電羊倉庫

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江面弘也『名馬を読む3』[バラエティ豊かな名馬たちと最新の顕彰馬キタサンブラック]

 これでこのシリーズの既刊はすべて読破。構成は二作目とほとんど同じだけど、五章だけはキタサンブラック単体の小伝になっている。

 一章ではカブラヤオーが印象的だった。菅原騎手がテスコガビーカブラヤオーのどちらを選ぶか迷ったときに、茂木師が助言して他厩舎のテスコガビーに乗ったエピソードが好き。ちょっとおおげさなのかもしれないけど、むかしながらの男気という感じがしてカッコいい。カブラヤオーは前巻の四章にいても不思議ではないくらいの個性派で極端に他馬を恐れるカブラヤオーの性格を隠し通した、というのは字面以上に大変だったはずで、陣営の苦労がしのばれる。

 二章はブエナビスタ。34回エリザベス女王杯が波乱だったのは知っていたけど、ブエナビスタがそんなに物凄いスピードで上がってきたとは知らなかった。ジャパンカップで復活して有馬記念で敗北して終わるところがちょっと父親っぽくて好き。この章は牝馬を取り扱っているけど容姿端麗な馬から見た目は貧相ながら牡馬に勝るとも劣らなかった馬、牡馬には勝てなかった馬と性別で区分してもバラエティ豊かで面白い。

 三章はダイユウサク。めちゃくちゃ楽しそうに書かれた10ページ弱の文章の中にこれでもかとばかりに詰め込まれたエピソード群。伝説の有馬記念ののちは掲示板に乗ることもなく引退したことを含めてあまりに完璧に出来上がった物語は競馬の神様が微笑みながら手を加えたんじゃなかと思えるくらいだ。三章は「はじめに」にも書かれている通り、筆が乗っていてどの名馬の物語も明るくて楽しげだ。特にゴールドシップ「まだ猫を被っていたのかもしれない。」(P159)はちょっと笑ってしまった。

 四章はサクラバクシンオー。ここまで名は体を表す馬も珍しいと思う。やっぱり全演植さんへの小島太騎手の想いが印象的。なんとなく「短距離に関しては最初から最後まで無敵だった」というイメージが先行しすぎてて順風満帆の競争生活だったと思い込んでたけど、デビュー前は脚の不安に悩まされ、そして晩成型でもう一年現役を続行していれば更に評価が上がっていた、と意外な記述も多かった。別の場所で耳にした「バクシンオー以降スプリント路線の整備が進んだ」という話もデュランダルロードカナロアの戦績を見ると納得できるところがある。

 五章はキタサンブラックの小伝。全四話で牧場での誕生から育成公社や優駿ステーブルでのトレーニング、そしてクラシックから古馬までのレースの概要が述べられている。50ページ弱と短編小説程度の分量でまとまっていて、周縁事情もキタサンブラックのレースの模様も過不足なく知ることができる。三話までは出だしが統一されているのも洒落ている。

 周縁事情なら黒岩騎手が北島三郎さんに招かれて引退セレモニーに参加する場面、本馬のことなら多くの人に「初めて」をもたらし名馬としての第一歩となった菊花賞が印象的。無敵ではないけど素晴らしいとしかいいようのない戦績も絶妙な血統の物語も馬主が日本一の演歌歌手であるという周縁事情も、とてもドラマチックでリアルタイムで観ていたら相当楽しかっただろうなあ。

 ちょっと本筋からズレるけどシュガーハートに付けた時点でバリバリに高い種牡馬だったのかと思ってたから、キタサンブラックの活躍でブラックタイド種牡馬の価値が上昇したとは意外だった。なにせディープインパクトの弟ということしか知らなかったから……。有名な話らしいけどかなり安い馬だったのも知らなかった。

 このシリーズを通して、日本で有名な馬はそれなりに知ることはできた。もし同じスタイルの本を買うなら評判が良さそうなアイドルホース列伝 1970–2021 (星海社 e-SHINSHO)かやや値が張るけど60YEARS 名馬伝説〈上〉―スーパーホースたちの栄光と遺産1994‐2014の当たりに手を出してみたい。もしくは「キタサンブラックをつくった男たち」のような一頭の馬を追いかけた伝記スタイルの読み物のほうが性に合っているような気がするからそちらにするかも。あとは名馬の物語ではなく、たとえばレース体系の変化や血統/調教/騎乗の理論の変遷といった日本競馬史をまとめた本があるのなら手に取ってみたい。

 

 

収録内容

《第一章 人とダービー馬の話》

ヒカルイマイ
カブラヤオー
ウイニングチケット
ネオユニヴァース
キングカメハメハ

《第二章 きれいな牝馬は、好きですか》

タマミ
シスタートウショウ
ヒシアマゾン
メジロドーベル
スティルインラヴ
ブエナビスタ

《第三章 この馬、予想不可能につき》

カブトシロー
ギャロップダイナ
ダイユウサク
ヒシミラクル
ゴールドシップ

《第四章 「最優秀短距離馬」という勲章》

メイズイ
ニッポーテイオー
サクラバクシンオー
デュランダル
ロードカナロア
《第五章 キタサンブラックをつくった男たち》

江面弘也『名馬を読む2』[世家、列伝など。周縁事情、馬の関係性、時代、個性]

 一作目から続いてこちらも読破。前作は時系列順に書かれていたけど、今作はそういうわけではない*1から、前作に比べると競馬史の流れを体験するという要素は薄い。ただ特に一章と三章は「時代の流れ」が重要な要素になっている個所もあって、日本競馬史の知識を全く得られないとということはない。個別の読み物的な面白さでいえば今作のほうが上かな。中でも四章は名は体を表す通りバラエティ豊かに特異な生涯が紹介されている。ただ、特に二章は複数の馬を取り扱うこともあって馬自体の描写がやや希薄なところもあり、後述するけど前作にはあまり見られなかった批判的な描写もある。

 一章ではタマモクロスが印象的だった。この章はタイトルの通り血統と生産牧場を添えて競走馬を紹介しているのだけど、競走馬の華の一つである「血統」と比較的裏方に回りがちな「生産牧場」についてタマモクロスが最も象徴的というか、ある意味ではトウショウボーイと真逆だけど同じ位置にいるというか。「生産牧場」のことはウマ娘で取り上げられていたから知ってはいたけど、もう少しだけ廃業を待てていれば……と思わずにはいられない。もちろん、一頭の活躍だけでどうにかなる財務状況ではなかったのだろうけど……。

 二章はグリーングラス。ライバル関係はウマ娘でもクローズアップされることが多いからこの章は特に楽しめた。これは競馬に限らないけどTTGやBNWのようないわゆる三強、ほかにも四天王、二強のような枠組みはやっぱり盛り上がる。けれどグリーングラスはやや特殊というか、「自分のほんとうのライバル」が何を指しているのかはとても示唆的な気がする。著者が思い入れが文章に滲み出ているところも良い。

 三章はミホノブルボン。業界の常識の移り変わりはそれこそ自分のような別媒体から入った人間はもちろん、単純に最近触れ始めたファンも肌感覚として理解するのは難しいはずで、中でも一昔前は人も馬も毀誉褒貶激しい。けれど、それも何かを「変える」ときに起きているから、時代の変革はそういうものかなあ。ミホノブルボンが坂路トレーニングの結晶というのは知っていたけど周縁事情は知らなかった。ミホノブルボンが厩舎に来た時点で戸山師は癌を患っていたとか、菊花賞での本当のライバルはキョウエイボーガンだったのかもしれない、とか。

 四章はサイレンススズカ。あのわかりやすい速さはおれみたいな素人にもとても魅力的で、やっぱり武騎手が乗って以降の大逃げの印象が強く、ウマ娘のアニメもゲームもどちらかというと大逃げ期に焦点を当てている。それだけに、それ以前の正攻法で強い馬にするための努力について書かれたこの本はちょっと大げさだけど目から鱗だった。そういう未来というか、そういう個性にもなりえたのかなあと思ってしまう。もちろん、予後不良の原因が大逃げにあったとかそういうことではなくて。

 あと、前作に比べてより著者の意見が比較的強く、特にステイゴールドの顕彰馬選出への言葉は選考で得た票数を考えるとたぶんかなりの嫌味だ。あまりこの辺の話を信頼しすぎるのは良くないけど、ネットでもステイゴールドはレース成績や種牡馬成績のわりに低く評価されているみたいなことを言っている人もそれなりに見かけたから著者の個人的な意見じゃなくて、比較的広く見られる意見じゃないかな。その辺を含めて、前作で取り上げていた顕彰馬というシステムには賛否両論があるみたいで、おれには口を出す資格(相応の知識も思い入れ)はないけれど、もう少しなんとかならないのかなあ、とは思う。

 

 

収録内容

《第一章 血統と牧場の物語》

トウメイとテンメイ
タニノムーティエ/タニノチカラ
ハギノトップレディ
ミホシンザン
タマモクロス
ビワハヤヒデ
セイウンスカイ
シンボリクリスエス
アグネスタキオン

《第二章 ライバルの競演》

タケホープ
グリーングラス
ホウヨウボーイ
イナリワン/スーパークリーク
スペシャルウィーク/グラスワンダー
ジャングルポケット/クロフネ/マンハッタンカフェ

《第三章 時代の変革者たち》

ダイナカール/ダイナガリバー
カツラギエース
ニホンピロウイナー
ミホノブルボン
ホクトベガ
ヴィクトワールピサ

《第四章 愛すべき個性》

サクラスターオー
メジロパーマー
ライスシャワー
レガシーワールド
サイレンススズカ
ステイゴールド
メイショウサムソン

*1:章内で紹介される競走馬はおおよそ時系列順になっているけど、章間では時系列順に並んでいるわけではない

最近見た存在しない映画(2022年6月)

命のネジを巻く旅人サバロ(1993年、日本、監督:江路村秋草、97分)

 アニメ化してるなんて知らなかった。こういう隠れた作品を見つけられるのもAmazonプライムのいいところですな。まあ、有料チャンネルに課金が必要で妙に高かったけど、草上仁先生の作品の中でもトップクラスに好きな作品の映像化となれば見ないわけにはいかない。

 とてもやさしい物語で、淡い色彩が世界観とかみ合っている。動画のレベルは高いとは言えないけど、動きで魅せるタイプの作品ではないから特に気にはならなかった。ただ、ネジを巻くシーンがすべて使いまわしなのはちょっとなあ。テレビアニメならそれでいいけどせっかく劇場公開のアニメなんだから。

 この当時主流だったであろう役者が多数出演していて演技のレベルは高い。特にサバロの最後の一言は本当に完璧だった。あの短い一言に深く重たい感情が乗っていて、情報量に圧倒される。そこだけリピートしたくらい、本当に素晴らしかった。

 旅行く先々で事件を解決していくタイプのロードムービーだけど、それほど大仰な事件は起きず、主人公の能力も派手ではない。「命」や「人間関係」がテーマだけど過度に説教っぽくもない。それがとても良いと思ったんだけど、感想を漁ってみたら「物語に起伏無くて退屈」「ファンタジーなのに派手さがない」みたいなことを書いている人もそれなりにいた。「起伏が無くて退屈」はいくらなんでも不当な評価だけど「派手さがない」は正直わからなくはない。ただ、そういうタイプではないと理解したうえで観れば満足度は高い作品のはずだ。

《印象的なシーン》「サミナ」

 

熱いぜ辺ちゃん!(1988年、日本、監督:飛火、105分)

 麻雀を題材にしてはいるけど、人情物語の色が強く『カイジ』や『アカギ』を期待すると肩透かしを食らうかもしれない。福本伸行先生の初期作品特有の猥雑さは、80年代後半という雰囲気とよく合っている。近作なら『最強伝説 黒沢』に近く、お世辞にも上品とは言い難いけどヒューマンドラマとして質が高い。

 個人的には原作の13話「チャンス」のエピソードが挿入されていたのが嬉しかった。あとはかなりマイルドになっていたけど木島一家のエピソードもキッチリまとまっていている。初めて原作を読んだのはたしか中学か高校の頃だったと思うけど、そのときは三沢がなんだか嫌な奴に見えたけど、いま観ると(そして原作を読み返すと)理想と現実への認識がアンバランスというか、わがままと言われればそれまでだけど、極端なところがないところがとても魅力的で、そういう風に感じられるほどにはおれも多少は成長できているいるのかな、なんて思ったりもした。

 ちょっと残念だったのは、終盤のパートに全く触れられていないところ。まあ、本来は辺ちゃんが中国に旅立って終わりで、それ以降のやつは後年書下ろしたパートで、映画化されたときには影も形もなかったのだから仕方ないんだけど、観てみたかったなあ。

《印象的なシーン》「再見サイチェン!」

熱いぜ辺ちゃん 1

熱いぜ辺ちゃん 1

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天使のわけまえ(2011年、日本、監督:稲垣邦正、105分)

 各種レビューサイトで書かれている通り、コメディ部分が若干寒かったけど「天使と酒造」のどちらも描写の造詣が深く、タイトルのダブルミーニングもキチンと機能している。やや難解なところはあるけど、決して取りつきにくいストーリーではない。ただ、前提知識がある程度あったほうがより深く味わえるのも間違いないから、もし興味があるのならいくらか本を読んでみるか、もしくはネタバレを回避しつつある程度の知識を提供してくれるサイトがいくらかあるみたいだから、その辺を覗いてみてもいいかもしれない。個人的には酒については下記のリンク、天使については天使論序説 (講談社学術文庫)がおすすめ。

 擬人化された天使、身体を持たない上位存在、樽のなかのウィスキー、エタノールの味……と、列挙すると却って怪しげだけど、この辺の言葉がどういう意味を持つのか、調べてから観るもよし、観終わってから調べてみるもよし。時間の流れの雄大さを含めて、人類の業を正負両面から考えることもできる。

《印象的なシーン》「ウィスキーに特効薬はないんだよ」

 

 

瞳の奥をのぞかせて(2019年、日本、監督:今井八朔、120分)

 ポルノグラフィティの同名楽曲を舞台演劇化し、好評につき実写映画化したというちょっと変わった経緯を持つ映画。

 雰囲気はとても良い。無暗に登場人物を増やさないのも、群衆の顔が意図的に見えにくくなっているのも、これが「二人」の物語であることを強調している。酒や車、書置等の小道具は原曲のイメージを最大限生かすように配置され、彼らの心情を間接的に表現している。そういう意味では工夫のある良い映画なのは間違いないと思う。

 ただ、暴力的なシーンが不必要なほど強調されているのはちょっとどうかなあ。構成として必要ならともかく、この映画にはそれほど必要はいえない代物だったし、正直そのあとのアクションシーンも併せて間延びするだけからバッサリ削ったほうが良かったと思う。あと、原曲の描写の美しさに映像が追い付いてないのは残念。もうちょっと頑張れたと思う。

 ラストは賛否両論らしく*1、おれはどちらかというと否定寄りだけど、ああいうタイプのオチが好きな人には、忘れられない作品になるはずだ。そういう意味では客を選ぶタイプの映画だったのかもしれない。

《印象的なシーン》「さよなら」

瞳の奥をのぞかせて

瞳の奥をのぞかせて

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花束と空模様の理由(2026年、日本、監督:真崎有智夫、30分)

 良くまとまったショートムービー。低予算映画らしく喫茶店で物語が完結するけど、ちゃんと物語以前の事情がわかるように描写されているし、こういう映画にしては画面も凝っている。意外性には若干乏しいけど綺麗にオチもついていて好感触な作品。

《印象的なシーン》「……はい」

*1:もちろんラストシーンの出来自体には文句のつけようがない。特に音楽方面は絶賛されていて、曲の質も挿入されるタイミングもほぼ完璧。そこに不満を漏らす人はすくなくともおれが検索した範囲には存在しなかった

最近見た映画(2022年6月)

ハードコア(2016年、ロシア/アメリカ、監督:イリヤ・ナイシュラー、96分)

 すごい。アイディアもそれを実現する技術力も、そして嘘をきちんと覆い隠す創意工夫も、非の打ち所がない。序盤からかなり飛ばした展開が続くけど、キチンと抜くところは抜いて緩急がついているし、アクションの種類も豊富でゴアシーンも良く出来ている。アクション映画としてもっともっとたかく評価されてしかるべき映画だと思う。

 感想サイトではストーリーが酷評されていたりもしたけど、そこまで酷くはないと思う。ある人物がどうして無事だったのか、ジミーが序盤で驚いていた理由とか、それなりに前振りも効いているし、無茶苦茶なオチというわけではない。……まあ、意味深な回想シーンを挿入する割に主人公がどういう過程でああなったのかとかはあまり明かされなかったり、後半三国無双みたいになってたけどそんなに戦闘能力高かったっけ?とか、遠隔操作できる高性能義体が存在するならあんな大げさなサイボーグいらないんじゃ……とか疑問というか粗はそれなりにあったのは否定できない。アクション描写やビターなエンドを含めて(偏見かもしれないけど)海外産のゲームのようだった。

 全体的にフィクション係数は高めだけど、それを最序盤にきちんと提示してくれるのは親切。ストーリーは良く出来た付録くらいの気持ちで純粋にアクションを楽しむには良い映画じゃないかな。

《印象的なシーン》ジミーのワンマンショー。

 

 

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(2014年、アメリカ、監督:モルテン・ティルドゥム、114分)

 ベネディクト・カンバーバッチが主演ということで視聴。BBC制作『SHERLOCK』でも人づきあいが苦手な天才を演じていたけど、型に嵌った演技にはなっていなくて挙動や仕草、それに間の取り方に人物像が滲み出ていて素晴らしかった。自信の有無ってキャラクター造形に重要なのかもなあ。

 暗号解読がメインで、この辺は歴史的な事実に基づいているからどうなるかは知っていたんだけど、どうやってどんな過程で、というのは知らなかった。もちろん映画的な脚色は入っているだろうけど、大まかには史実に基づいているらしい。カタルシスもあり、現実の非情さも描かれている。そして、マイノリティ迫害の問題も丁寧に取り扱っている。過度に説教っぽくはないけど、視聴後に当時の、そして現在も続く問題に関心が向くようになっていて、とてもバランスが良い。

 ただ、時系列が三つ(大過去―過去―現在)あってちょっと混乱するところがあった。大過去(幼少期)はともかく、過去と現在は外見がそれほど違わないから一瞬混乱することもあった。もちろん、すぐに理解できるようにはなっていて視聴に支障をきたすほどではなかったけど。

《印象的なシーン》クロスワードパズルを解くことができないチューリング

 

 

プロジェクトA(1983年、イギリス領香港、監督:ジャッキー・チェン、105分)

 喧騒と格闘と友情。

 初代「マッドマックス」を観た時以来の感想だけど、よく死人がでなかったなあ。特にジャッキー・チェン。あの有名な時計台からの落下があるんだけど、一回目はどう考えても首から落ちている。いや、もちろん大方の演者はいまも存命なんだからこの映画で死者は出てないと知っているから安心して観れるけど、公開当時映画館で観てたら気が気じゃなかったかもしれない。

 映画史の文脈はわからないけど、いろいろなものから影響を受けて、そして後発の作品に影響を与えているらしい。個人的には日本の横スクロールアクションゲームが影響を受けている、というのを見かけてすごく納得できた。

 組織的間の反目と身分剝奪の屈辱、そして大きな共通の目的のための団結、と王道を押さえている。娯楽の教科書。ただ、中盤のフェイとのシーンはイマイチというか、そんなに必要なかったような気もする。まあ、あれがないと時計台の下りや路地の自転車チェイスもなくなるんだけど……。

 本編とはちょっと関係ないけど、本場の麻雀に河が存在しないって本当だったんだ。いや、だいぶ昔の映画だからいまもそうなのかは知らないけど。

《印象的なシーン》終盤の剣劇のシーン。

プロジェクトA [Blu-ray]

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  • ジャッキー・チェン
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玩具修理者(2002年、日本、監督:はくぶん、47分)

 大学時代に観たっきり棚の肥やしになっていたけど、なんとなく目に留まったので見直してみた。原作とはかなり違ったテイストで賛否あるみたいだけど、個人的にはけっこう好きだったりする。特にようぐそうとほうとふをCPFで撮ったのは大正解だと思う。美輪明宏さんの声もいい。キャラクターや展開が原作とかけ離れていることに目を瞑ればそれなりに良い映画といえるんじゃないかな。

 ただ、もう少しちゃんと不安を煽るような演出が欲しかった。あと、修理の場面をCG処理するのはちょっとなあ。まあ、原作の描写を再現するとなるとR18指定待ったなしだから仕方ないかもしれないけど、やっぱりホラー味はもっと欲しかったよなあ。

 もし原作に忠実な実写を撮るなら映画よりも三十分程度の単発テレビ番組のほうが向いている気がする。例えば「世にも奇妙な物語」とか……。

《印象的なシーン》子供の絵から実写へと移る捻じれる画面。

 

 

Shutdown(2003年、アメリ*1(?)、監督:Jean-Jacques Dumonceau、7分)

 うーん。いや、CGは年代を考えればあんなものだろうし、疑似密室の設定で緊迫感も出ていて良かったけど、音声が一切翻訳されていないから最後に二転した理由がよくわからなかった。まあ、難しい英語じゃないっぽかったからそのくらいちゃんと聞き取れといわれればそれまでだけど……。

《印象的なシーン》狭い通路を這って進むシーン。

Shutdown

Shutdown

  • Bruno Solo
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*1:どうしても公式情報を確認できなかった。製作会社がアメリカにらしくいからとりあえずアメリカということで

ポルノグラフィティの色彩

※2024/04更新:52thシングル『解放区』までカウント。

 

 色の表現が好きなので、ポルノグラフィティの歌詞で「色」に関する言葉がどれくらい使われているか調べてみた。

docs.google.com

スプレッドシート(DL)

 目視でカウントしたから間違いがあるかも。もしミスを見つけたら連絡してもらえると助かります。一応注意書きが以下の通り。

 

①「煌めく」「暗がり」などの光量に関する言葉は含めない。
②色が入ってても慣用表現などはノーカウント(「赤の他人」「golden age」等)。
③「紫」は「青」、「朱」「茜色」「ピンク」は「赤」、「金」は「黄」に含めた。
④同じ曲で同じ言葉が使われていても複数としてカウントはしない。ただし同色でも別の言葉を修飾していれば別にカウント(例「青い鳥」と「青い夏」等)。

 

 以下、感想というか個別着眼というか……たぶん何の役にも立たないけど気になったから抽出してみたデータ。

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梶尾真治『美亜へ贈る真珠[新版]』[ほろ苦い恋物語にSFのエッセンス]

 時間と愛についてのほろ苦いラブストーリー。

 梶尾真治先生*1といえば多くの人は映画化された『黄泉がえり』を思い浮かべると思うけど、おれにとっては本作みたいな短編集のほうが印象深い*2。梶尾作品の二大ジャンルといえばラブロマンス系とドタバタコメディ系になると思うけど、本書はラブロマンス系の作品を集めた短編集ということになる。

 ちなみに[新版]とついていることからわかる通り旧版が存在している。

 この短編集に一作を追加収録したのが本書だ。もちろん旧版のほうも読んでいるから初読だけど再読に近い。

 満足感が高いのはやっぱり読みやすさが大きいんじゃないかな、と思う。平易で読みやすく癖が少ない文体は悲しいラブロマンスと相性が良い。追加収録の作品を除くすべての作品のタイトルに人名(ヒロインの名前)が入っているのは、ちょっとベクトルが違うけど星新一『ノックの音が』みたいでおしゃれ。表紙イラストも現代的なものに切り替わっているけど、これもなかなか凝っている。初見の人はきっと「高層ホテルから悲しそうに外の夜景を観る女性」と受け取ると思う。このイラストが誰視点でどんな景色を意味するのかは、きっと本編を読めばわかるはず。

 全体的に悲恋の印象が強く、主人公もどちらかというと狂言回しに近い。主体的に行動しているけど、どこか関係性から外れているというか。「時尼に関する覚え書」はそうでもないけど、それでもやっぱり結末はどこかほろ苦い。時間ものが大半を占めていて、唯一「玲子の箱宇宙」は別ジャンルのSFとなる。ちなみに追加作品の「時の果の色彩」はタイトルの通り時間SFなんだけど、なかなか面白い時間解釈をしている。何か元ネタになるような理論があるのだろうか。時間SFには制限がつきもので、そのための理屈を考えるのも大変なんだろうなあ。

 ベストはやっぱり「梨湖という虚像」かな。ティプトリー「ラセンウジバエ解決法」もそうなんだけど、やっぱり終盤の展開の巧さや印象深さで評価が決まるところがあって、収録作品の中でも……いや、これまで読んできた諸作品の中でも一二を争うほど終盤の展開が素晴らしい。「ラセンウジバエ解決法」が最高のラスト一行なら「梨湖という虚像」は最高のラストシーン。どちらも衝撃的な映像で幕を閉じるけど、前者が強烈なセリフが印象的なのに対して後者は鮮烈な場面が印象的。どちらも甲乙つけがたいほど大好きな作品だ。

収録作

「美亜へ贈る真珠」
「詩帆が去る夏」
「梨湖という虚像」
「玲子の箱宇宙」
「“ヒト"はかつて尼那を……」
「時尼に関する覚え書」
「江里の“時"の時」
「時の果の色彩」

 

*1:以下敬称略

*2:実は『黄泉がえり』は未読だからそれ以前の問題なんだけど……

生きていくためにとっても大切な薬物の話

今週のお題「本棚の中身」

 

 

 移動装置を破壊した。これでもう戻れない。

 ここは失われた過去の楽園。逃避行は完結した。タイムトラベルを巡る冒険は終わり、あとは生活が待っている。

 ここへ至るまでの艱難辛苦は筆舌に尽くしがたい。ほとんど狂気じみた執念を見せたポリ公との銃撃戦。そして血みどろの逃走劇。もしくはマシン開発資金のためにやった公的金庫襲撃での一幕。そのほか諸々。

 しかしもう終わったことだ。時系列的には未来だが、オレの主観では過ぎし日々の思い出にすぎない。もう裏切り者のアイツや俺の右肩に穴を開けたクソポリ公のことなんて忘れよう。精神肉体の両面に負わされた苦痛に見合うほどの報酬がこの時代にはある。そういう意味ではオレはあの連中を哀れにすら思う。アイツらはこの時代でアレを楽しむことができないのだから。

 信じられない話だが、この時代では『クスリ』がほとんど規制されず、なんと専門の販売所まで存在しているのだ。良心的文化人にとっては暗黒の時代。そして俺たち中毒者ジャンキーたちには憧れ、垂涎の時代。

 俺が初めて『クスリ』を体験したのは7歳の時だ。今でもはっきりと思い出せる。母親も父親もいない哀れな孤児……と影で呼ばれていたらしい。オレは全然気にしていなかったが、世間の崇高な倫理観とやらはオレを惨めな子供であることを強制した。

 貧乏だった。学校でもそれが原因でイジメられていた。そんなオレが偶然出会った密売人。彼はオレを憐れみ、俺の適正を見抜いて『クスリ』を一つ無料で譲ってくれた。そいつが『PKD』だった。俺の初体験の相手だ。こいつはアメリカ製でジャンル的には〈SF〉になる。俺は初心者でしかも輸入ものの『クスリ』は子供には少し難しい。だから消化には時間がかかった。だが、その時の陶酔感や世界がグルグル回るような酩酊感は強烈だった。俺は夢中になり『クスリ』は生きる希望になった。

 皮肉かもな。世間では「人生から活力を削ぎ労働意欲を奪う」って名目で禁止されている『クスリ』が俺に生きる希望をくれたわけだ。俺は『クスリ』のために学校に行き、そして働き始めた。

 あとは坂道を転げ落ちるようにドップリ。初体験から俺の贔屓は〈SF〉だったが〈NF〉や〈M〉とか〈PL〉も試してみた。無論〈F〉もだ。なかなか良かったがやはり俺には〈SF〉が一番だった。因みに〈C〉もやってみたが、ダメだった。あの手の半視覚的感じはどうも性に合わなかった。

 集会にも積極的に参加した。主に〈SF〉系の集会に参加して『クスリ』の使い回しや評価なんかもやったよ。そのころには俺も一端の中毒者になっていた。恩人の見立てどおり、俺は『クスリ』に適した体質だったらしく消化するスピードは人一倍速く陶酔の深さも最高レベルだった。だからコミュニティの中でも割と尊敬されていた。

 そして出会った。忘れもしない第二十三回福岡大会、かつての相棒……俺を裏切り密告しやがったアイツ……だ。

 アイツは金持ちのお坊っちゃんで『PKD』や『YT』なんかが好きだった。持ってくる『クスリ』はどれも一流で、量も尋常じゃなかったよ。特にこいつが教えてくれた『SH』は日本製で、他に類を見ないほど短くて強烈。俺は一発でファンになった。

 俺たちは気が合った。友情を深めるのに時間は不要だった。隠れて酒を飲み『クスリ』をキメて、語り合った。いつからか、俺たちには共通の夢ができた。いつの日かおおっぴらに『クスリ』をキメ、それを語り合える時代が来ればいいのに。……そして、俺たちは重症中毒者ヘヴィとして当然のように発想を転換した。時代にするんじゃなくて、時代に戻ればいいんだ。アイツの資金力と俺の頭脳。可能だ。時間を遡り規制のない楽園で楽しもうと誓い合った。……で、裏切られた。土壇場で怖くなったんだとよ。

 まあ、いい。もう恨みっこなしだ。いや、恨んでも仕方ない。いまごろヤツは矯正施設で別人になっているはずだから。哀れにも綺麗に脳を洗われて……。

 人通りは多いが誰も俺には目もくれない。調達した衣服は間違っていなかったらしい。俺から見れば奇天烈だが時代や流行というのはそんなものなのだろう。

 さっそく『クスリ』を買いきたいところだが、その前に金の調達をする必要がある。そう時間もかからないからすぐに済ませてしまおう。俺はこの時代の地方都市で最もポピュラーな金融機関へ向かい、そこの自動預払機と対面した。具合がいいことに他に客はいない。取り付けの監視カメラはチープ極まりない。楽なもんさ。当座の生活資金として怪しまれない程度の紙幣……そう全能の神たるエ=ン……をポケットに退出する。

 通りを小さな子供が、聞くに堪えないような汚い言葉を目いっぱい叫びながら走り抜けていった。……ギョッとしてしまった自分が情けない。もう言葉にも気を付けなくていいのだ。言葉遣いは中毒者がバレてしまう理由の一つだ。『クスリ』の影響で意識しない内に語彙が非中毒者ノーマルの連中とまるで違ってしまう。

 自称常識人どものお上品な口調には反吐が出る。上品と自称しているが、あれはただ淡白で非人間的なだけだ。バカみたいな口調と言い換えてもいい。

 金融機関から徒歩五分ほどで『クスリ』販売店を見つけた。

 案内板によるとこの店は地下一階を含む三階までが『クスリ』の販売スペースらしい。具体的には地下一階が〈NF〉一階が〈SF〉や〈PL〉を含む『クスリ』全般。二階に〈PB〉が少量、三階が〈C〉を取り扱っているらしい。

 期待に心臓が高鳴る。体の中で機関銃が乱射されているような激しい動悸。こんな感情、初めて〈SF〉の集会に出向いて以来だ。

 俺は気を鎮めるために深呼吸する。生暖かかでガスくさい空気が体を巡る。……街中どこをみても元の時代の方が清潔だった。比べ物にならないくらい空気も綺麗だった。しかし、俺はここのほうが好きだ。あの時代の薄気味悪い静謐さに比べれば、ここは遥かに「人間らしい」から。と思うのは俺が中毒者だからなのかもしれない。中毒者は決まってこう言う。「管理された清潔さなど、反吐がでる!」ってね。

 ともかく、俺は時間や所持金を勘案して一階の『クスリ』から二つだけ選ぶことにした。

 フロアに踏み入る。

 数多もの大きな棚、そこに所狭しと『クスリ』が陳列されている。そこらかしこに『クスリ』『クスリ』『クスリ』だ! ……素晴らしい。知識として知ってはいたが、やはり実際に体験してみるのとではわけが違う。圧倒的だ。

 元の時代で植えつけられた倫理観は叫ぶ。「やめろ! 見るんじゃない。それは悪いものだ」

 同時に中毒者としての半生が培った価値観が囁く。「さあ、思う存分楽しめ!」

 そしてこの時代の道徳観はいう。「別に普通のことさ、何を熱くなっているんだい?」

 陳列された『クスリ』が輝いて見えるのはこのみつどもえの感性が入り乱れ、俺を昂らせるからなのだろう。

 しかし……煌びやかだ。流石に合法で販売できるだけあって、パッケージも華美で凝っている。保存性能が高い大きな『クスリ』や廉価で使いやすい小さな『クスリ』など、同じ内容でも多種多様に取り揃えてある。

 フロアを進むと信じがたい光景が網膜に飛び込んできた。

 幾人かの老若男女が棚の前で突っ立っている。

 連中、試してやがるんだ。その場で突っ立って公然と陳列棚の前で『クスリ』の具合を試してやがる。隠れもせず平然とヤッてやがる。ところはばからずキメてやがる。俺は卒倒しそうになった。俺たちの時代では絶対に見ることができないイカれた光景。あまりに背徳的。あまりに扇情的。そして俺もそれができるのだ、やって良いのだ、という刺すような期待感。臓腑を掻き回されているようなエグい多幸感。

 過熱した感情が俺の脳をグルグル振り乱す。視界が回り、倒れそうになって柱に寄りかかった。

 落ち着け、慌てるな。大丈夫だ。大丈夫……この時代では普通のことなのだ。破裂しそうな心臓を鎮める。……通り過ぎる客が不審げに、そして店員が心配げな視線を寄越し始めたあたりで、俺はどうにか動けるようになった。

 体が重い。汗が噴き出す。額を、腕を、そして足を、汗が流れる。動悸は収まりかけているが、それでも著しく体力を消費していた。足が重い。丁度五年前ポリ公に撃ち抜かれた時の様に。

 まだ店に入って三分も経っていない。

 やめるべきじゃないか。当然の考えだ。遠目から見ただけでこれほど動揺し興奮しているのだ。近くから見たら脳が茹って死ぬかもしれない。そんな無意味でマヌケな死に方はごめんだ。

 ……いや駄目だ。絶対に今日ここで『クスリ』を買う。苦労してここまで来たのだから一刻も早く『クスリ』に没入したい。そして何より矜持が許さない。俺も〈SF〉コミュニティでは重症中毒者ヘヴィとして鳴らした口だ。逃げ出すなど、できるものか。

 一歩一歩、重病人のような足取りで進む。新発売の棚、話題の一品、色調豊かなパッケージに彩られた『クスリ』……眩暈を堪えながら目的の棚までたどり着いた。

 青いパッケージが並ぶ棚。店の半ばにある海外製専門の棚が俺の目的地だった。俺はここで『PKD』を買うつもりだったのだ。ふらつきながら海のように青い棚に眼を走らせる。

 瞬間、体に衝撃が走る。雷に打たれたのかと思うほどのショックが俺を撃つ。

 正式名称が、書いてある。

 そして、製造者の本名も。

 そう『PKD』や『SH』というのは正式な名前ではない。それはただ製造者の略称をつけているだけだ。だから『PKD』にはいくつもの種類があり、それぞれ違う味わいの『クスリ』なのだ。それを俺たちは無造作に一緒くたにして語っていた。そうせざるをえなかったからだ。

 正式名称は散逸して、もう誰も知ることができなかった。……感動のあまり危うく泣き出しそうになってしまった。考えてみれば、この時代の『クスリ』に正式名称が使われているのは当然のことなのだが、やはり偉大な『クスリ』製造者が丹精込めてつけた名称はあまりに感動的だった。ただ見ているだけで脳が震えるほど嬉しかった。

 涙が溢れ出そうで、眼を擦りながら、震える手で『クスリ』を手に取る。

 ダメだ、見れない。他の客がそうしているようにその場で少しだけ試してみようかと思ったが、少しでもヤッてみれば最後、もう閉店時間までに『クスリ』の世界から戻ってこられないだろう。

 仕方ない。俺は記載してあるタイトルで直感的に選ぶことにした。青い陳列棚から『PKD』を一つ、そして国内産を扱うエリアから緑色の『SH』を一つ選出した。

 レジへ向かい知識どおりに会計を済ませる。

 こうして俺は『SH』と『PKD』を一つずつ買い『クスリ』販売所を出た。

 ……いや、訂正しよう。もう略語で呼ぶ必要もない。俺はこの時代で生きていくのだ。だから正確に言おう。

 俺は星新一の『白い服の男』とフィリップ・K・ディックの『ユービック』を一冊ずつ買って〈サイエンス・フィクション〉〈ノン・フィクション〉〈ミステリー〉〈ファンタジー〉〈純文学〉〈コミック〉〈絵本〉が燦然と並ぶ書店を出た。

 2016年、日本。ここでは思う存分『書籍クスリ』を楽しめるのだ。

 薄汚れた大気の元、雑多で乱雑な言葉を使う人々の中で。

 

※本作は同人誌収録のショートショートを転載したものです。