電羊倉庫

嘘をつく練習と雑文・感想など。ウェブサイト(https://electricsheepsf.web.fc2.com/index.htm)※「創作」タグの記事は全てフィクションです。

King Gnu全アルバムの(簡単な)感想

 ここでも書いたけど聴き始めたのは世間で評判になっていたからというのと好きなブログで推されていたから、というだいぶニワカな理由からだった。とりあえず公式YouTubeにアップロードされているMV動画をいくつか聴いてみるか……と何気なく聴いたのが「傘」だった*1


www.youtube.com

 衝撃的だった。やっべえ。初めて聴いて一発でこんなに好きになったのはマジでポルノグラフィティ「アゲハ蝶」以来だった。すげえ。詳しくは後段で書くけどなんだかわからないけどリピートが止まらなかった。おれは心が初めて目に入ったものを親と思い込む鳥と同じだから初めて好きになったものがオールタイムベストであり続けることが多いのだけどKing Gnuも例外ではなく「傘」がいまのところ一番好きな曲だ。

 というわけで「傘」が収録されている『CEREMONY』から始めて遡って二枚のアルバムも聴くようになった。上に挙げたのでも書いたけどエリスン世界の中心で愛を叫んだけもの」を読んだ時の感覚に近くて、ぜんぜん知らない国の料理を食べているような気分だった。

 熱烈なファンとはいえない人間の感想だからファンからすればかなり浅いものになると思う。二人の歌唱の比較とか歌詞楽曲の傾向の検討とか歌詞解釈なんかはほとんどできない。タイトルの通り簡単な感想でしかないけど、まあ、枯れ木も山の賑わいということで。

 アルバム名、曲名、曲順等はすべて公式サイトから引用している。Spotifyで聴いているアルバムもあるからCDと差異があっても対応できていない。

 


『Tokyo Rendez-Vous』

 暗い。深い夜のイメージ。雨は降っていない。都会。唯一のアップテンポな曲「あなたは蜃気楼」にも嘲笑の色があって、ぱっと明るい印象はない。ただそれほど後ろ向きな印象はなくて、どこか眠れなくて起きているときにふと頭によぎる過去への煩悶や自傷的な感情を連想させる。タイトル(と表題曲)も含めてどこか上京してきた野望を抱く青年のイメージがあるのは、製作当時の若さが色濃く反映されているからかもしれない。深夜に酒を飲みながら聴きたくなるアルバム。

 喧騒と倦怠感を混沌に煮詰めている「Tokyo Rendez-Vous」。「あなたは蜃気楼」はイントロの嘲笑が忘れなられなくなる。緩急がついた二人の歌声の清濁に目が回る「Vinyl」。印象的なタイトルの「破裂」はラストの伴奏が消える瞬間がグッとくる。

 一番好きな曲は「ロウラヴ」。すげえ好き。曲も歌詞も歌声もすべてが哀しい。胸が抉られる。もうどうしようもない二人の関係性が虚しくも切実。三分程度の短い時間と少ない言葉でたくさんの情景と複雑な想いが思いうかぶ。哀しさ、虚しさ、夜、都会……このアルバムの要素がふんだんに盛り込まれている。

01. Tokyo Rendez-Vous
02. McDonald Romance
03. あなたは蜃気楼
04. Vinyl
05. 破裂
06. ロウラヴ
07. NIGHT POOL
08. サマーレイン・ダイバー

 

 

『Sympa』

 一連のインタールードが海難事故を連想させる。前作に比べてかなり聴きやすい(というか分かりやすい?)曲が多くて音楽低劣偏差値人間のおれにはありがたい。前半にアップテンポでノリがいい曲が多くて後半はグッとくる重いバラードが固まっている。アップテンポ系→中間→バラードとグラデーションを描いていて、なんとなく朝日が昇り沈むまでの一日を連想した。「Flash!!!」が爽快な一日の始まり。「Don't Stop the Clocks」は穏やかな昼下がり。「Prayer X」で夕暮れで「The hole」が就寝直前の深夜みたいな。もちろん、そんな法則(?)に完全に従っているわけじゃなくて、あくまでイメージだけど。

 ヒップホップなリズムで繰り出される荒んだスラム感がたまらない「Slumberland」。「Sorrows」の終盤に繰り出される脳が破壊されそうなギターソロを無限にリピートしてしまう。誠実と退廃が交差する「Hitman」。眠るまえに「It's a small world」で緩やかに「Bedtown」で激しく一踊り。「Prayer X」で頭を巡るミクロとマクロの生命。

 一番好きな曲は「Flash!!!」。単純明快にアップテンポで楽しくて反骨的でストレートにぶん殴って奮起させてくれる。〈Flash〉〈スピード〉〈輝ける〉〈光〉と首尾一貫した加速の表現が曲調と相まって目を眩ませる。あっという間に終わって数秒呆けてさあもう一回。

01. Sympa Ⅰ
02. Slumberland
03. Flash!!!
04. Sorrows
05. Sympa Ⅱ
06. Hitman
07. Don't Stop the Clocks
08. It's a small world
09. Sympa Ⅲ
10. Prayer X
11. Bedtown
12. The hole
13. Sympa Ⅳ

 

 

『CEREMONY』

 バラエティ豊かでどこか余裕を感じるのは「白日」が日本の世代を代表するレベルの大ヒットを飛ばしたから……というのは邪推に近いか。おれみたいな音楽感性が死んでいる人間にも聴きやすいアルバムだけど、King Gnuらしい未知もある。全体を通してやや明るいイメージがあるのは「小さな惑星」「Overflow」が効いているのと「ユーモア」が明暗の中間にあるからかもしれない。家事をしながら、寝る前に、食事をしながら、ただ暇ができたから、隙あらば聴き返しているアルバム。月並み極まりない表現になるけどマジで名盤だと思う。

 前奏なしにハイテンポでかっ飛ばしていく「どろん」でまずはボルテージを上げる。「Teenager Forever」は青春を過ぎた視点から回顧しつつ過去は変わらないことを前向きに受け止める。ささやかな機知が効いた「ユーモア」。雪の描写が忘れがたい「白日」。アップテンポでもないのにこんなに高揚させられるのは「飛行艇」が唯一無二。アルバムの中でもっともおれが知っている音楽(J-POP?)に接近している「小さな惑星」は〈くしゃみをして笑い合うのさ〉がたまらなくなる。

 一番好きな曲は「傘」。おれにはどういう音楽ジャンルになるのかサッパリわからないけど、とにかく良い。耳心地が異常に良い言葉で繰り広げられる茹だった日常。対話のような回想のような他人のような自省のような事故の客観視のような歌詞。イントロとアウトロのみょんみょんみたいな音はいったいなんなんだろう。中毒になりそう。

さよなら
ハイになったふりしたって
心模様は土砂降りだよ
傘も持たずにどこへ行くの?

ここ好き。とても好き。すごく好き。

01. 開会式
02. どろん
03. Teenager Forever
04. ユーモア
05. 白日
06. 幕間
07. 飛行艇
08. 小さな惑星
09. Overflow
10. 傘
11. 壇上
12. 閉会式

 

 

『THE GREATEST UNKNOWN』

 これまでのアルバムも随処にインタールードを挿入する構成が多かったけど、このアルバムはインタールードが前後の曲を補強して繋ぎ合わせていて、アルバム一枚が通して一つの楽曲のようですらある。どういう計算が働いているのかはおれのすべすべ脳みそではわからないけど、とにかく一枚通して聴きたくなる。多くのシングル曲がアルバムアレンジで収録されていて、特に「千両役者」はかなり印象が変わっている。変化の方向性が抑制的だからアルバム全体の雰囲気に合わせているのかなと思う。アルバム全体では明暗というより落ち着いている、という印象が強い。

 咽喉が灼けそうなほど度数の高い洋酒のような「一途(ALBUM ver.)」。「逆夢」では寒い夜と強い意思の対比に情緒を揺さぶられる。疾走する「千両役者(ALBUM ver.)」では古めかしい言葉を休む間もなく撃ちつけられて「硝子窓」では〈高速〉に額を貫かれる。サビの切実さではほとんど唯一無二の「泡(ALBUM ver.)」。二人で歌っているのに独演会の「三文小説」。

 ちなみに「泡(ALBUM ver.)」は不思議な曲で、シングルで聴いたときは正直よくわからなくて好きではなかった(ずっと鳴っている音*2が舌打ちにしか聞こえなくてイラついたりした)けど、アルバムで通して聴いたらすごく好きになった。サビの切実さが歌い方と相まって〈胸をえぐ〉られる。

 一番好きな曲は「 ):阿修羅:( 」。〈修羅修羅修羅〉〈ピュアピュアピュア〉〈クタクタクタ〉〈ハラハラハラ〉と同語三連が麻薬の素。最初と最後の音は排莢っぽく聴こえる。トリップしている歌詞のようでもあり純粋な少年が遊んでいることを唄っているようでもある。歌詞を読んでいるといろいろ考えてしまうけど音として聴くと何も考えられなくなる。しゅらしゅら……しゅらしゅらしゅら? あれ、おわった。あたまおかしくなりそう。

01. MIRROR
02. CHAMELEON
03. DARE??
04. SPECIALZ
05. 一途(ALBUM ver.)
06. δ
07. 逆夢
08. IKAROS
09. W●RKAHOLIC
10. ):阿修羅:(
11. 千両役者(ALBUM ver.)
12. 硝子窓
13. 泡(ALBUM ver.)
14. 2 Μ Ο Я Ο
15. STARDOM(ALBUM ver.)
16. SUNNY SIDE UP
17. 雨燦燦
18. BOY
19. 仝
20. 三文小説
21. ЯOЯЯIM

 

*1:上に挙げた記事ではブログから直に『CEREMONY』に行ったように書いているけど説明が面倒くさくて省略していた。

*2:フィンガースナップ?

フィリップ・K・ディック『フロリクス8から来た友人』〔主人公がだいぶ不愉快だけどそれなりに面白い物語〕

 マジで読むのやめようかと思った。というかディックじゃなかったらやめていた。一部登場人物が不愉快。以下、悪口の羅列。

 デニーは人が見ている前では殴らないって、いやさっき思いっきり殴りかかってたでしょ。いや、なんだこいつ。マジで奥さんの方が正しいだろ。ちゃんと口を回して説明しろよ。側からみたらやばいロリコン以外の何者でもない。P208の描写、マジでなんだこいつ。家族を事実上密告しておいて「おれたちはいっしょにいるべきなんだ」とかぬかすな。しかもその舌の根も乾かないうちにチャーリーのこと考えてるし、本当になんなんだ。ニックだけかと思ってたらお前もかよグラム。P296からの描写、ここでしばらく読むのやめた。マジで不愉快極まりない。いや、妻を捨てて新しい女のところに逃避するのはディック主人公あるあるだけど、この言い草はその中でも一二を争うほど酷い。P235-236の描写的に、主人公の俗物っぷりはある程度意図的なものなのかね。『創元SF文庫総解説』によるとディック本人も「金のためだけに書いたカス作品」と評しているらしく、ある程度は自覚的だったらしい。

 ただ、少なくとも終盤に入るまでは(良い意味でも悪い意味でも)先が読めなくてそれなりにワクワクさせられる。まあ、斜め上(いや、下かも)の結末が待っているわけだけど。P213で開示される「キャンプを撤廃して先手を打つ」という政策はちょっとうまいかも。まあ、あんまり意味なかったけど。P231で突然挿入される日本の侍と剣士のエピソードは宮本武蔵の巌流島のことかな。終盤の雰囲気は好き。

 モノをコピーする異星生物は「くずれてしまえ」を思い出す。まあ、本当にそれが主目的だったかは不明瞭なまま終わったけど。不条理な試験による公職の寡占は「ジェイムズ・P・クロウ」っぽいと思ってたけど、序盤の息子要素はすぐに立ち消えた。少女を取り合えってドタバタを始めたあたりから「待機員」と「ラグランド・パークをどうする?」に近い作品なのかもと認識を改めた。会話文のテンポ感やその場で辞表を書かされる将軍のコミカルさを含めてB級映画っぽくもある。もちろんかなり悪い意味で。

 大した仕事をしていないというコンプレックス、弱い立場のものに勇気付けれれる展開、生命力に溢れているけど近づけば破滅すると分かっている少女(自殺願望とやり直したいという願望、またはしがらみが存在しない時代への回帰願望)がディック要素かな。というかニックのことを「平均的な市民の代表選手」みたいに描いていたけど、あれがディック世界的な平均的市民だったらマジでろくでもないぞ。

最近見た存在しない映画(2024年1月)

ドリブレッドをおくれ(2010年、アメリカ、監督:クラレンス・メツガー、124分)

 ほんの少しの水ドリブレッドを巡る人々の葛藤を淡々と描いている。背後にある陰謀論的世界と、それに関わっているはずなのに事態の進行から疎外され続ける主人公のK・カフ(K.Cuf)のどこか超然としているようでもただただ狼狽えているようで主体性はないのに次々と人々が接触してくる。〈水〉の行方は結局謎に包まれたまま物語は終了し、カフの絶望とも安堵ともとれる顔のアップで幕を閉じる。これは本当に役者がすごい。どうなっているのかわかるようでわからないこの気持ち悪さと爽快感がたまらない。話の筋自体はたぶん単純なのだけどなんだか深読みしたくなってしまい、ネットで検索するとまあ出るわ出るわ、暗示と比喩と背後で進行している物語のタイムスケジュールの解説が。いくつか巡回しているとまた本編を観たくなる。水が、とても、おいしそう。いくつかの場面にアンクル・サムがストーリーと無関係にこちらを見つめているのがメタフィクション的な表現なのか、それともカメラ自体が誰か無名の人物の視点を借りていることの表現なのか議論が分かれているのが興味深い。ダイオクリシャーンは何もなさないままフェードアウトしてしまったけど「あれは別世界へワツージしたんだ」と言っている人と「あれはニンフェットに捕捉されてグロージングされたんだ」という二種類の説明を見つけたんだけど、ぜんぜん意味がわからない。そもそも「へワツージ」と「グロージング」ってなんだ? そんな言葉本編には出てこなかったぞ。まあ、いいか。忘れがたいギミックやディティールが物語の筋とは無関係にその場面を頭に焼き付けてくる。〈エコー屋敷〉でのささやかな酒宴やヴェスパーヘイヴンのエモリー・ボーツが語る弾道性の法則。哀しさが全身を突き刺し、虚しさが胸にぽっかりと穴をあけて、そして喉が渇く。

《印象的なシーン》「王は首をはねられる寸前だ」

 

 

カラー・プレリュード(2124年、日本、監督:色川虹子、101分)

 色のない世界を舞台に三人の少年が大冒険を繰り広げる、というあらすじを読んだときに「いや、そんなものモノクロ映画になるだけでつまらないだろ」と思ってしまったけど、本作はそんな擦れた大人にもお勧めできる映画だった。最初はたしかにやや単調で地味なシーンが続くけれど、それさえもどこか魅力的になっている。三人の少年の群像劇的な構成だけど、それぞれ個性豊かでまさに凸凹トリオで目が離せなくなる。姿形もさることながら基本的なものの考え方にも違いがあって、それがちゃんと長所にも短所にもなっているところが素晴らしい。特に年少者を主役に沿えると、作劇の都合がよいように思考を統一するかトラブルメーカーとして不自然に孤立させるとかしがちだから、その辺のバランスをとっているのは本当に素晴らしいと思う。

 樹齢百年の大樹がある種のセーブポイントになっているわけだけど、大体20分ごとに大樹に立ち寄って物語の整理が行われるのはテレビアニメを五本程度劇場版に再編集したかのような印象を受ける。あらゆる意味での「色」がテーマになっていて、その喪失と獲得がストーリーの基軸になっている。そういう意味では(設定的には真逆だけど)『色彩、豊かな日常』に近いものはあるけれど、こちらのほうがストーリー性があって個人的には好み。

 後半は設定が反転して極彩色の世界が広がるわけだけど、前半の雰囲気が好きな人からはかなり不評らしい。気持ちはわからないでもないけど、あの展開は三人が出す結論に大きく寄与しているし、多少賛否はあるかもしれないけど感動的なラストに繋がっているからそんなに否定しないでほしいなあ、というのが正直な気持ち。

《印象的なシーン》赤い帽子の少年が図録を手に取るシーン。

Colorless Prelude

Colorless Prelude

  • Marimo Guitar Music
Amazon

 

 

輝くものは全て宝石(2001年、イギリス、監督:ローレンス・ランドール、114分)

 幼年期の純粋さがまぶしい。おれにもキラキラ光っているものがすべて宝石みたいに見えた無垢な時期があったから、心を抉られるし同時にポカポカ暖かい気持ちにもなれる。印象的なタイトルは内容そのものでもあるけど、さらにもう一つ象徴的なニュアンスが潜んでいて素晴らしい……と思ってたら原題は「THE JEWEL」で意訳した邦題だった。製作陣の意図じゃなかったのがちょっと残念だけど、いいタイトルであることには変わりないからよし。

 主人公たちが参加する〈宝石喪失会〉は自助グループのようでもあり同好の士と語り合う場でもあり単なる暇つぶしの会合でもある。あくまで目的が「宝石を取り戻す」ことではなくて「宝石を失ったことを語り合う」会合であることが、社会問題を取り扱いつつコメディとしての明るさを保ってくれている。

 コメディらしく後味の良いハッピーエンド。やっぱりコメディはこのくらいがちょうどいいですね。

《印象的なシーン》海浜でひとつ輝くシーグラス。

 

 

残響で踊る人エコー・ダンサー(2010年、日本、監督:宇佐地真紀、99分)

 表情や仕草から感情を読み取る男性と超能力としての読心能力能力を持った女性が偶然の出会いから交流を始める。彼らはお互いに心が読めるわけだけど、男の方は表面的な情報から推察しているだけだから演技には引っかかるし、女の方は相手の言語的思考を読み取れるだけだから徐々にすれ違っていく、というストーリー。おお、めっちゃ面白そうじゃんと設定だけで観始めた本作だけど……なんか思ってた感じじゃなかった。もうちょっと、なんというか事態を突破してほしかったというか、投げ出しているとは言わないけどちゃんと収束していないような気がする。けど嫌いかと言われると……うーん……。

 やっぱりラストの破綻は印象的。互いに目の前の現実ではなくて跳ね返ってきた残響で踊り続けた周回遅れのダンサーでしかなく最期になって二人がそれに気づくわけだけど、それが周囲には理想の夫婦として認識されていたという皮肉。あっけなく暗転して幕を閉じるのもその皮肉を際立たせている。

 バッドエンドがあまり好きじゃないから評価が低くなったけど、こういう展開が好きで(やや緩めの)SF設定が許せる人ならそれなりに楽しめる映画だと思う。

《印象的なシーン》男の心の中にあった三色の球が瞬く間に融けあい煌く白色に変化し、そしてドス黒い恐怖と失意の色へ変色した場面。

 

 

氷の礫が融けゆくように(2025年、日本、監督:真崎有智夫、30分)

 結晶化した世界の精巧な映像はそれだけで一見の価値あり。絶望的なラストは主人公の表情を敢えて映さないところに妙味がある。狂気の終焉が必ずしも救済になるとは限らない。けれど放浪の果てにはもしかしたら救いがあるのかもしれない、と匂わせているようにも思える。

《印象的なシーン》コンビーフを食べる場面。

最近見た映画(2024年1月)

きさらぎ駅(2022年、日本、監督:永江二朗、82分)

 ネットロアを基にした映画で、元ネタは一応は読んだことあったし元ネタを原案に大幅にアレンジした映画ということは知っていたけど、まさかここまでパニック映画風になっているとは……けど、登場人物を増やしたのは無意味ではなくてキチンとオチに寄与しているし人気がない田舎町という薄気味悪さはちゃんと抑えている。短い時間できちんと纏まっていてやや意外なオチもついてくる。ただ、ビックリどっきり系の演出が多かったのはちょっと違ったような気がする。終盤に至ってはちょっとゾンビものっぽくなっているし。

 大まかに現在、回想、再突入の三パートに分かれている。回想パートは基本的にPOVで進むけど、これが「体験談を語る」という形式≒語り手の信頼性というオチの根幹に関わってくるから奇を衒っただけの演出ではなかったと思う。画面の揺れの関係でちょっと見ずらいところはあったけど、良い工夫だったんじゃないかな。演技はちょっと安っぽいけど、このタイプのホラーではこれくらいのほうが観やすくていいのかもしれない。

 追突消滅してからbgm含めて雰囲気変わってて笑った。わかりやすく嫌なやつから死んでいったなあ。POVであることを含めてどこかゲームっぽい演出だったと思う。フリーゲームっぽいというか。そういう意味で再突入後の展開はフリーゲーム特有の全ルートコンプ特典のグッドエンドシナリオともいえる。やや後味が悪いところも含めてわりといい映画だった。

《印象的なシーン》生存者に運転できる者がいるかと尋ねる春奈。

 

 

ザ・シスト 凶悪性新怪物(2020年、アメリカ、監督:タイラー・ラッセル、73分)

 マットサイエンティストB級映画としてかなりオーソドックス(というか原点回帰?)な作品で舞台設定や小道具、人間関係までかなり昔の映画っぽい雰囲気があるけど、たぶんオマージュ(パスティーシュ?)なのだろう。2020年らしさはほとんど感じられない。クローズドサークルを作るための理屈はかなり強引だけど、こういう映画にはあまり整合性を求めるものではないだろうからねえ。

 叫び方がやや単調だけどパニックホラーとしては単純明快で観ていてけっこう楽しかった。主役の看護師は作品が切羽詰まるにつれて妙に若返ってみえたけど、どういう現象なんだろう。メイクの問題? 怪物のデザインは想像の1.5倍くらい気持ち悪い。我ながら阿保っぽいけど、よりにもよって焼き芋食べながら観たせいでちょっと気分が悪くなっていったん映画を止めてしまった。

 題材的に長くやるとダレるだろうから潔く一時間ちょっとで終わらせたのは英断だったと思うけど、エンジンがかかり始めるまで思ったより長くてガイ先生の不快さも相まってちょっと見るのがきつかった。全体的に『カメラを止めるな!』の前半パート見てる気分だった。オチはちょっと意外で面白かったけど、投げた位置的にすげえ転がっていったことになるよなあ。

《印象的なシーン》エンディング後の楽しそうなメイキング。

 

 

アドレノクロム(2017年、アメリカ、監督:トレバー・シムズ、84分)

 ホラートリップムービーみたいな説明だったけど、そういう映画ではなかった。少なくもホラーではない。基本的に笑うか怒鳴るか叫んでる。なんか最終的にはアクション映画になった。トリップはしてたけどなんか安っぽいというかそれ以前というかなんというか……もっと技巧的な演出が観たかったなあ。

 ゲームのおつかいみたいな小遣い稼ぎのお仕事は『マンディブル』でもやっていたけど向こうだと一般的なのかね。正気と幻視の区別がつかなくなるのはトリップムービーならではだけど、正直途中から誰が誰で何を目的に行動しているのかがよくわからなくなった。

 あんまり……な映画だったけど、構造でいえばディック『スキャナー・ダークリー』も一皮むけば同じ物語だったような気もする。いや、さすがに一皮はいいすぎで二、三皮はあっただろうけど、基本的には同じような気もする。ドラッグはもちろん、陰謀論的な世界観を含めて。

《印象的なシーン》最初のトリップ(?)。

 

 

ヴィーガンズ・ハム(2021年、フランス、監督:ファブリス・エブエ、87分)

 かなり攻めた設定してるなあ……。

 植物だけを食べた動物は旨い、という俗説は『ジョジョの奇妙な冒険』で初めて知ったんだけどフランスにもそういうのがあるのかな。全編にわたるブラックユーモアになんともいえない乾いた笑いが零れる。このタイプの映画で事実上の実行者のほうが常識を持っているのは珍しいんじゃないかな。夫は良くも悪くも普通の人で少なくとも二人目まではやや愚鈍ではあるけどまともな感性をもっていてちゃんと躊躇したり妙な理屈をこねて逃げ出そうとしているのに対して、妻の方は明らかに楽しみ始めてる。

 ネットで聞きかじった話だけど、フランスはこういう社会問題が噴出しているらしくて映画にもそれが反映されがちらしい。そういえば『キャメラを止めるな!』にもそういう要素が入っていたなあ。ヴィーガンというよりは若者の先鋭化と相互不理解が背景のありそうな気もする。それにブラシャール夫妻は貧富の格差やあからさまな差別感情という別の社会問題を体現している。作中で殺害されるヴィーガンに過激派が少ないのもなんというか……。

 こんな映画なのに作中に登場する肉類はどれも旨そうなのは流石ですね。

《印象的なシーン》「これがあんたの手口?」

ヴィーガンズ・ハム

ヴィーガンズ・ハム

  • マリーナ・フォイス
Amazon

 

 

マレヒト(1995年、日本、監督:佐藤智也、30分)

 雰囲気はかなり好き。砂漠(砂丘?)で単調な任務に就く孤独な兵士、地下の家、配給されたガイノイド、重装備にテープレコーダー、そして亡命。世界観はどこかディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を思い出す。このタイプの映画で少数側がこの手の思想しているのは珍しい気がする。青くさい若者の過激派的なイメージなのかな。

《印象的なシーン》青い樹液を流す奇妙な植物。

マレヒト

マレヒト

  • なにわ天閣
Amazon

 

 

狐狸(2022年、日本、監督:高梨太輔、17分)

 タイトルと内容は適合しているようでしていない気がする。ラストがちょっと不完全燃焼だったからアタッシュケースの中身をちゃんと明かして殺し屋(?)の表情と行動の意味をオチとして描写してほしかった。随所に挟まるコメディっぽい部分はあんまりいらなかったような気がする。

《印象的なシーン》ラストの殺し屋(?)の表情。

狐狸

狐狸

  • 井上英治
Amazon

杉山俊彦 『競馬の終わり』〔競馬とSFが楽しめる暗く楽しい問題作〕

 待望の競馬SF。序盤の短文の連続(緊迫感を出したいわけでもないのになぜ?)に面食らって、正直試し読みもしないで買ったことをちょっと後悔したけど、それ以降はそんなことなくて安心した。よく「問題作」という評を聞くけど、これは確かに問題作としか言いようがない。決して傑作とはいえないけど駄作ということは絶対にないけれど良作かと問われると……うーん……良作、というとちょっと足りないし佳作といえるほど優等生ではないわけで……と、煮え切らなくなる。競馬という競技の問題点をやや露悪的(ゆえに正しいとは言い切れない)に描いているという点でもちろん「問題作」だけどロシアに関する昨今の事情がより「問題作」感を増させている。

 競馬SFとしては「驚異の馬」以来の二作目だけど、これは競馬SFというより競馬とSFな作品だと思う。SFの部分が競馬とそれほど関係していない。SF的な未来世界の中での(距離やレース場等に違いがあるとはいえ)従来の競馬が描かれていて、SFが競馬に入り込む一歩手前で物語は終了する。そういう意味ではバイラム「驚異の馬」のほうが(古典的ミュータントSFであるとはいえ)競馬SFとしては純度が高い。ただ、だからこそSFしか知らない人とか競馬しか知らない人でもけっこう楽しめる作品になっている、と思う。

 おれがこの小説をわりと気に入ったのはSFがかなり好きで競馬がちょっと好きというレベルだからかもしれない。あと薄暗い文体がディックや山野浩一的でもあるし場違いですらある暗いユーモアも相まって文章は好きと嫌いのはざまにある。その日の体調によって好きと嫌いが変わりそう。

 個別の描写を二つほど。P220からなんか陰謀論みたいな話になってきたけど、このあたりがキチンと明かされないところがSFよりも競馬小説に寄っている由縁かなとも思う。

 三日に一度くらいこんな発言をするのだが、笹田も園川も、街を徘徊する老人を見るように、ああまたかという表情を浮かべる。そして三十分か一時間経ったあとで奇怪な発言を思い出し、身を震わすのだった。恐怖には瞬間的なものと、時間差をともなうものがある。甘味はすぐに感じるが、辛味は遅れてやってくる。
(P225)

このテキストが好き。

 サイボーグ化が正しいことを皮肉に描いているとはいえ、そのラストはなんだかちょっと納得いかないというかもっとカタルシスが欲しかった。あといくらなんでもポコポコ死にすぎなのもちょっとなんだかなあ。ちなみに硬い馬場が事故のもと、という統計的なデータはない(JRA競走馬総合研究所『競走馬の科学』)らしい。高速化が予後不良を増加させているというのもよくきく話だけど、統計/走行理論的にはどうなんだろう。調教技術や動物医療の発達によって少なくとも死亡に至るような事故は減少しているようなイメージがあるんだけど……。

tvk『この動画は再生できません2』[ミステリ要素強めのホラーコメディ。ずっと眺めていたい緩さも健在]

 待望の続編。やったぜ。前作と同じく25分を四話と手軽に楽しめるホラーコメディ。基本的な設定および構成も前作を引き継いでいるけれど、一話の冒頭に前作の補足(と最終話への伏線)となる映像が挿入されている。また、謎を解明した後に第三者視点での種明かしの映像が入ってくるのも前作との違いになる。内容はそれぞれカップルのリモート会話、動画配信者(You Tuber?)、若手お笑いコンビの記録映像、テレビ番組の取材VTRと前作との被りを可能な限り避けつつ妙にリアリティのある映像に仕上がっている。前作の感想で「何だったら設定をリセットしても……」と書いたけど、まさか幽霊のまま話が進行するとは思ってなかった。けっこうストロングスタイルんだなあ……けど物語の進行が一室(編集室)のみで完結するタイプだからできたのかな、と思っていたりする。

 第一話は冒頭の鬼頭が撮った動画が重要な前振りになっていて目が離せない。単純だけど効果的なトリックも楽しい。第二話はあまり観にいかにないタイプのYouTuber感がちょっとキツイけど被害者に救いがあるのが良い。第三話は前話から引き続いて時系列がトリックの核になっている。個人的にはあの時代のカメラの画質感が懐かしくてワクワクした。第四話は前作から続く謎の解明。描写はやや典型的だけど危険度でいえば作中屈指で密室なだけにヒトコワ的緊迫感がある。たぶん最後に撮った映像が映画版に続くのだろう。

 ベストは第三話「INCIDENT」。ミステリ的な要素としても良く出来ているし大幣でオカルト的な要素をほのめかしつつ、それが良い方向に作用しているという後味の良さもグッとくる。ビデオカメラの知識がある人ならすぐにわかったのかもしれないけど、おれには本当に新鮮で面白かった。

 幽霊がビデオカメラに映らないことが確定したけど、全体的に言及されない/解明されないオカルト要素(ひとりでに開く扉、移りこむ大幣など)が散りばめられていているのがホラーとしての救い(?)になっている。ちなみに一話の終わりでよく見るとドアノブが下がったままになっていたのは外で会話を盗み聞きしていたということなのかな。実は毎回そうやって監視していたとか? 前作のかが屋のコント的な緩い雰囲気も健在でソフトホラーと合わさってとても心地よい雰囲気だった。しばらく成仏しないでくれ……。

 そしてラストにサプライズ発表。いやあ、楽しみだなあ。

 

 

各話リスト

一話.AFFAIR
二話.GAP
三話.INCIDENT
四話.ENDLESS

4話 ENDLESS

4話 ENDLESS

  • 加賀翔
Amazon

フィリップ・K・ディック『永久戦争』〔機械による戦争、政争、存在しない戦争、星間戦争〕

 収録作品はすべて既読。戦争を題材にしたコンセプトアルバムだけどせっかく「ジョンの世界」が収録されているのだから「変種第二号」もセットで収録してほしかった。そこはちょっと残念。収録作の感想は大森望編『ディック短編傑作選』シリーズで書いたので省略する。

 改めて読んでみると「変数人間」は面白いけど、ラストで艦隊が壊滅しているのに「宇宙船が開発されたからOK!」ってのはちょっとどうなんだろう、一応人がたくさん死んでいるんだけどなあ。戦争が題材のわりに暗い雰囲気の作品はそれほど多くはない。「地球防衛軍」「ジョンの世界」「変数人間」はかなり前向きなラスト。

 ベストはやっぱり「傍観者」かな。めちゃくちゃ好きなんだよなあこの作品。娯楽性は低いけどディックの切実さが如実に表れている。政党をあえて戯画化しているのも効果的だ。ただ、解説によると原稿を売るのには苦労したらしい。マジか……やっぱり政治性が高いとみなされたのかな。まあ本国だと仕方ないところもあるんだろうけど、それでももう少し高く評価されてほしいなあ……。

 

 

収録作一覧

「地球防衛軍」
「傍観者」
「歴戦の戦士」
「奉仕するもの」
「ジョンの世界」
「変数人間」