが楽しい。絶対関係ないけど、特にディスクで攻撃している場面で荒木飛呂彦ストーンオーシャン』を思い出した。

 

「植民地」(Colony)翻訳:仁賀克雄

 模造。物体をコピーする異星生物ディック作品に頻出の生き物だけど、明らかな害意をもっているのはわりと珍しいかな。ラストで編み出した解決方法は映像的に考えるとB級SF感がすごいけど、暗くて静かな空間が意味するところは残酷でもある。乾いたオチの文章が印象深い。

 

「生活必需品」(Some Kinds of Life)翻訳:仁賀克雄

 台本形式に近い会話劇に終始している作品。やや典型的ではあるけれど戦争という理不尽を皮肉交じりに描いている。良い作品。これを「ウォー・ヴェテラン」の直前に置いているのは構成の妙だと思う。

 

 

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 冒頭に書いたようにディックのややマイナーな作品が多めに選ばれている印象があるけれど、解説によると『ウォー・ヴェテラン』(現代教養文庫)に収録された作品を中心に組まれているらしく、収録内容がレーベルのテーマにあっていないのはそれが原因なのだと思う。収録作の傾向としては異星人を題材にした作品が多く、そういう意味ではSF色は強めかな。また、異星人との接触に伴う戦争も重要なテーマとなっていて、ディックの反戦思考が色濃く表れている。ちなみに「ウォー・ヴェテラン」はけっこう訳文が違っていて、人名の「V」を省略していたのが印象に残っている。

 ベストは「造物主」かな。単純にアクションSFとして読んでいて楽しかった。

 

 

収録作一覧

「髑髏」
「奇妙なエデン」
「火星人襲来」
「消耗品」*1
「トニーとかぶと虫」
「矮人の王」*2
「造物主」
「根気の良い蛙」*3
「植民地」
「生活必需品」
「ウォー・ヴェテラン」*4

*1:別題:「消耗員」

*2:別題:「妖精の王」

*3:別題:「不屈の蛙」

*4:別題:「歴戦の勇士」