イスラエルに続き非英語圏SFアンソロジー。前作(?)と比べてページ数がかなり減っていてちょっと心配になったけど、前作に負けず劣らず良いアンソロジーだった。
全体的にディストピア的で雰囲気は暗いけど主人公たちはどこか前向きで救いがたい物語が少ないのは「はじめに」にある通り。映像的な作品が多いのはアーティストとのコラボ企画作品が原型だからというもあるのかな。「社会工学」がまさにそうなんだけど、取り繕われた表面とその下に広がる無残な光景が拡張現実SFとして結実しているのは、やっぱりギリシアの歴史の栄衰が強く影響しているのだろう。近年の経済危機を絡めた作品も多くて、現代ギリシアSFの精華という印象。ただ、古代地中海世界を舞台にした……例えばスチームパンクとか歴史改変SFとかそういうのも読んでみたかった。まあ、おれは岩明均作品くらいでしかあの辺の歴史を知らないニワカなんだけど。
ショートショート以上短編未満くらいの作品が多いけれど、どれもアイディアの提示に終わらないオチのついた物語になっているのも好印象。テンポよく読めてとても楽しい。ちょっとした一工夫(というよりささやかなお遊び?)もあって、「バグダッド・スクエア」は収録作品の内容を上手く内包しているけど、原形のコラボ企画作品で同時に収録されているからなのだろう。なんだったら本アンソロジーのトリを飾っても良かったんじゃないかなとも思える。「アンドロイド娼婦は涙を流せない」は設定とタイトルからディックの名品二作を思い出すけど、構成的にはどちらかというとエリスン「死の鳥」を思い起こさせる。ちゃんと意味が分かったかはとちょっと微妙だけど、とても好きな作品。「われらが仕える者」はシチュエーションがわかるようなわからないようなところもあるけどラストシーンの切実さと哀しさが胸を打つ。「わたしを規定する色」も凄く好きだけど、モハンマドという魅力的なキャラクターがあまり活かされていないのが残念。というより、ディクスン「時の嵐」みたいに長編や連作短編集の一部じゃないかな……というかそうであってほしい。この世界観の物語をもっと読んでみたい。
ベストは難しいけど「いにしえの疾病」かな。題材的には珍しくはなくてある程度オチも予想がつくけど、世界観と展開の妙がたまらない。キュベレーと聞くとMSを連想してしまうけどギリシア神話の女神の名前らしい。とすると、聖なる山や遺物、それに地下の病院という設定も含めてギリシア神話に題をとっていたりするのかな。
収録作一覧
ヴァッツ・フリストフ
「ローズウィード」
コスタス・ハリトス
「社会工学」
イオナ・ブラゾプル
「人間都市アテネ」
ミカリス・マノリオス
「バグダッド・スクエア」
イアニス・パパドプルス/スタマティス・スタマトプルス
「蜜蜂の問題」
ケリー・セオドラコプル
「T2」
エヴゲニア・トリアンダフィル
「われらが仕える者」
エヴゲニア・トリアンダフィル
「アバコス」
ディミトラ・ニコライドウ
「いにしえの疾病」
ナタリア・テオドリドゥ
「アンドロイド娼婦は涙を流せない」
スタマティス・スタマトプロス
「わたしを規定する色」