電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

最近見た存在しない映画(2023年12月)

と、ある日の二人(2025年、日本、監督:池地ツナ、88分)

 原作にある独特の雰囲気が十二分に活かされた映画。個人的にはアニメで観たかったけど実写でこれほど原作再現ができているのはすごい。「と、ある日のわたしとタケル」「と、ある日の僕のひも」のみを原作とした作品だけど、なぜか『培養肉くん』のキャラクターがカメオ出演(?)している。いや、おれは好きだから嬉しいけど、それよりもほかの「と、ある」系統の作品と繋げたほうが良かったんじゃないかなあ。

 短編二作品だけではもちろん尺が余ってしまうからそれなりに膨らませているけど、決して過剰でも不足でもなく原作の良さを消してはいない。おれが原作を読んだのはハヤカワのアンソロジーだったんだけど、この二作品は読む順番によってかなり読み味が変わると思う。おれは「と、ある日の僕のひも」から読んで、この映画も「と、ある日の僕のひも」が先に描かれている。ぜいたくを言うなら逆側から読んだ時の感動も味わえるような仕掛けがあったらなお良かった。

 なんだか表現に困ってしまうけど、たまらなくなってくる。そんな映画。

《印象的なシーン》医師を照らす灯。

 

 

闘(1992年、アメリカ、監督:ジェイソン・スタローン、105分)

 単純明快アクション爽快娯楽。男たちがひたすらタイマンで殴り合っているだけの映画だけど、闘い方に創意工夫があって飽きない。外連味のある構図でぐるぐると動き回る画面は戦う男たちの挙動と連動しつつ、ときには観客が望む構図を裏切り頭をぐるぐると掻き混ぜてくる。なのに不思議と疲れは感じない。

 但し、単純明快なのは物語の構図だけで、設定は複雑……というより奇妙奇天烈だ。現代アメリカの孤島の刑務所という典型的な空間から始まった物語は、ほとんど説明もなく突然剣と魔法のファンタジー世界へと飛翔し、蒸気機関車ひしめくスチームパンクSFへと転がり込み、やがて幾重にも張り巡らされた人間関係が引き起こす殺人事件が目の前に広がる。こういう書き方をすると小難しそうな映画に思われるかもしれないけど、決してそんなことはない。どんなに奇をてらっても結局のところ男同士の殴り合いへと収束するのは変わらないからだ。

 主人公は一応スティーブということになっているけど群像劇的で個人的にはリッキーが印象深い。この政界にしては、という但し書きがつくけどかなり頭脳派で多少なりとも自分が置かれた状況を利用して有利に立ち回ろうとする努力にはどういうわけか感動させられてしまった。まあ、相手が相手だからあまり意味はなかったんだけど……。

《印象的なシーン》物理的に燃える拳を交わし合うエディとトレバー。

 

 

メビウス(2027年、日本、監督:今井八朔、93分)

 壊れたぬいぐるみ、優しい青年、見当識を失った老人の三視点から物語られる永劫メビウスの輪。三者三様の哀しさの物語。年齢も性別も生物としての種類もすべてが違っているけど、ある種の幼さだけは共通している。形式としてはオムニバスに近い。

 壊れてしまった大きなぬいぐるみが「ぼくの名前を教えて!」とガザガザの音声で呼びかけ、それをゴミ捨て場に置き去りにしなければならない少年と手を引く母親の対照的な表情。台詞がないのがこれ以上ないほど効果的で胸をえぐられる。光輝く青春とは無縁だけど、それでも寄り添い生きることを選択した二人が破綻していく。それが単なるメロドラマとして消費されてしまうのには胸を締め付けられる。もうここがどこなのか相手が誰なのかも理解できず、唯一夕方のチャイムが連想させる幸せな記憶だけは思い出せる老人が消えゆく命が吐き出す重い謝罪の言葉。言葉にならない。

 おれは哀しくなる映画はあまり好きではないからメインターゲット層ではなかったけど、それでも忘れがたいものがある。泣かないで。「名前」を教えて。

《印象的なシーン》頬を流れる涙。

メビウス

メビウス

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偉大なる夢(2023年、日本、監督:平井浩史、98分)

 うん? えっ、これ2023年の映画なの? いや、映像技術的には間違いなくそうだよなあ。マジか……いやもちろんフィクションだからあんまり煩いこと言うつもりなかったけど、これはいくらなんでも……。

 という反応はある意味正解だった。原作は江戸川乱歩の同名小説で、二次大戦末期に書かれた(書かされた?)戦意高揚小説らしい。だから現代の倫理観では「いや、それはちょっと」というのがけっこう出てきて、普通ならその辺を除去して現代風にアレンジして映画化するところだけど、本作は話の筋から年代設定までほとんどそのまま原作のものが用いられている。面白いのは映画技術は現代的で映像的にも音声的にも演技もすべて現代的なところで昔の映画のリマスター版を見ているような感覚が近いかな。

 構造を逆手にとって時代への批判性を盛ると『鉄の夢』になるのだけど、この映画にそんな要素はカケラも存在しない。本当にあるがままの原作を映像化している。ある種の実験映画ということになるのかな。変わり種のモキュメンタリーといえなくもない。種々の問題を無視すればそれなりに楽しい映画。まあ娯楽でいいんじゃない?

《印象的なシーン》告白する青年。

 

 

害虫駆除(2029年、日本、監督:真崎有智夫、18分)

 良く出来た作品だった。冒頭のクイズ表現がラストでもう一度繰り返されるのにはゾッとした。この手のショート映画は良くも悪くも平均的な作品が多いけど、これは本当に突出している。もう少し捻って展開を作れば長編映画にもできそう。間違いなく傑作。本当騙されたと思って観てみてほしい。

《印象的なシーン》「害虫を駆除しに行くのさ」