電羊倉庫

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フィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』〔情報の虚実を扱った薄暗いけど明るいラストの作品〕

 印象的なタイトル。内容のほうはそこそこ。作品全体を見るとわりとちゃんとしている(ディック比)けどかなりライブ感が作っているところがあって勢いで展開を決めて次の章でフォローして辻褄合わせているっぽい。だからキャラクターの性格や立場があまり固まっていなくて、序盤と終盤でちょっとキャラクターの性格が違っているような気もする。致命的に矛盾して破綻してるというわけではないんだけどねえ。特にP213-215で唐突に挿入されるアダムズの電話パート。邪推かもしれないけどこのパートこそ勢いで書くだけ書いてあとで帳尻を合わせようとして苦労したんじゃないかなと思う。ただ、18章で唐突に始まる暗殺劇は良い出来でかなり楽しく読める。

 多人数視点はディックが長編で多用する手法だけど、解説にある通り本作では効果的だったかというとちょっと微妙かなあ。主要視点人物は三人で立場と行動理念もバラバラで群像劇色は強め。あとこれもディックによくある話だけど、序盤はかなり不親切で入りにくかった。どういう設定の世界で、どういう立場のどういうやつが何をしているのか。別に難解というわけではないけど、ちょっと物語に入りにくいところがある。どちらかというとニックのパートから始めたほうが分かりやすかったんじゃないかな。あと、なんだか重要アイテムっぽかった構文機があんまりストーリーに寄与していなかったのには正直ガッカリした。ディック自身の願望と妄想と苦悩が反映されたユニークなアイテムなんだけどなあ。声明文自体はオチで意味を持っているのは持っているけど、構文機にも見せ場(?)が欲しかった。

 本格的に面白くなってきたのは158ページの架空の存在のはずのヤンシーが現実に現れたところから。おお、ディックらしいじゃんいいよいいよー。モチーフ的には『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』と「小さな黒い箱」のマーサーと「父祖の信仰」の首席と共通している*1ところがある。虚構の人物/実在の人物。テレビからの説教≒伝聞の虚実。解説では四編の作品が直接の原型とされているけど、中でも「地球防衛軍」が直系ということになるかな。「地球防衛軍」を長編用に書き直した作品という印象。

 長編作品で不倫を含めた色恋沙汰的な描写がまったくないのは割と珍しいかな。あとどうでもいいけどヒトラーヒットラーで表記にぶれがあったのはどういうことなんだろう。

*1:時系列的には『最後から二番目の真実』/「小さな黒い箱」(1964年)→「父祖の信仰」(1967年)→『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968年)。