松任谷由実さん*1の楽曲をトリビュートした短編小説アンソロジー。純文学に疎いおれでも知っているような有名作家陣がユーミンの名曲たちを活字として再構成している。題材になった楽曲に各作家の個性がそれぞれのやり方で乗せられていて興味深い。トリビュートの方法はおおよそ二種類に分けられる。曲調の雰囲気を重視した作品と、歌詞の内容を反映した作品。前者の代表選手が「Destiny」で、後者は「青春のリグレット」かな。ちゃんと読んだことあるのは川上弘美先生だけ*2だったけど、全作品読みやすくてすらすら読破できた。
そもそもおれは純文学系の作品をあまり読まなくて(直近で読んだのはディック『市に虎声あらん』くらい)、だからこそ却って新鮮で楽しめたというところはある。ただこれは短編ですっぱり完結するから、という但し書きがつく。長編でも楽しめるかと問われると……あんまり自信はない。純文学の長編なんてほとんど読んだことないけど、あんまり嵌まらないないような気がしている。
全体的に「青春の終わり」が描かれている傾向がある。あと、キャラクターの年齢層や付随して描かれる社会問題でメインターゲット層が分かりやすい。ちゃんとユーミンの楽曲が好きな層にリーチするような作りになっている。
以下、各短編の簡単な感想。
小池真理子「あの日にかえりたい」
一番好きな作品。ヒトミの自殺はある種の中二病の破綻で、ハルコとの仲たがいを含めて青春の魔法が解けた哀しさが最も色濃い。下の名前に「さん」付けが時代を感じる。一連の学生運動に関する描写は「いちご白書をもう一度」を連想させる。P46-47の置手紙と情景の描写が印象深い。
桐野夏生「Destiny」
収録作で最も短い作品。挿入される「まじ」や「くっちゃべる」等の異化作用(?)がなんとなく印象深い。歌詞よりも曲調を反映した作品という印象。歌詞の要素を探してみるなら、本作は「Destiny」そのものではなく「Destiny」の始まりを傍から眺めていた人、ということじゃないかな。P76-77の親子関係と不安についての描写が好き。
江國香織「夕涼み」
不穏。幸せな生活の後背に蠢く不安と幸せの終焉。深読みすればするほど、どうしようもなく虚しく辛い事態を見出すことになる。恭二の行動(と見えにくい異常な執着)は変化球のDVともいえる行為で、なにより何の相談もせず即行動に移すのが言い様がないほど気持ちが悪い。男のおれでもゾッとする。そして、少なくとも表面上は魅力的で頼りがいがありそうなのがこれからの展開を予感させてあまりにも哀しい。
綿矢りさ「青春のリグレット」
人間になってしまった怪物。どうしようもない痛烈な後悔。取り返しがつかない行動。愛情に関する二律背反な感情はある種の幼さであって、その破綻は青春の終わりでもある。現在―過去―現在という構成上、菓子がどんな結末を迎えるのかは分かりきっているのに、過去の菓子への苛立ちというか「なんだこの女」感がどうしても拭えない。収録作のなかで原曲の歌詞を最も反映している。P124の終盤の会話が微笑ましくて却って哀しくなる。
柚木麻子「冬の終わり」
他人の心の裡なんてわからないもんすね。仙川ってしか呼ばれないから下の名前失念していてラストの視点変更の意味がよくわからなくて、慌てて読み直した。悪口になるけど、若い女の子の描写がオタクの描くそれみたい。いや、おれは読みやすくて良いんだけど……。たぶん収録作の中で最も明るい。全体的な女性同士の友情は「ガールフレンド」を思い出させる。
川上弘美「春よ、来い」
すこしふしぎな物語。設定と雰囲気がどこか星新一を連想させる。収録作のなかで最も長く、ユーミントリビュートのトリにふさわしいシーンもある。最も優しい物語。P218の内乱罪に関する法学ジョークにはちょっと笑った。
