電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

フィリップ・K・ディック『模造記憶』〔有名作と隠れた傑作となんともいえない作品とここでしか読めない短編と〕

 収録作の大部分が既読。主に中期の作品を収録しているらしい。タイトルの通り「つくりもの」を題材にした作品が多い……わけでもなさそう。どちらかというと「追憶売ります」の存在感からタイトルがつけられたんじゃないかな。大森望編『ディック短編傑作選』シリーズで書いた作品の感想は省略して初読の作品のみ記述。

 

「想起装置」(Recall Mechanism)翻訳:友枝康子

 いい意味でも悪い意味でもディックらしくない作品。設定の整合性がとれていて意味のあるオチもついているけど、その反面ディックの持ち味はそれほど感じられない。別のペンネームで書かれていたらディックと気づかないんじゃないかな。予知夢と精神分析医を登場させるのはディックらしいけど、それくらいかな。面白いけど他人に勧めたいほどかと言われると……という作品。全体的にややブラックユーモア的でもある。

 

「囚われのマーケット」(Captive Market)翻訳:山田和子

 上位存在(?)。描写や人物造形や展開が成熟しているという印象(もちろん、ディックにしてはという但し書きがつくけど)がある。あまりそういう小説を読まないから朧げなイメージでしかないけど主流文学目指しているならこういう感じで書いた方が良かったんじゃないかな。徹頭徹尾冷淡で自己中心的な老婆がすべてをコントロールしてしまう恐ろしさは晩年の神学につながるものがある……といえなくもない。感情移入能力を欠いているという意味では生身の人間だけど人造物的なキャラクターでもある。選択したのはいいけど、やっぱり相手方には半分ばれているみたいだから次こそ殺されるのでは……いや、それすら選ぶことができるのか。未来を選択するという意味ではタイムループものに近い。

 

「ミスター・コンピューターが木から落ちた日」(The Day Mr.Computer Fell out of its Tree)翻訳:浅倉久志

 うーん。未発表作品なだけあるなあ、同じ未発表作品でも「欠陥ビーバー」とは大違いだなあ、タイトルは好きかなあ、というのが正直なところ。ディックの小説は全般的にそういう傾向があるけど、これはいくらなんでも願望充足が過ぎるんじゃないかなあ。発狂したコンピューターが引き起こす大惨事、ラジオドラマが大好きな冷凍美女、と笑える設定はそこそこあるから気軽なコメディとしてはそれなりに楽しめる。エリスン「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」とは同じ題材をとっているともいえるけど、こんなに違うものが出力されるのも面白い。

 

「逃避シンドローム」(Retreat Syndrome)翻訳:友枝康子

 現実崩壊。かなり好きな作品。「凍った旅」「追憶売ります」の亜種ともいえる作品。主人公は典型的な信頼できない語り手で客観的真実というもの存在しえない世界であるがゆえに不安感と独特の気持ち悪さが際立つ。なにもわからず盥回しにぐるぐる回る。ガニメデの反乱という社会的な問題が妻との離婚調停という個人的な問題と密着しているのもディックらしい。こういう作品こそ映像化してほしいけどやっぱり難しいんだろうなあ。

 

「逆回りの世界」(Your Appointment Will Be Yesterday)翻訳:小尾芙佐

 同名長編小説の原型ということになるけどかなり違うテイストの作品に仕上がっている。長編の方を読んだのかなり昔だからうろ覚えだけどこんなにコメディっぽい作品ではなかったはず。教祖とのやり取りは不条理系コントにありそうな感じで切実で倦怠感があるだけに楽しく読める。

 

「不思議な死の記憶」(Strange Memories of Death)翻訳:深町眞理子

 なんか好き。なんなんだろう。SFというわけではないしそもそもフィクションなのかも曖昧というかなんだかエッセイ風の作品にも思える。作品系統はまったく違うけど「さよなら、ヴィンセント」を思い出した。《リゾール女》という言葉が忘れ難い印象を残す。

 

 

――――――――

 ほかの短編集に比べてコメディ傾向の強い作品が多く、そういう意味で雰囲気は明るいものがある。2024年現在この短編集でしか読めない作品がけっこうあるのも特徴の一つ。新潮文庫で出ているディックの短編集はとりあえずこれだけ買えばOK。個人的に好きな短編が多めに収録されていて満足度の高い一冊だった。ベストはやっぱり「この卑しい地上に」かな。「欠陥ビーバー」「逃避シンドローム」「追憶売ります」も良いけど、やっぱり完成度では頭一つ抜けている。

 

 

収録作一覧(当該短編の感想はリンク先)

「想起装置」
「不屈の蛙」
「あんな目はごめんだ」
「この卑しい地上に」
「ぶざまなオルフェウス」
「囚われのマーケット」
「欠陥ビーバー」
「ミスター・コンピューターが木から落ちた日」
「逃避シンドローム
「逆回りの世界」
「追憶売ります」
「不思議な死の記憶」

フィリップ・K・ディック『悪夢機械』〔魘される悪夢から喩えとしての機械までバラエティに富む短編集〕

 収録作はすべて既読。タイトルにあるように一夜の「悪夢」的な展開の作品(「調整班」「スパイはだれだ」「出口はどこかの入口」「凍った旅」)直喩比喩を含む「機械」的なものを扱った作品(「超能力世界」「新世代」「少数報告」)そのほかこの二つに括れない作品までバラエティに富んでいる。収録作の感想は大森望編『ディック短編傑作選』シリーズで書いたので省略する。

 やっぱり「凍った旅」が素晴らしい。作品自体の完成度とディック要素が良いバランスで成り立っている。晩年の作品の中で一二を争うくらい好きかもしれない。「少数報告」についてはやっぱり倫理観のブレがちょっと気になる。面白いのは面白んだけどなあ。「超能力世界」にも似たような感情を持つ。「超能力世界」はよく出来た作品でわりとちゃんとしているうえにディック特有の薄暗さや安っぽさが目くるめく展開と適合しているのは短さゆえのちょっとした奇跡だと思う。長編だったらもっと破綻していたとんじゃないかな。「スパイはだれだ」のテラ人医師の音声

「彼の固定観念は揺るがすことができない。彼の生活は固定観念に支配されている。彼はあらゆる事件、あらゆる人物、あらゆる偶然の発言、偶然の出来事を、論理的に自分の体系の中に織りこむ。 彼は世界が自分に対して陰謀をくわだてていること自分がなみはずれた重要性と能力をもつ人物であり、その自分に対して果てしない策謀がこらされていることを確信している。 それらの陰謀の裏をかくために、パラノイア患者は自分を守ろうと無限の努力をする。彼はくりかえして当局の活動をビデオテープに撮影し、たえず住居をかえ、そして、危険な最終段階になると、おそらく――」

(P96-97)

というテキストが好き。とてもディック。

 

 

収録作一覧(当該短編の感想はリンク先)

「訪問者」
「調整班」
「スパイはだれだ」
「超能力世界」
「新世代」
「輪廻の車」
「少数報告」
「くずれてしまえ」
「出口はどこかへの入口」
「凍った旅」

最近見た存在しない映画(2023年12月)

と、ある日の二人(2025年、日本、監督:池地ツナ、88分)

 原作にある独特の雰囲気が十二分に活かされた映画。個人的にはアニメで観たかったけど実写でこれほど原作再現ができているのはすごい。「と、ある日のわたしとタケル」「と、ある日の僕のひも」のみを原作とした作品だけど、なぜか『培養肉くん』のキャラクターがカメオ出演(?)している。いや、おれは好きだから嬉しいけど、それよりもほかの「と、ある」系統の作品と繋げたほうが良かったんじゃないかなあ。

 短編二作品だけではもちろん尺が余ってしまうからそれなりに膨らませているけど、決して過剰でも不足でもなく原作の良さを消してはいない。おれが原作を読んだのはハヤカワのアンソロジーだったんだけど、この二作品は読む順番によってかなり読み味が変わると思う。おれは「と、ある日の僕のひも」から読んで、この映画も「と、ある日の僕のひも」が先に描かれている。ぜいたくを言うなら逆側から読んだ時の感動も味わえるような仕掛けがあったらなお良かった。

 なんだか表現に困ってしまうけど、たまらなくなってくる。そんな映画。

《印象的なシーン》医師を照らす灯。

 

 

闘(1992年、アメリカ、監督:ジェイソン・スタローン、105分)

 単純明快アクション爽快娯楽。男たちがひたすらタイマンで殴り合っているだけの映画だけど、闘い方に創意工夫があって飽きない。外連味のある構図でぐるぐると動き回る画面は戦う男たちの挙動と連動しつつ、ときには観客が望む構図を裏切り頭をぐるぐると掻き混ぜてくる。なのに不思議と疲れは感じない。

 但し、単純明快なのは物語の構図だけで、設定は複雑……というより奇妙奇天烈だ。現代アメリカの孤島の刑務所という典型的な空間から始まった物語は、ほとんど説明もなく突然剣と魔法のファンタジー世界へと飛翔し、蒸気機関車ひしめくスチームパンクSFへと転がり込み、やがて幾重にも張り巡らされた人間関係が引き起こす殺人事件が目の前に広がる。こういう書き方をすると小難しそうな映画に思われるかもしれないけど、決してそんなことはない。どんなに奇をてらっても結局のところ男同士の殴り合いへと収束するのは変わらないからだ。

 主人公は一応スティーブということになっているけど群像劇的で個人的にはリッキーが印象深い。この政界にしては、という但し書きがつくけどかなり頭脳派で多少なりとも自分が置かれた状況を利用して有利に立ち回ろうとする努力にはどういうわけか感動させられてしまった。まあ、相手が相手だからあまり意味はなかったんだけど……。

《印象的なシーン》物理的に燃える拳を交わし合うエディとトレバー。

 

 

メビウス(2027年、日本、監督:今井八朔、93分)

 壊れたぬいぐるみ、優しい青年、見当識を失った老人の三視点から物語られる永劫メビウスの輪。三者三様の哀しさの物語。年齢も性別も生物としての種類もすべてが違っているけど、ある種の幼さだけは共通している。形式としてはオムニバスに近い。

 壊れてしまった大きなぬいぐるみが「ぼくの名前を教えて!」とガザガザの音声で呼びかけ、それをゴミ捨て場に置き去りにしなければならない少年と手を引く母親の対照的な表情。台詞がないのがこれ以上ないほど効果的で胸をえぐられる。光輝く青春とは無縁だけど、それでも寄り添い生きることを選択した二人が破綻していく。それが単なるメロドラマとして消費されてしまうのには胸を締め付けられる。もうここがどこなのか相手が誰なのかも理解できず、唯一夕方のチャイムが連想させる幸せな記憶だけは思い出せる老人が消えゆく命が吐き出す重い謝罪の言葉。言葉にならない。

 おれは哀しくなる映画はあまり好きではないからメインターゲット層ではなかったけど、それでも忘れがたいものがある。泣かないで。「名前」を教えて。

《印象的なシーン》頬を流れる涙。

メビウス

メビウス

  • provided courtesy of iTunes

 

 

偉大なる夢(2023年、日本、監督:平井浩史、98分)

 うん? えっ、これ2023年の映画なの? いや、映像技術的には間違いなくそうだよなあ。マジか……いやもちろんフィクションだからあんまり煩いこと言うつもりなかったけど、これはいくらなんでも……。

 という反応はある意味正解だった。原作は江戸川乱歩の同名小説で、二次大戦末期に書かれた(書かされた?)戦意高揚小説らしい。だから現代の倫理観では「いや、それはちょっと」というのがけっこう出てきて、普通ならその辺を除去して現代風にアレンジして映画化するところだけど、本作は話の筋から年代設定までほとんどそのまま原作のものが用いられている。面白いのは映画技術は現代的で映像的にも音声的にも演技もすべて現代的なところで昔の映画のリマスター版を見ているような感覚が近いかな。

 構造を逆手にとって時代への批判性を盛ると『鉄の夢』になるのだけど、この映画にそんな要素はカケラも存在しない。本当にあるがままの原作を映像化している。ある種の実験映画ということになるのかな。変わり種のモキュメンタリーといえなくもない。種々の問題を無視すればそれなりに楽しい映画。まあ娯楽でいいんじゃない?

《印象的なシーン》告白する青年。

 

 

害虫駆除(2029年、日本、監督:真崎有智夫、18分)

 良く出来た作品だった。冒頭のクイズ表現がラストでもう一度繰り返されるのにはゾッとした。この手のショート映画は良くも悪くも平均的な作品が多いけど、これは本当に突出している。もう少し捻って展開を作れば長編映画にもできそう。間違いなく傑作。本当騙されたと思って観てみてほしい。

《印象的なシーン》「害虫を駆除しに行くのさ」

最近見た映画(2023年12月)

コマンドーニンジャ(2018年、フランス、監督:ベンジャミン・コンブ、68分)

 パロディ満載大変愉快な映画。

 タイトルの通りおバカな低予算自主製作映画。『コマンドー』と忍者をくっつけたタイトルで基本咳な設定はたしかに『コマンドー』のパロディだけど、そのほかにもおれが気付いた範囲で『ホームアローン』(たぶん)、『プレデター』(たぶん)、『ターミネーター』、『スターウォーズ』(たぶん)、『マッドマックス』、『プラトーン』(たぶん)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパロディがあった。作るの楽しかっただろうなあ。

 出かけるってんのになんでエクササイズしてんの? あっ、それ電話なんだ。まったく無意味なセクシー、まったく無意味な臓物ゴア描写。どこで誰に何を教わってんだ。え、えすえふ!? 急にえすえふですか!?

 目まぐるしく展開していてそんなに飽きずに楽しめた。アクションはわりとちゃんとしてる。とくに仮面付けたやつとのタイマンはそれなりに見ごたえがあった。主題歌の「コマンドー!ニンジャー!」が癖になる。爆破シーンはどっかから引っ張ってきたんじゃなくて自前で用意したのかな? だとしたら自主製作映画のわりに力は入っている。

《印象的なシーン》二次元転移なオチ。

コマンドーニンジャ

コマンドーニンジャ

  • エリック・カルレシ
Amazon

 

 

18歳の"やっちまえ"リスト(2020年、アメリカ、監督:マイケル・ダガン、103分)

 無軌道やって学んで前進した、という意味ではループモノに近いと言えば近い。自分のことしか考えてないはあんまり人のこと言えないよなあ。ガリ勉系だけど比較的人望あるの珍しい気がする。想像より明るい話だった。男性のリード楽器奏者が受験に有利とかあるのか。ちゃんとブレてほとんど一貫性がないところがとても若者らしい。学歴とか親の期待とかコネとかもちろんフィクションだけど、日本でも聞く話だなあ。アメリカも大変だなあ。

 うわあ……この親、うわあ……母親も父親も一度ずつ見せ場をもらっていたけどそのほかがことごとく……まあ、コメディ映画の親だから……。

 面白かったけどその理解とその展開はちょっとどうなと思う。「制度は〜」って結論はあまり好きではないけど、安易に入学する方向に進まなくて良かった。まあコメディだしハッピーで良かった。けど、その結論はある程度ちゃんとした人にしか適用しちゃいけないような……と、昨今の迷惑系ストリーマーを見てると思う。あと、それは論文じゃなくてレポートでは?

 完全に余談だけど、この映画は間違えて観始めた作品だったりする。音楽聞きながらPS4Amazonプライムのおすすめリンクを渡り歩いていたら注意力散漫で〇ボタンと×ボタンを間違えて連打してレンタルしてしまった。けど、食指が動いたわけでもなく観た映画にしては楽しめた(少なくともレンタル代500円分は楽しめた)。たまにはこういう観始め方もいいのかもしれない。

《印象的なシーン》幼馴染の告白。

 

 

デス・レース(年代、アメリカ/ドイツ/イギリス、監督:ポール・W・S・アンダーソン、110分)

 クソみてえなマリオカート

 殺し合いを動画配信して儲ける設定は『ガンズ・アキンボ』でも見たけど、アメリカのデスゲーム系ではそういうのが主流なのかな。レースシーン含めてアクションは流石の一言だし展開もストレートで楽しく、ラストもスカッと爽やかで良い。

 個人的にはコーチ以外のレースチームのメンバーにもっと焦点を当ててほしかったけど、これは好みの問題かな。コーチはラストに見せ場をもらっていてカッコイイ。マシンガン・ジョーはなんというか最終的には相棒みたいなポジションに収まったけど作中の描写だけでもそれなりのことをやっているんだよなあ……と思ったけどあの世界はかなり末世だからまあいいのか。あと突然のレイドバトルにはちょっと笑ってしまった。

 最後に注意書きが入ってて笑った。真似するわけないだろ!

《印象的なシーン》車同士が向かいあって撃ち合うシーン。

 

 

クレイジー・キラー/悪魔の焼却炉(1969年、スペイン/イタリア、監督:マリオ・バーヴァ、90分)

 サイコサスペンスなんだけど、これだけ年代が離れているとなんだか牧歌的に見えてしまう。社長なんだから激務のはずなのにのんびりしているように見えてしまう。ファッション業の社長らしくお洒落な家に住んでいて、それだけで画面が華やかで良い。

 犯人が主人公ということで倒叙ミステリに分類される。倒叙ミステリの宿命として結末は見えていて道中もそんなに捻りのある展開はないけど役者の力なのか演出の妙なのかそれなりに緊迫感はある。ラストはそこまで殺していたら死刑になるだろうからまだ……と思っていたらその逃げ道すら潰されているのか。

 パッケージほどおどろおどろしくはないけど、温室の草花が特殊な色になっている理由にはゾッとするしマネキン部屋の不気味さは一見の価値あり。あと、副題の焼却炉はそんなにストーリーに関与しない。

《印象的なシーン》人形部屋からスムーズに降霊術に移行する場面。

 

 

サマーゴースト(2021年、日本、監督:loundraw、40分)

 清く正しいジュブナイル作品。おれはメインターゲット層ではなかったけど、もっと心が清らかだった十代のころに観たらかなり心を揺さぶられていたと思う。幽体離脱(?)の表現なんかはアニメならでとても良かった。全体的な色調や街の空気感は好き。

《印象的なシーン》絢音が初めて現れる場面。

 

 

フランケンシュタインの怪物の怪物(2019年、アメリカ、監督:ダニエル・グレイ・ロンジーノ、32分)

 ジャンルとしてはモキュメンタリーになるのかな。現代の技術で昔のテレビドラマを再現していて現代のドキュメンタリーパートを含めて雰囲気は好きだけど、ストーリーはイマイチかなあ。短いのが悪い方向に作用していてちょっと盛り上がりに欠けるところがあった。こういうのを日本版で観てみたい気はする。

《印象的なシーン》セットの壁に穴をあけるシーン。

フィリップ・K・ディック『去年を待ちながら〔新訳版〕』〔ディック詰め合わせの良作〕

 いいタイトル。ディック要素……懐古趣味(「パーキー・パットの日々」)、代替臓器で長生きする老人(『最後から二番目の真実』)、人造の疑似生物(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)、特殊なドラッグ(『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』)、非ヒト型異星人(「おお! ブローベルとなりて」)、物を時間移動させる(「ペイチェック」)、星間戦争(『ザップ・ガン』)、予知能力(「マイノリティ・リポート」)……等々がてんこ盛りで、序盤の設定が投げだされて身近なところに収束するところもいかにもディックらしい、というのは解説の通り。視点はほとんどが主人公であるエリックでごく一部が妻のキャシーに移るだけ。ディック作品で女性が視点キャラになるのは割と珍しい気がする。しかも薬中が主人公じゃなくて妻の方っていうのもあまりみない。

 キャシーにはなんともいえない魅力がある。怒りっぽくてことあるごとに喚き散らすし夫が出世すると知った途端に態度を豹変させる俗物だけど、なんか好き。もちろん身近には絶対にいてほしくはないけど。というか適度に物語に絡んでこないから好きなのかもしれない。ずっといたら流石にキツイ。P325の「臆病者ではないから人生を取り戻すために頑張り続けるだろう」というキャシー評が印象に残る。バイタリティーはあるんだよなあ。

 好きなシーンもいくつか。P81くらいから突然始まるモリナーリのカウンセリングがなんかいい。妙に生々しくてディックの実体験なんじゃないかな、と邪推してしまう。痴呆的な描写から一転して急激に理知的になる揺さぶられ方がたまらない。124-126のドラッグ描写、P293-294のドラッグが切れる描写もいい。日常では絶対に体験できない描写はそれだけで嬉しくなる。P349でタイトルコール。眼を惹くタイトルに一応の意味付けがなされている。

 主人公は割と前向きというか、軽い自殺願望があることを除けば精神はそれなりに安定している。トラブルを解決できずにうだうだやっていた序盤のほうが口調も行動も明るかったけれど、終盤に「なんで前線に行かなかったの?」と問われてから妙に抑鬱的(いつものディック的主人公)になる。しかし、そこから復活するのが他のディック作品と一味違うところだ。もちろん、この世界での時間移動(というか時間覗見?)は厳密には未来でも過去でもなくて可能性世界みたいなものだから、これからどうなるかは彼らの行動次第なわけだけど、それでもあの状況で前を向けたことにはグッとくる。そしてラストのタクシーのセリフがめっちゃいい。もちろん解説にあるように正しいとは思わないけど、こんなセリフを終着点にできること自体が感動的だ。とても良い意味でディックらしくない。

 これは完全に余談だけどヴァレンタイン大統領のスタンドっぽいよなあ。ウェブで同じこと言っている人がいくらかいたけど、たぶん元ネタってわけでもなくて、単なる偶然だろうなあ。

最近見た存在しない映画(2023年11月)

地球に磔にされた男(2017年、日本、監督:山田寛一、100分)

 素晴らしい。時間SFの中でもかなり変わり種で理論はタイムトラベルだけどやっていることはパラレルワールドの移動で、落着はタイムリープものに近い。すげえや、時間ものの新機軸だ! 

 怠惰な男が非日常的な体験を経て成長して穏当な環境に落ち着くというのはベタだけど素晴らしい。印象深いラストシーンは当時の時世をこれ以上ないほどうまく活かしている。同様の題材なら『Letter to you 〜想いは時を越えて〜』を思い出すけど、フィクション係数を別の方向に振っていて興味深い。

 やっぱり実相寺が群を抜いて魅力的。登場機会はかなり少ないんだけど忘れがたい存在感がある。ドクだけどドクじゃないというか、バディじゃないけどバディっぽいというか。それぞれの世界でのそれぞれの廉太郎も多種多様で、一人複数役を見事にこなした役者にも万雷の拍手を送りたい。

《印象的なシーン》最後の世界での実相寺との会話。

 

 

有名悪女になったので好きに生きたいと思います(2024年、日本、監督:野呂雉啄、128分)

 当世流行の異世界転生もの……ではなく単なる悪女もののファンタジーアニメ。だからメタ知識も二周目の記憶もない。少女漫画が原作らしくてあまり触れたことがない異文化な映画だったけど、思っていたよりは理解できる作品だった。宮廷ものというと後宮で完結するタイプを連想するけど、本作はどちらかというと皇帝の代理執行から皇太子の臨朝称制で実際に政務を執るタイプの作品。そういう意味では即位していないけれど女帝に近いポジションで物語が進む。政治劇はかなり起伏に富んでいるし重臣たちは個性たっぷりで味方になったり敵になったりと目まぐるしい。退屈とは無縁な作品。

 というか、主人公は悪女というほど悪女ではないような気がする。まあ、ライバルの第二夫人への仕打ちはたしかに悪女でしかないけど対応自体はまっとうというか、ふつうに越権行為だったし政敵だったしねえ。夫はなんともいえないクズだけど魅力が溢れてたまらないから不思議だ。結局、主人公が辣腕を振るうのも惚れた弱みみたいなところがあるし。

 映像的にもかなりレベルが高くて、宮廷の煌びやかな描写はあやうく話の筋を忘れてしまいそうになるほど目を奪われる。登場人物も多いけどしっかり描き分けられていて見分けがつかなくなることはない。ただ、中盤以降の政治パートよりも序盤の夫との出会いのロマンスやそこからの貧しいながら幸せな生活のほうがどこか牧歌的で純粋に楽しかったような気もする。

《印象的なシーン》股肱の臣と意味深に視線を交わす場面。

 

 

閥(1967年、アメリカ、監督:アルフトン・レナスター、99分)

 ワイドスクリーンバロックハイテンポアニメーション。

 アクション友情恋愛組織個人技技術超能力帝国宇宙人とてんこ盛り。アップテンポなリズムでとても楽しいけれど、字幕の文体が古いのはいかんとも……まあ時代が時代だから仕方ないんだけど。「~なのである」「~するヘドロックである」ってのをやめてくれるだけでだいぶ違うんだけどなあ。もちろんそれを差し引いても迫力は抜群だけど。

 この映画は「どうしようもない悪人」がほとんど出てこない作品でもある。言えばわかってくれるやつが多いし、本人なりの正義感を持っている。全体的に不快感のあるキャラクターはいなくてどこに魅力のあるキャラクターがほとんどだった。グリーアがほぼ唯一の例外かなあ。まあそれにしても大して不快ではない。

 ちなみにオープニングで表示される原題になんとなく見覚えがあるなと思っていたらヴォークト『武器製造業者』が原作だった。マジか。あれをどうしてこんな邦題に仕上げたのか。

《印象的なシーン》ラストのイネルダとヘドロックの会話。

 

 

おとなしい凶器(2023年、アメリカ、監督:ウェス・アンダーソン、17分)

 先月に引き続きアンダーソンによるダール短編映像化企画の第三弾。古典的なミステリ作品で単純明快だけど惹きつけられるものがあるのはダールとアンダーソンに化学反応だろう。原作は既読だけど、いつ観てもパトリックが酷い。なんなんだろうこいつ。なんでこんなにラムチョップが旨そうなんだろうなあ。

《印象的なシーン》メアリーの笑い方。

 

 

小説工場(1889年、日本、監督:真崎有智夫、10分)

 たぶんロバート・シルヴァーバーグの異名(蔑称?)を題材にしているのだと思うけど、どちらかというと星新一……はちょっと褒めすぎだけど、そっちを目指したんだろうなあという作品。経過の描写はイマイチだけどオチはちょっと笑える。

《印象的なシーン》歩き回るマネキンのような第一段階の男。

最近見た映画(2023年11月)

MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない(2022年、日本、監督:竹林亮、82分)

 めっちゃ面白い。やっぱり時間循環ものはいいねえ。登場人物それぞれに個性があるけど不快感はなくて時間もの特有のイライラさせられるような描写もほとんどない。使い古されたテーマなだけに説明は最低限度に徐々にテンポアップしていくのは後発の作品ならではの工夫と思う。序盤に多用された瞳をアップで映して目覚めを描写するのはベタだけどやっぱり良い。第一目標(上申のための準備)→第二目標(部長の説得とブレスレットの破壊)→失敗/目標喪失→発見と目標の再設定→主人公の葛藤→解答と大団円、と過不足なくキッチリ作られている。素晴らしい。

 時間循環イムループSFで「永遠の休暇」や「現実逃避」ではなく、「繰り返される辛い労働」が題材になっているあたり日本的というかなんというか……けどだからこそループ者(ループ自覚者)が複数いることに意味のようなものが生まれているし、この作品の特色にもなっている。解決のカタルシスも個人というよりは集団によるものといえる。

 崎野の言い様からすると世界自体がループしてるのかな。いや、あれは単なる常套句とかそういう言葉で意味はないのか。森山のパソコンの画面はずっと変わらないけど本当に仕事しているのかな。ラストの結論は個人的には好きだけど、保守的になって一歩下がってしまったともとれる。エンドロール終わりに意外な伏線回収(?)が観れるのは純粋に嬉しい。

《印象的なシーン》部長への流暢なプレゼン。

 

 

ウィッチサマー(2020年、アメリカ、監督:ブレット・ピアース/ドリュー・T・ピアース、95分)

 一気コールって向こうにもあるのか。

 なんだかなあ、うーん、という感じのキャラクターたち。主人公は平均的なハイティーンと言えばそのの通りなんだけど、もうちょっと何か応援したくなるような魅力をつけてほしかった。あの悪質パリピたちは話の筋にほとんど関与していないから正直いらなかったと思う。マルとリアムは悪くないんだけどなあ。直接描写はないけど複数人犠牲になっていて、こんなに子供の命が軽い映画も珍しいと思う。子供を殺すのは欧米ではタブーに近いと聞いたことがあるけどホラーは例外なのかな。

 全体的な雰囲気は廉価版の『ヘレディタリー』で、まあオーソドックスで悪くはないけど……と思っていたら意表を突く展開。おお、すごい。ゾクゾクするぜ。良い映画じゃん! ……と軽く手のひら返しおれはこういうタイプの映画に甘い。ホラーとしてはあんまりかもしれないけど、その辺の描写の前振りについてはかなり良く出来ていたと思う。ラストにもう一段オチっぽいものがくっついていたけど、だとしたら妹は?どこかの段階で寄生(?)されてたってこと?

 ただ、本国では大絶賛されているらしいけど流石にそこまでの映画ではないと思う。おれは好きだけど。

《印象的なシーン》包帯の落書きから消えた人間を思い出す場面。

ウィッチサマー [DVD]

ウィッチサマー [DVD]

  • ジョン・ポール・ハワード
Amazon

 

 

セミマゲドン(2018年、アメリカ、監督:デヴィッド・ウィリス、82分)

 なにはともあれ完成させるって大切なんだなあ。

 創意工夫のかけらもない。すべて力技で解決。ビックリするほどチープな背景合成やセミとの格闘シーンは90年代のアーケードゲーム、いや素人が作ったフラッシュゲームのクオリティ。もちろん、ある程度はそういうコンセプトの映画なんだろうけど、ちょっとそれにしてもなあ。字幕では訳出されてなかったけど人類が地下に逃避するというシチュエーションについて『12モンキーズ』を例に出していたのはちょっと嬉しかった。

 なんだか悪口ばかり書いてきたけどストーリーや作風は割と好き。物語の筋が良いとかじゃなくて死んでも悲しくないドタバタが好きで、そういう意味では最高の作品だった。もっとお金かけて作ってみてほしい。ホームラン爆発には笑わせられたし、セミたちは妙にリアルで気持ち悪いけどしばらく見続けているとなんだか可愛らしくなってくる。エンドロールのメイキングが一番楽しかった。

《印象的なシーン》頭にアルミホイルを巻く理由。

 

 

もしも昨日が選べたら(2006年、アメリカ、監督:フランク・コラチ、107分)

 善人かなあ……まあ、この辺の匙加減がコメディでは難しいんだろうなあ。ちょっと疑問はあったけどコメディとしては笑えて楽しい気持ちになれて良い作品だったし、その方面では成功していたと思う。

 タイトルで典型的な過去改変系のSF映画だと思っていたら、全然違う設定で面食らってワクワクした。時間SFとしてはわりと変わり種の設定で巻き戻しによる再選択ができるわけでも未来を覗き見できるわけでもない。じゃあ、何ができるのかというと……という作品。

 家族に限らず周囲の人々に恵まれた人生だったのだろうなあ。本人よりむしろ周囲の方が善人だったような気がする。家族を大切に、というテーマは日本に限らずアメリカでも受けがいいんだろうなあ。ただそれはそれとして懸命に働くことは決して悪いことではないからそんなに悪しざまに描かなくても、とは思ってしまう。こりゃまた洋画にありがちななんとも言えない日本観だなあ……と思ってたら突っ込まれてた。魚を焼くのも待てないってなんだ? ……ああ、刺身を喰ってるやつらってことね。中東の顧客も紋切り型というか偏見というかそういうところがあったような気がするけど、どうなんだろう。

 やっぱりモーティーがいい。無条件に味方してくれる善人ではないけど、人の心を理解できない悪人でもない。テーマ的には最後の救いはないほうが良かった気もするけどせっかくのコメディだからねえ。コメディ部分もキッチリ笑えるし主人公の成長も描いていて感動するシーンもあり後味もスッキリ。良い映画でした。

《印象的なシーン》雨の中、最期の力を振り絞って息子のもとへ向かうマイケル。

 

 

奇才ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語(2023年、アメリカ、監督:ウェス・アンダーソン、39分)

 再びダールとカンバーバッチ。原作は未読。短い時間の中にダール→ヘンリー→チャテルジー→カーン→ヘンリー→ダールと目まぐるしく視点が変わり、それとともに物語の毛色も変わる。飽きとは無縁。鮮烈なオチがあるわけじゃないけど忘れがたい味がある物語。奇妙な味。

《印象的なシーン》ヘンリーの百面相。

 

 

ネズミ捕りの男(2023年、アメリカ、監督:ウェス・アンダーソン、17分)

 同じくダール。こちらも原作は未読……と思ってたらこれ《クロードの犬》の「ネズミ捕りの男」か。どうりでなんか聞き覚えのあるストーリーだと思ったんだよなあ。連作短編の一題だから覚えてなかった。声の描写(ナレーション)が素晴らしい。意地悪く残忍。パントマイム的な表現から人形、CG、人間と演技の手数が多い作品。

《印象的なシーン》ネズミの最期。